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第1部:養成所編
第30話:認められた価値
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意識が、どこまでも続く白の奔流の中から、ゆっくりと、本当にゆっくりと浮上してくる。それはまるで深い、深い海の底から、光を目指して泳ぎ上がるような、途方もなく長く、そして静かな旅路だった。最初に感じたのは、微かに鼻腔をくすぐる消毒液の、あのツンとした独特の匂い。記憶の片隅にある保健室の匂いによく似ていたが、それよりももっと濃密で、空気に溶け込んでいるというよりは、空気そのものが消毒液でできているかのような錯覚を覚えるほどだった。次に、規則正しく、しかし無機質に響く電子音が鼓膜を震わせた。ピッ、ピッ、ピッ、と単調なリズムを刻むその音は、まるで時の歩みを計測する機械の心臓音のようだ。まるで自分の生命がその電子音に管理されているかのようだ。譲はそんな奇妙な感覚にとらわれた。
それから、自らの身体の存在をはっきりと認識した。驚くほど重い。手足の先から頭のてっぺんまで、まるで鉛の塊のようにベッドへと沈み込んでいる。マットレスのスプリングが軋む音さえ聞こえてきそうなほど、全身が重力に引かれていた。誰かが無理やり身体をマットレスに縫い付けているのではないか。そんな馬鹿げた考えが、まだ覚醒しきらない朦朧とした頭をよぎる。指一本動かすことさえ、億劫でたまらなかった。
譲は、瞼の裏側でうごめく光を感じながら、億劫な瞼を、それこそ錆びついた城門を押し開くように、ゆっくりとこじ開けた。瞬きを数回繰り返すと、ぼやけていた視界が徐々に焦点を結んでいく。飛び込んできたのは、見慣れた養成所の寮の部屋の、木目が浮かぶ天井ではなかった。そこにあったのは、医務室の、シミ一つない真っ白な、無機質な天井だった。蛍光灯の白い光が容赦なく目に突き刺さり、思わず眉をひそめる。空気はひんやりとして乾燥しており、シーツの糊の匂いが、消毒液の匂いに混じって微かに漂っていた。部屋の隅では、小さな加湿器が白い蒸気を静かに噴き出している。窓の外は、すでに夕暮れが近いのか、部屋全体が淡いオレンジ色の光に包まれ始めていた。
「あ、譲、起きた! よかった……!」
か細い、しかし心の底からの安堵に満ちた声が、鼓膜を優しく揺らした。その声は、張り詰めていた琴の糸がふっと緩んだかのような、微かな震えを帯びていた。譲がゆっくりと視線を声のした方へ向けると、ベッドの脇に置かれた簡素なパイプ椅子に、橘陽葵が座っていた。彼女は、こくり、こくりと船を漕いでおり、譲が目覚めたことに気づいて、はっと顔を上げたところだったらしい。夕日が差し込む窓を背にしているせいで彼女の表情は影になっていたが、そのシルエットだけでも、彼女がどれほど憔悴しているかは明らかだった。目の下には、くっきりと隈が刻まれており、ここ数日、まともに眠れていないことが手に取るように窺えた。いつもは溌剌としている彼女の雰囲気が、今はまるで萎れた花のようだ。
「……陽葵? 僕、どれくらい……」
掠れた、自分のものではないような声が喉から絞り出された。長い間声を出していなかったせいで、喉がひどく乾いている。
「三日! 丸三日も眠りっぱなしだったんだからね! 極度の精神的疲労だって、お医者さんが。もう、どれだけ、どれだけ心配したか……!」
