無能と蔑まれた僕だけが知る世界の嘘。敵であるはずの怪物の少女に恋したので、人類を裏切り世界を滅ぼす。

Gaku

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第3部:真実と覚醒編

第65話:人類進化計画

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その純白の神殿は、一瞬にして死刑執行室へと変わった。無数のレーザーサイトが放つ赤い光点が、まるで悪趣味な装飾のように譲(ゆずる)とエヴァ、そして彼らの唯一の希望である『始祖の卵』の上で冷酷に揺らめいている。絶対的な静寂の中、タチバナ幹部の声だけが、まるで舞台俳優の独白のように、滑らかに、そして不気味に響き渡った。
「驚いたかね、宮沢譲君。君のその驚異的な頭脳をもってしても、この結末までは予測できなかったようだ」
タチバナは、心底愉しげに目を細めた。その瞳には、狂信者の持つ純粋な光と、全てを駒としてしか見ていない研究者の冷徹さが、矛盾なく同居していた。
「君たちが『プロジェクト・アーク』と呼ぶ計画の、ほんの表層しか理解できていないようなのでね。死にゆく者への餞(はなむけ)として、その真の目的を教えてあげよう」
彼は、まるで我が子を紹介するかのように、背後に浮かぶ『始祖の卵』を優雅な手つきで指し示した。
「あれは、単なる生命体ではない。地球上のあらゆる生命の遺伝子情報を、次のステージへと強制的に進化(ジャンプ)させる力を持つ、いわば生命のOSそのものだ。我々人類が何億年もかけて歩むはずだった進化の道を、たった数世代で駆け上がらせる、神の指先だよ」
その言葉は、譲が漠然と抱いていた予測を遥かに超える、壮大で、あまりにも傲慢な野望を孕んでいた。
「我々はその力を使い、この増えすぎた旧人類(ホモ・サピエンス)という名のバグを淘汰し、アース能力を持つ選ばれた新人類(ホモ・スペリオール)だけの、争いのない完璧な世界を創る。我々が、新世界の神となるのだ」
彼の言葉は、もはや正義ですらなかった。それは、神の力を手に入れ、世界を自分の思い通りに支配したいという、人間の際限なき欲望――『渇愛(かつあい)』そのものだった。怪物を絶対悪に仕立て上げたのも、この計画を隠蔽し、邪魔な旧人類を戦争という名のゴミ処理場で疲弊させるための、壮大なマッチポンプ。これまで仲間たちが流してきた血も、涙も、全てはこの男が描いた脚本の上で演じられていた、茶番劇に過ぎなかった。
「君の頭脳は惜しいがね」とタチバナは心底残念そうに呟く。「君もまた、淘汰されるべき旧世界の遺物なのだよ」
その言葉は、譲とエヴァに、絶対的な死の宣告として突きつけられた。

