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第15章:旅路の温もり
第75話:こたつと蜜柑と、完全なる「今」
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世界が白く閉ざされていた。
真冬の荒野。 空と大地の境界線が消失するほどの猛吹雪が吹き荒れていた。 轟々と唸りを上げる風は、雪の結晶を無数の刃に変え、視界に入るすべてのものを切り刻もうとしている。気温は氷点下を遥かに下回り、吐く息どころか、瞬きをする涙さえも凍りつきそうな極寒の世界。 生物の生存を許さない、絶対零度の地獄。
――その地獄のただ中を、一台の箱馬車が悠然と進んでいた。 魔導キャンピングカー「クイーン・アリス号」。 防寒・防風の強力な結界に守られたその車体は、嵐の海を行く潜水艦のように、静かに、そして力強く雪原を切り裂いていく。
そして、その分厚い装甲の内側には、外の世界とは隔絶された「楽園」が存在していた。
「……ふあぁぁ」
だらしないあくびの音が、温かな空気を揺らした。 車内は、アリスご自慢の魔導空調システムによって、春の陽だまりのような快適な温度に保たれていた。
壁の魔石ランプはオレンジ色の柔らかな光を放ち、棚の上ではいつかベル・マルシェの街で買った「七色に光る謎のランプ」が、誰に見られるわけでもなく陽気に点滅を繰り返している。ソファにはレースのついたクッションが転がり、加湿ポットからはシュウシュウと穏やかな蒸気が上がっている。 かつてアリアが「無駄なゴミ」と断じたそれらの雑貨は、今ではすっかりこの走る家の風景の一部として馴染んでいた。
だが、何よりも異様なのは、リビングの中央に鎮座する「それ」だった。
正方形のローテーブル。 その上には分厚い布団がかけられ、さらにその上に天板が乗せられている。 布団の中には、熱源となる魔石が仕込まれており、内部を温室のように暖めている。
異世界の魔道具――その名も「KOTATSU(コタツ)」。 アリスが「これがない冬なんて冬じゃない!」と叫び、徹夜で設計図を引き、職人を泣かせて作り上げた、人類の英知と堕落の結晶である。
そして今、世界最強のパーティメンバーたちは、この魔道具の恐るべき引力に完全敗北していた。
「……動けん。重力が……三倍になっている気がする」
騎士ゼイクが、うつ伏せの状態で呻いた。 彼はコタツの中に下半身を突っ込み、上半身だけを出し、肘をついて分厚い本を読んでいる。 その姿はいつもの直角で規律正しい騎士団長とは程遠く、ただの「休日の疲れたお父さん」そのものだった。 「頭寒足熱……。古来より伝わる健康法だとアリス嬢は言っていたが……これは、精神を液体にする毒の沼だ」
「ん~……あと五分……いや、五時間……」
その対面では、瞬(シュン)が頭まで布団に潜り込み、巨大な芋虫のようになっていた。 時折、布団の中でモゾモゾと動くのは、より快適なポジションを探求しているからだろう。彼は完全に「勇者」としての職務を放棄し、「布団の住人」へとジョブチェンジしていた。
「こら瞬! 私の足を踏まないでよ!」
アリスは、コタツの一辺を陣取り、真剣な眼差しで手元の作業に没頭していた。 彼女の手にあるのは、鮮やかなオレンジ色の果実――蜜柑だ。 彼女は、皮をいかに綺麗に、かつ一続きに剥くかという、どうでもいい芸術に全神経を注いでいた。 「見て見て! 今日の作品名は『螺旋の塔』よ! ……あ、切れちゃった」
「まあ、惜しかったですわね。では私がいただきましょう」
エリーゼは、コタツの上で優雅に湯気を立てるマグカップを手にしていた。 中身は、彼女が「疲労回復の霊薬」と称して調合した特製ドリンク――要するに、ハチミツたっぷりのホットミルクだ。 彼女はアリスが剥いた蜜柑をひょいと掠め取り、口に放り込む。 「ん~、甘酸っぱくて最高ですわ。ビタミンCは美肌の味方ですもの」
