無能と蔑まれた僕だけが知る世界の嘘。敵であるはずの怪物の少女に恋したので、人類を裏切り世界を滅ぼす。

Gaku

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第1部:養成所編

第21話 それぞれの道、同じ空

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四月。季節という名の巨大な歯車は、誰の感情も置き去りにして、ただ律儀に、そして残酷なまでに平等に、その役目を果たしていた。
つい先日まで、まるでこの世界そのものを手放すまいと必死に枝にしがみついていた桜の花びらも、幾度となく吹き荒れた春の嵐にとうとう根負けしたのだろう。その儚い薄桃色の夢の残骸は、今やそのほとんどがアスファルトの上で無惨な茶色い染みへと姿を変え、過ぎ去った季節の墓標のように点在していた。その寂寥とした風景の代わりとでも言うように、新たな季節の主役の座を堂々と奪い取った欅(けやき)の若葉が、空に向かってこれみよがしに掌を広げている。天から降り注ぐ金色の陽光を、まるで一滴たりとも逃すまいと貪欲に吸い込み、その生命力を青々とした輝きに変えていた。目に眩しいほどの、鮮烈な緑。それはあまりにも力強く、見る者の網膜を焼き付けるようだった。

地球防衛隊養成所の中庭に面した、コンクリート打ちっぱなしの渡り廊下。その冷たい質感とは裏腹に、春の柔らかな光がまだら模様の影を落とすその場所で、宮沢譲(みやざわ ゆずる)は、久しぶりに仲間たちの顔に囲まれていた。春休みという名の、あってないような短い休息期間が終わりを告げ、今日から、彼らは二年生としての新しい日常を始めるのだ。風が吹き抜けるたびに、近くの植え込みから湿った土の匂いと、若草の青い香りがふわりと運ばれてくる。

「よう、紙の上の英雄サマは、春休み中も机にかじりついてガリ勉だったのか?」

開口一番、挨拶代わりにそんな軽口を叩いてきたのは、身長二メートル近い巨躯を持つ赤城剛(あかぎ ごう)だった。その巨体から発せられる声は、渡り廊下の天井に反響して重低音のように響く。ドス、ドス、と地を踏みしめるような足音を立てて近づく彼の影が、一瞬、譲をすっぽりと覆い隠した。だが、その声には、以前のような刺々しく侮蔑に満ちた色はなく、どこか大型犬がじゃれつくような、親しみを帯びた響きが混じっている。もはや、彼のこのセリフは「やあ、元気だったか」くらいの意味しか持たない、彼らの中での定型文と化していた。

「君こそ、その自慢の野生の勘はまだ健在かい? すっかり春の陽気で鈍ってなければいいけどね。まあ、君の場合、元々それくらいしか取り柄がないんだから、せいぜい大事にしないと」

譲も、すっかり手慣れた様子で、柳に風と受け流しながら皮肉を返す。売り言葉に買い言葉。だが、その言葉の応酬には、金属がぶつかり合うような不協和音ではなく、不思議と心地よい、予測可能なリズムがあった。まるで、気の置けない仲間同士で交わされる、合言葉のようだった。

「あんだとコラァ! 俺の勘はな、OSみたいに毎日アップデートされてんだよ! 昨日より今日、今日より明日、常に最高の状態にチューンナップされてんだ! わかったか!」
剛がゴキリと指の骨を鳴らし、巨大な拳を振り上げる。その筋肉の塊のような腕が動くたびに、制服の生地が悲鳴を上げた。

「へえ、その筋肉質な頭脳にもアップデート機能が実装されてるなんて驚きだ。てっきり買い切り版のプリインストールアプリだと思ってたよ」
譲は肩をすくめ、あくまで涼しい顔を崩さない。剛の血管が浮き出たこめかみが、ぴくぴくと痙攣しているのが見えた。

