無能と蔑まれた僕だけが知る世界の嘘。敵であるはずの怪物の少女に恋したので、人類を裏切り世界を滅ぼす。

Gaku

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第3部:真実と覚醒編

第56話:追跡者

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梅雨という長く陰鬱な季節が、まるで燃え尽きるかのように終わりを告げた八月。地球防衛隊養成所の訓練場は、神が気まぐれで地上に置いた巨大な鉄板焼き器となり果てていた。アスファルトから立ち上る陽炎が視界をぐにゃりと歪ませ、空からは暴力的なまでの日差しが容赦なく降り注ぐ。じりじりと肌を焼く熱線は、兵士たちの首筋を滝のように流れる汗を、地面に落ちる前に蒸発させていく。

宮沢譲がMIA(戦闘中行方不明)と公式に認定されてから、三週間が過ぎていた。

その巨大な鉄板焼き器の中心で、一人の男が鬼神と化していた。朝倉颯太。彼の駆る純白のヴァルキリー『アルテミス』は、もはやその名が冗談にしか聞こえないほどオイルと泥に汚れ、純白だった装甲は無数の傷跡と煤でまだら模様を描いている。機体の表面からは、連続稼働による過熱でゆらゆらと陽炎が立ち上り、まるで機体そのものが悲鳴を上げているかのようだ。

「目標、模擬怪獣タイプガンマ! 距離三百! 行くぞッ、アルテミス!」

インカムに響き渡る颯太の声は乾ききってひび割れ、そこにはかつての太陽のような明るさの欠片もなかった。アルテミスが右手に構えた高出力エネルギーライフルが咆哮し、放たれた光の槍が寸分の狂いもなく模擬怪獣のコアを貫く。轟音と共に爆散する鉄の塊。しかし、颯太の目は次の獲物を探して飢えた獣のように動くだけで、そこに達成感の色はない。

彼の動きには、かつて誰もが憧れた、舞うような華麗さはなかった。最短距離で敵を認識し、最も効率的な方法で破壊する。ただそれだけを繰り返す、乾ききった暴力の連鎖。親友を失ったという耐えがたいほどの悲しみは、彼の内側で静かに、しかし確実に腐敗し、発酵し、どす黒く粘ついた怒りへと変貌していた。自分への後悔という、あまりにも重く苦い澱(おり)を、外側への憎悪という扱いやすい感情に変換することでしか、彼は正気を保てなかったのだ。

『もうやめて、颯太! お願いだから、少し休んで!』

管制室から送られてくる橘陽葵の悲痛な声も、今の彼の耳には届かない。まるで分厚い水の底にいるかのように、全ての音が遠い。汗で滑る操縦桿を握りしめ、颯太はモニターに次々と映し出される仮想の敵に、あの日の親友の、自分に警告を発した必死の顔を重ねていた。

――『譲、お前はどこへ消えちまったんだよ。俺が、俺がお前の言葉を、あの時信じてさえいれば……!』

後悔は、怒りという最も原始的で、最も扱いやすい感情の仮面を被る。彼の思考を単純化していく。怪物を殺す。目の前に現れる敵を、一匹でも多く殺す。それが、親友への唯一の弔いになると、彼は盲目的に信じていた。そうでなければ、自分の犯した過ちの重さに、心が押し潰されてしまいそうだったから。

---

その頃、養成所で最も涼しく、そして静かな場所で、全く別の戦いに没頭している人間がいた。地下五十メートルに設置された、神楽院家のプライベートデータサーバールーム。室温は常に摂氏十八度に保たれ、無数のサーバーの冷却ファンが立てる低い唸りだけが、その静寂を支配している。

神楽院玲奈は、その静寂の中心で、まるでオーケストラの指揮者のように、しなやかに指を動かしていた。目の前の巨大なホログラフィック・ディスプレイには、第7廃工場地帯で宮沢譲がMIAとなった日の公式報告書、部隊の通信記録、ヴァルキリーのドライブレコーダー映像、そして彼女が独自ルートで入手した機密情報が、無数のウィンドウとなって展開されている。

「……おかしいわ」

彼女の唇から、吐息のような呟きが漏れた。

公式報告書に記載された譲の失踪理由は、あまりにも単純で、陳腐ですらあった。『老朽化したキャットウォークの崩落による、不慮の転落事故』。記録映像にも、確かに彼が渡っていたキャットウォークが突如として崩れ落ちる瞬間が映っている。だが、彼女の直感が、そして彼女が信奉する論理が、その単純な結論に「否」と叫んでいた。