そして、メイは。 彼女はコタツには入らず、みんなの周りをパタパタと甲斐甲斐しく動き回っていた。 空になった瞬のコップに水を注ぎ、ゼイクの読み終わったページをめくり(彼は動くのさえ億劫がっていた)、アリスの剥いた皮を片付ける。 その顔は、とても幸せそうだった。 「ふふ、みんな猫ちゃんみたい」
そして。 最後の一辺に座っていたのが、ハイエルフのアリアだった。
彼女は、膝までコタツに入り、背筋を伸ばして座っていた。 一見すると凛とした姿勢だが、その表情はどこか呆然としていた。
(……なんなの、これ)
アリアは、自分の下半身を包み込む、暴力的なまでの温もりに戦慄していた。 暖かい。 ただ暖かいだけではない。まるで、母なる大地の胎内に戻ったかのような、絶対的な安心感と包容力。 一度入ったら二度と出られない。出たくない。 エルフとしての矜持が、「こんな自堕落な装置に屈してはいけない」と警鐘を鳴らしている。 だが、体が言うことを聞かない。 腰から下が根を下ろしたように重く、そして心地よく溶けていく感覚。
「アリア、あんたも食べなよ」
アリスが、新しい蜜柑をポイと投げて寄越した。 アリアは反射的にそれを受け取った。 冷たい皮の感触。鼻を近づけると、爽やかな柑橘の香りがする。
「……いただくわ」
アリアは、ぎこちない手つきで皮を剥き始めた。 汁が飛び散らないように慎重に。 白い筋を丁寧に取り除く。エルフの器用さが、こんなところで発揮されるとは。
その時。 コタツの中で、何かがアリアの足に当たった。
「っ!」
ビクッとして下を見ると、布団が盛り上がっている。 芋虫(瞬)が寝返りを打ったのだ。
「……ちょっと、邪魔よ」
アリアは、足先で瞬の足を軽く蹴った。 すると、瞬は「んごっ」と唸り、蹴り返してきた。 無意識の反撃。
「なっ……!」
アリアはムッとして、もう一度強めに蹴る。 瞬も負けじと足を絡めてくる。 見えないところでの、低レベルな足の引っ張り合い。
「痛っ……こら、やめなさいよ!」 「ん~……負けねぇぞ魔王……」 「誰が魔王よ!」
「こらー! コタツの中で戦争しない!」 アリスがテーブルをバンと叩いた。 「蜜柑が転がるでしょ! 平和的に領土(スペース)を分け合いなさい!」
「アリス嬢、振動は読書に支障をきたす。静粛に願いたい」 ゼイクがページから目を離さずに言う。 「あらゼイクさん、さっきから一ページも進んでいませんわよ? 夢の国へ旅立つ寸前ではありませんか?」 エリーゼが鋭く指摘する。
騒がしい。 狭い。 そして、どうしようもなく温かい。
アリアは、蹴り合いをやめて、再び蜜柑を口に運んだ。 甘酸っぱい果汁が広がる。 ふと見ると、棚の上の七色ランプが、パチパチと呑気に瞬いていた。何の役にも立たないその光が、なぜか今は愛らしく見える。
外では、風がヒュオオオと不気味な音を立てている。窓ガラスがガタガタと震え、吹雪の猛威を伝えてくる。
アリアは、窓の外を見た。 真っ白な闇。 かつての自分なら、あの中にいただろう。 エルフの森の冬は厳しい。 雪洞の中で、身を寄せ合うこともなく、ただじっと春を待つ。 寒さに耐えることは修行であり、精神を研ぎ澄ますための儀式だった。 「寂しい」なんて感情は、不要なノイズとして切り捨てていた。
けれど。 今、私はここにいる。 この、狭くて、騒がしくて、だらしない箱の中に。
足が触れ合う感触がある。 隣に誰かがいる重みがある。 目の前には、山積みの蜜柑と、無意味に光るランプと、仲間の間抜けな寝顔がある。
(……何やってるんだろう、私)
世界を救うとか、真実を探すとか、そんな大それた目的の旅の途中で。 こんなところで、こんな風に、時間を浪費して。 生産性ゼロ。進捗ゼロ。 エルフとしてあるまじき怠惰。
でも。
「……ふふ」
自然と、笑みがこぼれた。 不思議なくらい、心が満たされていた。 何もしていないのに。何も得ていないのに。 ただ「ここにいる」というだけで、胸の奥がじんわりと熱い。
