無詠唱? キャンピングカーで大冒険。虐げられた少女を拾った俺は、規格外の力と文明の利器で彼女を全力で救う件

Gaku

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第15章:旅路の温もり

第72話:旅の空の衝動買いと、無意味なリボン

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旅の空の下、季節は確実に冬へと歩みを進めていた。

 街道をひた走る魔導キャンピングカー「クイーン・アリス号」が停車したのは、大陸の物流を支える巨大な商業都市「ベル・マルシェ」の郊外だった。  高く澄み渡った青空からは、ガラス細工のように冷たく鋭い日差しが降り注いでいる。街路樹は葉を落とし、乾いた北風が石畳を吹き抜けていくが、この街の熱気は寒さをものともしていなかった。  あらゆる方角から商人が集まり、珍しい品々が並ぶこの街は、旅人にとっての補給地点であり、同時に「財布の紐」という概念を消滅させる危険地帯でもあった。

 そんな活気あふれる大通りを、異様な集団が練り歩いていた。  いや、正確には「行軍」していた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ……! アイテムボックス(収納魔法)があるのになんで手持ちなんだよ! 俺の腕が、人体構造とは違う方向に曲がろうとしてる!」

 悲鳴を上げているのは、英雄・瞬(シュン)である。  彼は今、人間の形をした「移動式倉庫」と化していた。  両手には限界まで指に食い込んだ紙袋の束、両肩には巨大な木箱、背中にはリュックサック、さらには首から下げた風呂敷包みまで。足元が見えているのかどうかも怪しい状態で、よろよろと前進している。

 本来なら、彼らは亜空間に無限に物を収納できる「アイテムボックス」の魔法を使える。こんな苦行をする必要は微塵もないはずなのだ。

「まったくだ……。それにアリス嬢、いくら認識阻害の魔法があるとはいえ、エルフの姫君をこのような人混みに晒すなど正気か? 万が一、魔法が破れたら即座に国際問題だぞ」

 隣で同じく荷物の山に埋もれている騎士ゼイクが、額に脂汗を浮かべて抗議する。彼は物理的な重さ以上に、かつての「外交問題の爆心地」発言を思い出し、精神的なプレッシャーに押し潰されそうになっていた。

 だが、先頭を歩くアリスは振り返りもせず、ヒラヒラと手を振った。

「大丈夫よゼイクさん。私の魔法は完璧だし、そもそも貴方という鉄壁の護衛がいるじゃない。……さ、それよりこの荷物、落とさないでね?」

「くっ……! 結局私は、警備員兼ポーターか……!」

 ゼイクはがっくりと項垂れると、死んだ魚のような目で瞬を見た。

「諦めろ、瞬。……**『買い物の醍醐味は、戦利品(袋)の数に比例するのよ! 収納魔法なんて味気ないこと禁止!』**と言ったのはアリス嬢だ」

「くそっ、あの浪費家め……! 効率って言葉を辞書で引かせてやりてぇ……!」

「同感だ。……ぐぬぬ、しかしこの壺は、重心が取りづらい上に無駄に滑る!」

 ゼイクは鎧の上から大量の荷物を背負わされ、歩くたびにカシャンカシャンと悲しげな金属音を響かせている。彼の几帳面な性格ゆえか、荷物は崩れないように幾何学的に完璧なバランスで積まれているが、その顔色は兜の下で青ざめているに違いない。

 彼ら「荷物運搬用ゴーレム(人間)」の前を、手ぶらで軽やかに、そして優雅に歩いているのは、四人の女性陣だった。  旅の衣装とは思えないほど華やかな深紅のコートを翻すアリス、知的なローブ姿のエリーゼ、可愛らしいポンチョを着たメイ。

 そして、金色の髪をなびかせるハイエルフのアリア。

 本来ならば、エルフ族の姫である彼女が人間の街を堂々と歩くなど自殺行為に等しい。  だが、今の彼女にはアリス特製の『広域認識阻害魔法』がかけられている。すれ違う街の人々の目には、彼女の尖った耳は丸く、その人間離れした美貌も「どこにでもいる町娘」程度にしか映っていないのだ。

