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第3部:真実と覚醒編
第58話:覚醒の力
しおりを挟むキィン、と鼓膜を突き刺す甲高い金属音が、巨大な地下空洞に響き渡った。
朝倉颯太の駆る『アルテミス』が放った警告射撃。その光弾は譲の足元からわずか数センチの場所に着弾し、自ら光を放っていた結晶の床を瞬時に溶かした。高熱で蒸発した鉱物が、焦げ付いたような刺激臭を立ち上らせる。それは、これ以上近づけば灰になるという、無慈悲な最後通牒の匂いだった。
「次はないぞ、譲! そいつを渡せ!」
ヴァルキリーのスピーカーから響く颯太の声には、親友を撃ちたくないという悲痛なまでの苦悩と、それでも引くわけにはいかないという部隊指揮官としての矜持が、痛々しいほどに滲んでいた。彼は汗で滑る操縦桿を握り直し、思考を極限まで加速させる。譲を傷つけずに、あの銀色の化け物だけを無力化する。そのためには、寸分の狂いも許されない精密な射撃が必要だった。彼の長年の戦闘経験が、脳内で瞬時に最適解を弾き出す。狙うは、エヴァの左肩関節。最小限の破壊で、最大の行動阻害効果を得られる一点。
ターゲットスコープの中央に、エヴァの華奢な肩が捉えられる。颯太は、一度だけ強く目を閉じ、そして開いた。もはやそこに迷いはなかった。引き金を引く指先に、全神経が集中する。
光の槍が、音もなく空間を切り裂いた。それは、英雄・朝倉颯太の代名詞とも言える、絶対的な速度と精度を誇る、回避不可能なはずの一撃だった。
だが、その攻撃がエヴァに届く、ほんの刹那。
まるで世界から音が消え、時間が粘性を帯びたかのように、奇妙な感覚が颯太を襲った。光の槍の軌道上に、譲が、まるでスローモーションのように、ゆっくりと腕を差し出す。その動きは、決して速くはない。むしろ、舞うように穏やかですらあった。しかし、それは、完璧に、間に合った。
譲の掌に、山をも砕くはずのエネルギー弾が触れた。
その瞬間、起こったのは爆発ではなかった。轟音も、衝撃波も、閃光もない。絶対的な破壊のエネルギーが、まるで静かな水面に落ちた一滴の雫が波紋を広げて消えていくように、ふわりと、あまりにも静かに、光の粒子となって四散したのだ。
絶対的なエネルギーが、ただ、無に帰した。
「なッ!?」
信じがたい光景に、颯太だけでなく、後方で見守っていた陽葵も、そして常に冷静なはずの玲奈さえも、息を呑んで目を見開いた。
「言ったはずだ、颯太。俺は、お前と戦いたくない」
譲の声は、深い悲しみに満ちていた。エヴァの血によって覚醒した力は、彼の脳を人間という古いOSの軛(くびき)から、完全に解き放っていた。もはや彼の目には、世界は人間の五感が捉える曖昧な景色としては映っていない。颯太のアルテミスの動き、ライフルのエネルギー充填率、弾道のわずかなブレ、空気抵抗、周囲の気圧、さらには操縦桿を握る颯太の指先の、ミクロン単位の震え――『迷い』という名のパラメータまでが、膨大な情報の奔流となって彼の脳に流れ込み、0.01秒先の未来を、完璧な数式として『観せて』いた。
未来は、もはや予測するものではない。ただ、そこに書かれた譜面を読むように、知っているだけのものだった。
業を煮やした颯太が、理性をかなぐり捨ててヴァルキリーの巨体を駆り、直接攻撃を仕掛ける。質量数トンの鋼鉄の拳が、空気を切り裂く轟音と共に、生身の譲へと振り下ろされる。しかし、譲はその圧倒的な暴力の奔流を前にして、最小限の動きでひらりとかわす。そして、振り下ろされたアルテミスの腕を、信じられないことに素手で掴むと、その巨大なエネルギーを受け流し、まるで合気道の達人が子供をいなすかのように、アルテミス自身の力で、その巨大な体勢をぐらりと崩してみせた。
「嘘だろ……ヴァルキリーが、生身の人間に……」
後方で見ていた兵士の一人が、呆然と呟いた。その光景は、もはや戦闘ではなかった。それは、絶対的な理性が、感情のままに駄々をこねる子供を、壊さないように、傷つけないように、ただ優しく諭しているかのような、一方的な鎮圧だった。
「違う……彼は戦っているんじゃない」
ただ一人、玲奈だけが、その現象の本質を見抜いていた。譲の動きは、超人的な身体能力によるものではない。彼が元々持っていた異常なまでの分析能力と未来予測能力が、未知の力と化学反応を起こし、相手の行動、思考、感情の全てを完全に『先読み』しているのだ。彼は、未来を『観て』、そこに繋がる無数の因果の糸を、指先で静かに、最も穏やかな結末へと手繰り寄せているに過ぎない。
やがて、完全に動きを封じられたアルテミスのコックピットを、譲は静かに見上げた。その瞳は、絶対的な強者のものではなく、たった一人の親友を傷つけてしまった子供のように、ただ悲しげに揺れていた。
「もう、やめよう、颯太」
「お前たちが信じてきた世界は、もうすぐ終わる。でも、その真実を知るには、お前たちはまだ、あまりにも無垢すぎる」
その言葉は、突き放すような響きを持ちながら、その奥底には、彼らの純粋さを愛おしみ、これから彼らが直面するであろう過酷な真実から、どうしようもなく守りたいと願う、深い友愛が滲んでいた。
譲は、それだけを告げるとエヴァの手を取り、再びゲートの歪みの中へと、静かにその姿を消した。
残されたのは、プライドも、信じてきた正義も、そして親友との絆さえも粉々に打ち砕かれ、ただ呆然と立ち尽くす兵士たちと、耳鳴りのように甲高く響き渡る、絶対的な静寂だけだった。アルテミスのコックピットの中で、颯太はモニターに映る自分の虚ろな顔を、ただ見つめていた。握りしめた拳は、もはや怒りのためではなく、失ってしまった全てのものの、あまりの重さに耐えかねるように、小さく震えていた。
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