無能と蔑まれた僕だけが知る世界の嘘。敵であるはずの怪物の少女に恋したので、人類を裏切り世界を滅ぼす。

Gaku

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第1部:養成所編

第十二話:初めてのハーモニー

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夜半、空の底が抜けたかのように激しく地面を叩きつけていた雨は、東の空が白み始める頃には嘘のようにその気配を消していた。その名残で、僕たちが立つ第三訓練場は、ひんやりと湿った朝靄にすっぽりと包まれている。濡れたアスファルトと土、そして錆びた金属が混じり合った独特の匂いが、肺を満たした。現実の市街地を模して無機質に林立するコンクリートの廃墟群が、乳白色の靄の向こう側で、まるで忘れ去られた古代文明の墓標のように、重々しい沈黙を守っていた。

水たまりを避けて歩く僕のブーツが、ちゃぷり、と小さな音を立てる。その微かな音さえも、この静寂の中では大きく響いた。割れたショーウィンドウのガラスが、夜の間に溜め込んだ雨水をきらきらと反射させ、地面には無数の小さな虹が生まれては消えていく。遠くの森からは、目覚めたばかりの鳥たちのけたたましい鳴き声が、甲高く、しかし靄に吸収されてどこか柔らかく響き渡り、新しい一日の始まりを告げていた。それはまるで、世界の終末と創生が同時に訪れたかのような、幻想的で、どこか神聖さすら感じる風景だった。

そんな現実離れした風景の中、僕たちチームJの四人は、おそろしく場違いな存在として、そこにいた。昨夜、最後の作戦会議を終えてからほとんど眠れていない。緊張と、寝不足と、そしてほんの少しの、この非日常的な状況に対する歪んだ期待が入り混じった、奇妙な空気をそれぞれが身にまとっていた。肌を撫でる朝の空気は冷たいのに、戦闘服の下はじっとりと汗ばんでいる。

「で、俺はここで待ってりゃいいんだな? ったく、退屈で欠伸が出らァ」

インカムから響いたのは、剛くんの不満げで、それでいて自信に満ち溢れた声だった。彼の巨体には到底不釣り合いなほど軽々と、巨大な模擬アサルトライフルを肩に担ぎ、心底退屈そうな顔で眼下に広がる靄の海を見下ろしている。彼の定位置は、このエリアで最も高く、周囲を一望できる五階建ての商業ビルの屋上。その縁に、彼は平然と腰かけて脚をぶらぶらさせていた。風が彼の短く刈った髪を揺らし、その度に彼の首筋の太い血管が怒張するのが見て取れた。僕の練り上げた作戦によれば、彼は最後の、そして最強の切り札であり、それまでは一切の戦闘を禁じられていた。マグマのように滾る彼の戦闘本能を、言葉だけで抑えつけるのは、至難の業だろう。彼の存在そのものが、まるで時限爆弾のようだった。

「うん。僕の合図があるまで、絶対に、絶対に動かないでくれ。一発も撃っちゃダメだ。いいね?」

僕は、手にしたタブレット端末の冷たい感触を確かめながら、緊張で少しだけかすれた声で答えた。画面には、エリアの立体マップと、仲間たちの生命反応を示す緑色のマーカーが点滅している。マーカーの横には、各メンバーのバイタルサインと、装備のエネルギー残量を示すゲージが表示されていた。心拍数、血圧、呼吸数。それらの数字の羅列が、僕には仲間たちの命そのものに見えた。まるで、繊細で複雑な機械を操作するエンジニアのような気分だった。指先が、ほんの少し震えている。

「分かっているわ。私は、あの給水塔の上から援護射撃。あなたの指示通りにね」

玲奈さんの静かで澄んだ声が、インカムから滑らかに響く。ノイズ一つないその声は、この場の張り詰めた空気を少しだけ和らげてくれるようだった。彼女は既に、僕たちから遥か後方にそびえる、錆びついた給水塔の頂上に音もなく移動していた。どうやってあの垂直の壁を登ったのか、僕には想像もつかない。その身のこなしは、靄の中を舞う黒猫のようにしなやかで、常人の目にはまず捉えきれないだろう。彼女のバイタルサインは、まるで瞑想でもしているかのように、完璧な凪を保っていた。彼女の手には、通常のスナイパーライフルとは明らかに形状の異なる、白銀に輝く特殊なエネルギーライフルが握られている。朝日を浴びて鈍く輝くその銃身は、彼女の氷のような美しさと、その内に秘めた揺るぎない意志をそのまま写し取ったかのようだった。