陽葵は、潤んだ瞳でそう言った。言葉の端々が、抑えきれない感情で震えている。彼女はパイプ椅子から勢いよく立ち上がると、慣れない手つきでベッドサイドに置かれた保温ポットを手に取った。カチャリ、と金属の軽い音を立てて蓋を開け、中に入っている温められたレトルトのおかゆを、プラスチックのスプーンですくう。その手つきは、まるで初めて爆弾処理に挑む新兵のように、ぎこちなく、小刻みに震えていた。スプーンを持つ彼女の指先が、緊張で白くなっているのが見えた。ポットから立ち上る湯気が、夕陽に照らされてキラキラと舞っている。おかゆの、米の甘い香りがふわりとあたりに漂った。
「ほら、お腹すいたでしょ? あーん」
彼女は、少しでも元気づけようと、努めて明るい声で言った。しかし、その声もまた、微かに震えていた。
「いや、自分で食える。手、動くし」
譲は、まだ鉛のように重い腕をゆっくりと持ち上げながら断った。だが、その弱々しい抵抗は、陽葵の決意の前では無力だった。
「いいから! 病人は大人しくしてるの!」
有無を言わせぬ強い口調。陽葵は決然とした表情で、譲をベッドに押し戻すと、スプーンを彼の口元へと運ぶ。彼女の真剣な眼差しには、絶対に食べさせてみせるという強い意志が宿っていた。しかし、その熱意と裏腹に、彼女の手はまだ緊張で硬くなっている。スプーンは、譲が口を開けるよりもコンマ数秒早く、彼の顔面に到達した。そして、その先端は、寸分の狂いもなく、彼の左の鼻の穴へと、ぐりぐりと、慈悲なく突き刺さった。
「ぶっ!? げほっ、ごほっ! 陽葵、お前、僕を殺す気か!」
熱いおかゆが鼻腔の粘膜を直撃し、ツンとした痛みが脳天を貫く。甘くも香ばしい米の風味が、吸う息と共に肺へと流れ込もうとし、譲は呼吸困難と屈辱感で激しくむせ返った。生理的な涙がじわりと目に滲む。ベッドのスプリングが、彼の苦悶の動きに合わせてぎしぎしと悲鳴を上げた。
「あわわわ! ご、ごめん! 違うの、手が滑って……! わ、わざとじゃなくて!」
陽葵は顔を真っ赤にして、必死に謝罪の言葉を繰り返す。彼女の手から滑り落ちたスプーンが、カラン、と乾いた音を立てて床に転がった。慌ててティッシュで譲の鼻を拭こうとするが、その手もまた震えていて、うまく焦点が合わない。そんな気まずさとカオスに満ちたドタバタ劇の最中、医務室のドアが、ぎぃ、と静かに、しかし重々しい音を立てて開いた。
そこに立っていたのは、どこか神妙な面持ちの朝倉颯太だった。夕陽が彼の背後から差し込み、そのシルエットをくっきりと縁取っている。彼はいつも身にまとっている太陽のような明るいオーラを完全に消し去り、まるで別人のように静かで、硬い表情をしていた。
彼は、鼻におかゆを詰まらせて涙目でむせ返っている譲と、半泣きでオロオロと狼狽する陽葵を一瞥した。その視線には、驚きも呆れもなく、ただ深い、静かな感情が宿っているだけだった。彼は一つ、重いため息をついた。その吐息が、部屋の空気をわずかに揺らす。そして、迷いのない足取りで、まっすぐに譲のベッドへと歩み寄った。コツ、コツ、と彼の靴音が、静かな医務室にやけに大きく響き渡る。
ベッドの横で立ち止まると、颯太は何も言わずに、深く、深く、今まで見たこともないほどに深く、頭を下げた。それは、儀礼的な会釈などでは断じてない。まるで地面に額を擦り付けるかのように、彼の身体はほとんど直角に折り曲げられていた。彼の肩が、かすかに震えているのが見えた。
「ありがとう。そして、すまなかった。お前がいなかったら、俺たちはみんな、死んでた」
その声は、いつもの太陽のような快活さとは無縁の、地面の底から絞り出すような、低く、掠れた声だった。それは、ただの感謝の言葉ではなかった。自分たちの慢心と無力さを認め、友の、これまで見ようとしてこなかった力を認め、そして、その力を心の底から信じきれなかった自分自身への、痛切で、血を吐くような謝罪の言葉だった。その一言一言が、鉛のように重く、部屋の空気の中に沈んでいく。