「ぶっ殺すぞこの白モヤシ!」

「もー、二人とも相変わらずなんだから! 久しぶりに会ったっていうのに、それしか言うことないの!?」

今にも掴みかからんとする剛と、挑発的な笑みを浮かべる譲の間に、ふわりと春の日差しそのものが舞い降りたかのように割って入ったのは、橘陽葵(たちばな ひまり)だった。彼女の明るい声が響くだけで、その場の空気がふわりと二度ほど暖かくなるような気がする。彼女の背後から差し込む陽光が、その柔らかな栗色の髪を透かし、天使の輪のように輝かせていた。タタタ、と軽やかな足音が、二人の間の緊張を解きほぐしていく。

その一連の光景を、一歩離れた場所から、まるで慈愛に満ちた太陽のような笑顔で見守っているのは、朝倉颯太(あさくら そうた)だ。彼の存在は、絶対的な肯定感の塊だった。彼がそこにいて、その人好きのする笑顔を浮かべているだけで、どんなくだらない冗談も、どんなしょうもない悪態も、すべてが許され、意味のあるコミュニケーションへと昇華されるような気がしてくる。彼の周りには、いつも穏やかで淀みのない空気が流れていた。

そして、その喧騒からさらに一歩引いた、渡り廊下の冷たい柱に背中を預けるようにして、神楽院玲奈(かぐらいん れな)が静かに佇んでいた。雪を固めて作ったかのように白い肌と、腰まで届く濡羽色の黒髪。まるで熟練のアーティストが作り上げたCGモデルめいた完璧な美貌は相変わらずだが、以前のように周囲の人間すべてを拒絶する、絶対零度の氷のようなオーラは、少しだけ和らいでいるように見えた。春の微風が彼女の長い髪を優しく揺らす。彼女は仲間たちのやり取りを直接見るでもなく、ただ中庭で風にそよぐ欅の若葉に目を細めている。だが、その彫刻のように整った唇の端に、本当にごく微かだが、春霞のように淡い、捉えどころのない微笑が浮かんでいることに、譲だけは気づいていた。それは、ほんの一瞬だけ現れては消える、陽炎のような微笑みだった。

あの無人島での最終試験は、彼らの関係を、分子レベルで確かに変えた。
死という、抗いようのない絶対的な恐怖を前にして、彼らは互いの弱さを曝け出し、誰にも見せたことのなかった過去の傷を舐め合ったのだ。暗く湿った洞窟の中、揺らめく焚き火の光だけを頼りに、途切れ途切れに語り合った夜。いがみ合っていた剛でさえ、絶望的な状況を打開する譲の冷静な分析能力が、チームの命綱であることを認めざるを得なかった。孤高を気取り、誰の助けも必要ないと嘯いていた玲奈も、独りでは決して見ることのできない景色が、チームという不格好で、不器用な繋がりの先にあることを知った。

彼らはもう、同じ教室で授業を受けるだけの、ただのクラスメイトではなかった。死線を共に潜り抜けた、「戦友」と呼んでも差し支えのない存在のはずだった。
この穏やかな時間。くだらない会話。風が運んでくる、生命の始まりを告げる土の匂い。肌を優しく撫でていく、生暖かい空気。
もし、この瞬間を写真に撮って、永遠に引き伸ばすことができるのなら。
譲は、そんな非科学的で、ひどくセンチメンタルな感傷に、ほんの一瞬だけ、身を委ねていた。この時間が、この関係が、永遠に続けばいいと、心の底から願っていた。

その硝子細工のように繊細で、穏やかな空気は、校舎のメインホールに設置された巨大な電子ディスプレイの前で、まるで薄氷が冬の川面に張る音もなく割れるかのように、あっけなく砕け散った。

新学期のクラス編成。
二年生からは、それぞれの適性や能力に応じて専門分野のクラスが細分化される。特に、最前線で正体不明の怪物と直接対峙する「討伐科」は、身体能力、特殊能力、精神力のすべてにおいて、養成所が誇る「アース」の中でも特に優秀な者だけが選抜される、エリート中のエリートコースだ。ホールは、自分の名前を探す生徒たちの期待と不安が入り混じった熱気で、むせ返るようだった。ざわざわという無数の声が、高い天井に反響し、巨大な蜂の巣の中にいるような錯覚を覚えさせる。