「ぼ、僕は、このビルの影で、えっと、煙幕弾の準備を……うぅ、お腹痛い……」

小林くんの声は、インカム越しでも分かるほど、相変わらず半泣きだった。彼は、僕が指示した廃ビルの、崩れた壁が作り出す瓦礫の影で、小動物のように体を丸め、必死に自分の装備を点検していた。彼のマーカーの横で、心拍数を示す数値が異常な速さで点滅している。彼の役割は、直接的な戦闘ではなく、後方からの攪乱と陽動だ。それでも、この戦場の空気に当てられただけで、彼の繊細な胃は無慈悲な攻撃に晒されているらしかった。頑張れ小林くん、君の胃腸の平和こそが、この作戦成功の鍵なんだ。僕は心の中で、彼にエールを送った。

そして僕は、チーム全体の司令塔として、全ての戦況を見渡せる、やや離れた通信アンテナの根元に陣取っていた。錆びた鉄骨が複雑に絡み合ったその構造物は、敵からの直接的な射線を遮る格好の盾になってくれる。ここならば、万が一の時にも敵から狙われにくく、かつ、全ての仲間と途切れることなく通信を維持できるはずだ。僕の武器は、剛くんのようなライフルでも、玲奈さんのような異能じみた狙撃技術でもない。この頭脳と、徹夜でデータを詰め込んだこのタブレット端末だけだ。

全員が、耳にイヤホン型の高性能インカムを装着している。外の音を遮断することなく、仲間たちの声だけをクリアに拾う優れものだ。僕たちを繋ぐのは、このか細い通信回線と、僕が三日三晩、過去の膨大な戦闘データを分析して作り上げた、剛くんに言わせれば「ただの机上の空論」でしかない作戦計画だけだった。

その時、訓練場の全域に設置されたスピーカーから、無機質な合成音声のアナウンスが響き渡った。朝の静寂が、まるでガラスのように砕け散る。

『訓練シミュレーション、プログラム・デルタ7、開始します。制限時間は30分。健闘を祈ります』

それを合図に、世界は動き出した。廃墟のビルの影から、路地の暗がりから、そして地下駐車場のスロープから、ぞろぞろと擬似怪物がその姿を現した。鈍いガンメタリックの金属光を放つ巨大な身体。昆虫と甲殻類を足して二で割ったような、機能性だけを追求した醜悪なデザイン。そして、その頭部で不気味に点滅する、たった一つの赤い単眼(モノアイ)。ジジッ、という微かなノイズと共に、モノアイが左右に動いて周囲をスキャンする。その数は、ざっと20体。到底、僕たち四人だけで正面からぶつかって相手にできる数ではなかった。一体一体が、小型の戦車に匹敵する戦闘力を持っているのだ。

「うおおっ、来たな! 見ろよ、あの数! 血が騒ぐぜ! よっしゃ、いっちょ揉んでやるか!」

ビルの屋上で、剛くんの全身の筋肉が歓喜に打ち震えるのが、遠目にも分かった。彼が腰かけていた縁から立ち上がり、巨大なライフルを軽々と構える。銃口が、獲物を見定めて蠢いた。今にも飛び出そうとしたその瞬間、僕の鋭い声がインカムに響き渡った。

『待って、剛くん! まだだ!』

「あぁ!? なんでだよ! あいつら、まだこっちに気づいてねぇぞ! 奇襲のチャンスだろうが!」

彼の声には、目の前の馳走を「待て」と命じられた肉食獣の、剥き出しの苛立ちが滲んでいた。インカムから、彼の荒い息遣いと、ギリ、と歯を食いしばる音まで聞こえてくるようだった。

『いいから、待ってくれ! 頼む、僕を信じて!』

僕の必死の声に、剛くんは忌々しげに「チッ」と大きな舌打ちを一つ漏らしながらも、なんとかその場に踏みとどまった。彼のバイタルサインが、心拍数の急上昇を告げている。平常時の倍近い数値だ。ストレスで彼の脳の血管が何本か切れていないか、僕は本気で心配になった。

僕は、タブレットに表示される敵の移動予測ルートを示す赤い点線と、玲奈さんの射線を示す青い直線を睨みつけ、脳をフル回転させる。アドレナリンが、僕自身の血流をも加速させていた。敵AIの行動パターンは、過去のデータから全てインプット済みだ。これまでのシミュレーションで、奴らは百回中百回、同じ行動を取っている。まず、三体の斥候を先行させ、エリアの安全を確認した後に本隊を前進させるはずだ。そのアルゴリズムの隙を突く。

(敵の第一波は三体。先行する斥候が、あの崩れたアーケード街、僕がマップ上でポイント・チャーリーと名付けた地点を通過する。そこだけが、玲奈さんのいる給水塔からの射線が完全に通る、唯一のキルゾーンだ。その瞬間は、あと5秒後に訪れる!)

