無能と蔑まれた僕だけが知る世界の嘘。敵であるはずの怪物の少女に恋したので、人類を裏切り世界を滅ぼす。

Gaku

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第3部:真実と覚醒編

第59話:総力戦の号砲

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基地の巨大な格納庫は、出撃を前にした兵士たちの熱気と、機械油の匂い、そしてアドレナリンが放つ独特の甘い香りで満ちていた。壁一面の巨大モニターには、繰り返し、繰り返し、プロパガンダ映像が流されていた。それは、かつての宮沢譲が英雄として活躍した戦闘記録を巧みに編集し、「我々の英雄を、敵の手から救い出せ!」という、単純で、だからこそ人の心を強く揺さぶるスローガンで締めくくられる、扇情的な映像だった。

壇上に立った司令官が、マイクを通して声を張り上げる。

「諸君! 我々の仲間、我々の英雄である宮沢譲観測員は、敵の卑劣な精神攻撃を受け、今もなお敵の手に囚われている! 我々の任務はただ一つ! 我々の英雄を救出し、この永きにわたる忌まわしい戦いに、今こそ終止符を打つことだ!」

うおおおお、という地鳴りのような歓声が、鋼鉄の天井を震わせた。誰もが、自分たちがこれから行う行為が、崇高な救出作戦であり、絶対的な正義の行いであると信じて疑っていなかった。譲の裏切りという不都合な事実は、人類の戦意を過去最高潮にまで高めるための、完璧な燃料として消費されたのだ。

だが、その熱狂の渦の中心で、四人の若者だけが、まるで周囲から切り離されたかのように、冷たい沈黙の中にいた。朝倉颯太、橘陽葵、赤城剛、そして神楽院玲奈。彼らだけが、壇上で語られる耳障りの良い物語が、巧妙に塗り固められた嘘であることを知っていた。しかし、組織という一度動き出した巨大な生き物の前では、個人の意志などあまりにも無力だった。

「……なあ」

剛が、誰に言うでもなく、低い声で呟いた。

「俺たちは、これから親友を『救出』するために、親友に銃を向けるのかよ」

そのあまりにも矛盾した言葉に、誰も答えることはできなかった。颯太は、自分のヴァルキリー『アルテミス』の純白の拳を、ただ黙って見つめていた。譲の生存を、誰よりも願っていたはずなのに。その結果が、これなのか。親友が生きていると知った喜びよりも、彼に銃口を向けなければならないという絶望が、今は遥かに重く彼の心を支配していた。

---

ゲートの向こう側、幻想的な二つの月が照らすエヴァの都市では、全く異なる空気が流れていた。戦いを前に、民はパニックに陥ることなく、ただ静かに、家族や愛する者と額を触れ合わせ、最後の別れを告げていた。それは、狂騒的な熱狂とは対極にある、悲壮で、しかし揺るぎない覚悟に満ちた光景だった。彼らは戦いを望まない。だが、ようやく帰ってきた故郷を、二度と奪われるわけにはいかなかった。

都市の中枢、世界樹の根本で、譲はホログラムに映し出される地球のニュース映像を、苦々しい表情で見つめていた。自分の顔が、自分の声が、仲間たちの憎悪を煽るための道具として使われている。人類が、憎しみを滾らせ、大軍を率いてこちらへ攻め込んでくる。その全ての引き金を引いたのが、自分自身であるという事実が、彼の心を重く押し潰していた。

「僕のせいだ。僕が、彼らを焚きつけてしまった」

「ユズル。あなたのせいではない」

隣に立つエヴァが、彼の心に静かに語りかける。

「これは、私たちがいつか、必ず通らねばならなかった道。あなたは、その扉を開けたに過ぎない」

その言葉は、何十万年もの間、故郷を追われ続けた種族だけが持つ、諦観と、それでもなお未来を諦めない強さに満ちていた。

そして、運命の時が来た。

第7廃工場跡地の上空は、人類が誇る宇宙戦艦の群れによって、鋼鉄の雲で完全に覆い尽くされた。大地は、数千機ものヴァルキリーの駆動音で震え、その光景は、まるで巨大な神に戦いを挑む、人間の傲慢さそのものを象徴しているかのようだった。

「全軍、総員戦闘配置! 目標、ゲートポイント! 攻撃開始ッ!」

司令官の号令と共に、宇宙戦艦の主砲が一斉に火を噴いた。空が、無数の光の筋で白く染まる。人類の英知の結晶である破壊の雨は、ゲート周辺の幻想的で美しい自然を、一瞬にして焼き払い、焦土へと変えていった。爆音と衝撃波が、二つの世界の境界線を無慈悲に蹂リンしていく。

だが、その黒い煙の中から現れたのは、絶望ではなかった。ゲートの向こうから、静かに、しかし津波のような勢いで、エヴァの一族の軍勢が姿を現したのだ。彼らが駆る兵器は、地球のものとは全く異なっていた。巨大な昆虫の骨格に植物の蔓が絡み合ったような戦闘機。古代の恐竜を彷彿とさせる、しなやかな動きで大地を駆ける四足歩行の獣。それは兵器というよりも、まるで大地そのものが怒り、森が意志を持って立ち上がったかのような、有機的で、恐ろしくも美しい光景だった。

人類のヴァルキリーが放つ直線的なレーザーやミサイルに対し、彼らは曲線を描く生命エネルギーの奔流や、自己再生能力を持つ生体ミサイルで応戦する。無機質な鋼鉄と、有機的な生命の、あまりにも異質な二つの力が激突し、戦場は瞬く間に混沌の渦へと飲み込まれていった。

サファイアとアメジストの二つの月の光の下、人類の存亡と、もう一つの種族の誇りをかけた、あまりにも悲しい総力戦の号砲が、今、高らかに鳴り響いた。
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