「あった! よっしゃ! 討伐科、Aクラス!」

最初に歓喜の声を上げたのは、やはり颯太だった。彼は持ち前の運動能力で人波を器用にかき分け、ディスプレイの最上段に燦然と輝く自分の名前を見つけたらしい。その声は、ホールの喧騒の中でも不思議とよく通った。隣で、陽葵も「私もだ! やったね、颯太!」と、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねている。彼女の喜びが、周囲の空気にまで伝播していくようだった。

譲は、ゆっくりと、一歩一歩、まるで足枷を引きずるように人垣に近づいた。心臓が、ドクン、ドクun、と嫌な音を立てて大きく脈打っている。その鼓動が、耳の奥で直接響いているかのようだ。

【討伐科 Aクラス】
朝倉 颯太
橘 陽葵
神楽院 玲奈
赤城 剛

エリートたちの名前が並ぶリスト。その中に、見慣れた仲間たちの名前が、誇らしげに、そして当然のように並んでいた。剛が「ケッ、当たり前だろうが」と、照れ隠しのようにぶっきらぼうに呟き、玲奈もまた、静かに小さく頷いている。四人が、再び同じクラスで戦える。その事実は、彼らにとって疑いようのない吉報であり、祝福されるべき未来の始まりだった。

譲は、その歓喜の輪から少し離れた場所で、ディスプレイに映し出された無機質な文字列の中から、必死に自分の名前を探した。
討伐科のリストを、何度も、何度も目で追う。Aクラス、Bクラス。リストの隅から隅まで。だが、そこに「宮沢譲」の四文字は、どこにもない。
じわり、と背中に氷水を流し込まれたような、嫌な汗が滲み出る。呼吸が浅くなり、吸い込んだ空気が肺にまで届かない。分かっていたはずだ。頭では、痛いほど理解していた。アースの能力を持たない一般枠の自分が、彼らと同じクラスになれるはずがない、と。だが、心のどこかで、本当に片隅で、万に一つ、億に一つの可能性を信じていたのだ。あの無人島での最終試験での功績が、冷徹なシステムに何らかの例外を認めさせるのではないかと。あの夜、仲間たちと分かち合った確かな絆が、組織という無機質なシステムに、ささやかな奇跡を起こしてくれるのではないかと。
それは、あまりにも甘く、幼稚で、愚かしい期待だった。現実という名の分厚い壁の前では、あまりに無力な幻想だった。

そして、彼は見つけてしまった。
メインの表示エリアから追いやられた、ディスプレイの本当に隅の方。まるで、誰も気に留めない、忘れ去られた連絡事項のように、小さな、小さな文字で表示されたリストの中に、自分の名前を。

【後方支援科 Cクラス】
宮沢 譲

その文字列が網膜に焼き付いた瞬間、世界から音が消えた。
ブツン、と古いテレビの電源が落ちるように、周囲の生徒たちの歓声も、ざわめきも、すべてが分厚いガラスの向こう側へと一瞬で遠ざかっていく。視界が急速に白く霞み、まるで自分の身体が自分のものでなくなったような、奇妙な浮遊感に襲われた。足が地についている感覚がない。
討伐科と、後方支援科。
それは、英雄になる者と、それを支える者とを分ける、絶対的な境界線。
それは、眩い光の当たる舞台に立つ者と、その舞台袖で永遠に影に徹する者との、決して越えることのできない壁。
自分は、またしても、置いていかれたのだ。あの輝かしい輪の中から、弾き出されたのだ。

「譲、クラス、違ったな」

静寂の世界に、すぐ隣から、フィルターのかかったようなくぐもった声が聞こえた。颯太の声だった。ゆっくりと、錆びついたブリキ人形のように振り返ると、彼はバツが悪そうに、どこか同情するような、憐れむような目で譲を見ていた。その視線が、譲の心を無数のガラスの破片で突き刺した。同情されるのは、自分が彼らよりも劣っているからだ。その揺るぎない事実を、親友であるはずの男の瞳が、容赦なく、残酷に突きつけてくる。

