無敵だけど平穏希望！勘違いから始まる美女だらけドタバタ異世界無双

第七章：天使の降臨と世界の真実

第33話：笑顔のままで、世界を掃除する

　広場に舞い降りた天使は、その慈愛に満ちた完璧な微笑みを浮かべたまま、ゆっくりと、そして優雅に、その場にひざまずく人々を見渡した。
　晴れ渡った夏の空。祭りのために飾られた色とりどりのリボンが、穏やかな風に揺れている。幸せに満ちた光景の中心で、天使は、銀の鈴を転がすように、どこまでも美しく、そして残酷な声で告げた。

「さあ、お掃除を始めましょう」

　その言葉の意味を、人々はまだ理解できなかった。
　神の御使いからの、ありがたい祝福の言葉か何かだと思ったのだろう。広場の祈りの声は、さらに熱を帯びていく。

「増えすぎた命、澱んだ魂。この世界のゴミを、綺麗に片付けなければなりませんね」

　天使が、まるで指揮者のように、優雅に、そっと指を振るった。

　次の瞬間。
　最前列で、最も熱心に祈りを捧げていた幼い子供連れの家族が、なんの前触れもなく、ふっと、その輪郭を失った。
　悲鳴も、苦痛もない。
　ただ、笑顔のまま、その体がきらきらと輝く美しい光の粒子となって、空に溶けて消えていったのだ。

　一瞬の静寂。
　何が起きたのか、誰も理解できなかった。

　そして、一人、また一人と、人々が「浄化」されていく。
　美しい光景だった。人が、きらめく光の粒となり、青空に吸い込まれていく。
　だが、それは紛れもない「死」であり、無慈悲な「虐殺」だった。

「……あ…」
「いやあああああああああ！」

　誰かの悲鳴を皮切りに、広場は阿鼻叫喚の地獄へと変わった。
　人々はパニックに陥り、我先にと逃げ惑う。しかし、天使から放たれる不可視の力からは、誰も逃れることはできない。走りながら、泣き叫びながら、次々と人々は光の粒子へと変えられていく。
　子供が落としたリンゴ飴が、逃げる人々の足に踏みつけられて砕け散る。吟遊詩人が奏でていたリュートが、無残に踏み壊される。
　ついさっきまで、幸福の象徴だったもの全てが、今はただの惨状の一部となっていた。

「な…にを……」

　セレスが、その場にへたり込んだ。
　信じられない。信じたくない。自分が、生涯をかけて祈りを捧げてきた、神聖で、慈愛に満ちた存在。その御使いが、今、目の前で、何の罪もない人々を、笑顔のまま、虫けらのように殺している。
　彼女の中で、これまで自分を支えてきた信仰の世界が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。

「てめえええええええ！！」

　我に返ったジンの、怒りに満ちた咆哮が響いた。
　彼は、怒りのままに地面を蹴り、天使に斬りかかる。その渾身の斬撃は、音速を超え、空間そのものを切り裂くほどの威力を持っていた。

　しかし。
　ジンの剣閃は、天使に届く寸前で、まるで分厚いゼリーにでもぶつかったかのように、その勢いを失い、ふっと、霧のように掻き消えてしまった。手応えすらない。

「なっ…！？」

「邪魔よ！《ライトニング・ランス》！」
　ルーナも即座に、雷の槍を数本、天使に向かって放つ。
　だが、それも同じだった。ジンの斬撃と同じように、天使に触れることさえできずに、その神聖なオーラの前で、跡形もなく消滅した。

　物理攻撃も、魔法も、一切が通用しない。
　天使は、そんな俺たちの無力な抵抗を、微笑んだまま、ただ、つまらないものを見る目で見下ろしていた。
　その姿は、あまりに絶対的で、俺たちに、底知れない絶望だけを突きつけていた。