無詠唱? キャンピングカーで大冒険。虐げられた少女を拾った俺は、規格外の力と文明の利器で彼女を全力で救う件

Gaku

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第21章:凱旋と日常

第101話:王様の頭痛と、繋がりゆく縁(えにし)〜指先に触れた一滴(しずく)は、遠い岸辺を揺らすさざ波である〜

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冬の訪れは、いつも唐突だ。  昨日まで秋の名残を含んでいた風が、一夜にして刃物のように研ぎ澄まされる。

 王都の空は、目が覚めるほどに高く、突き抜けるような蒼穹(そうきゅう)が広がっていた。雲ひとつない青は、美しいというよりも、どこか冷徹な意思を感じさせるほどに澄み渡っている。  陽の光は燦々(さんさん)と降り注いでいるというのに、肌を撫でる空気は氷のように冷たい。吐く息は瞬く間に真っ白な霧となって大気に溶け、世界との境界線を曖昧にしていく。

 王城の広大な庭園では、常緑樹の厚い葉が、北風に煽られてサラサラと硬質な音を立てていた。  冷え切った石畳。霜を纏(まと)って宝石のように輝く枯草。  張り詰めた弦のような緊張感と、肺の奥まで洗われるような清々しさが同居する、冬の朝独特の静寂。

 その静寂を、銀色の巨体が切り裂いた。

 上空から音もなく舞い降りてきたのは、優美な曲線を描く飛行艇「クイーン・アリス号」だ。  冬の陽光を反射し、眩いばかりの輝きを放ちながら、城の前庭へと滑るように着地する。着地の瞬間、ふわりと舞い上がった土煙さえも、冬の乾燥した空気の中ではすぐに散って消えた。

「……戻って、きやがった」

 出迎えに並んでいた文官の一人が、絶望と安堵が入り混じったような声で呟く。  ハッチが開き、タラップが降りる。  まず姿を現したのは、相変わらず寝癖のついた黒髪を気にもとめない青年、瞬(シュン)。  続いて、疲れ切った表情だが鋭い眼光を失っていない騎士ゼイク。  優雅な笑みを浮かべる聖女エリーゼ。  人形のような美しさと不遜な態度を隠さない少女アリス。  そして、瞬の背中に隠れるようにして、心配そうに周囲を窺うメイドのメイ。

 ここまではいい。ここまでは、想定内だ。  問題は、最後に降りてきた人物だった。

 透き通るような金色の髪に、森の深緑を宿した瞳。  人間離れした美貌と、その特徴的な尖った耳。

「ごきげんよう、皆様。王都の冬は、森よりも乾燥していて肌に悪そうですわね」

 エルフの姫、アリアが優雅に手を振った瞬間、整列していた衛兵と文官たちの半分が、口をパクパクさせたまま白目を剥いて卒倒した。

「は、話が違うぅぅぅ!!」

 誰かの叫び声が、突き抜けるような青空に虚しく吸い込まれていった。

「……胃が、痛い」

 王国の主である国王は、玉座の上で深く沈み込んでいた。  手には水入りのグラスと、常備薬の粉薬。眉間には、指で揉んでも消えない深い皺(しわ)が刻まれている。  謁見の間は、重厚な絨毯(じゅうたん)と高い天井、そして歴代の王たちの肖像画に囲まれた威厳ある空間だ。しかし今、そこには威厳など欠片もなく、ただ「疲労」という名の怪物が重くのしかかっていた。

 王の目の前には、緊張した面持ちで整列した瞬たち一行。  そして、本来そこにいてはならないはずの、エルフの姫。

 王は震える指で薬を飲み下し、大きく息を吐いてから、搾り出すように声を上げた。

「……シュンよ。そしてゼイクよ。余の記憶が確かならば、其の方(そのほう)らの任務は『エルフの姫を無事に森へ送り届け、外交上のトラブルを回避すること』であったはずだ」

 名を呼ばれた瞬は、背筋を伸ばし、慣れない敬語を慎重に紡いだ。

「は、はい。一度は確実に送り届けました。間違いありません」

 瞬の言葉に、王のこめかみで血管がピクリと跳ねる。

「ではなぜ! 送り返したはずの姫が! 我が城の絨毯の上で、我が国の茶を所望するような顔をして立っておるのだ!!」

 王の絶叫が広間にこだまする。  瞬が「いや、それはですね、事情がありまして……」としどろもどろに弁明しようとすると、横からアリアが一歩前に進み出た。  彼女はスカートの裾を摘み、王族としての完璧なカーテシー(膝を折る挨拶)を披露する。その所作一つとっても、一国の姫としての品格が滲み出ている。