思考と同時に、僕は口を開いていた。

『玲奈さん、カウントダウン、5、4、3、2、1……今だ!撃て!』

パンッ!

僕の指示と寸分違わず、ほとんど無音に近い、空気が破裂するような乾いた音だけが響いた。玲奈さんのライフルから放たれた高エネルギーの光弾が、音もなく、しかし夜空を切り裂く流星のような青白い軌道を描いて靄を貫いた。それは、まるで神の指先から放たれた裁きの光のように、先頭を歩いていた擬似怪物の赤い単眼の、そのど真ん中を見事に撃ち抜いた。

一体が、内部で激しいスパークを起こし、バチバチと青白い火花を全身から激しく散らしながら、その場に崩れ落ちる。ガシャン!という重い金属の塊が崩れる音が、数秒遅れて僕の耳に届いた。完璧な一撃だった。精密機械の内部を、たった一撃で完全に破壊したのだ。

『ナイス!』

僕が思わず叫ぶ。しかし、安堵する暇はなかった。残りの二体の斥候と、後続の本隊が、破壊された仲間を即座に認識し、一斉にこちらに気づいた。全てのモノアイが、カッと憎悪の光を灯し、その色が警戒の黄色から攻撃の赤色へと瞬時に変わる。それはまるで、血走った巨大な目玉の群れに睨まれているかのようだった。奴らは、けたたましい駆動音を響かせながら、猛然と、玲奈さんがいる給水塔の方向へと突進を始めた。アスファルトが、その重量でメリメリと悲鳴を上げる。

「ほら見ろ! バレたじゃねぇか! どうすんだよ、ガリ勉!」
剛くんが、焦りと非難の入り混じった声で叫ぶ。彼の言う通り、敵の注意を完全にこちらへ引きつけてしまった。

『想定内だ! 心配しないで! 小林くん、ポイント・ブラボーに煙幕弾を! 三、二、一、発射!』

僕の声は、自分でも驚くほど冷静だった。恐怖よりも、作戦が次のフェーズに進んだことへの興奮が勝っていた。

「は、はいぃぃぃぃぃ!」

悲鳴のような返事と共に、小林くんが震える手で発射ボタンを押した。彼が隠れる瓦礫の影から放たれた弾が、ヒュルル、と甲高い音を立てて放物線を描き、敵の進路上で正確に炸裂した。プシューッという圧縮空気が解放される音と共に、濃い白煙が瞬く間に周囲一帯に広がり、敵部隊の視界を完全に遮った。

敵の足が、プログラムにない事態に、一瞬だけ止まる。モノアイが混乱したように左右に激しく動いた。そのコンマ数秒の隙を、僕は見逃さない。

『玲奈さん、攪乱射撃! 煙で見えないだろうけど、敵のAIは視界を奪われるとパニックに陥り、最も近い目標、つまり突進していた方向の地面を無差別に攻撃する傾向がある! そのアルゴリズムを逆手に取って、煙の中の地面を狙って!奴らの足元だ!』
「了解」

玲奈さんの短い返事。彼女は冷静に、煙幕の中にいるであろう敵の足元を狙い、数発の威嚇射撃を断続的に行う。パンッ、パンッ、と乾いた発射音が響き、エネルギー弾が煙の中で炸裂して閃光を放つ。その人間離れした動体視力と空間認識能力、そして精密射撃は、敵のAIの予測を遥かに上回っていた。混乱した擬似怪物が、玲奈さんの着弾を仲間の攻撃と誤認し、煙の中で同士討ちを始めた。ガギン!ゴギン!という分厚い装甲同士がぶつかる甲高い音と、怒りのような駆動音が煙の向こうから響き渡る。

作戦の第一段階は、完璧に成功した。

しかし、僕たちの連携は、最初から滑らかだったわけではない。まるで生まれたての赤ん坊のように、ぎこちなく、何度も転びそうになりながら、それでも必死に、一つの生命体として呼吸を合わせようともがいていた。

