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第10章:スラムの黒猫たち
第48話:秋の迷走と、偽りの希望 〜迷いは道である〜
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季節は、粘りつくような夏の湿気を振り払い、乾いた秋へと移ろっていた。
王都の下町を吹き抜ける風は、喉の奥がひりつくほどに乾燥していた。 路地裏の石畳の上を、茶色く枯れた街路樹の葉が、カサカサと乾いた音を立てて転がっていく。その音はまるで、干からびた昆虫の死骸を踏み砕く音のように、聞く者の神経をささくれ立たせた。 空は高く、突き抜けるように青いが、その青さは冷徹で、地上の熱など知らぬげに澄み渡っている。 舞い上がる砂埃が、街全体をセピア色のフィルターで覆い、人々の表情から生気を奪っているようだった。
そんな乾いた風の中を、キースたちは走っていた。 いや、彷徨(さまよ)っていたと言うべきか。
「頼む! 話だけでも聞いてくれ!」
王都の一等地、白亜の豪邸が並ぶ貴族街。 その一角にある高名な治療院の鉄柵に、キースはしがみついていた。 爪が剥がれ、指先から血が滲んでも、彼は冷たい鉄の棒を離そうとしなかった。
「妹が……妹が死にそうなんだ! 金ならある! 金貨だって持ってるんだ!」
彼は懐から、薄汚れた革袋を取り出し、ジャラジャラと振ってみせた。 盗んで溜めた、血と汗の滲んだ金だ。これだけあれば、家が一軒建つほどの額が入っている。
だが、門番の男は、汚物を見るような目でキースを見下ろし、警棒でその手を叩いた。
バシッ!
「痛っ……!」 「失せろ、ドブネズミ。ここは貴族様専用だ。お前らのような薄汚いスラムの住人が、金を持ってる? ……どうせ盗んだ金だろうが」
図星だった。 反論できない。 門番は冷笑し、唾を吐き捨てた。
「先生はお忙しいんだ。穢(けが)らわしい病気を持ち込むな。消毒するのも手間なんだよ」
ガシャン、と門が閉ざされる音。 それは、世界が彼らを拒絶する音だった。
キースは膝から崩れ落ちた。 地面に散らばった金貨を拾い集める気力もない。 金があっても、買えない。 社会的信用、身分、コネクション。それらを持たない彼らにとって、この表の世界の扉は、どんな鍵を使っても開かない鋼鉄の壁だった。
「……クソッ……クソッ!!」
彼は乾いた地面を殴りつけた。 砂埃が舞い、口の中がジャリつく。 泥棒稼業で培った技術も、覚悟も、ここでは何の役にも立たない。 ただ無力な子供として、這いつくばるしかなかった。
***
焦りは、人の目を曇らせる。 溺れる者は藁をも掴むと言うが、彼らが掴んだのは藁ですらなかった。
数日後。 裏通りの怪しげな露店で、ボルグが男に食ってかかっていた。
「おい! どうなってんだ! この『万能霊薬』を飲ませたら、ミーシャの具合が悪化したぞ!」
ボルグの手には、毒々しい緑色の液体が入った小瓶が握られている。 露店の主人は、フードを目深に被り、ニヤニヤと笑っていた。
「おやおや。それは飲み方が悪かったんじゃありませんか? あるいは、妹さんの信心が足りなかったとか」 「ふざけんな! 大金を払ったんだぞ! 全財産の半分を渡したんだぞ!」 「返品は受け付けておりませんよ。……おや、怖い顔。衛兵を呼びますか?」
主人が指を鳴らすと、路地の陰から屈強な用心棒たちが現れた。 詐欺だ。 冷静な時の彼らなら、こんな子供騙しに引っかかるはずがない。 だが、「どんな病気も治る」という甘い売り文句(キャッチコピー)は、極限状態の彼らにとって、抗えない麻薬だったのだ。
「やってやるよォ!!」