「国王陛下。わたくしの一存で戻って参りました」 「……一存、とな」 「はい。わたくしは、この国への留学、および外交官としての長期滞在を希望いたします。居住権の速やかなる発行を」

 あまりに堂々とした物言いに、王は呆れを通り越して感心したような顔をした。

「姫よ。勝手なことをされては困る。エルフの長老たちが黙っておらぬだろう。戦争になるぞ」 「あら、陛下。逆ですわ」

 アリアは扇子で口元を隠し、悪戯っぽく微笑んだ。

「次期女王である私がここにいる。その意味をお分かりになりませんか?」 「……人質、か」 「人聞きが悪いですわね。『国賓』とお呼びくださいな。ですが、私がこの城で美味しいお茶とお菓子を食べている限り、エルフの戦士たちが人間に弓を引くことは絶対にありません。私が最強の『平和の盾』となります」

 王は唸った。  確かに、その通りだ。  下手に森へ返して「人間たちは無礼だった」と報告されるよりも、王都に留め置き、丁重に扱う方が安全保障上は遥かに理に適っている。しかも、アリア本人がそれを望んでいるのだ。

「……なるほど。人質という名のお客様、か。随分と大胆不敵な理屈を身につけて帰ってきたものだ」 「良い教師に恵まれましたので」

 アリアがチラリとアリスを見る。アリスは「当然です」と言わんばかりに澄ました顔をした。

 王は深いため息をつき、椅子の背もたれに体を預けた。  頭痛の種が一つ、解決した……いや、むしろ巨大化して定住したと言うべきか。  だが、驚きはこれで終わりではなかった。

「……まあよい。エルフの件は、百歩譲って認めよう。では、これは何だ?」

 王は懐から一通の書状を取り出した。  上質な羊皮紙に、荒々しい筆致で記された文字。そして、獣の足跡を模した封蝋(ふうろう)。

「今朝方、早馬ならぬ早鳥で届いた。獣人の国からの親書だ。差出人は……新王、ガウ」

 その名前が出た瞬間、瞬の表情が一変した。  先ほどまでの借りてきた猫のような態度はどこへやら、目を輝かせて身を乗り出す。

「えっ! ガウが王様になったんですか!? マジで!?」

 王の御前であることも忘れ、瞬は大声を上げた。

「すっげぇ! あいつ、本当にやりやがったんだ! 前国王から王位を継いだのか! さすが俺が見込んだ男、俺と拳で語り合っただけのことは……」

 ドスッ。  バキッ。

 鈍い音と乾いた音がほぼ同時に響き、瞬の言葉が強制終了した。  右からはゼイクの手刀が首筋に、左からはアリスのハリセン(扇子)が脳天に。完璧な連携攻撃が炸裂する。

「ぐえっ」 「……御前である。慎め、馬鹿者」 「……声が大きいです。鼓膜が破れます」

 白目を剥いて崩れ落ちる瞬を一瞥もしないまま、ゼイクとアリスは涼しい顔で直立不動に戻った。  王は引きつった笑みを浮かべつつ、手紙の続きを読み上げた。

『人間との不可侵条約の締結を希望する。我々はこれ以上、無益な血を流すつもりはない。また、我が友、英雄シュンへの友愛の証として、我が国の特産品である最高級の干し肉一年分を贈る』

 王は手紙を下ろし、床でピクピクしている瞬と、それを踏みつけんばかりの勢いで立っている仲間たちを見た。

「……余は混乱しておる。其の方らは、北のエルフの森へ行ったはずだ。なぜ、真逆の南にある獣人の国の内乱を鎮め、あまつさえ新王と『マブダチ』になっているのだ? 時系列がどうなっておる?」

 ゼイクが冷や汗を流しながら一歩前へ出た。

「あー、その、陛下。これには少々、複雑な事情がありまして……」 「申してみよ」

 ゼイクが説明に窮していると、復活した瞬が頭をさすりながら立ち上がった。

「あの……陛下。実は、森へ行く途中で道に迷いまして、獣人の国の近くを通りかかったんです。そこで、お腹を空かせて倒れている獣人の子供を見つけまして」

 今度は慎重に、言葉を選びながら瞬が語る。

「それで、俺……私が持っていた保存食の干し肉をあげたんです。硬いけど噛めば味が出るやつを」 「干し肉、ひとつか?」 「はい。そうしたら、その子が実はレジスタンスの重要な連絡員だったらしくて。肉を食べて元気が戻ったおかげで、追っ手から逃げ切れて、重要な情報をアジトに持ち込めたそうなんです」

