50 / 70
第2部:討伐部隊・転機編
第50話:世界の裏側で
しおりを挟むその作戦は、何十万年もの間、星の摂理に従って生きてきた彼らにとって、あまりにも異質で、あまりにも静かすぎた。
怪物たちの都市の中枢、巨大な結晶体がまるで大聖堂のステンドグラスのように淡い光を放つ中央議事堂。そこに集った長老たちの前に、宮沢譲は一人、静かに立っていた。彼の背後には、ただ黙って彼を信じることを決めたエヴァの姿がある。
『若き人間よ。おぬしの言う「真実」は理解した。だが、我らが憎むべきは、我らの未来を奪い、同胞を殺戮し続ける人類そのものではないのか』
一体の長老から、重く、そして純粋な怒りを孕んだ思念が、議事堂の空気を震わせた。それは、当然の問いだった。圧倒的な力を持つ彼らが、なぜ復讐という正当な権利を放棄し、この非力な人間の子供が語る、回りくどい作戦に乗らなければならないのか。
譲は、その問いに臆することなく、真っ直ぐに長老たちの意識を見つめ返した。
「あなた方の力は、星の理そのものなのでしょう。しかし、人類という身体に巣食った病巣を焼き払うためにその力を使えば、星という身体そのものも、深く傷つくことになる」
彼の声は、静かだが、その場にいる全ての知性を沈黙させるほどの、絶対的な論理と確信に満ちていた。
「暴力は、さらなる憎しみを生むだけです。力には力で対抗すれば、憎しみの連鎖は永遠に終わらない。それでは、何も解決しない。僕たちが目指すのは、彼らが自らの過ちに気づくための、**正しい道筋(正見)**を示すことです。間違った行い(殺生)からは、決して正しい結果は生まれない」
譲が提案したのは、人類の心臓部である防衛隊本部への外科手術だった。正面から胸を切り裂くのではなく、情報ネットワークという血管にカテーテルを通し、病巣のど真ん中――隠蔽されてきた「プロジェクト・アーク」の全データが眠るメインサーバーを掌握し、そのおぞましい真実を全世界に公開するという、前代未聞の**情報戦**だった。
「人類の最大の弱点は、その高度に発達し、依存しきった情報網そのものです。覆すことのできない真実は、彼らが信じてきた正義そのものを、内側から静かに崩壊させるでしょう」
怪物が持つ、物理法則を歪めるほどの高度なステルス技術と、人類のシステムを知り尽くした自身のハッキング能力。この二つを組み合わせれば、鉄壁の要塞への潜入も可能だと、彼は断言した。それは、無駄な血を流さず、真実のみを武器とする、**正しい努力(正精進)**だった。
長老たちは、しばし沈黙の思念を交わし合った後、一つの結論に至った。この若き人間が語る道は、彼らの永い歴史にはなかった、全く新しい可能性だった。
数日後、作戦は実行に移された。
譲とエヴァ、そして人型に変身できる数体の護衛兵だけを乗せた小型艇が、空間そのものを歪める特殊なゲートを通過する。一瞬の無音と無重力。視界が真っ白に塗りつぶされたかと思うと、次の瞬間、彼らは全く別の場所に立っていた。
ひんやりとした金属の壁。絶えず響くサーバーの低い唸り。消毒液と、淀んだ空気が混じり合った独特の匂い。そして、頭上を走る無数の配管を照らす、非常灯の冷たい緑色の光。
そこは、防衛隊本部ビルの地下深く、レベル8に位置する巨大なメンテナンス用通路。譲が後方支援科時代に、その複雑怪奇な配線図と格闘し、半ば趣味で全ての構造を記憶してしまった、彼の「庭」とも言える場所だった。
「皮肉なものですね」
譲は、誰に言うでもなく呟いた。
「かつてこのシステムを守るために学んだ知識が、今度はそれを内側から破壊するための、唯一の鍵になるなんて」
通路の先にいるであろう、かつての同僚たちの顔が脳裏をよぎり、一瞬、鋭い罪悪感が彼の胸を締め付けた。だが、譲は首を振ってそれを振り払う。「これは、彼らを、そして騙されている全ての人々を救うための戦いなんだ」。彼は自分にそう言い聞かせ、迷いなく闇の奥へと進んでいった。
譲の記憶と知識は、あらゆる物理的セキュリティを無力化した。監視カメラは、彼の脳内にある設計図通りの死角を突かれ、その存在を捉えられない。赤外線センサーは、彼が壁のメンテナンスパネルを開けてバイパス回路を構築したことで、ただの無害な置物と化した。彼の指先が、この巨大な要塞の血管と神経を、一本ずつ確実に麻痺させていく。
そして、彼らはついに目的地――メインサーバー室へと続く、分厚いチタン合金の隔壁の前にたどり着いた。ここから先は、物理的なロックではなく、システム内部からの探知との戦いになる。
譲は携帯端末を隔壁の認証ポートに接続し、凄まじい速度でプログラムコードを打ち込み始めた。彼の目の前に、無数のファイアウォールが、青白い光を放つ幾何学模様の壁となって幾重にも現れる。それを、彼はまるでパズルを解くように、あるいは、呪文を詠唱するように、一つ、また一つと解体していく。