ボルグが吠え、大斧を振り回す。 乱闘になった。 数で勝る用心棒たちを相手に、ボルグは鬼神のように暴れ回った。 だが、多勢に無勢。 背後から頭を殴られ、脇腹をナイフで刺された。
「ぐぁっ……!」
血飛沫が舞う。 それでもボルグは倒れなかった。ミーシャのための薬を取り戻すまでは、倒れるわけにはいかなかった。 結局、彼らが手に入れたのは、さらなる怪我と、失った金への虚無感だけだった。
***
アジトに戻った彼らは、ボロボロだった。 キースは精神的に摩耗し、目は落ち窪んでいる。 ボルグは脇腹に包帯を巻き、高熱を出してうなされている。 ティックもアンナも、疲労で動けなくなっていた。
部屋の空気は澱んでいた。 窓を閉め切っているのに、隙間風がヒュウヒュウと鳴り、ミーシャの浅い呼吸音と重なって不協和音を奏でている。
「……ごめんね」
ベッドの上から、蚊の鳴くような声がした。 ミーシャだ。 彼女は以前よりもさらに痩せ細り、肌は透けるように白くなっていた。赤い斑点が、白い肌の上で毒々しく主張している。
「ミーシャ……」 キースが駆け寄り、彼女の手を握る。 その手は、枯れ枝のように細く、そして熱かった。
「ごめんね……キースお兄ちゃん。ボルグお兄ちゃん……」
ミーシャの瞳から、涙がツーっとこぼれ落ちる。
「私がいるから……みんな、怪我しちゃうの。お金もなくなっちゃうの」 「そんなことない! お前のせいじゃない!」 「ううん……わかってるよ。私なんて、いなくなればいいんだよね……そうすれば、みんな楽になれるよね……」
その言葉は、キースの心臓を鋭利なナイフで抉(えグ)り取るよりも痛かった。 こんな小さな子供に、そんなことを言わせてしまった。 俺たちが無力なせいで。 俺たちが「助ける」と言って期待させておきながら、結局何もできずに空回りしているせいで、彼女に「自分は荷物だ」と思わせてしまったのだ。
「死なないで」と願うことすら、彼女にとってはプレッシャーなのかもしれない。 俺たちの「愛(執着)」が、彼女を苦しめているのかもしれない。
「違う……違うんだ、ミーシャ」
キースは、彼女の手を額に押し当てて泣いた。 男泣きに泣いた。
「俺たちが勝手にやってるだけだ。お前が笑ってくれないと、俺たちが生きていけないんだ。だから……頼むから、自分を責めないでくれ」
それは、愛という名の呪縛だった。 お互いがお互いを思いやるあまり、がんじがらめになって沈んでいく。 出口のない迷路。 どこへ行けばいい? 何をすればいい? 神様がいるなら教えてくれ。俺たちはあと、何を差し出せば許されるんだ。
***
その夜。 キースは一人、場末の酒場で安酒をあおっていた。 酔わなければ、思考が焼き切れそうだったからだ。 酒場の喧騒。怒号と笑い声。タバコの煙。 それらが、今のキースには遠い世界の出来事のように感じられた。自分だけが、分厚いガラスの向こう側で溺れているような孤立感。
その時。 隣の席で飲んでいた商人の二人組の話が、ふと耳に入ってきた。
「おい、聞いたか? あのローゼンバーグ家の噂」 「ああ、あの若き女当主様か。また新しい魔道具でも作ったのか?」 「いや、もっとすごいもんだ。なんでも、屋敷の宝物庫には『聖女の涙』っていう秘宝があるらしいぜ」
カチャン。 キースの手が止まり、グラスがテーブルに当たって音を立てた。
「聖女の涙?」 「おう。東方の秘境で見つかった、伝説の植物だとか。どんな不治の病も、一晩で治しちまう特効薬らしい」 「へえ! さすが王都一の大富豪、持ってるもんが違うな」 「だが、当主のアリス様はそれをただの観賞用にしてるらしいぜ。『綺麗だから飾ってるだけ』だってよ。金持ちの道楽はすげぇな」
