無詠唱? キャンピングカーで大冒険。虐げられた少女を拾った俺は、規格外の力と文明の利器で彼女を全力で救う件

Gaku

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第9章:システムという名の檻

第42話:強制されたシナリオ ~悪役令嬢の仮面は、涙で錆びつかないように~

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 葬式というイベントは、たいてい雨が降るようにプログラムされているらしい。

 ローゼンバーグ家の墓地には、冷たい秋の雨が降り注いでいた。  黒い傘の群れ。すすり泣く声。お香の煙たい匂いと、濡れた土の匂い。  私は、喪服に身を包み、両親の棺が土の中に埋められていくのを、ただ呆然と見つめていた。

 涙は出なかった。  私の涙腺は、あの崖の下で枯れ果ててしまったのかもしれない。  あるいは、これは「ゲームのイベントムービー」だから、プレイヤーである私が泣く機能は実装されていないのかもしれない。そう思うことで、かろうじて正気を保っていた。

「可哀想に……まだ十歳なのに」 「これからのローゼンバーグ家はどうなるんだ?」 「莫大な遺産と、魔道具の特許権……幼い娘には荷が重すぎるだろう」

 参列者たちの囁き声が、雨音に混じって聞こえてくる。  同情?  いいえ、違う。  彼らの目の奥にあるのは、「計算」だ。  落ちぶれた名家。幼い当主。莫大な資産。  彼らにとって私は、可哀想な孤児ではなく、「肉汁滴る極上のステーキ」に見えているのだ。

 ***

 葬儀から三日後。  屋敷の応接間は、欲望という名の熱気でむせ返っていた。

「アリスちゃん、おじさんが全部面倒見てあげるからね」

 そう言って、私の目の前に分厚い書類を突きつけてきたのは、父様の弟である叔父上だった。  脂ぎった顔。高そうなスーツ。そして、蛇のようにねっとりとした視線。  彼の後ろには、親戚たちがずらりと並んでいる。ハイエナの群れだ。

「君はまだ子供だ。経営なんて難しいことはわからないだろう? だから、サインだけしてくれればいいんだ。この『後見人契約書』にね」

 叔父上がニタニタと笑いながらペンを差し出す。  私は書類に目を落とした。  前世で経理部にいた私の目は、瞬時にその契約書の「毒」を見抜いた。  『全資産の運用権を後見人に委譲する』  『当主アリスの婚姻に関する決定権を持つ』  『役員報酬として年間売上の五〇%を支払う』

 ――ふざけんな。  心の中で、元社畜の人格が中指を立てた。  これは救済じゃない。乗っ取り(M&A)だ。しかも極めて悪質な。

「……おじさま」

 私は、震える声を出してみせた。か弱い少女の演技(ロールプレイ)だ。

「まだパパとママが亡くなったばかりで……心の整理がつかないの。少しだけ、待っていただけませんか?」

 普通の人間なら、ここで引く。  だが、叔父上は違った。  バンッ!  彼は机を叩き、鬼の形相で私を見下ろした。

「甘えるな! 家を守るというのは、待ってくれないんだぞ!」

 怒声が響く。  親戚たちも口々に加勢する。 「そうだそうだ、子供のわがままで領民を路頭に迷わせる気か!」 「お人形遊びでもしていろ!」 「お前のためを思って言ってるんだぞ!」

 ああ、これだ。  私は冷めた目で彼らを見た。  「あなたのため」。  この言葉を使う人間は、一〇〇パーセント自分の利益しか考えていない。前世のブラック企業の上司と同じだ。

 怖い。  足が震える。  たった十歳の体で、この大人たちの悪意を受け止めるのは、物理的にも精神的にも限界だった。  泣き出して、「助けて」と叫びたかった。  でも、誰に?  パパもママもいない。使用人たちも、親戚たちの権力に怯えて下を向いている。  誰も助けてくれない。

 (……ああ、そうか)

 私は悟った。  これは、「悪役令嬢モノ」の導入パートなんだ。  主人公(わたし)から全てを奪い、絶望のどん底に突き落とすための、強制イベント。  ここで泣いても、喚いても、シナリオは変わらない。  生き残る道は一つだけ。

 私が、このシナリオをねじ伏せる「プレイヤー」になるしかない。

 カチリ。  私の中で、スイッチが切り替わる音がした。  感情の回路を遮断する。  恐怖、悲しみ、寂しさ。それらを「不要なデータ」としてゴミ箱へ移動させる。  起動するのは、冷徹な計算と、演技力のアプリケーション。