「……ああ。まあ、当然だろ。俺は一般枠なんだから」

平静を装って、そう答えるのが精一杯だった。声が震えていなかっただろうか。顔が引き攣って、歪な笑みになっていなかっただろうか。陽葵が、心配そうにこちらを覗き込んでいる。彼女の優しい眼差しが、今はただ痛い。剛が、何か言いたげに口を開きかけて、しかし掛けるべき言葉が見つからないとでもいうように、気まずそうに視線を逸らした。玲奈の、感情の読めない静かな瞳も、今の譲にはすべてが耐え難い苦痛だった。彼女の沈黙が、お前はいるべき場所が違うのだと、雄弁に語っているように思えた。
彼らの優しさが、今は何よりも重い鉛となって、譲の肩にのしかかる。彼らがかけがえのない仲間であればあるほど、その輪に入れない自分の惨めさが、醜く際立ってしまう。

「悪い、俺、ちょっと用事を思い出した」

譲は、ほとんど逃げ出すようにして、その場を後にした。背中に突き刺さる仲間たちの視線が、物理的な痛みとなって突き刺さるのを感じながら、彼はただ、無心で歩いた。人混みを抜け、ホールの喧騒を背に、光の当たらない廊下へと吸い込まれていった。

後方支援科の教室は、討伐科のある最新鋭の校舎とは連絡通路で繋がれた、別の少し古びた棟にあった。廊下は薄暗く、窓も少ないためか、ひんやりとした空気が澱んでいる。すれ違う生徒たちの顔にも、討伐科の生徒たちが見せていたような熱気や自信に満ちた輝きはない。誰もが少し俯きがちで、どこか覇気のない、諦めにも似た静けさが漂っていた。リノリウムの床を歩く自分の足音だけが、やけに大きく響いた。

Cクラスと書かれたプレートが貼られた教室の扉を開けると、中は討伐科のそれとは比べ物にならないほど殺風景だった。壁には旧式の液晶モニターが数台。机と椅子が、ただ墓石のように無機質に並んでいるだけ。窓から見える景色も、華やかな訓練場ではなく、物資を運ぶ大型トラックがひっきりなしに行き交う、地味な搬入口だった。ディーゼルエンジンの低い唸りと、荷物を下ろす金属音が、時折聞こえてくる。
この場所に、これから一年、自分は閉じ込められるのだ。そう思うと、息が詰まりそうだった。

やがて、教室に一人の初老の教官が入ってきた。白髪交じりの髪を短く刈り込み、使い古された制服を隙なく着こなしている。彼は、穏やかそうな見た目とは裏腹に、その瞳の奥に有無を言わせぬ厳しさと、深い諦観を宿していた。
「諸君、ようこそ後方支援科へ。まず最初に言っておく。君たちは、英雄にはなれない」
そのあまりにも直接的な言葉に、教室の空気がさらに重く、冷たく沈んでいくのが肌で感じられた。何人かの生徒が、息を呑む音が聞こえた。
「君たちの仕事は、英雄を創り、支え、そして生還させることだ。銃を撃つ者だけが兵士ではない。その引き金が引かれる、たった一瞬のために、どれだけの人間が背後で血の滲むような努力を重ねているか。どれだけの情報が分析され、どれだけの物資が運ばれ、どれだけの負傷者が運び込まれるか。それを骨の髄まで理解するのが、君たちの最初の任務だ」
それは、揺るぎない正論だった。かつて、父が自分に言ってくれた言葉とも重なる。
だが、今の譲の、乾ききってひび割れた心の砂地には、その正論という名の水は、一滴も染み込んでいくことはなかった。ただ、表面を滑り落ちていくだけだった。