これが、「幸せ」というものなのだろうか。 何かを成し遂げた報酬として得られるものではなく。 ただ、何気ない時間の中に、砂金のようにキラキラと混じっているもの。 あのランプの光のように、意味なんてなくても、そこにあるだけで心を明るくしてくれるもの。
何も求めなくていい。 焦らなくていい。 このコタツの中こそが、世界のすべてで、完成された楽園(ニルヴァーナ)なのかもしれない。
「……楽しい」
アリアは、ポツリと呟いた。 誰に聞かせるでもない、独り言のように。
「ん? なんか言ったか?」
布団の中から、瞬が顔だけを出した。 寝癖だらけの髪。眠そうな目。 アリアは、慌てて顔を伏せた。
「べ、別に。……この蜜柑、酸っぱいって言ったのよ」
「マジか! バツゲームじゃん!」 瞬が目を覚まして起き上がる。 「どれどれ、俺も食ってみる。……うわっ! すっぱ!! アタリだこれ!」
「あら、私のは甘いですわよ? 瞬さんの日頃の行いが悪いのでは?」 「なんだとー!?」
再び始まる、どうでもいい騒ぎ。 アリスが笑い、ゼイクが溜息をつき、メイがお茶を淹れ直す。
アリアは、その喧騒をBGMに、もう一度窓の外を見た。 吹雪はまだ続いている。 でも、ガラスに映る自分の顔は、ちっとも寒そうじゃなかった。 赤いリボンが揺れている。 頬が赤いのは、コタツの熱気のせいだけじゃない。
世界は、心の持ちようで変わる。 「唯識(ゆいしき)」。 地獄のような寒空も、このコタツの中から見れば、ただの美しい雪景色に変わる。 一人で震えていた冬は、もう終わったのだ。
アリアは、酸っぱい蜜柑をもうひと房、口に放り込んだ。 口をすぼめるほどの酸味。 でも、その刺激さえも、今は愛おしい「生の実感」だった。
「……もう一個、食べようかしら」
彼女は、次の蜜柑に手を伸ばした。 エルフの長い長い寿命の中で、きっと一番短くて、一番温かい冬が、ゆっくりと過ぎていこうとしていた。
クイーン・アリス号は、吹雪の中を進んでいく。 その車窓から漏れるオレンジ色と、時折混じる七色の光は、荒野の雪を、春のように優しく照らしていた。
真冬の荒野。 空と大地の境界線が消失するほどの猛吹雪が吹き荒れていた。 轟々と唸りを上げる風は、雪の結晶を無数の刃に変え、視界に入るすべてのものを切り刻もうとしている。気温は氷点下を遥かに下回り、吐く息どころか、瞬きをする涙さえも凍りつきそうな極寒の世界。 生物の生存を許さない、絶対零度の地獄。
――その地獄のただ中を、一台の箱馬車が悠然と進んでいた。 魔導キャンピングカー「クイーン・アリス号」。 防寒・防風の強力な結界に守られたその車体は、嵐の海を行く潜水艦のように、静かに、そして力強く雪原を切り裂いていく。
そして、その分厚い装甲の内側には、外の世界とは隔絶された「楽園」が存在していた。
「……ふあぁぁ」
だらしないあくびの音が、温かな空気を揺らした。 車内は、アリスご自慢の魔導空調システムによって、春の陽だまりのような快適な温度に保たれていた。
壁の魔石ランプはオレンジ色の柔らかな光を放ち、棚の上ではいつかベル・マルシェの街で買った「七色に光る謎のランプ」が、誰に見られるわけでもなく陽気に点滅を繰り返している。ソファにはレースのついたクッションが転がり、加湿ポットからはシュウシュウと穏やかな蒸気が上がっている。 かつてアリアが「無駄なゴミ」と断じたそれらの雑貨は、今ではすっかりこの走る家の風景の一部として馴染んでいた。
だが、何よりも異様なのは、リビングの中央に鎮座する「それ」だった。
正方形のローテーブル。 その上には分厚い布団がかけられ、さらにその上に天板が乗せられている。 布団の中には、熱源となる魔石が仕込まれており、内部を温室のように暖めている。
異世界の魔道具――その名も「KOTATSU(コタツ)」。 アリスが「これがない冬なんて冬じゃない!」と叫び、徹夜で設計図を引き、職人を泣かせて作り上げた、人類の英知と堕落の結晶である。