譲は、鼻からおかゆの粒を飛ばしながら、まだ少し残る呼吸の苦しさと、胸に突き刺さる颯太の言葉の重みに耐えながら、ただ「……別に。やるべきことをやっただけだ」と、素っ気なく答えることしかできなかった。それは彼の精一杯の強がりであり、照れ隠しでもあった。颯太は何も言わず、ただもう一度、言葉もなく、深く、深く頭を下げた。そして、ゆっくりと顔を上げると、その瞳でじっと譲を見つめた。その視線は、以前のようにどこか譲を見下すようなものではなく、対等な、あるいはそれ以上の存在を見るような、複雑な色を帯びていた。
やがて颯太は静かに踵を返し、来た時と同じように、コツ、コツ、と靴音を響かせながら部屋を出て行った。閉まったドアの向こうに彼の足音が遠ざかっていくのを、譲と陽葵は呆然と聞いていた。二人の間に流れる空気は、明らかに以前とは違うものに変わっていた。それは決して居心地の良いものではなかったが、かといって悪いものでもない、奇妙な静けさだった。その新しい距離の測り方を、まだ誰も知らなかった。
養成所内での譲の評価は、この一件で百八十度変わった。まるで手のひらを返すように、という陳腐な表現がこれほど似合う状況もなかっただろう。これまで「机上の空論家」「口だけのモヤシ」と揶揄されていた彼の名は、今や伝説の色を帯び始めていた。「影の司令塔」「紙の上の英雄、マジで英雄だった」。そんな囁き声が、生徒たちの間で交わされるようになった。
彼が退院し、久しぶりに寮から教室へと続く廊下を歩くと、その変化は肌で感じられた。以前ならば、彼の前を横切る生徒たちの視線には、侮蔑か、あるいは無関心しか含まれていなかった。だが今は違う。廊下のざわめきが、彼が通りかかると、さざ波が引くようにすっと静かになる。すれ違うアースの生徒たちが、皆、一瞬動きを止め、その視線に明確な尊敬、あるいは畏怖の色を混ぜて彼を遠巻きに見つめる。何人かは、ぎこちなく会釈さえしてきた。それは譲にとって、ひどく居心地の悪い、慣れない感覚だった。
特に印象的だったのは、赤城剛とすれ違った時だ。廊下の角を曲がったところで、向こうから歩いてくる彼の巨体と鉢合わせになった。廊下の幅の半分を占めるかのようなその体躯は、相変わらず威圧的だった。彼は譲の姿を認めると、一瞬、その獰猛な顔に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。そして、一度だけ何か憎まれ口を叩こうとしたのだろう、その分厚い唇が開きかけた。しかし、結局そこから言葉が紡がれることはなかった。彼は忌々しげに舌打ちを一つすると、バツが悪そうにぷいと目をそらし、譲の肩をわざとぶつけるでもなく、ただ黙って通り過ぎていった。彼の巨大なプライドが、自分たちの命を救ったのが、他ならぬ、最も見下していたはずの「モヤシ」だという、その厳然たる事実を、まだ消化しきれずにいるのだ。その背中が、何よりも雄弁に彼の敗北を物語っていた。
そんな周囲の劇的な変化の中で、ただ一人、以前と変わらぬ、いや、より深く鋭い眼差しを譲に向ける者がいた。神楽院玲奈だ。彼女だけが、自ら譲の病室を訪れた。それは、颯太が来た翌日の、やはり夕暮れ時だった。
ノックの音もなしに、静かにドアが開いた。彼女は音もなく部屋に入ってくると、ベッドに座る譲には一瞥もくれず、窓辺にすっと立った。夕陽が彼女の銀色の髪を燃えるようなオレンジ色に染め上げ、その美しい横顔に深い陰影を刻んでいる。彼女は、沈みゆく太陽が描く壮大な空の絵画を、ただ黙って見つめていた。部屋には、時計の秒針の音と、窓の外から聞こえてくる微かな風の音だけが響いている。
長い沈黙の後、彼女は、窓の外を見つめたまま、静かに、しかし鋼のように力強い、凛とした声で言った。
「あなたの価値は、私が証明する。あの無能な大人たちに、認めさせてみせる」
