無敵だけど平穏希望！勘違いから始まる美女だらけドタバタ異世界無双

第八章：マッドサイエンティストの狂気

第40話：天使の細胞、そして再起の誓い

「実に興味深い。君たちのその『絆』という非合理的な感情が、どこまで私の『計算』された創造物に通用するか。試してみようじゃないか」

　ヴェルギリウスは、舞台の幕を開ける演出家のように、優雅に手を広げた。
　すると、研究室の床がせり上がり、一体の、おぞましくも神々しいキメラが姿を現した。

　屈強な獣人の肉体に、冒涜的に縫い付けられた、純白の天使の翼。その目には、獣の凶暴さと、天使の無機質な光が混在している。
「私の最高傑作、『キメラ・セラフ』だ。余興を楽しんでくれたまえ」

　キメラ・セラフは、咆哮と共に、その腕から天使のような光の刃を放った。
　その光景に、仲間たちの脳裏に、聖都サンクトゥスでの、あの絶望がよぎる。一瞬、体が硬直した。

『怯えるな！あれは本物の調律者ではない！神聖な細胞の力を借りただけの、紛い物だ！』
　ティアナの鋭い声が、皆の心を現実に引き戻した。

　そうだ、怯えている場合じゃない。
　仲間たちは、即座に陣形を組み、反撃を開始する。
　しかし、キメラ・セラフは、第七章で遭遇した天使の力の一部――高速飛行と、強力な再生能力を、確かに受け継いでいた。
　ジンの斬撃も、ルーナの魔法も、決定的なダメージにはならず、傷は瞬時に再生してしまう。

「くそっ、キリがねえ！」
　ジンの焦りの声が響く。
　その時、キメラ・セラフの狙いが、後方で仲間を庇っていたソフィアに定まった。光の刃が、彼女目掛けて一直線に放たれる！

「―――させません！」

　その、凛とした声は、セレスのものだった。
　うずくまっていた彼女が、いつの間にか立ち上がっていた。その瞳には、もう、迷いも、絶望もなかった。

「神は、いないのかもしれない。天使は、敵なのかもしれない…！」
　彼女は、涙を振り払い、前を見据えて叫んだ。
「でも！目の前で苦しんでいる人がいるなら！目の前に、止めなければならない悪意があるのなら！私のこの手で、この力で、救ってみせる！」

　セレスの体から、黄金色の、慈愛に満ちた光が、奔流となって溢れ出した。
　それは、以前の彼女の力とは比べ物にならない、遥かに強く、そして温かい光。
　その光が、キメラ・セラフを包み込む。すると、あれほど強力だった再生能力が、ピタリと止まったのだ。生命を冒涜する不自然な存在を、彼女の力が「拒絶」している。

「今よ！」
　アリーシアの号令が飛ぶ。
　その一瞬の好機を、仲間たちが見逃すはずもなかった。
　ジンの剣が、ルーナの魔法が、アリーシアの鉄扇が、ティアナの古代魔法が、そしてソフィアの双剣が、完璧な連携で、キメラ・セラフに叩き込まれる。
　断末魔の叫びと共に、最高傑作は、光の粒子となって消滅した。

「……素晴らしい。実に興味深いデータが取れた」
　しかし、ヴェルギリウスは、慌てる素振りも見せず、満足げに拍手をした。
「信仰の喪失が、逆に聖なる力を増幅させるとは。君もまた、最高のサンプルだ、神官の少女」
　彼は、不気味な笑みを浮かべると、研究所の壁にある自爆装置のスイッチを押した。
「また会おう、諸君。次こそは、君たちを私のコレクションに加えさせてもらうよ」
　その言葉と共に、彼の体は転移魔法の光に包まれ、姿を消した。

　直後、研究所全体が、激しい警報音と、赤いランプの点滅に包まれる。
「いかん！ここが爆発するぞ！」
　ギデオンの叫び声と共に、俺たちは崩れ落ちる研究所を駆け抜け、彼の飛空挺へと飛び乗った。

　飛空挺が、崩壊する機動都市から緊急離脱する。
　眼下では、俺たちの目の前で、炎と黒煙を上げて、狂気の工房が爆発四散していく。夕焼けの赤い光が、その爆炎を、さらに不気味に照らし出していた。

　その光景を、俺たちは、ただ黙って見つめていた。
　そして、その心は、一つになっていた。
　天使は倒す。だが、その前に、あの男だけは、絶対に、この手で。

　やがて、セレスが、俺たちに向き直り、深々と、その頭を下げた。
「皆さん…。ごめんなさい、そして、ありがとう。……私も、戦います」

　その瞳には、もう迷いはなかった。
　俺たちは、そんな彼女の覚悟を、ただ静かに、そして力強く、受け止めたのだった。