そして今、世界最強のパーティメンバーたちは、この魔道具の恐るべき引力に完全敗北していた。
「……動けん。重力が……三倍になっている気がする」
騎士ゼイクが、うつ伏せの状態で呻いた。 彼はコタツの中に下半身を突っ込み、上半身だけを出し、肘をついて分厚い本を読んでいる。 その姿はいつもの直角で規律正しい騎士団長とは程遠く、ただの「休日の疲れたお父さん」そのものだった。 「頭寒足熱……。古来より伝わる健康法だとアリス嬢は言っていたが……これは、精神を液体にする毒の沼だ」
「ん~……あと五分……いや、五時間……」
その対面では、瞬(シュン)が頭まで布団に潜り込み、巨大な芋虫のようになっていた。 時折、布団の中でモゾモゾと動くのは、より快適なポジションを探求しているからだろう。彼は完全に「勇者」としての職務を放棄し、「布団の住人」へとジョブチェンジしていた。
「こら瞬! 私の足を踏まないでよ!」
アリスは、コタツの一辺を陣取り、真剣な眼差しで手元の作業に没頭していた。 彼女の手にあるのは、鮮やかなオレンジ色の果実――蜜柑だ。 彼女は、皮をいかに綺麗に、かつ一続きに剥くかという、どうでもいい芸術に全神経を注いでいた。 「見て見て! 今日の作品名は『螺旋の塔』よ! ……あ、切れちゃった」
「まあ、惜しかったですわね。では私がいただきましょう」
エリーゼは、コタツの上で優雅に湯気を立てるマグカップを手にしていた。 中身は、彼女が「疲労回復の霊薬」と称して調合した特製ドリンク――要するに、ハチミツたっぷりのホットミルクだ。 彼女はアリスが剥いた蜜柑をひょいと掠め取り、口に放り込む。 「ん~、甘酸っぱくて最高ですわ。ビタミンCは美肌の味方ですもの」
そして、メイは。 彼女はコタツには入らず、みんなの周りをパタパタと甲斐甲斐しく動き回っていた。 空になった瞬のコップに水を注ぎ、ゼイクの読み終わったページをめくり(彼は動くのさえ億劫がっていた)、アリスの剥いた皮を片付ける。 その顔は、とても幸せそうだった。 「ふふ、みんな猫ちゃんみたい」
そして。 最後の一辺に座っていたのが、ハイエルフのアリアだった。
彼女は、膝までコタツに入り、背筋を伸ばして座っていた。 一見すると凛とした姿勢だが、その表情はどこか呆然としていた。
(……なんなの、これ)
アリアは、自分の下半身を包み込む、暴力的なまでの温もりに戦慄していた。 暖かい。 ただ暖かいだけではない。まるで、母なる大地の胎内に戻ったかのような、絶対的な安心感と包容力。 一度入ったら二度と出られない。出たくない。 エルフとしての矜持が、「こんな自堕落な装置に屈してはいけない」と警鐘を鳴らしている。 だが、体が言うことを聞かない。 腰から下が根を下ろしたように重く、そして心地よく溶けていく感覚。
「アリア、あんたも食べなよ」
アリスが、新しい蜜柑をポイと投げて寄越した。 アリアは反射的にそれを受け取った。 冷たい皮の感触。鼻を近づけると、爽やかな柑橘の香りがする。
「……いただくわ」
アリアは、ぎこちない手つきで皮を剥き始めた。 汁が飛び散らないように慎重に。 白い筋を丁寧に取り除く。エルフの器用さが、こんなところで発揮されるとは。
その時。 コタツの中で、何かがアリアの足に当たった。
「っ!」
ビクッとして下を見ると、布団が盛り上がっている。 芋虫(瞬)が寝返りを打ったのだ。
「……ちょっと、邪魔よ」
アリアは、足先で瞬の足を軽く蹴った。 すると、瞬は「んごっ」と唸り、蹴り返してきた。 無意識の反撃。
「なっ……!」
アリアはムッとして、もう一度強めに蹴る。 瞬も負けじと足を絡めてくる。 見えないところでの、低レベルな足の引っ張り合い。
「痛っ……こら、やめなさいよ!」 「ん~……負けねぇぞ魔王……」 「誰が魔王よ!」
「こらー! コタツの中で戦争しない!」 アリスがテーブルをバンと叩いた。 「蜜柑が転がるでしょ! 平和的に領土(スペース)を分け合いなさい!」