 私はゆっくりと顔を上げた。  目に涙を浮かべたか弱い少女の顔は、もうそこにはなかった。

「……五〇%?」

 私の声は、鈴を転がすように美しく、そして氷のように冷たかった。

「え?」  叔父上がきょとんとする。

「役員報酬が売上の五〇%? ……おじさま、算数もできないのですか? 利益じゃなくて売上の半分を持っていったら、原価と人件費で即座に倒産しますわよ」

 私は契約書を指先で弾いた。

「それに、第4条の土地売却権。これは王国の農地法第12条に抵触します。違法契約ですね。……監査局に通報しましょうか?」

 静まり返る応接間。  親戚たちが、口をあんぐりと開けて私を見ている。  十歳の子供が、法律と経営を語ったのだから無理もない。

「な、何を言って……」 「それから、おばさま」

 私は、叔父上の後ろにいた派手なドレスの女性を見た。

「先月、我が家の名義で宝石店にツケていたネックレスの代金、まだ支払われていませんわよ? 横領(使い込み)として処理してもよろしいかしら?」

「ひっ!?」

「そちらのおじさまも。領地の木材を無断で横流しして、裏金をプールしていますわよね? 帳簿の数字が合いませんもの。証拠の伝票、全部押さえてありますわ」

 私はニッコリと笑った。  天使のような笑顔で、彼らの首にナイフを突きつける。

「ねえ、皆様。……ここは『話し合い』の場ではなく、『尋問』の場に変えましょうか?」

 そこからは、一方的な虐殺(ゲーム)だった。  前世の知識と、父様が残してくれた裏帳簿、そして私が独自に集めた情報を武器に、私は親戚たちを論理的に追い詰めていった。  彼らは狼狽し、言い訳し、最後には逃げるように屋敷を出て行った。

 勝った。  家を守った。  私は、たった一人で、大人たちの軍勢を撃退したのだ。

 ***

 それからの日々は、地獄のような忙しさだった。  私は、学校にも行かず、遊びもせず、ただひたすらに「完璧な当主」を演じ続けた。

 朝五時に起き、領地経営の書類をチェックする。  昼は商会との交渉。子供だと舐められないよう、ハイヒールを履き、濃い化粧をし、難しい言葉を使う。  夜は魔道具の研究。新しい特許を取らなければ、家計は維持できない。

 「アリス様は天才だ」  「冷徹な才女だ」  「心がない鉄の女だ」

 周囲の評価は変わっていった。  使用人たちさえも、私を恐れ、遠巻きにするようになった。  誰も私を「アリスちゃん」とは呼ばない。「当主様」と呼んで、床に額をこすりつける。

 寂しかった。  死ぬほど寂しかった。  でも、弱音を吐くことは許されない。  私が弱みを見せれば、またあのハイエナたちが戻ってくる。  だから私は、仮面を被り続けた。  完璧な笑顔。完璧な礼儀作法。隙のない美貌。  それは、私を守るための「戦闘服」だった。

 ***

 ある嵐の夜。  私は、一人で自室の鏡の前に座っていた。  時計の針は深夜二時を回っている。  書類仕事は終わった。明日の交渉のシミュレーションも済んだ。    ようやく、一人になれた。  仮面を外せる時間。

「……ふぅ」

 私は鏡の中の自分を見た。  目の下にはクマができ、肌は荒れている。  十歳の子供の顔じゃない。疲れ切った、中年の社畜の顔だ。

 私は、テーブルの上の冷めた紅茶に手を伸ばした。  カップを持ち上げる。  その時、ふと、右手の小指が立った。

 ――『アリス、上手ね』

 母様の声が、脳裏に蘇る。  あのテラスでの幸せなお茶会。  母様が、優雅に小指を立てて微笑んでいた姿。

 カチャリ。  カップとソーサーがぶつかる音がした。  手が震えていた。

「……ママ……」

 私は、鏡の中の自分に向かって、小指を立てたままカップを口に運んだ。  それは、前世の癖なんかじゃなかった。  母様の真似をしていれば、母様がまだそばにいるような気がしたから。  こうして小指を立てていれば、いつか「上手ね」って、また頭を撫でてくれるような気がしたから。

 これは、私に残された、たった一つの「甘え」だった。  完璧な当主としての仮面の下で、泣き叫んでいる幼いアリスが、母様にすがりつこうとする無意識のサイン。

「……会いたいよ……」

 涙がこぼれ落ちた。  紅茶の水面に波紋が広がる。  一人で戦うのは辛い。  誰も信じられない世界は怖い。  なんで私を置いていったの?  なんで私だけ生き残ったの?

 私は鏡に向かって練習をした。  明日のための、完璧な笑顔の練習。

「ごきげんよう」 「素晴らしい提案ですわね」 「わたくしにお任せください」

 口角を上げる。目を細める。  鏡の中の私は、完璧に笑っていた。  でも、その頬を涙が伝っている。  笑いながら泣いている、ピエロのような顔。

 (パパ、ママ、見てる?)  (私、上手く演じられてる?)  (この世界っていうクソゲーの悪役令嬢として、ちゃんと立派に生きてるよ)

 雷が鳴った。  窓ガラスがガタガタと震える。  私は布団に潜り込み、体を丸めた。  母様の匂いはもうしない。あるのは、高級な柔軟剤の人工的な香りだけ。

 「これはゲームだ」  「私はプレイヤーだ」  「登場人物はみんなNPCだ」

 呪文のように唱える。  そう定義しなければ、この孤独に押し潰されて死んでしまいそうだったから。  心を殺せ。感情を捨てろ。  そうすれば、もう二度と傷つかない。

 そうして私は、アリス・ローゼンバーグという「キャラクター」を作り上げた。  数年後。  王都随一の大富豪にして、完璧な淑女。  冷徹で、計算高く、誰も寄せ付けない氷の華。  その内側で、小指を立てて震えている迷子がいることなど、誰にも悟らせないように。

 ――後に、ある泥だらけの英雄と出会い、この完璧な仮面を粉々に砕かれることになるまで、私の孤独なソロプレイは続くことになる。
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