それは、宣言だった。揺るぎない決意を秘めた、力強い宣誓。その言葉通り、彼女は既に行動を起こしていた。今回の事件の顛末と、譲の警告が組織の上層部によって意図的に無視されたという事実を、一切の脚色なく、時系列に沿ってまとめた詳細な報告書を作成したのだ。そして、その報告書の末尾に、神楽院家の名をはっきりと添えて、養成所のトップに直接突きつけていた。大財閥の令嬢からの、静かだが、無視することのできない無言の圧力。それが、旧態依然とした組織の重い腰を動かす、最後の一押しとなったのだ。
そして、退院の日が来た。数日ぶりに袖を通した制服は、少しだけ大きく感じられた。医務室のベッドを後にし、外に出ると、夏の終わりの、少しだけ湿り気を帯びた風が頬を撫た。空は高く、雲一つない青が広がっている。その解放感に浸る間もなく、譲は、あの鬼教官に呼び出された。
教官室のドアをノックすると、中から「入れ」という低く、鋭い声が返ってきた。部屋に入ると、彼は机に向かって書類を読んでいたが、譲の姿を認めるとゆっくりと立ち上がった。その厳しい表情はいつもと変わらない。だが、その瞳の奥には、これまで見たことのない複雑な光が揺らめいていた。後悔、自責、そして、譲に対するある種の敬意のようなもの。
彼は、譲の正面に立つと、まず、深く、軍人らしい一分の隙もない動作で頭を下げた。
「宮沢。今回の件、俺がお前の警告を軽視したことが、被害を拡大させた。責任は全て俺にある。申し訳なかった」
それは、飾りのない、率直な謝罪だった。彼の性格を考えれば、これ以上ないほどの誠意の表れだろう。譲は何も言えずに、ただ黙ってその言葉を受け止めた。
教官は顔を上げると、机の上に置いてあった一通の封筒を手に取り、それを譲に手渡した。ざらりとした上質な紙の感触が、指先に伝わる。
「これは、上層部の決定だ」
教官は、一呼吸置いてから、重々しく告げた。
「宮沢譲。本日付をもって、アース枠で構成されるエリート集団『第一戦術分科会』への、オブザーバーとしての参加を正式に命ずる」
『第一戦術分科会』。その名前を聞いた瞬間、譲の心臓が大きく跳ねた。それは、養成所の生徒ならば誰もが知っている、しかし、その実態はほとんど知られていない、謎に包まれた組織。本来、アース枠の中でも特に優秀な者だけで構成され、卒業後の討伐部隊の作戦を立案する、最高意思決定機関の一つ。一般枠の生徒が、その存在を口にすることさえ憚られるような、聖域ともいえる場所だった。
「貴様の力は、銃を撃つことでも、ヴァルキリーを操ることでもない。それは俺も、お前自身もよく分かっているはずだ。だが、その力は、間違いなく我々討伐部隊に必要不可欠なものだ。異論は、認めん」
教官の言葉が、部屋の静寂に厳かに響き渡る。その最後の言葉は、命令であり、同時に、譲の存在を、その力を、組織として公式に認めたという宣言でもあった。
譲は、その辞令を、震える手で受け取った。指先が、冷たくなっている。
英雄になりたかった。ずっと、そう願ってきた。颯太のように、陽葵のように、光の当たる場所で、その身を挺して誰かを守る、そんな英雄に。この一枚の紙切れは、その夢が、もう二度と叶うことはないのだという冷徹な事実を突きつけているのかもしれない。自分の戦場は、銃弾が飛び交う前線ではなく、静かな会議室の、分厚い資料と地図の上なのだと。
だが、不思議と、絶望はなかった。むしろ、胸の奥深くから、静かな、しかし確かな熱が込み上げてくるのを感じていた。
これは、父が言ってくれた言葉への、一つの答えなのだ。
『お前さんには、お前さんにしかできない戦い方がある』
その言葉の意味を、今、ようやく理解できた気がした。
譲は、ゆっくりと顔を上げ、教官室の窓の外に広がる、どこまでも続く夏の青空を見上げた。高く、澄み渡った空。太陽の光が眩しくて、思わず目を細める。