---

その頃、地上では、英雄・朝倉颯太(あさくら そうた)が、生まれて初めて本当の『死』を経験していた。
山脈が意志を持ったかのような巨大な『守護者』との戦闘は、死闘と呼ぶことすらおこがましい、一方的な蹂躙だった。純白のヴァルキリー『アルテミス』は、その美しい装甲を無惨に引き裂かれ、もはや満身創痍。コックピットには火花が散り、生命維持装置が悲鳴のようなアラートを鳴らし続けている。
(ここまで、か……。譲、すまない。お前の仇も、討てなかった……)
颯太の心が、絶望に折れようとした、その瞬間。
『――颯太! 聞こえる!?』
インカムから、神楽院玲奈(かぐらいん れな)の氷のように冷静な、しかしどこか切羽詰まった声が響いた。
「玲奈か……もう、いい。俺は、ここまでだ……」
『感傷に浸っている場合じゃない! 目を逸らさずに見なさい! これが、譲が命を懸けて伝えようとした、この世界の真実よ!』
玲奈の言葉と共に、颯太のメインモニターに、彼女がハッキングで入手した『プロジェクト・アーク』のデータが強制的に表示された。冷たいテキスト、無機質なグラフ、そして――彼の心を永遠に破壊する、おぞましい実験映像。
適合に失敗し、泣き叫びながら異形の姿へと変わっていく被験者たち。彼らは、かつては自分たちと同じ、ただの人間だった。その変わり果てた『失敗作』たちが、容赦なく処分されていく記録。
(なんだ、これは……なんだ、これはッ!?)
そして、颯太の思考を完全に停止させる、一つの記録が映し出された。それは、アース能力の適合実験の初期、まだ技術が確立されていなかった頃の、幼い子供たちを使った非人道的な臨床実験の映像だった。モニターの中で、恐怖に泣き叫ぶ金髪の幼い少年。その腕に、無慈悲に注射針が突き立てられる。
その少年の顔を、颯太は知っていた。
いや、知りすぎていた。それは、アルバムの中で何度も見た、物心つく前の、自分自身の顔だったからだ。
自分のアース能力は、生まれつきのものではなかった。自分は、この狂った計画の、数少ない『成功例』だった。自分たちが信じてきた正義。守るべきだった人々。親友の『裏切り』の理由。その全てを、今、理解した。
「ああ……ああああ……うわああああああああああああああああッ!!!!」
コックピットの中で、颯太は獣のような慟哭を上げた。それは、英雄としての自分が、完全に死んだ瞬間だった。信じてきた世界が、足元から崩れ落ちていく。親友は、これと戦っていたのか。たった一人で。俺は、何も知らずに、そんな親友に銃を向けたのか。
後悔と絶望が、彼の魂を焼き尽くす。だが、その灰の中から、全く新しい感情が、黒い炎となって燃え上がった。憎しみ。しかし、その矛先はもはや『怪物』には向かわない。真の敵は、自分たちを騙し、仲間を弄び、親友を追い詰めた、同じ人間の中にいる。
「タチバナッ! 神楽院ッ! てめぇらだけは……てめぇらだけはッ!!」
颯太は、血の涙を流しながら、アルテミスの制御コンソールに拳を叩きつけた。
『全システム、リミッターを強制解除! コード:ユグドラシル、承認!』
『警告! 機体への負荷が許容範囲を超えます! パイロットの生命は保証できません!』
AIの悲鳴のような警告を無視し、颯太は絶望の全てを推進力に変える。アルテミスの純白の装甲の隙間から、血のような赤い光が溢れ出し、機体全体が凄まじい悲鳴を上げた。
次の瞬間、アルテミスは音速の壁を軽々と突き破り、守護者の巨大な腕を紙屑のように吹き飛ばして、一つの白い流星となって、総本部へと向かった。

---

研究室では、タチバナが譲とエヴァに、最後の通告を突きつけていた。
「お前たち旧世界の遺物は、ここで消えてもらう」
その言葉と同時に、タチバナは手元のコンソールを操作した。キィン、という高周波のノイズが、譲の脳を直接突き刺す。
「ぐっ……ぁ……!?」
タチバナが起動したのは、譲の覚醒した超感覚を逆用し、その脳に膨大なノイズ情報を送り込んでオーバーヒートさせる、対エスパー用のジャミング装置だった。譲の世界は、美しい数式から意味をなさない情報の奔流へと変わり、立っていることさえままならない激しい頭痛と混乱が彼を襲う。初めて体験する、絶対的な『無力』。
特殊部隊の兵士たちが、その隙を突いてゆっくりと包囲の輪を狭めてくる。絶体絶命。
その、瞬間だった。
ドッッッッッッゴオオオオオオオオオオオオンッ!!!!
研究室の分厚い強化ガラスの壁が、凄まじい轟音と共に、内側から粉々に砕け散った。閃光と爆煙の中から、純白の装甲を傷だらけにし、血のような赤い光を放つ、怒れる天使――颯太のアルテミスが、その鬼神のごとき姿を現した。
「――タチバナァッ! てめぇだけは、この手で、引きずり出してやるッ!!」
親友を救うために現れた、かつての英雄。しかし、彼の乱入による凄まじい衝撃波と、怒りに任せて放ったエネルギー弾の余波が、臨界点寸前だった『始祖の卵』を繋ぎとめる、繊細な生命維持装置を無慈悲に破壊してしまった。
バヂィッ! という断末魔のような音と共に、卵に繋がっていた全てのパイプが断線し、冷却液が噴出する。
『警告! 警告! 対象の生命活動が制御不能! エネルギーレベルが臨界点を突破します!』
制御を失った卵から、凄まじい生命エネルギーの嵐が溢れ出し、純白の神殿を激しく揺さぶり始める。天井から瓦礫が降り注ぎ、床に亀裂が走る。
人類の罪と、歪んだ友情と、星の未来。その全てが交錯する中、世界の終わりを告げる崩壊の序曲が、今、高らかに鳴り響いていた。
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