 瞬は少し照れくさそうに鼻の下を擦った。

「その情報のおかげで、ガウたちは一発逆転の作戦を決行できて、悪い王様を倒せた……ということらしいです。まあ、俺たちもちょっとだけ手伝いましたけど」

 王は口をポカンと開けたまま、固まった。  たった一つの干し肉が、革命を成功させたというのか。

 その沈黙を破るように、アリスが静かに口を開いた。  彼女の声は、相変わらず感情の起伏が薄いが、どこか楽しげな響きを含んでいた。

「陛下。物事は単独では存在しません。全ては網の目のように繋がっています」

 アリスは小さな手を広げ、空中に見えない糸を手繰るような仕草をした。

「瞬が干し肉を渡した。その小さな『原因』がなければ、連絡員は捕まり、情報は届かず、レジスタンスは壊滅し、獣人の国は暴走を続け、やがてこの国に攻め込んでいたでしょう。たった一つの優しさが、巡り巡って国家間の平和という巨大な『結果』を生んだのです」

 アリスは淡々と、しかし確信を持って続けた。

「世界とは、そのようなものです。誰かの何気ない優しさが、遠い場所で誰かの命を救う。あるいは、誰かの些細な悪意が、巡り巡って自分を傷つける。目には見えませんが、私たちはそのような『繋がり』の中で生きています」

 王は呆然とアリスの言葉を聞いていた。  風が吹けば桶屋が儲かる。  情けは人のためならず。  古来より言い古された言葉だが、目の前のこのデタラメな一行を見ていると、それが恐ろしいほどのリアリティを持って迫ってくる。

「……つまり、何か? 其の方らは、そこまで計算して行動したのか?」

 王が問うと、瞬はキョトンとした顔で首を傾げた。

「計算? いえ、そんな難しいことは……。ただ、目の前にお腹が減って死にそうな子供がいたから、持ってるものを分けただけです。飯はみんなで食ったほうが美味いですし」

 その言葉には、一点の曇りも、計算も、野心もなかった。  「自分」という枠に囚われず、損得勘定も抜きにして、ただ流れるように行動した結果が、これだ。

 王は、こみ上げてくる笑いを堪えきれず、吹き出した。

「ふ、ふふふ……はーっはっはっは!」

 王の笑い声に、側近たちが驚いて顔を見合わせる。  王はひとしきり笑った後、涙を拭いながら瞬を見た。

「其の方は、まるで嵐そのものだな。通り過ぎた後に、瓦礫(がれき)の山を作るかと思えば、なぜか見たこともないような美しい花を咲かせている」

 王の顔からは、先ほどまでの疲労の色が少しだけ薄らいでいた。  理屈で考えれば頭が痛くなるだけだ。  この男の周りでは、「常識」という物差しは何の役にも立たない。

「わかった、もう細かいことは聞かん。結果として、我が国はエルフと獣人、双方との強力なパイプを得た。これは奇跡以外の何物でもない」

 王は椅子から立ち上がり、窓の外に広がる冬の青空を見上げた。

「……縁(えにし)、か。目には見えぬが、確かに世界を動かしておるな」

 王は振り返り、一行に向けて告げた。

「下がってよい。そして、宴(うたげ)の準備をせよ。平和をもたらした英雄たちと、新たな賓客のために」

 その言葉に、瞬の顔がパァッと輝いた。

「ありがとうございます! 肉……いえ、食事を楽しみにしています!」

 深々と頭を下げる瞬。しかし、その顔はすでに宴会のメニューを想像して緩みきっている。  退出していく一行を見送りながら、王は再び椅子に座り込んだ。  心地よい疲労感と共に、胃の奥がシクシクと痛む。

「……おい」 「はっ」 「胃薬をくれ。さっきのより、もっと強いやつを頼む」

 窓の外では、冷たい風に乗って、どこからか楽しげな笑い声が聞こえてきた。  冬の寒さは厳しい。けれど、この城には今、春のような暖かく、騒がしい風が吹き込んでいる。  王は苦い薬を飲み下しながら、ふと口元を緩めた。

「まったく……退屈せぬ世の中になったものだ」

 空には飛行機雲のような白い筋が一本、鮮やかに残っていた。  それはまるで、彼らが世界に刻んだ、見えない「縁」の糸のようにも見えた。
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