彼の孤独な戦いは、まだ始まったばかりだ。それは、誰に称賛されることもない、地味で、過酷な道かもしれない。しかし、その道が、確かに仲間たちのいる未来へと、光の当たる場所へと、続いていることを、彼は今、はっきりと感じていた。辞令を握る手の震えは、いつの間にか止まっていた。
それから、自らの身体の存在をはっきりと認識した。驚くほど重い。手足の先から頭のてっぺんまで、まるで鉛の塊のようにベッドへと沈み込んでいる。マットレスのスプリングが軋む音さえ聞こえてきそうなほど、全身が重力に引かれていた。誰かが無理やり身体をマットレスに縫い付けているのではないか。そんな馬鹿げた考えが、まだ覚醒しきらない朦朧とした頭をよぎる。指一本動かすことさえ、億劫でたまらなかった。
譲は、瞼の裏側でうごめく光を感じながら、億劫な瞼を、それこそ錆びついた城門を押し開くように、ゆっくりとこじ開けた。瞬きを数回繰り返すと、ぼやけていた視界が徐々に焦点を結んでいく。飛び込んできたのは、見慣れた養成所の寮の部屋の、木目が浮かぶ天井ではなかった。そこにあったのは、医務室の、シミ一つない真っ白な、無機質な天井だった。蛍光灯の白い光が容赦なく目に突き刺さり、思わず眉をひそめる。空気はひんやりとして乾燥しており、シーツの糊の匂いが、消毒液の匂いに混じって微かに漂っていた。部屋の隅では、小さな加湿器が白い蒸気を静かに噴き出している。窓の外は、すでに夕暮れが近いのか、部屋全体が淡いオレンジ色の光に包まれ始めていた。
「あ、譲、起きた! よかった……!」
か細い、しかし心の底からの安堵に満ちた声が、鼓膜を優しく揺らした。その声は、張り詰めていた琴の糸がふっと緩んだかのような、微かな震えを帯びていた。譲がゆっくりと視線を声のした方へ向けると、ベッドの脇に置かれた簡素なパイプ椅子に、橘陽葵が座っていた。彼女は、こくり、こくりと船を漕いでおり、譲が目覚めたことに気づいて、はっと顔を上げたところだったらしい。夕日が差し込む窓を背にしているせいで彼女の表情は影になっていたが、そのシルエットだけでも、彼女がどれほど憔悴しているかは明らかだった。目の下には、くっきりと隈が刻まれており、ここ数日、まともに眠れていないことが手に取るように窺えた。いつもは溌剌としている彼女の雰囲気が、今はまるで萎れた花のようだ。
「……陽葵? 僕、どれくらい……」
掠れた、自分のものではないような声が喉から絞り出された。長い間声を出していなかったせいで、喉がひどく乾いている。
「三日! 丸三日も眠りっぱなしだったんだからね! 極度の精神的疲労だって、お医者さんが。もう、どれだけ、どれだけ心配したか……!」
陽葵は、潤んだ瞳でそう言った。言葉の端々が、抑えきれない感情で震えている。彼女はパイプ椅子から勢いよく立ち上がると、慣れない手つきでベッドサイドに置かれた保温ポットを手に取った。カチャリ、と金属の軽い音を立てて蓋を開け、中に入っている温められたレトルトのおかゆを、プラスチックのスプーンですくう。その手つきは、まるで初めて爆弾処理に挑む新兵のように、ぎこちなく、小刻みに震えていた。スプーンを持つ彼女の指先が、緊張で白くなっているのが見えた。ポットから立ち上る湯気が、夕陽に照らされてキラキラと舞っている。おかゆの、米の甘い香りがふわりとあたりに漂った。
「ほら、お腹すいたでしょ? あーん」
彼女は、少しでも元気づけようと、努めて明るい声で言った。しかし、その声もまた、微かに震えていた。
「いや、自分で食える。手、動くし」
譲は、まだ鉛のように重い腕をゆっくりと持ち上げながら断った。だが、その弱々しい抵抗は、陽葵の決意の前では無力だった。
「いいから! 病人は大人しくしてるの!」