僕の指示が、コンマ数秒遅れてしまい、敵の一体に側面からの回り込みを許しかけたことがあった。タブレットの計算に頼りすぎて、現場の生の情報を軽視した僕のミスだ。
「左翼が抜かれる!」僕が叫ぶより早く、玲奈さんのライフルが火を噴いた。いや、光を放った。その一体の脚部関節を正確に撃ち抜き、動きを止めさせたのだ。彼女は、僕の指示がない状況でも、常に最も危険な箇所を正確に見抜き、最小限のエネルギーで的確な援護射撃を加えてくれる。まるで、僕の思考を先読みしているかのようだった。

またある時は、剛くんが我慢できずに暴れ出しそうになった。煙幕の中で混乱する敵の姿に、彼の闘争本能が限界まで刺激されたのだ。
「もういいだろ! 俺に行かせろ!」
『ダメだ! 今、君が動けば、玲奈さんの位置が完全に特定される!』
「だが!」
その時だった。玲奈さんの声が、静かにインカムに響いた。
「剛。信じなさい。彼の目は、私たち全員が見ているものよりも、もっと遠くを見ているわ」
その一言は、魔法のように剛くんの興奮を鎮めた。彼はもう一度大きく舌打ちをしたが、それ以上は何も言わなかった。

小林くんに至っては、最初の煙幕弾を撃った後、自分のすぐ近くで起きた同士討ちの轟音にパニックを起こし、次の指示があるまで瓦礫の影で頭を抱えて動けなくなってしまった。
『小林くん! 聞こえるか! ポイント・エコーに陽動のフラッシュバンを!』
「む、無理です! こ、怖い……!」
彼の震える声を聞いた時、僕は一瞬、彼を戦力から外すことまで考えた。だが、それではダメだ。この四人で勝たなくては意味がない。
『小林くん! 君がそこで頑張ってくれるから、僕たちは戦えるんだ! 君は一人じゃない! 僕たちがいる!』
僕の必死の言葉に、インカムの向こうで彼が息を呑む気配がした。数秒の沈黙の後、震えながらも、しかし確かな声が返ってきた。
「……や、やります!」
放たれた閃光弾が、煙幕から抜け出そうとしていた敵の一群のセンサーを眩ませ、その動きを数秒間、完全に麻痺させた。

僕たちは、何度もぶつかり、何度も躓きかけた。しかし、その度に、誰かが誰かを支え、一つの目的のために、不器用ながらも歯車を噛み合わせていった。

戦闘開始から5分。僕の作戦通り、敵の半数近くを消耗させ、残りの部隊を中央広場へと誘い込むことに成功した。そこは、四方をビルに囲まれた、まさに袋の鼠となる場所だ。しかし、味方の消耗も激しかった。玲奈さんのライフルのエネルギーゲージは、残り30%を切っている。精密射撃を繰り返した彼女の集中力も、限界に近いはずだ。小林くんの煙幕弾も、残りはあと一発。僕自身の思考力も、アドレナリンの過剰分泌で徐々に鈍り始めているのを感じた。

広場に集結した十数体の擬似怪物が、じりじりと包囲網を狭めてくる。ガシャン、ガシャン、と一歩ずつ距離を詰めてくるその足音が、まるで死へのカウントダウンのように響く。赤い単眼が一斉にこちらを向き、殺意の光を放った。もう、小細工は通用しない。万事休すか。誰もがそう思った、その時。

僕は、大きく息を吸い込んだ。

『剛くん』

僕の声が、静かに、しかし鋼のような強さを持ってインカムに響いた。

『90秒だけ、君に預ける。君の身体能力が最大効率で稼働する、その黄金の90秒で、全てを終わらせてくれ! 僕たちが、君への道を切り開く!』

その言葉を、彼は待っていた。いや、渇望していた。

「よっしゃあああああああ! やっと、やっと俺様の出番だなあああ!」

咆哮。それは、抑えつけられていた全てのエネルギーを解放する、獣の雄叫びだった。剛くんの全身の筋肉が、まるで意志を持った生き物のように爆発的に膨れ上がった。アドレナリンが、彼の血管を灼熱の溶岩のように駆け巡る。彼のバイタルサインが、タブレット上で危険領域を示す深紅色に染まった。

彼がいたビルの屋上から、剛くんは躊躇なく飛び降りた。五階建ての高さから、まるで赤い彗星のように、敵のど真ん中に向かって。

ズウウウウン!