ドクン。 キースの心臓が、早鐘を打った。
どんな病も治す。 不治の病でも。 しかも、それは「使われていない」ただの飾り物だという。
それは、アリスが退屈しのぎに流した、根も葉もないデマだった。 彼女が「この世界はゲームだ」という設定を楽しむために、適当なアイテム名をでっち上げて広めた、悪趣味なフェイクニュース。 実在するのは、ただ光るだけの雑草だ。
だが。 溺れるキースにとって、それは暗闇の底に垂らされた、唯一の、そして眩しすぎるほどの「蜘蛛の糸」に見えた。
(あれがあれば……)
理性が警告する。 『うますぎる話だ』『そんな魔法みたいな薬があるわけない』 普段の彼なら、鼻で笑って聞き流しただろう。
しかし、今の彼の心は「渇愛(かつあい)」に支配されていた。 喉が渇いて死にそうな人間は、目の前の水が泥水だろうが毒入りだろうが、飲まずにはいられない。 ミーシャを助けたい。その一心だけが、彼の判断力を麻痺させ、盲目的な信仰へと変えていく。
(あるんだ。きっとあるんだ。金持ちの家には、俺たちの知らない魔法があるんだ)
そうでなければ、この世界はあまりにも救いがない。 神様がどこかに「正解」を用意してくれているはずだ。それがたまたま、ローゼンバーグ家にあっただけだ。
キースは立ち上がった。 ふらつく足で、酒場を出る。 外は冷たい夜風が吹いていた。秋の風が、熱った頬を冷やす。
空を見上げると、満月が輝いていた。 冷たく、青白い光。 それは、彼らを破滅へと導く道標(ガイド)のように見えた。
「……決めたぞ」
キースは月に誓った。 その瞳には、もはや迷いはなかった。あるのは、狂気にも似た、鋭く研ぎ澄まされた「決意」だけ。
「ローゼンバーグ家だ。あそこにある『聖女の涙』をいただく」
それは、死にに行くようなものだ。 王都随一の警備を誇る要塞。しかも、最近は「英雄シュン」が護衛についたという噂もある。 成功率はゼロに近い。 だが、ゼロではないなら、賭ける価値はある。 座してミーシャの死を待つくらいなら、地獄の業火に焼かれてでも、希望の欠片を掴み取りに行く。
彼は走り出した。 アジトへ向かって。 仲間に、この「最後の賭け」を提案するために。
乾いた落ち葉が、彼を追いかけるようにカサカサと音を立てて舞った。 それは、彼らの運命が、取り返しのつかない坂道を転がり始めた音だった。
アリスの気まぐれな嘘が、彼らの「真実」となり、命を懸けた悲劇の幕を開けようとしていた。
王都の下町を吹き抜ける風は、喉の奥がひりつくほどに乾燥していた。 路地裏の石畳の上を、茶色く枯れた街路樹の葉が、カサカサと乾いた音を立てて転がっていく。その音はまるで、干からびた昆虫の死骸を踏み砕く音のように、聞く者の神経をささくれ立たせた。 空は高く、突き抜けるように青いが、その青さは冷徹で、地上の熱など知らぬげに澄み渡っている。 舞い上がる砂埃が、街全体をセピア色のフィルターで覆い、人々の表情から生気を奪っているようだった。
そんな乾いた風の中を、キースたちは走っていた。 いや、彷徨(さまよ)っていたと言うべきか。
「頼む! 話だけでも聞いてくれ!」
王都の一等地、白亜の豪邸が並ぶ貴族街。 その一角にある高名な治療院の鉄柵に、キースはしがみついていた。 爪が剥がれ、指先から血が滲んでも、彼は冷たい鉄の棒を離そうとしなかった。
「妹が……妹が死にそうなんだ! 金ならある! 金貨だって持ってるんだ!」
彼は懐から、薄汚れた革袋を取り出し、ジャラジャラと振ってみせた。 盗んで溜めた、血と汗の滲んだ金だ。これだけあれば、家が一軒建つほどの額が入っている。
だが、門番の男は、汚物を見るような目でキースを見下ろし、警棒でその手を叩いた。
バシッ!
「痛っ……!」 「失せろ、ドブネズミ。ここは貴族様専用だ。お前らのような薄汚いスラムの住人が、金を持ってる? ……どうせ盗んだ金だろうが」
図星だった。 反論できない。 門番は冷笑し、唾を吐き捨てた。
「先生はお忙しいんだ。穢(けが)らわしい病気を持ち込むな。消毒するのも手間なんだよ」
ガシャン、と門が閉ざされる音。 それは、世界が彼らを拒絶する音だった。
キースは膝から崩れ落ちた。 地面に散らばった金貨を拾い集める気力もない。 金があっても、買えない。 社会的信用、身分、コネクション。それらを持たない彼らにとって、この表の世界の扉は、どんな鍵を使っても開かない鋼鉄の壁だった。
「……クソッ……クソッ!!」
彼は乾いた地面を殴りつけた。 砂埃が舞い、口の中がジャリつく。 泥棒稼業で培った技術も、覚悟も、ここでは何の役にも立たない。 ただ無力な子供として、這いつくばるしかなかった。
***
焦りは、人の目を曇らせる。 溺れる者は藁をも掴むと言うが、彼らが掴んだのは藁ですらなかった。
数日後。 裏通りの怪しげな露店で、ボルグが男に食ってかかっていた。
「おい! どうなってんだ! この『万能霊薬』を飲ませたら、ミーシャの具合が悪化したぞ!」
ボルグの手には、毒々しい緑色の液体が入った小瓶が握られている。 露店の主人は、フードを目深に被り、ニヤニヤと笑っていた。
「おやおや。それは飲み方が悪かったんじゃありませんか? あるいは、妹さんの信心が足りなかったとか」 「ふざけんな! 大金を払ったんだぞ! 全財産の半分を渡したんだぞ!」 「返品は受け付けておりませんよ。……おや、怖い顔。衛兵を呼びますか?」
主人が指を鳴らすと、路地の陰から屈強な用心棒たちが現れた。 詐欺だ。 冷静な時の彼らなら、こんな子供騙しに引っかかるはずがない。 だが、「どんな病気も治る」という甘い売り文句(キャッチコピー)は、極限状態の彼らにとって、抗えない麻薬だったのだ。
「やってやるよォ!!」
ボルグが吠え、大斧を振り回す。 乱闘になった。 数で勝る用心棒たちを相手に、ボルグは鬼神のように暴れ回った。 だが、多勢に無勢。 背後から頭を殴られ、脇腹をナイフで刺された。
「ぐぁっ……!」
血飛沫が舞う。 それでもボルグは倒れなかった。ミーシャのための薬を取り戻すまでは、倒れるわけにはいかなかった。 結局、彼らが手に入れたのは、さらなる怪我と、失った金への虚無感だけだった。
***
アジトに戻った彼らは、ボロボロだった。 キースは精神的に摩耗し、目は落ち窪んでいる。 ボルグは脇腹に包帯を巻き、高熱を出してうなされている。 ティックもアンナも、疲労で動けなくなっていた。
部屋の空気は澱んでいた。 窓を閉め切っているのに、隙間風がヒュウヒュウと鳴り、ミーシャの浅い呼吸音と重なって不協和音を奏でている。
「……ごめんね」
ベッドの上から、蚊の鳴くような声がした。 ミーシャだ。 彼女は以前よりもさらに痩せ細り、肌は透けるように白くなっていた。赤い斑点が、白い肌の上で毒々しく主張している。
「ミーシャ……」 キースが駆け寄り、彼女の手を握る。 その手は、枯れ枝のように細く、そして熱かった。
「ごめんね……キースお兄ちゃん。ボルグお兄ちゃん……」
ミーシャの瞳から、涙がツーっとこぼれ落ちる。
「私がいるから……みんな、怪我しちゃうの。お金もなくなっちゃうの」 「そんなことない! お前のせいじゃない!」 「ううん……わかってるよ。私なんて、いなくなればいいんだよね……そうすれば、みんな楽になれるよね……」
その言葉は、キースの心臓を鋭利なナイフで抉(えグ)り取るよりも痛かった。 こんな小さな子供に、そんなことを言わせてしまった。 俺たちが無力なせいで。 俺たちが「助ける」と言って期待させておきながら、結局何もできずに空回りしているせいで、彼女に「自分は荷物だ」と思わせてしまったのだ。
「死なないで」と願うことすら、彼女にとってはプレッシャーなのかもしれない。 俺たちの「愛(執着)」が、彼女を苦しめているのかもしれない。
「違う……違うんだ、ミーシャ」