有無を言わせぬ強い口調。陽葵は決然とした表情で、譲をベッドに押し戻すと、スプーンを彼の口元へと運ぶ。彼女の真剣な眼差しには、絶対に食べさせてみせるという強い意志が宿っていた。しかし、その熱意と裏腹に、彼女の手はまだ緊張で硬くなっている。スプーンは、譲が口を開けるよりもコンマ数秒早く、彼の顔面に到達した。そして、その先端は、寸分の狂いもなく、彼の左の鼻の穴へと、ぐりぐりと、慈悲なく突き刺さった。
「ぶっ!? げほっ、ごほっ! 陽葵、お前、僕を殺す気か!」
熱いおかゆが鼻腔の粘膜を直撃し、ツンとした痛みが脳天を貫く。甘くも香ばしい米の風味が、吸う息と共に肺へと流れ込もうとし、譲は呼吸困難と屈辱感で激しくむせ返った。生理的な涙がじわりと目に滲む。ベッドのスプリングが、彼の苦悶の動きに合わせてぎしぎしと悲鳴を上げた。
「あわわわ! ご、ごめん! 違うの、手が滑って……! わ、わざとじゃなくて!」
陽葵は顔を真っ赤にして、必死に謝罪の言葉を繰り返す。彼女の手から滑り落ちたスプーンが、カラン、と乾いた音を立てて床に転がった。慌ててティッシュで譲の鼻を拭こうとするが、その手もまた震えていて、うまく焦点が合わない。そんな気まずさとカオスに満ちたドタバタ劇の最中、医務室のドアが、ぎぃ、と静かに、しかし重々しい音を立てて開いた。
そこに立っていたのは、どこか神妙な面持ちの朝倉颯太だった。夕陽が彼の背後から差し込み、そのシルエットをくっきりと縁取っている。彼はいつも身にまとっている太陽のような明るいオーラを完全に消し去り、まるで別人のように静かで、硬い表情をしていた。
彼は、鼻におかゆを詰まらせて涙目でむせ返っている譲と、半泣きでオロオロと狼狽する陽葵を一瞥した。その視線には、驚きも呆れもなく、ただ深い、静かな感情が宿っているだけだった。彼は一つ、重いため息をついた。その吐息が、部屋の空気をわずかに揺らす。そして、迷いのない足取りで、まっすぐに譲のベッドへと歩み寄った。コツ、コツ、と彼の靴音が、静かな医務室にやけに大きく響き渡る。
ベッドの横で立ち止まると、颯太は何も言わずに、深く、深く、今まで見たこともないほどに深く、頭を下げた。それは、儀礼的な会釈などでは断じてない。まるで地面に額を擦り付けるかのように、彼の身体はほとんど直角に折り曲げられていた。彼の肩が、かすかに震えているのが見えた。
「ありがとう。そして、すまなかった。お前がいなかったら、俺たちはみんな、死んでた」
その声は、いつもの太陽のような快活さとは無縁の、地面の底から絞り出すような、低く、掠れた声だった。それは、ただの感謝の言葉ではなかった。自分たちの慢心と無力さを認め、友の、これまで見ようとしてこなかった力を認め、そして、その力を心の底から信じきれなかった自分自身への、痛切で、血を吐くような謝罪の言葉だった。その一言一言が、鉛のように重く、部屋の空気の中に沈んでいく。
譲は、鼻からおかゆの粒を飛ばしながら、まだ少し残る呼吸の苦しさと、胸に突き刺さる颯太の言葉の重みに耐えながら、ただ「……別に。やるべきことをやっただけだ」と、素っ気なく答えることしかできなかった。それは彼の精一杯の強がりであり、照れ隠しでもあった。颯太は何も言わず、ただもう一度、言葉もなく、深く、深く頭を下げた。そして、ゆっくりと顔を上げると、その瞳でじっと譲を見つめた。その視線は、以前のようにどこか譲を見下すようなものではなく、対等な、あるいはそれ以上の存在を見るような、複雑な色を帯びていた。
やがて颯太は静かに踵を返し、来た時と同じように、コツ、コツ、と靴音を響かせながら部屋を出て行った。閉まったドアの向こうに彼の足音が遠ざかっていくのを、譲と陽葵は呆然と聞いていた。二人の間に流れる空気は、明らかに以前とは違うものに変わっていた。それは決して居心地の良いものではなかったが、かといって悪いものでもない、奇妙な静けさだった。その新しい距離の測り方を、まだ誰も知らなかった。