地響きと共に、彼が広場の中央に着地した。アスファルトが蜘蛛の巣状に砕け散り、衝撃波が周囲の擬似怪物をよろめかせる。

『玲奈さん、剛くんの右後方、三時の方向の敵を! 小林くん、最後の煙幕弾で広場全体の敵のセンサーを眩ませて! 今だ!』

僕の指示が、矢継ぎ早に飛ぶ。もうタブレットは見ていない。戦場の流れ、仲間たちの呼吸、風の音、敵の駆動音、その全てが、僕の頭の中に直接流れ込んでくるようだった。

玲奈さんの放った最後の一撃が、剛くんの死角から迫っていた敵のモノアイを寸分違わず撃ち抜いた。エネルギーを使い果たしたライフルから、か細い煙が立ち上る。
小林くんが震える手で撃ち上げた最後の煙幕弾が、敵集団の頭上で炸裂し、そのセンサーを白く焼き、その動きをコンマ数秒、鈍らせる。

そして、その中心で、剛くんが舞う。いや、荒れ狂っていた。巨大なアサルトライフルを、もはや銃としてではなく、巨大な鉄の棍棒のように振り回し、敵の分厚い装甲を紙切れのように引き裂き、その数百キロはあろうかという巨体を、まるでボールのように軽々と投げ飛ばす。それは、もはや戦闘ではなかった。純粋な「破壊」という名の、荒々しくも美しい芸術だった。

剛くんの、全てを粉砕する圧倒的なパワー。
玲奈さんの、神業としか言いようのない精密なサポート。
小林くんの、恐怖を乗り越えた必死の援護。
そして、それら全てを繋ぎ、最適なタイミングで、最適な場所へと導く、僕の頭脳。

バラバラだった四つの力が、僕の声を介して、一つの巨大な生き物のような、完璧な連携(ハーモニー)を生み出していた。剛くんが一体の敵を殴り飛ばす。その先にいる別の敵を、玲奈さんの最後の一撃が仕留めている。その隙を狙うさらに別の敵の視界を、小林くんの煙幕が奪う。その全ての流れを、僕が予測し、指示する。

(すごい……!)

僕は、アンテナの影から身を乗り出し、目の前で繰り広げられるその光景に、鳥肌が立つのを感じていた。
(1+1+1+1が、4じゃない。10にも、100にもなっている。これが、繋がりが生み出す力。『創発』……! 個々の能力の総和を、遥かに超える力が、今ここで生まれている!)

88、89、90秒。

僕の予測通り、最後の擬似怪物が剛くんの渾身のアッパーカットによって巨大な鉄屑と化したのと、彼の筋肉が限界を迎え、ぜえぜえと肩で息を始めたのは、寸分の狂いもなく、ほぼ同時だった。

静寂が、戦場を支配した。

『訓練、終了。チームJ、評価、Aプラス』

破壊された擬似怪物の残骸が転がる広場に、どこか誇らしげなアナウンスが響き渡った。

訓練後、僕たち四人は医務室の簡易ベッドで、ぐったりと伸びていた。消毒液の匂いが鼻をつく。全身が鉛のように重く、指一本動かすのも億劫だった。しかし、誰の顔にも、不思議な満足感が浮かんでいた。それは気まずい沈黙ではない。言葉はいらない、心地よい疲労感に満ちた沈黙が、部屋を支配していた。

先に体を起こしたのは、意外にも剛くんだった。彼は、隣のベッドでぼんやりと天井のシミを数えていた僕の方を、ちらりと見た。その視線は、いつものような侮蔑や苛立ちの色を帯びてはいなかった。どこか、探るような、それでいて不器用な光を宿していた。

「おい、ガリ勉」
「……なんだい」
僕は、気怠い体をゆっくりと起こしながら答えた。
「悪くなかった」

それだけ言うと、剛くんは照れ隠しのように、ぷいと顔をそむけてしまった。その耳が、少しだけ赤くなっているのを僕は見逃さなかった。

僕は、その不器用な一言が、どんな賛辞よりも嬉しかった。心の奥底が、じんわりと温かくなるのを感じた。僕たちの間にあった分厚い氷の壁が、ほんの少しだけ、溶けたような気がした。

僕は、ゆっくりと体を起こし、窓の外に目をやった。空が、燃えるようなオレンジ色に染まっている。美しい夕焼けだった。その光が医務室に差し込み、僕たちの疲れた顔を優しく照らしていた。玲奈さんは静かに目を閉じて瞑想しているようだったし、小林くんは緊張から解放されたのか、ベッドの上で安心しきった寝息を立てていた。

初めて、この四人の間に、「チーム」と呼んでもいいような、温かい空気が流れた気がした。

それは、ほんの小さな、しかし僕たちにとっては、何よりも大きな、確かな一歩だった。夕焼けの光の中で、僕たちの新しい物語が、静かに始まろうとしていた。
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