彼女が父の権力を使い、半ば脅迫に近い形で防衛隊の鑑識課から入手した、現場の鉄骨の物質分析データ。その報告書の片隅に、専門家ですら見逃すような、しかし彼女の目には明確な異物として映る記述があった。鉄骨の破断面から、自然の腐食や金属疲労では到底ありえない、極めて指向性の高い、高周波の超音波によって分子結合を破壊された痕跡が、ごく微量ながら検出されていたのだ。

それは、事故などではない。何者かによる、意図的で、外科手術のように精密な『破壊』だ。

玲奈の思考は、キーボードを叩く指の動きよりも速く、加速していく。譲がMIAとなる直前、颯太にだけ送っていた警告通信。『地下施設』。彼が分析データの中に見たという『カオスの縁』。そして、記録上、あの戦域では使用されていないはずの超音波兵器。バラバラだった情報という名の点と点が、彼女の頭脳という広大な宇宙の中で、見えざる引力に引かれるように結びつき、一つの不吉な星座を形作り始めていた。

彼女は迷うことなく、神楽院家の最重要機密であるバックドアを使い、軍事衛星統合ネットワークの深層へと侵入する。目的は、軍事偵察衛星『アマテラス』の非公開アーカイブ。通常の手段では、総監クラスの許可がなければ決して閲覧できない、禁断の領域だ。数時間後、膨大なノイズの海の中から、彼女はついに探し物を見つけ出した。

譲がMIAとなった、あの日、あの時刻。第7廃工場跡地の地下深くから、ほんの一瞬だけ、既知のどの怪物のものとも一致しない、未知のエネルギーパターンが放出されていたことを示す、生々しい記録を。

「譲。あなたは、生きてる」

確信に近い仮説を胸に、玲奈は静かに立ち上がった。

「そして、私たちの知らない何かに、触れたのね」

---

訓練後の整備場は、夕暮れの赤い光とオイルの匂いに満ちていた。酷使され続けたアルテミスの装甲を、まるで贖罪でもするかのように黙々と磨き続ける颯太の背中は、かつての太陽のような輝きを失い、ひどく小さく、脆く見えた。

「朝倉君」

静かで、しかし凛とした声に、颯太はゆっくりと顔を上げた。そこに立っていたのは、夕陽を背にして、まるで影絵のように佇む神楽院玲奈だった。

「第7廃工場地帯の、再調査を提案するわ」

玲奈がホログラム・ディスプレイに映し出したデータを見ても、颯太は頑なに首を横に振った。彼の瞳には、親友の死という、これ以上ないほど分かりやすく、そして受け入れがたい現実(苦諦)に囚われ、それ以外の可能性から目を背けようとする、頑なな闇が宿っていた。真実を知ることは、自分の過ちと向き合うことと同義だった。今の彼に、その勇気はなかった。

「死んだ人間の幻影を追うな、神楽院。俺たちのやるべきことは、目の前の敵を叩くことだけだ。譲の弔いは、俺がやる」

「そう。あなたはそれでいいのかもしれないわね。自分の心を慰めるためには、それが一番簡単な方法だから」

玲奈の氷のように冷たい言葉は、颯太の怒りという硬い殻に、小さな、しかし確かな亀裂を入れた。

「でも、私は行かせてもらうわ。私は、感傷や希望的観測には興味がない。論理(データ)が指し示す可能性しか、信じないから」

その夜、玲奈は自らが信頼する数名の部下と、そして「颯太を一人にしておけないから」と泣きそうな顔で志願した陽葵と共に、独断で再調査部隊を編成した。彼女の駆る漆黒のヴァルキリー『ブリュンヒルデ』と陽葵の機体が、月明かりの下、秘密裏に基地を発進した、その数分後のことだった。

整備場の暗がりで一人膝を抱えていた颯太は、苦悩の末に顔を上げた。玲奈の言葉が、彼の心の中で何度も反響していた。幻影? そうかもしれない。だが、もし、万が一、その幻影の先に、まだ親友がいるのだとしたら。

「……待ってろよ、譲。そして、勝手に行くんじゃねぇよ、お前ら」

それは真実を確かめるためではない。ただ、これ以上、自分の手の届く場所で仲間を失いたくないという、彼の不器用で、身勝手で、そしてどうしようもなく優しい心からくる行動だった。汚れたままのアルテミスが、重い駆動音を響かせて、夜の闇へと飛び立っていく。

幾多の兵士の血を吸い、死の匂いが染み付いた第7廃工場跡地。月光に照らされたその土地は、まるで巨大な墓標のようだった。その上空を、三機のヴァルキリーが、まるでその墓標に吸い寄せられる蛾のように、静かに飛行していく。

彼らの目的地は、ただ一つ。

友が消え、人類の常識が終わりを告げる場所。

怪物の世界への、禁断のゲートだった。
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