「前回(第69話)、瞬くんが勝手に連れ出した時はかけられなかったけど、今回はバッチリ私の魔法がかかってるわ。これで堂々と歩けるでしょ? ……ま、別料金だけどね!」

 アリスが得意げにウィンクする。  その安全策があるからこそ、アリアはフードも被らず、久しぶりの外の空気を味わっていた。

「さあ、次はあっちの市場よ! 南方の国から、珍しい香辛料と雑貨が入荷したって噂なの!」

 アリスが、戦場に向かう将軍のように扇子で指示を出す。  今日の彼女は、補給という名目の「狩り」に出陣する捕食者の目をしていた。

「アリス様、あそこの露店にも寄りたいですわ。乾燥したリザードマンの尻尾が……あの子の出汁、最高にいいコクが出るんですの」  エリーゼがうっとりと目を輝かせる。 「わぁ、あそこの屋台、可愛い飾りが売ってますよ! 猫ちゃんの形です!」  メイが商品棚に張り付いて動かなくなる。

 彼女たちにとって、この街は巨大な宝箱だった。  だが、最後尾を歩くアリアだけは、眉間に深い皺を寄せていた。

「……理解不能だわ」

 アリアは、瞬たちが抱えている荷物の山を冷ややかな目で見つめた。  中身は知っている。  さっきの店で買った、レースのついたクッション。その前の店で買った、音が鳴るだけの木彫りの人形。さらにその前の店で買った、七色に光る謎のランプ(しかも点滅パターンが無駄に多い)。

「旅に必要な物資ならともかく、なぜあんな『機能性のないゴミ』を買い込むの? クイーン・アリス号の積載量にも限界があるのよ? エルフの森では、旅の荷物は最小限にするのが鉄則だわ」

 彼女の論理(ロジック)は正しかった。  移動生活において、スペースと重量の管理は死活問題だ。  水、食料、燃料、薬。それ以外のフリルだのリボンだの、可愛らしい置物だのは、エネルギーと資源の浪費でしかない。  ただでさえ狭い車内を、こんなガラクタで埋め尽くしてどうするつもりなのか。

「あらアリア、あなたって本当に石頭ねぇ。ゼイクさんといい勝負よ」

 アリスが振り返り、呆れたように肩をすくめた。  その顔には、「やれやれ、これだから初心者は」と言いたげな慈悲深い笑みが浮かんでいる。

「いい? アリア。旅っていうのはね、『無駄』を楽しむためにあるのよ」

「……無駄?」

「そう。ただ目的地に着くだけなら、転移魔法で飛べばいいじゃない。機能性だけで生きてたら、私たちはただの移動する肉塊になっちゃうわ」

 アリスは市場に飾られた、異国情緒あふれるタペストリーを指差した。

「あれを見て『綺麗だな』とか『欲しいな』って思う心が、明日も旅を続けるためのガソリンになるの。役に立つかどうかなんて、二の次よ」

「……肉塊で結構よ。無駄な荷物を抱えて野垂れ死ぬよりマシだわ」  アリアが即答する。

「ふふん、可愛くないわねぇ。……よし、決めた!」

 アリスは、不敵な笑みを浮かべてアリアの手をガシッと掴んだ。  その瞳が、獲物をロックオンした猛獣のように光る。

「あなたを『改造』するわ。これは強制イベントよ!」 「は? ちょっと、何をする気!?」

 アリアの抗議も虚しく、彼女は女性陣によって、目の前の輸入雑貨と衣類を扱う店へと引きずり込まれていった。  店外に残された瞬とゼイクは、荷物の山の下で顔を見合わせた。

「……おいゼイク。女の買い物ってのは、どうしてこうも長いんだ? 俺の体感時間だと、もう三年くらい経ってる気がするんだが」 「永遠の謎だ、瞬。……ダンジョン攻略のほうが、まだゴールが見える分マシかもしれん。今はただ、無の境地で耐えるのだ」