あと少し。あと少しで、人類が隠し続けてきた罪の扉が開かれる。誰もがそう確信した、その時だった。
静かだった施設に、けたたましい侵入警報(アラート)が鳴り響いた。壁の非常灯が、緑から血のように赤い点滅へと変わる。
「まずい、物理的なロックは突破できても、システム内部からの探知は早すぎたか!」
遠くから、複数の軍靴の音と、兵士たちの怒号が急速に近づいてくるのが分かった。
「エヴァ、みんな、僕に時間をくれ! あと5分あれば、真実の扉を開けられる!」
譲の悲痛な叫びに、エヴァと護衛たちが頷き、隔壁の前で陣形を組む。迫り来るかつての仲間たちを、ここで迎え撃つ覚悟だった。
扉の向こうから、凛とした、しかし焦りを帯びた、聞き慣れた声がスピーカー越しに響き渡った。
「そこにいるのは誰だ! 即刻抵抗をやめ、投降しなさい!」
その声に、譲の指が一瞬、止まる。まさか。そんなはずはない。
次の瞬間、隔壁が内部から凄まじい轟音と共に爆破された。閃光と爆煙が、通路を白く染め上げる。煙の中から、最新鋭の強化外骨格に身を包んだ特殊部隊の兵士たちが、銃口をこちらに向けながら突入してきた。
そして、その先頭に立ち、冷静に、しかしどこか哀しげな瞳でこちらを見据えていた人物。彼女が、その息で曇ったヘルメットのバイザーを、ゆっくりと上げた時、譲は息を呑んだ。
そこにいたのは、神楽院玲奈だった。
彼の生存を信じ、独自の調査でこのサーバー室の異常を突き止め、そして、彼を「救出」するために、誰よりも早くこの場所にたどり着いた、かつての仲間。
人類を裏切った天才と、真実を追い求めた天才。
信じていた人に裏切られた少女と、信じてくれた人を裏切らなければならなかった少年。
二人の視線が、無数の銃口が放つ殺意と、鳴り響く警報音の中で、静かに、そして激しく交差した。
それは、世界で最も残酷で、そして世界で最も美しい再会だった。
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
王命って何ですか? 虐げられ才女は理不尽な我慢をやめることにした
まるまる⭐️
恋愛
【第18回恋愛小説大賞において優秀賞を頂戴致しました。応援頂いた読者の皆様に心よりの感謝を申し上げます。本当にありがとうございました】
その日、貴族裁判所前には多くの貴族達が傍聴券を求め、所狭しと行列を作っていた。
貴族達にとって注目すべき裁判が開かれるからだ。
現国王の妹王女の嫁ぎ先である建国以来の名門侯爵家が、新興貴族である伯爵家から訴えを起こされたこの裁判。
人々の関心を集めないはずがない。
裁判の冒頭、証言台に立った伯爵家長女は涙ながらに訴えた。
「私には婚約者がいました…。
彼を愛していました。でも、私とその方の婚約は破棄され、私は意に沿わぬ男性の元へと嫁ぎ、侯爵夫人となったのです。
そう…。誰も覆す事の出来ない王命と言う理不尽な制度によって…。
ですが、理不尽な制度には理不尽な扱いが待っていました…」
裁判開始早々、王命を理不尽だと公衆の面前で公言した彼女。裁判での証言でなければ不敬罪に問われても可笑しくはない発言だ。
だが、彼女はそんな事は全て承知の上であえてこの言葉を発した。
彼女はこれより少し前、嫁ぎ先の侯爵家から彼女の有責で離縁されている。原因は彼女の不貞行為だ。彼女はそれを否定し、この裁判に於いて自身の無実を証明しようとしているのだ。
次々に積み重ねられていく証言に次第に追い込まれていく侯爵家。明らかになっていく真実を傍聴席の貴族達は息を飲んで見守る。
裁判の最後、彼女は傍聴席に向かって訴えかけた。
「王命って何ですか?」と。
✳︎不定期更新、設定ゆるゆるです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中
あ、まん。
ファンタジー
仕事一筋40年。
結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。
定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。
だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。
唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。
化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。
彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。
現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。
これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる