無詠唱? キャンピングカーで大冒険。虐げられた少女を拾った俺は、規格外の力と文明の利器で彼女を全力で救う件

Gaku

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第13章:最強の荷物持ち

第62話:夏の嵐と、喧嘩するほど良い絆 〜激しくぶつかる火花は、いつか訪れる静寂を照らす光である〜

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 季節は巡る。  あの春の柔らかな日差しは、いつの間にか肌を焦がすような強烈な熱線へと変貌を遂げていた。

 盛夏。  頭上には、抜けるような青空が広がっている。だが、それは爽やかさとは程遠い。太陽は慈悲なく地上を灼き、空間そのものが歪んで見えるほどの陽炎(かげろう)が立ち上っている。  蝉たちの鳴き声が、ジリジリと鼓膜を震わせる。それはまるで、世界全体がフライパンの上で油を跳ねさせている音のようだった。

 山岳地帯へと続く険しい街道を、勇者パーティ一行は歩いていた――いや、正確には、険悪きわまりない空気の中で行軍していた。

「だ・か・ら! 言っただろうが! あの分岐は右だったんだよ!」

 先頭を歩く勇者アランが、汗だくになりながら叫んだ。  彼の燃えるような赤髪は汗で額に張り付き、顔は茹でダコのように赤く、こめかみには太い青筋がビキビキと浮かんでいる。

「はぁ!? 星の位置と地磁気の流れから計算すれば、左が最短ルートだと言ったのは私だぞ! 貴様の根拠のない野生の勘など、学術的にはチンパンジーの直感と同レベルだ!」

 賢者レインが、汗でずり落ちる分厚い眼鏡を中指で押し上げながら反論する。  二人の間には、目に見えるほどの火花がバチバチと散っていた。

 原因は、実に些細なことだった。  今日の夕飯の鍋に、道端で見つけた「斑点のある毒々しい紫色のキノコ」を入れるか、入れないか。  アランは「美味そうな匂いがするから入れろ」と言い張り、レインは「成分が未知数だから研究サンプルにする」と主張した。  たったそれだけの火種が、この猛暑というガソリンを浴びて大爆発を起こしたのだ。  話はそこから飛び火し、さっきの道の間違い、昨日のアランのイビキのうるささ、三日前のレインの靴下の酸っぱい臭いまで、ありとあらゆる過去の不満が噴出する泥仕合へと発展していた。

「大体お前はいつもそうだ! 難しいことばっかり言って、結局迷子になるじゃねぇか! 『北北西に進路を取れ』とか言うけどな、俺たちにはコンパスがねぇんだよ!」 「貴様こそ! 筋肉で思考するのをやめたまえ! 『こっちの風が呼んでる』などという詩的な理由で崖を登り始めるな! この単細胞生物め!」

「まあまあ、二人とも……暑いんですから、熱くならないで……」

 シルヴィアがオロオロと仲裁に入ろうとするが、男たちの怒号にかき消される。

「うるせぇ! 今日という今日は決着をつけてやる! 表へ出ろ!」 「ここが表だ、馬鹿者!」

 アランが聖剣エクスカリバー(こんなことで抜かれる剣が不憫だ)に手をかけ、レインが杖の先端に火球を灯す。  一触即発。  世界を救うはずの勇者と賢者が、山道で小学生レベルの喧嘩を始めようとしていた。

 その時だった。  後ろから、重苦しい溜息と共に、呆れた声が響いた。

「あらあら。暑苦しいですわねぇ。そんなに元気なら、私の荷物も持ってくださいな」

 聖女エレナが、日傘の下で優雅に汗を拭っている。  彼女は魔法で冷やしたタオルを首に巻き、自分だけ快適な温度を保っていた。

「エレナ! お前も止めてくださいよ! このままじゃ仲間割れで全滅です!」 「いいじゃありませんか。怪我をしたら私が治しますわ。もちろん、治療費は割増料金で請求させていただきますけれど」 「この守銭奴!」

 さらに、最後尾からは「フンッ! ヌンッ!」という聞き慣れた呼吸音が聞こえてくる。  戦士ガルドだ。  彼はこの灼熱地獄の中、なぜか岩を抱えてスクワットをしていた。

「見ろ! 汗が滝のように流れる! これは筋肉が泣いているんじゃない、歓喜の涙を流しているんだ! 太陽よ、もっと俺を照らせ! 大胸筋を焦がしてくれ!」 「あんたは黙ってて! 熱中症になりますよ!」

 シルヴィアは頭を抱えた。  どいつもこいつも、自由すぎる。  「協力」とか「協調性」という言葉は、彼らの辞書には載っていないらしい。

 その時。  ゴロゴロ……。  遠くで、腹の底に響くような重低音が轟いた。

「あ」  シルヴィアが空を見上げる。

 さっきまで白く輝いていた入道雲が、急速にインクを流したように黒く変色し、不気味な渦を巻き始めていた。  風が変わる。  熱を含んだ風が、急に冷たく、湿ったものへと変質する。土の匂いが強くなる。  夏の夕立。それも、山間部特有の、空が落ちてくるような局地的な豪雨の予兆。

「ちょ、ちょっと待ってください! 雨が来ます!」  シルヴィアが声を張り上げる。

 だが、アランとレインは止まらない。 「知るか! 雨だろうが槍だろうが、こいつの眼鏡をカチ割るまでは引かねぇ!」 「望むところだ! その赤髪をアフロに変える呪文をお見舞いしてやる! 科学の力の前にひれ伏せ!」

 二人の殺気がピークに達し、同時に飛び出した、その瞬間。

 ドッシャァァァァァァン!!!!