その時、遠くから、地響きのような爆音が轟いた。
びりびり、と古い窓ガラスが微かに震える。全員が一斉に窓の外に目をやると、爆音は討伐科の専用訓練施設からだった。彼らの、新しい訓練が始まったのだ。その音は、新たな世界の始まりを告げる輝かしいファンファーレのようであり、同時に、自分だけがこの薄暗い場所に置き去りにされたことを宣告する、無慈悲な号砲のようにも聞こえた。
人生は、思い通りにならない。
それは、この世に生まれ落ちた瞬間から、誰もが背負わされる絶対的な法則(苦諦)なのだ。譲は、唇を強く、血が滲むほどに噛み締め、そのどうしようもない現実を、ただ黙って受け入れるしかなかった。

その日の夕方、割り当てられた寮の自室で、譲は窓の外をぼんやりと眺めていた。
空は、燃えるようなオレンジ色から、深い悲しみを湛えた紫色へと、刻一刻とその表情を変えている。世界が終わっていくような、荘厳で美しいグラデーション。その空を背景に、訓練を終えた颯太たちが、訓練施設の出口からぞろぞろと出てくるのが見えた。
剛が颯太の肩を乱暴に叩き、陽葵が口を大きく開けて笑っている。玲奈も、その少し後ろを、いつも通り静かについて歩いている。声は聞こえない。だが、彼らが今日の訓練の成果を、興奮気味に語り合っているのだろうことは、手に取るように分かった。彼らの周りだけが、夕焼けの光を集めて輝いているように見えた。
自分と彼らの間には、一枚の冷たい窓ガラスがあるだけだ。物理的な距離は、ほんの数十メートルに過ぎない。しかし、その透明な壁は、地球と月ほどの、絶望的な断絶を象徴しているように思えた。

ふと、壁に無造作に貼った一枚の写真が目に入る。
一年前の最終試験の後、教官に無理やり撮らされた、チームJの集合写真だ。
泥と煤で顔中を汚し、不貞腐れたようにそっぽを向く剛。その隣で、あの時初めて見たような、本当に微かな、はにかむような微笑を浮かべる玲奈。泣きはらして赤くなった目で、それでも無理にピースサインを作っている、今はもういない小林。そして、極度の疲労と、それを乗り越えた誇らしさが入り混じった、何とも言えない顔で笑っている自分。
あの時、確かに彼らは一つだった。出自も能力も性格もバラバラな、寄せ集めの、最低最悪のチーム。だが、あの暗い洞窟で、あの最後の戦場で、彼らは互いの弱さを認め合い、一つの生命体のように呼吸を合わせ、戦った。あの絆は、本物だったはずだ。

では、なぜ。なぜ今、自分はこんなにも独りなのだろう。
あの、命を懸けて育んだはずの絆さえも、養成所という巨大なシステムの前では、季節の移ろいと共にその形を変えてしまう、儚い幻だったのだろうか。

喉の奥から込み上げてくる熱いものを、譲は奥歯を強く噛み締めてこらえた。泣いたところで、何かが変わるわけではない。惨めさが増すだけだ。
父の、不器用で、けれど温かい声が、脳裏に蘇る。
『頭でっかちのお前さんには、お前さんにしかできない戦い方が、きっとあるさ』
そうだ。英雄にはなれない。颯太のようには、決して。光の当たる場所には立てない。
だが、戦うことをやめたわけじゃない。戦う場所が変わっただけだ。
譲は、写真の中の、誇らしげな自分に語りかけるように、静かに、しかし腹の底から絞り出すように力強く、呟いた。

「ここからが、俺の本当の戦いだ」

同じ空の下、同じ夕焼けを見ているはずなのに、窓ガラスのこちら側と向こう側とでは、見える景色が全く違う。
英雄たちの物語が華々しく幕を開けたその陰で、誰にも知られることのない、誰に称賛されることもない、たった一人の戦いが、今、静かに始まろうとしていた。
見上げる夜空には、昨日と何も変わらない、冷たい光を放つ月が浮かんでいる。だが、その月が照らし出す道は、もう仲間たちの歩む輝かしい道とは、二度と交わることはないのかもしれない。それでも、歩き出さなければならなかった。光の届かない、影の中の道を。たった一人で。
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