「アリス嬢、振動は読書に支障をきたす。静粛に願いたい」 ゼイクがページから目を離さずに言う。 「あらゼイクさん、さっきから一ページも進んでいませんわよ? 夢の国へ旅立つ寸前ではありませんか?」 エリーゼが鋭く指摘する。
騒がしい。 狭い。 そして、どうしようもなく温かい。
アリアは、蹴り合いをやめて、再び蜜柑を口に運んだ。 甘酸っぱい果汁が広がる。 ふと見ると、棚の上の七色ランプが、パチパチと呑気に瞬いていた。何の役にも立たないその光が、なぜか今は愛らしく見える。
外では、風がヒュオオオと不気味な音を立てている。窓ガラスがガタガタと震え、吹雪の猛威を伝えてくる。
アリアは、窓の外を見た。 真っ白な闇。 かつての自分なら、あの中にいただろう。 エルフの森の冬は厳しい。 雪洞の中で、身を寄せ合うこともなく、ただじっと春を待つ。 寒さに耐えることは修行であり、精神を研ぎ澄ますための儀式だった。 「寂しい」なんて感情は、不要なノイズとして切り捨てていた。
けれど。 今、私はここにいる。 この、狭くて、騒がしくて、だらしない箱の中に。
足が触れ合う感触がある。 隣に誰かがいる重みがある。 目の前には、山積みの蜜柑と、無意味に光るランプと、仲間の間抜けな寝顔がある。
(……何やってるんだろう、私)
世界を救うとか、真実を探すとか、そんな大それた目的の旅の途中で。 こんなところで、こんな風に、時間を浪費して。 生産性ゼロ。進捗ゼロ。 エルフとしてあるまじき怠惰。
でも。
「……ふふ」
自然と、笑みがこぼれた。 不思議なくらい、心が満たされていた。 何もしていないのに。何も得ていないのに。 ただ「ここにいる」というだけで、胸の奥がじんわりと熱い。
これが、「幸せ」というものなのだろうか。 何かを成し遂げた報酬として得られるものではなく。 ただ、何気ない時間の中に、砂金のようにキラキラと混じっているもの。 あのランプの光のように、意味なんてなくても、そこにあるだけで心を明るくしてくれるもの。
何も求めなくていい。 焦らなくていい。 このコタツの中こそが、世界のすべてで、完成された楽園(ニルヴァーナ)なのかもしれない。
「……楽しい」
アリアは、ポツリと呟いた。 誰に聞かせるでもない、独り言のように。
「ん? なんか言ったか?」
布団の中から、瞬が顔だけを出した。 寝癖だらけの髪。眠そうな目。 アリアは、慌てて顔を伏せた。
「べ、別に。……この蜜柑、酸っぱいって言ったのよ」
「マジか! バツゲームじゃん!」 瞬が目を覚まして起き上がる。 「どれどれ、俺も食ってみる。……うわっ! すっぱ!! アタリだこれ!」
「あら、私のは甘いですわよ? 瞬さんの日頃の行いが悪いのでは?」 「なんだとー!?」
再び始まる、どうでもいい騒ぎ。 アリスが笑い、ゼイクが溜息をつき、メイがお茶を淹れ直す。
アリアは、その喧騒をBGMに、もう一度窓の外を見た。 吹雪はまだ続いている。 でも、ガラスに映る自分の顔は、ちっとも寒そうじゃなかった。 赤いリボンが揺れている。 頬が赤いのは、コタツの熱気のせいだけじゃない。
世界は、心の持ちようで変わる。 「唯識(ゆいしき)」。 地獄のような寒空も、このコタツの中から見れば、ただの美しい雪景色に変わる。 一人で震えていた冬は、もう終わったのだ。
アリアは、酸っぱい蜜柑をもうひと房、口に放り込んだ。 口をすぼめるほどの酸味。 でも、その刺激さえも、今は愛おしい「生の実感」だった。
「……もう一個、食べようかしら」
彼女は、次の蜜柑に手を伸ばした。 エルフの長い長い寿命の中で、きっと一番短くて、一番温かい冬が、ゆっくりと過ぎていこうとしていた。
クイーン・アリス号は、吹雪の中を進んでいく。 その車窓から漏れるオレンジ色と、時折混じる七色の光は、荒野の雪を、春のように優しく照らしていた。
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