 空が裂けた。  バケツをひっくり返したなんてものではない。巨大な滝の中に放り込まれたような、暴力的な豪雨が彼らを直撃した。  視界が白く染まる。地面が一瞬で泥の川になる。

「うわっぷ!?」 「ぶげっ!?」

 アランとレインの頭上から、大量の雨水が鉄槌のように叩きつけられ、二人の罵り合いは物理的に鎮火された。火球はジュッと消え、アランは足を滑らせて泥の中に顔から突っ込む。

「洞窟! あそこに岩陰があります! 走って!」  シルヴィアの的確な指示(悲鳴に近い)が飛ぶ。

 一行は、泥まみれになりながら、転がるようにして近くの岩陰の洞窟へと逃げ込んだ。

***

 洞窟の中は、薄暗く、カビと湿った土の匂いが充満していた。  入り口からは、世界を洗い流すような激しい雨音が、轟音となって響き続けている。

 アランたちは、ずぶ濡れになった服を絞りながら、小さく焚き火を囲んでいた。  レインが濡れた杖で必死に火を起こし、なんとか暖は取れているが、空気は最悪だった。

 アランはふてくされて膝を抱え、水滴の垂れる髪を乱暴にかき上げている。  レインは大事な魔導書が濡れてしまい、ページを一枚一枚めくって必死に乾かしている。  エレナは「ああ、私の高級シルクのローブが……縮んでしまいましたわ。この損害賠償は、天候を管理している神に請求できるのかしら」とブツブツ言い、ガルドは「天然のシャワーだ! 筋肉のクールダウンに最適!」と一人で喜んでマッスルポーズを取っている(彼は通常運転だ)。

 シルヴィアは、深いため息をついた。  そして、手に持っていたお玉(もちろん武器ではない、ただの調理器具だ)で、足元に置かれた鍋の底をカン! と叩いた。

 その乾いた音が、洞窟内の湿っぽい空気を切り裂いた。

「いい加減にしなさい!」

 シルヴィアの怒声が響いた。  アランたちがビクッとして顔を上げる。普段は温厚な彼女が、鬼のような形相で仁王立ちしていたからだ。

「あなたたち、世界を救う前に、この鍋の中身を救う気はないんですか!?」

 シルヴィアは、煮込み途中で放置され、雨水が入ってしまった哀れな鍋を指差した。

「あんなところで喧嘩してる間に、雨が入ってスープが薄まりました! 野菜も煮えすぎてドロドロです! これじゃあ、キノコを入れる以前の問題ですよ!」

 彼女は腰に手を当て、世界最強の戦士たちを順に見下ろした。

「アラン! リーダーなら、仲間の意見を聞く度量を持ちなさい! 靴紐が結べないのを棚に上げて偉そうにしない!」 「うっ……」

「レイン! 知識があるなら、それを平和的解決に使いなさい! 嫌味を言うための語彙力ばかり増やしてどうするんですか!」 「ぐっ……」

「エレナ! 請求書を燃やして焚き付けにしなさい! 今必要なのは金じゃなくて熱です!」 「そ、それは横暴ですわ……」

「ガルド! ……あなたは服を着なさい! 風邪ひきますよ!」 「筋肉は風邪を引か……ハックション!」

 シルヴィアの説教は、外の雷鳴よりも恐ろしかった。  勇者も賢者も聖女も戦士も、借りてきた猫のように縮こまり、「はい……ごめんなさい……」と正座した。

 しばらくして、静寂が訪れた。  雨音だけが、ザァザァと心地よいリズムで響いている。  焚き火のオレンジ色の光が、彼らの顔を揺らめきながら照らしていた。パチパチと爆ぜる薪の音が、尖った神経を少しずつ溶かしていく。

 アランが、気まずそうに口を開いた。

「……悪かったな、レイン」

 彼はボサボサの頭をかいた。

「俺が意地になってた。……まあ、お前の言う通り、左の道だったかもしれねぇよ」

「……いや、私こそ」  レインが眼鏡を拭きながら、小さくため息をつく。 「理屈をこねくり回しすぎた。……君の勘が、これまで何度も私たちを救ってきたのは事実だ。認めるよ」

 二人は顔を見合わせ、フッと笑った。  喧嘩するほど仲がいい、とはよく言ったものだ。  言いたいことを言い合って、雨に打たれて頭を冷やして。  そうやって、彼らの絆は、雨降って地固まるように、より強固なものになっていく。彼らは凸凹で、噛み合わないけれど、ぶつかり合うことで互いの角を削り合い、丸くなっていく小石のようだった。