養成所内での譲の評価は、この一件で百八十度変わった。まるで手のひらを返すように、という陳腐な表現がこれほど似合う状況もなかっただろう。これまで「机上の空論家」「口だけのモヤシ」と揶揄されていた彼の名は、今や伝説の色を帯び始めていた。「影の司令塔」「紙の上の英雄、マジで英雄だった」。そんな囁き声が、生徒たちの間で交わされるようになった。
彼が退院し、久しぶりに寮から教室へと続く廊下を歩くと、その変化は肌で感じられた。以前ならば、彼の前を横切る生徒たちの視線には、侮蔑か、あるいは無関心しか含まれていなかった。だが今は違う。廊下のざわめきが、彼が通りかかると、さざ波が引くようにすっと静かになる。すれ違うアースの生徒たちが、皆、一瞬動きを止め、その視線に明確な尊敬、あるいは畏怖の色を混ぜて彼を遠巻きに見つめる。何人かは、ぎこちなく会釈さえしてきた。それは譲にとって、ひどく居心地の悪い、慣れない感覚だった。
特に印象的だったのは、赤城剛とすれ違った時だ。廊下の角を曲がったところで、向こうから歩いてくる彼の巨体と鉢合わせになった。廊下の幅の半分を占めるかのようなその体躯は、相変わらず威圧的だった。彼は譲の姿を認めると、一瞬、その獰猛な顔に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。そして、一度だけ何か憎まれ口を叩こうとしたのだろう、その分厚い唇が開きかけた。しかし、結局そこから言葉が紡がれることはなかった。彼は忌々しげに舌打ちを一つすると、バツが悪そうにぷいと目をそらし、譲の肩をわざとぶつけるでもなく、ただ黙って通り過ぎていった。彼の巨大なプライドが、自分たちの命を救ったのが、他ならぬ、最も見下していたはずの「モヤシ」だという、その厳然たる事実を、まだ消化しきれずにいるのだ。その背中が、何よりも雄弁に彼の敗北を物語っていた。
そんな周囲の劇的な変化の中で、ただ一人、以前と変わらぬ、いや、より深く鋭い眼差しを譲に向ける者がいた。神楽院玲奈だ。彼女だけが、自ら譲の病室を訪れた。それは、颯太が来た翌日の、やはり夕暮れ時だった。
ノックの音もなしに、静かにドアが開いた。彼女は音もなく部屋に入ってくると、ベッドに座る譲には一瞥もくれず、窓辺にすっと立った。夕陽が彼女の銀色の髪を燃えるようなオレンジ色に染め上げ、その美しい横顔に深い陰影を刻んでいる。彼女は、沈みゆく太陽が描く壮大な空の絵画を、ただ黙って見つめていた。部屋には、時計の秒針の音と、窓の外から聞こえてくる微かな風の音だけが響いている。
長い沈黙の後、彼女は、窓の外を見つめたまま、静かに、しかし鋼のように力強い、凛とした声で言った。
「あなたの価値は、私が証明する。あの無能な大人たちに、認めさせてみせる」
それは、宣言だった。揺るぎない決意を秘めた、力強い宣誓。その言葉通り、彼女は既に行動を起こしていた。今回の事件の顛末と、譲の警告が組織の上層部によって意図的に無視されたという事実を、一切の脚色なく、時系列に沿ってまとめた詳細な報告書を作成したのだ。そして、その報告書の末尾に、神楽院家の名をはっきりと添えて、養成所のトップに直接突きつけていた。大財閥の令嬢からの、静かだが、無視することのできない無言の圧力。それが、旧態依然とした組織の重い腰を動かす、最後の一押しとなったのだ。
そして、退院の日が来た。数日ぶりに袖を通した制服は、少しだけ大きく感じられた。医務室のベッドを後にし、外に出ると、夏の終わりの、少しだけ湿り気を帯びた風が頬を撫た。空は高く、雲一つない青が広がっている。その解放感に浸る間もなく、譲は、あの鬼教官に呼び出された。
