無能と蔑まれた僕だけが知る世界の嘘。敵であるはずの怪物の少女に恋したので、人類を裏切り世界を滅ぼす。

Gaku

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第3部:真実と覚醒編

第57話:敵として

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ゲートの向こう側は、静謐と幻想に満ちた世界だった。

空には二つの月が浮かんでいた。一つはサファイアのように澄み切った青色、もう一つはアメジストの如く妖艶な紫色。その二つの異なる光が混じり合い、地上を夢の中のような色合いで染め上げている。自ら淡い光を放つ巨大なキノコのような植物群が、夜の森に点在する街灯のように、穏やかな光の庭を形成していた。空気はどこまでも澄み渡り、呼吸をするたびに肺が浄化されていくような感覚に陥る。雨上がりの森のような、少し甘く、それでいて心が落ち着く植物の香りが満ちていた。

宮沢譲は、その光景を一望できる小高い丘の上で、一体の『怪物』と静かに言葉を交わしていた。いや、怪物ではない。彼女には『エヴァ』という名前があった。そして、彼女の民は、人間がそうであるように、笑い、悩み、家族を愛し、この幻想的な光の中で、何万年もの間、ただ穏やかに暮らしていた。

三週間という時間は、譲の世界を根底から覆すには十分すぎた。彼らの『図書館』と呼ばれる場所で、彼は人類がとうの昔に失ってしまった、古代の地球の本当の記録を読んだ。彼らがこの星の生態系を維持するための『調整者』であったこと。人類の傲慢さが、彼らの未来そのものである『始祖の卵』を奪い、この悲しい戦いの引き金を引いたこと。

自分がこれまで殺してきた相手が、ただの破壊生物ではなく、自分と同じように心を持ち、未来を奪われた隣人であったという事実は、彼の魂を静かに、しかし確実に蝕んでいた。仲間を裏切り、人類の罪を知ってしまった今、もう二度と故郷には戻れない。

『ユズル。あなたの心に、迷いの風が吹いている』

隣に立つエヴァが、声ではなく、思念で彼の心に直接語りかけてくる。彼女の白金のように輝く銀色の瞳は、彼の罪悪感も、仲間たちへの断ち切れない想いも、全てを見透かしているようだった。

「当たり前だろ。僕は、たった一人の親友を裏切ったんだから」

譲が自嘲気味に呟いた、その時だった。彼の人間を超えた聴覚が、遥か遠く、空間の歪みであるゲートの向こう側から、複数の、そしてあまりにも聞き慣れたヴァルキリーの駆動音を明確に捉えた。

---

第7廃工場跡地の地下最深部。玲奈と颯太、陽葵が率いる再調査部隊がたどり着いた巨大な空洞は、譲が最後に見た光景と同じく、自ら淡い光を放つ巨大な結晶体に満ちていた。その光は壁や天井で乱反射し、まるで巨大な万華鏡の内部に迷い込んだかのような、非現実的な光景を作り出している。

そして、その中央。空間そのものを蜃気楼のようにぐにゃりと歪ませる、不安定なエネルギーの渦――ゲートが、不気味な輝きを放っていた。それはまるで、世界の皮膚が裂け、見たこともない内臓が覗いているかのような、冒涜的な光景だった。

「これが、譲が最後に警告した『地下施設』……」

陽葵が、ヴァルキリーのコックピットの中で息を呑む。玲奈がすぐさま機体外部のセンサーを展開し、エネルギーパターンの分析を開始した、その瞬間だった。

ゲートの渦の中心が、一際強く輝いた。渦の中から、まるで水面から現れるように、二つの人影がゆっくりと姿を現す。

一つは、この世のものとは思えぬほど美しい、銀色の髪を持つ少女。

そして、もう一つは――。

「譲ッ!?」

陽葵の絶叫が、静寂に満ちた空洞に木霊した。そこに立っていたのは、死んだはずの親友、宮沢譲その人だった。三週間の間に少しだけ伸びた髪、見慣れない異世界の素材で作られたらしい灰色の衣服。だが、その少し猫背気味の立ち姿と、どこか世界を斜めに見ているかのような皮肉っぽい眼差しは、間違いなく彼のものであった。

「よう。久しぶりだな、三人とも」

譲の声は、驚くほど穏やかだった。

「こんな世界の果てまで、揃いも揃って何の用だ? まさかとは思うが、僕の墓参り、なんて健気なことをしに来たわけじゃないだろうな」

再会の喜びが、彼のその言葉によって凍り付く。颯太は、譲の隣に立つエヴァの姿を認め、その表情を絶対零度の憎悪に染め上げた。

「譲ッ!!」

颯太の叫びは、悲しみよりも、純粋な怒りに満ちていた。

「なぜ生きている! そしてなぜ、お前は……お前は『怪物』と一緒にいるんだッ!!」

彼の怒りは、親友の生存を喜ぶ気持ちさえも、跡形もなく焼き尽くしていた。彼にとって、宮沢譲は怪物の手によって無残に殺された『被害者』でなければならなかった。そうでなければ、この三週間、親友を失った後悔と悲しみを憎悪という黒い燃料に変え、鬼神の如く戦い続けた自分の行為が、ただの滑稽で無意味な自己満足になってしまうからだ。彼の信じる正義の物語は、親友の死という悲劇的な犠牲の上に、ようやく成り立っていたのだ。

「話を聞いてくれ、颯太。落ち着け。俺たちは、とんでもない嘘の上で戦わされていただけなんだ。こいつらは、敵じゃない!」

譲の必死の訴えは、怒りで耳を完全に塞いでしまった颯太には届かない。彼の目には、親友が敵の甘言に誑かされ、魂を売り渡してしまった哀れな裏切り者にしか映っていなかった。

「言い訳は聞きたくないッ! その汚らわしい化け物の手から、今すぐ離れろ!」

「できない。彼女は、僕が守ると決めた」

譲の静かな、しかし揺るぎない拒絶の言葉が、引き金となった。

颯太の駆る純白のヴァルキリー『アルテミス』が、その右手に持った高出力エネルギーライフルを、ゆっくりと、しかし確実に、かつての親友たちへと向けた。エネルギー充填を示す甲高い音が、緊迫した空洞に響き渡る。その銃口は、冷たく、絶対的な拒絶の光を放っていた。

かつて、互いの背中を預け合い、同じ空を見て、同じ未来を夢見たはずの親友が、今、敵として目の前に立っている。

サファイアとアメジストの二つの月が放つ幻想的な光が、引き裂かれてしまった友情の深い傷跡を、残酷なまでに美しく照らし出していた。
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