 シルヴィアが作り直したスープが配られた。  具材は少し煮崩れて、味も薄くなってしまったけれど、冷えた体には染み渡る美味しさだった。

「ふぅ……生き返るな」  アランが器を両手で包み込み、湯気を吸い込む。

「なあ」  スープを飲みながら、アランがポツリと言った。  焚き火を見つめる彼の瞳に、炎が映っている。

「もしさ。魔王を倒して、世界が平和になったら……お前ら、何する?」

 唐突な問いかけ。  皆が手を止め、考え込む。  外の雨音が、少しだけ遠くなった気がした。

「私は……そうですねぇ」  エレナがうっとりと天井を見上げる。 「王都の一等地に、巨大な教会を建てて、入場料を取りますわ。入り口には私の純金の銅像を置いて、お賽銭箱を設置して……ウフフ、左団扇ですわ。信者たちに囲まれて優雅に暮らしますの」 「ブレないな、お前は。信仰心どこいった」

「私は、学院に戻って研究の続きだな」  レインが眼鏡を光らせる。 「今回の旅で得た未知の素材や魔法生物のデータ……これをまとめれば、魔導の歴史がひっくり返る論文が書ける。後世に名を残すのが、私の夢だ」

「俺はボディビルのジムを開く!」  ガルドが胸筋をピクつかせる。 「世界中の男たちに、筋肉の素晴らしさを布教するんだ! 筋肉があれば争いなんて起きない! 全人類マッチョ化計画だ!」

 それぞれの夢。それぞれの未来。  戦いが終われば、彼らはそれぞれの場所へ帰っていく。  当たり前のことなのに、なぜか少しだけ、胸がチクリとした。  この旅は、いつか終わるのだ。  この騒がしくて、面倒くさくて、でも温かい時間は、永遠じゃない。

「アランは?」  シルヴィアが尋ねた。彼女の声は、雨音に混じって少し震えていたかもしれない。 「勇者様は、何をするの? 国王にでもなるんですか?」

 アランは、スープの最後の一滴を飲み干し、口元を袖で拭ってニカっと笑った。

「俺? 俺は……そうだな」

 彼は、焚き火越しにシルヴィアを見た。  その瞳は、燃える炎を映して、揺るぎなく、そしてどこまでも真っ直ぐだった。

「俺は、シルヴィアの淹れた茶を、毎日飲みたいな」

 ドキリ。  シルヴィアの心臓が跳ねた。  エレナが「あらあら~」と扇子で口元を隠し、ガルドが「ヒュー! 熱いねぇ!」と口笛を吹く。レインでさえ、口元を緩めている。

「な、何言ってるのよ、バカ!」  シルヴィアは顔を真っ赤にして、お玉を振り上げた。 「私はあなたの家政婦じゃありません! そんなこと言って、また家事全部を私に押し付ける気でしょう!」

「いいじゃんかよー。お前の茶が一番美味いんだから」  アランは悪びれもせずに笑い、焚き火に新しい薪をくべた。

「平和になったらさ、剣なんか捨てて、日当たりのいい丘の上に家を建てて。……そこで、みんなでまた、こうして飯を食おうぜ」

 彼は仲間たちを見回した。

「喧嘩して、仲直りして、不味いスープ飲んで、笑って。……俺は、そんな毎日が一番の宝物だと思ってるんだ」

 それは、不器用なプロポーズにも似た、永遠の日常への願いだった。  英雄としての栄光でも、富でも、歴史に名を残すことでもない。  ただ、この凸凹で騒がしい仲間たちと、同じ食卓を囲むこと。  それが、「最強の勇者」が抱いた、ささやかで切実な夢だった。

「……うん。……そうだね」  シルヴィアは、お玉を下ろして微笑んだ。  目頭が熱くなるのを、湯気のせいにして誤魔化す。

 洞窟の外では、雨が降り続いている。  世界は、刻一刻と変化している。  「諸行無常」。  同じ時間は二度と戻らない。  いつか、この焚き火も消え、彼らの旅も終わる日が来る。  出会えば別れが来るのが、この世の理(ことわり)だ。

 彼らは心のどこかで、その儚さを予感していたのかもしれない。  強すぎる光は、濃い影を落とす。  自分たちが背負っている運命の重さを知っているからこそ、今この瞬間、雨音に閉じ込められた小さな空間での温もりが、何よりも愛おしく、かけがえのないものに感じられた。

「おかわり!」  アランが器を突き出す。 「はいはい」  シルヴィアが鍋を傾ける。

 笑い声が、洞窟の中に響く。  それは、夏の嵐の中に咲いた、一瞬の、けれど永遠に記憶に残る花のような時間だった。

 ……数十年後。  ギルドマスターとなったシルヴィアが、冷たい執務室で一人、紅茶を飲む時。  彼女の心には、いつもこの日の雨音と、アランの「お前の茶が一番美味い」という言葉が、痛いほど鮮明に蘇るのだった。  あの時のぬるいスープの味と、煙たい焚き火の匂いと共に。
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