 ***

 店の中は、暖かかった。  魔石暖房が効いており、外の乾いた風が嘘のようだ。異国の色とりどりの布地やアクセサリーが所狭しと並び、甘いお香の匂いが漂っている。

 アリアは、姿見の前の椅子に座らされ、アリスたちが持ってくる服の山に埋もれそうになっていた。  アリスの魔法が効いているため、店員にも彼女は「普通の女の子」に見えている。そのおかげで、アリアは変装を気にせず、次々と服を当てがわれる羽目になっていた。

「これなんかどう!? 南国の踊り子風ドレス! お腹出ててセクシー!」  アリスが極彩色の布を当てる。 「却下。防御面積が少なすぎるわ。腹部は内臓が集まる急所よ? 自殺志願者なの?」

「じゃあこれ! 北方の民族衣装! 毛皮もこもこ!」 「動きにくいし重すぎる。戦闘になった時、回避行動が遅れるわ」

「これはどうですか? 猫耳フード付きのマントです!」  メイが目を輝かせて持ってきた。 「……メイ、あなたは私を獣人か何かだと思っているの? 聴覚を阻害するフードは、索敵の邪魔にしかならないわ」

 アリアは、次々と提案される服を、冷徹な論理で切り捨てていった。  彼女にとって服とは「皮膚の延長」であり、防護機能と温度調節機能があればそれでいいのだ。装飾など、弱点(ウィークポイント)を増やすだけだ。

「もーっ! 理屈っぽいなぁ!」  アリスが頬を膨らませる。 「機能とか効率とかどうでもいいの! 『可愛い』か『可愛くない』か、基準はそれだけでいいのよ!」

「その『可愛い』という概念が、生存に寄与するとは思えないわ」

「寄与するわよ! テンションが上がるじゃない! 心が潤うじゃない! それは明日を生きるための燃料になるの!」

 アリスは、「わからず屋め」とばかりに棚を物色し始めた。  そして、一本のリボンを手に取った。

 鮮やかな、燃えるような深紅のリボン。  滑らかなベルベット素材で、光沢があり、とても美しい。  だが、何の機能もない。ただの布切れだ。

「これ。これを着けてみなさい」

 アリスは強引にアリアの後ろに回り込み、彼女の長い金髪をそのリボンで結い上げ始めた。  手早く、けれど優しく。指先が髪を梳く感触に、アリアは少しだけ身を固くした。

「……何の意味があるの?」  アリアが不満げに言う。 「頭部に目立つ色を配置したら、スナイパーにヘッドショットしてくださいと言ってるようなものよ。的になりたいの?」

「鏡を見てごらんなさい」

 アリスに促され、アリアは渋々、目の前の姿見を見た。

 そこに映っていたのは。  いつもの、冷ややかで無表情なハイエルフのアリアだった。  認識阻害魔法の効果は自分たちには及ばないため、鏡にはそのままの姿が映る。  雪のように白い肌、感情を映さない翠玉の瞳。  けれど。  流れるような金色の髪の中で、赤いリボンが一つ、ぽつりと咲いた花のように主張していた。

 その赤色が、彼女の蒼白い肌にほんのりと血色を与え、冷たい瞳の印象を、少しだけ柔らかく変えていた。  無機質な氷の彫像に、一滴の熱い血が通ったような。  そんな、微かな、けれど決定的な変化。

「……あ」

 アリアは、自分の髪に触れた。  リボンの感触。柔らかくて、温かい。  機能性ゼロ。防寒性ゼロ。防御力ゼロ。  まったくの無駄な装飾品。

 なのに。  鏡の中の自分と目が合った瞬間、胸の奥が「きゅっ」と鳴った気がした。  悪い気分じゃない。  むしろ、くすぐったいような、背筋が伸びるような、不思議な高揚感。  昨日の自分とは、少しだけ違う自分になったような気恥ずかしさ。

「……変じゃない?」  アリアは、自信なさげに呟いた。  自分が「可愛い」なんてものを身につける資格があるのか。そんな不安がよぎる。  森の仲間たちが見たら、「人間に毒された」と嘲笑うだろうか。