教官室のドアをノックすると、中から「入れ」という低く、鋭い声が返ってきた。部屋に入ると、彼は机に向かって書類を読んでいたが、譲の姿を認めるとゆっくりと立ち上がった。その厳しい表情はいつもと変わらない。だが、その瞳の奥には、これまで見たことのない複雑な光が揺らめいていた。後悔、自責、そして、譲に対するある種の敬意のようなもの。
彼は、譲の正面に立つと、まず、深く、軍人らしい一分の隙もない動作で頭を下げた。
「宮沢。今回の件、俺がお前の警告を軽視したことが、被害を拡大させた。責任は全て俺にある。申し訳なかった」
それは、飾りのない、率直な謝罪だった。彼の性格を考えれば、これ以上ないほどの誠意の表れだろう。譲は何も言えずに、ただ黙ってその言葉を受け止めた。
教官は顔を上げると、机の上に置いてあった一通の封筒を手に取り、それを譲に手渡した。ざらりとした上質な紙の感触が、指先に伝わる。
「これは、上層部の決定だ」
教官は、一呼吸置いてから、重々しく告げた。
「宮沢譲。本日付をもって、アース枠で構成されるエリート集団『第一戦術分科会』への、オブザーバーとしての参加を正式に命ずる」
『第一戦術分科会』。その名前を聞いた瞬間、譲の心臓が大きく跳ねた。それは、養成所の生徒ならば誰もが知っている、しかし、その実態はほとんど知られていない、謎に包まれた組織。本来、アース枠の中でも特に優秀な者だけで構成され、卒業後の討伐部隊の作戦を立案する、最高意思決定機関の一つ。一般枠の生徒が、その存在を口にすることさえ憚られるような、聖域ともいえる場所だった。
「貴様の力は、銃を撃つことでも、ヴァルキリーを操ることでもない。それは俺も、お前自身もよく分かっているはずだ。だが、その力は、間違いなく我々討伐部隊に必要不可欠なものだ。異論は、認めん」
教官の言葉が、部屋の静寂に厳かに響き渡る。その最後の言葉は、命令であり、同時に、譲の存在を、その力を、組織として公式に認めたという宣言でもあった。
譲は、その辞令を、震える手で受け取った。指先が、冷たくなっている。
英雄になりたかった。ずっと、そう願ってきた。颯太のように、陽葵のように、光の当たる場所で、その身を挺して誰かを守る、そんな英雄に。この一枚の紙切れは、その夢が、もう二度と叶うことはないのだという冷徹な事実を突きつけているのかもしれない。自分の戦場は、銃弾が飛び交う前線ではなく、静かな会議室の、分厚い資料と地図の上なのだと。
だが、不思議と、絶望はなかった。むしろ、胸の奥深くから、静かな、しかし確かな熱が込み上げてくるのを感じていた。
これは、父が言ってくれた言葉への、一つの答えなのだ。
『お前さんには、お前さんにしかできない戦い方がある』
その言葉の意味を、今、ようやく理解できた気がした。
譲は、ゆっくりと顔を上げ、教官室の窓の外に広がる、どこまでも続く夏の青空を見上げた。高く、澄み渡った空。太陽の光が眩しくて、思わず目を細める。
彼の孤独な戦いは、まだ始まったばかりだ。それは、誰に称賛されることもない、地味で、過酷な道かもしれない。しかし、その道が、確かに仲間たちのいる未来へと、光の当たる場所へと、続いていることを、彼は今、はっきりと感じていた。辞令を握る手の震えは、いつの間にか止まっていた。
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気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
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