キースは、彼女の手を額に押し当てて泣いた。 男泣きに泣いた。
「俺たちが勝手にやってるだけだ。お前が笑ってくれないと、俺たちが生きていけないんだ。だから……頼むから、自分を責めないでくれ」
それは、愛という名の呪縛だった。 お互いがお互いを思いやるあまり、がんじがらめになって沈んでいく。 出口のない迷路。 どこへ行けばいい? 何をすればいい? 神様がいるなら教えてくれ。俺たちはあと、何を差し出せば許されるんだ。
***
その夜。 キースは一人、場末の酒場で安酒をあおっていた。 酔わなければ、思考が焼き切れそうだったからだ。 酒場の喧騒。怒号と笑い声。タバコの煙。 それらが、今のキースには遠い世界の出来事のように感じられた。自分だけが、分厚いガラスの向こう側で溺れているような孤立感。
その時。 隣の席で飲んでいた商人の二人組の話が、ふと耳に入ってきた。
「おい、聞いたか? あのローゼンバーグ家の噂」 「ああ、あの若き女当主様か。また新しい魔道具でも作ったのか?」 「いや、もっとすごいもんだ。なんでも、屋敷の宝物庫には『聖女の涙』っていう秘宝があるらしいぜ」
カチャン。 キースの手が止まり、グラスがテーブルに当たって音を立てた。
「聖女の涙?」 「おう。東方の秘境で見つかった、伝説の植物だとか。どんな不治の病も、一晩で治しちまう特効薬らしい」 「へえ! さすが王都一の大富豪、持ってるもんが違うな」 「だが、当主のアリス様はそれをただの観賞用にしてるらしいぜ。『綺麗だから飾ってるだけ』だってよ。金持ちの道楽はすげぇな」
ドクン。 キースの心臓が、早鐘を打った。
どんな病も治す。 不治の病でも。 しかも、それは「使われていない」ただの飾り物だという。
それは、アリスが退屈しのぎに流した、根も葉もないデマだった。 彼女が「この世界はゲームだ」という設定を楽しむために、適当なアイテム名をでっち上げて広めた、悪趣味なフェイクニュース。 実在するのは、ただ光るだけの雑草だ。
だが。 溺れるキースにとって、それは暗闇の底に垂らされた、唯一の、そして眩しすぎるほどの「蜘蛛の糸」に見えた。
(あれがあれば……)
理性が警告する。 『うますぎる話だ』『そんな魔法みたいな薬があるわけない』 普段の彼なら、鼻で笑って聞き流しただろう。
しかし、今の彼の心は「渇愛(かつあい)」に支配されていた。 喉が渇いて死にそうな人間は、目の前の水が泥水だろうが毒入りだろうが、飲まずにはいられない。 ミーシャを助けたい。その一心だけが、彼の判断力を麻痺させ、盲目的な信仰へと変えていく。
(あるんだ。きっとあるんだ。金持ちの家には、俺たちの知らない魔法があるんだ)
そうでなければ、この世界はあまりにも救いがない。 神様がどこかに「正解」を用意してくれているはずだ。それがたまたま、ローゼンバーグ家にあっただけだ。
キースは立ち上がった。 ふらつく足で、酒場を出る。 外は冷たい夜風が吹いていた。秋の風が、熱った頬を冷やす。
空を見上げると、満月が輝いていた。 冷たく、青白い光。 それは、彼らを破滅へと導く道標(ガイド)のように見えた。
「……決めたぞ」
キースは月に誓った。 その瞳には、もはや迷いはなかった。あるのは、狂気にも似た、鋭く研ぎ澄まされた「決意」だけ。
「ローゼンバーグ家だ。あそこにある『聖女の涙』をいただく」
それは、死にに行くようなものだ。 王都随一の警備を誇る要塞。しかも、最近は「英雄シュン」が護衛についたという噂もある。 成功率はゼロに近い。 だが、ゼロではないなら、賭ける価値はある。 座してミーシャの死を待つくらいなら、地獄の業火に焼かれてでも、希望の欠片を掴み取りに行く。
彼は走り出した。 アジトへ向かって。 仲間に、この「最後の賭け」を提案するために。
乾いた落ち葉が、彼を追いかけるようにカサカサと音を立てて舞った。 それは、彼らの運命が、取り返しのつかない坂道を転がり始めた音だった。
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