 その時、店の入り口のベルがカランコロンと鳴り、荷物まみれの男たちが入ってきた。

「おーい、まだかー? 俺の腕が限界を迎えて千切れそうなんだが……そろそろ休憩しないと、俺が荷物の一部になっちまうぞ」

 瞬は、荷物の山の中から顔だけを出して、ゼエゼエと息を吐いていた。  彼は店内の煌びやかさに目を白黒させ、ふと顔を上げ、鏡の前に立つアリアを見た。

 そして、ぱちくりと瞬きをした。

「お、似合ってんじゃん」

 彼は、苦しそうな顔を一瞬で崩し、ニカっと笑った。  その笑顔には、お世辞も計算もない。見たままを口にしただけの、子供のような率直さがあった。

「なんか、プレゼントの箱みたいでめでたいな! アリアそのものが『贈り物』って感じだ。……うん、いいぞそれ!」

「っ……!?」

 アリアの顔が、一瞬でリボンと同じくらい赤くなった。  耳まで熱くなるのがわかる。  プレゼント? 私が?  贈り物?  なんてデリカシーのない、そして……恥ずかしい例えなんだろう。

「デリカシー!」  アリスが、瞬のすねを蹴っ飛ばした。 「痛ってぇ! なんでだよ! 褒めたのに!」 「褒め方が雑なのよ! 『めでたい』って何よ、お正月飾りじゃないんだから! ……まあでも、似合ってるのは認めるわ」

 ゼイクも、荷物の隙間から真面目な顔で頷いた。 「うむ。赤は情熱と生命の色だ。アリア殿の冷徹な雰囲気に、良いアクセントとなっている。戦術的迷彩効果は皆無だが、部隊の士気高揚には役立つかもしれん。……悪くない」

 エリーゼも微笑む。 「素敵ですわ。やっぱりおしゃれは心の栄養ですものね。そのリボン、魔力を編み込んだらもっと素敵になるかもしれませんわ」

 メイがパチパチと拍手する。 「アリアさん、すごく可愛いです! お人形さんみたい!」

 みんなが、笑ってくれている。  この「無意味な布切れ」一本のおかげで。  役に立たないものが、みんなの表情を緩ませ、空気を明るくした。  効率だけを求めていたら、決して生まれなかった笑顔。

 (そっか……)

 アリアは、鏡の中の自分に向かって、ぎこちなく微笑んでみた。  口角が少し上がる。  それだけで、鏡の中の少女は、今まで見たこともないくらい「人間らしい」顔をしていた。

 役に立つかどうかなんて、関係ない。  「空(くう)」の概念。  モノ自体に固定された価値はない。リボンはただの布だ。  けれど、それがあることで、私が嬉しくなったり、誰かが褒めてくれたりするなら。  その「関係性(縁)」の中で、ガラクタは宝物に変わるのだ。

「……ありがとう」

 アリアは、小さく言った。  そして、リボンを指で弄びながら、少しだけ胸を張った。

「これ、つけていくわ。……瞬が『めでたい』って言うなら、悪くないかもしれないし」

「だろ? 俺のセンスは抜群なんだよ! 直感レベルでな!」 「はいはい、調子に乗らない。さあ、次のお店に行くわよ! 瞬、荷物!」 「ええええ!? まだあんの!? 殺す気か!?」

 再び、騒がしい買い物が始まった。  店の外に出れば、旅の空の下、冷たい風が吹いている。  けれど、アリアの髪で揺れる赤いリボンは、まるで小さな炎のように、彼女の心を温め続けていた。

 無駄なこと。役に立たないこと。  それがこんなにも心を救うなんて、エルフの森の長老たちは教えてくれなかった。  合理性という名の牢獄から、彼女はまた一歩、外の世界へと踏み出したのだった。

 その日の帰り道、アリアは自分の荷物(小さなクッキーの袋ひとつだけ)を大事そうに抱えていた。  それは生存には不要なものだけれど、今日という日を思い出すための、大切な「無駄」だったからだ。
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