無能と蔑まれた僕だけが知る世界の嘘。敵であるはずの怪物の少女に恋したので、人類を裏切り世界を滅ぼす。

Gaku

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第4部:終焉と再生編

第68話:最後の共闘

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世界の終わりは、存外静かに始まるものらしい。
いや、静かではない。暴走を始めた『始祖の卵』が放つ、空間そのものを歪ませるような低周波の唸り。崩壊する神殿の壁や天井が、断末魔のように軋みを上げながら白い砂を降らせる音。そして、無数の銃口から放たれる、空気を引き裂くプラズマ弾の発射音。
地獄のような轟音が支配するこの空間で、しかし、宮沢譲の意識だけは、水底に沈んだかのような絶対的な静寂の中にあった。

「――お前を…陽葵を…玲奈を…俺が守る」

親友、朝倉颯太の、英雄の仮面を脱ぎ捨てた、ただの一人の人間としての魂の叫び。その言葉が引き金となり、タチバナ幹部が冷笑と共に掲げた右手が、振り下ろされた。
粛清の弾丸が、雨のように降り注ぐ。
その瞬間、譲の脳が、肉体的な限界を無視して強制的に再起動した。彼の視界は、もはや人間のそれではない。網膜に映る現実の風景の上に、無数の光の線――敵弾の予測弾道、崩落する天井の破片の軌道、特殊部隊員一人一人の次の行動確率――が、天の川のように流れ、明滅する、神の設計図へと変貌していた。
時間が、引き伸ばされる。0.1秒という時間が、永遠のように感じられる。その永遠の中で、譲の思考は、この世の誰よりも速く、そして正確に、最適解を導き出す。

「――颯太、右だ! ステップ、3! そのまま壁を蹴って上昇しろ!」

譲の絶叫が、インカムを通して颯太の脳髄に直接叩き込まれる。もはや分析でも、予測でもない。それは、確定した未来を告げる、血を吐くような預言だった。
「言われなくともッ!!」
血のように赤い光を放つ鬼神『アルテミス』が、応える。虚無の淵から這い上がった颯太の操縦は、もはや英雄のそれではない。自らが殺めてきたかもしれない『兄弟』たちへの罪を贖うかのように、荒々しく、猛々しく、そしてどこまでも悲しい獣の舞だった。だが、その動きは、譲の預言と寸分の狂いもなくシンクロしていた。
右へ、三歩。機体の全スラスターを噴射させ、崩れ落ちてくる壁の破片を足場に、重力など存在しないかのように天へと駆け上がる。コンマ数秒前までアルテミスがいた場所を、数十条の光の槍が焼き尽くし、大地を抉った。

「玲奈さん、3秒後、頭上! 敵の狙いはあなたじゃない、アルテミスの左肩関節部だ!」
「――言われるまでもありません」

譲の預言に対し、漆黒のヴァルキリー『ブリュンヒルデ』から返ってきたのは、氷のように冷静な肯定。神楽院玲奈は、この混沌の極みのような戦場でさえ、自らの役割を見失ってはいなかった。彼女は踊らない。舞いもしない。ただ、そこにいる。まるで、最初からそこに存在した自然の摂理であるかのように。そして、最小限の動きで、最小限のエネルギーを使い、最大限の結果を生み出す。
機体をわずかに傾け、シールドの角度を変える。予測通りに頭上から降り注いだ弾丸は、その鏡面のような装甲に触れた瞬間、あらぬ方向へと弾き返された。そして、その跳弾が、アルテミスの死角を狙っていた別の兵士のライフルを、外科手術のように正確に破壊した。

奇跡が、起きていた。

譲という、未来を視る「脳」。
颯太という、全てを破壊する「剣」。
玲奈という、全てをいなす「盾」。

養成所で、彼らが机の上で学んだ、あの複雑系の理論。個々の単純な要素が、適切な相互作用(縁)を始めることで、個々の能力の足し算では決して到達できない、全く新しい高次の機能が生まれるという『創発』の理論。
その、無機質で難解だったはずの理論が、皮肉にも、この人生最後の戦場で、血と硝煙の匂いを纏った、あまりにも美しく、そして悲しい奇跡となって体現されていた。

『――二人とも、エネルギー残量に気をつけて! 譲、タチバナ機の装甲データ、今送る!』

そして、その奇跡を支える第四の要素。管制室で、橘陽葵は涙で滲むモニターを食い入るように見つめ、必死に指を動かしていた。恐怖で全身が震える。だが、彼女は知っている。自分がここで機能を停止すれば、あの三人は確実に死ぬ。自分の指先一本が、親友たちの命に繋がっている。
彼女は、戦況という巨大な情報の濁流の中から、譲が必要とするであろうデータを必死で探し出し、彼の脳へと送り続ける。タチバナが駆る最新鋭機の、公表されていない装甲の脆弱性データ。暴走する『始祖の卵』の、次のエネルギーパルス放出までの正確な時間。この神殿の、最も構造的に脆い柱の位置。
彼女の送る情報が、譲の予測精度を、神の領域へとさらに引き上げていく。

「やるじゃないか、出来損ないの寄せ集めが!」

タチバナの、愉悦に歪んだ声が響く。特殊部隊の兵士たちが、次々と地に伏していく。絶望的だったはずの戦力差が、徐々に、しかし確実に埋まっていく。
だが、奇跡には代償が伴う。そして、現実は、美しい理論通りには決して進まない。

「颯太ッ! エネルギー残量、残り12%! これ以上は危険だ!」
「うるさいッ! こいつらを皆殺しにするまで、止まるわけにはいかねぇんだよ!」

アルテミスは、既に満身創痍だった。左腕は根元から吹き飛ばされ、機体の至る所から黒い煙を噴き上げている。玲奈のブリュンヒルデも、その美しい黒曜石の装甲は無残に剥がれ落ち、内部のフレームが剥き出しになっていた。
そして、何よりも。
譲の脳が、限界を迎えつつあった。

(ぐ……ぅッ……!)

未来を視るという行為は、彼の脳に、スーパーコンピュータが数時間かけて行うシミュレーションを、毎秒、強制的に実行させているに等しい。脳の血管が、その異常な負荷に耐えきれず、ぷつり、ぷつりと切れていく感覚。視界が、血の色に染まっていく。鼻から、温かい液体が止めどなく流れ落ち、コンソールを赤黒く汚した。
思考が、鈍化していく。
完璧だったはずの未来予測に、ノイズが混じり始める。

「――面白い。実に、面白い」

その、ほんの僅かな思考の澱みを、タチバナが見逃すはずはなかった。
彼の駆る、この世の全ての闇を凝縮したかのような漆黒の最新鋭機『オーディン』が、ゆっくりと動き出す。その両肩に備えられた巨大な主砲が、不気味な光を収束させ始めた。狙いは、颯太でも、玲奈でもない。この奇跡のトライアングルの中心、全ての始まりである宮沢譲、ただ一人。

「全ての始まりである貴様さえ消えれば、この世界は、我々のものだ!」

オーディンの主砲から放たれるであろう、絶対的な破壊の未来が、譲の脳内に、あまりにも鮮明な映像として『視えた』。
弾道、着弾時間、破壊範囲。その全てが、完璧な数式として脳内に展開される。
だが。
それを回避するための、最適解を導き出すための思考が、ほんの、コンマ0.1秒、間に合わない――。

脳が、肉体という檻に囚われた思考が、初めて光の速さに敗北する。

(……ああ、ここまで、か)

死を、覚悟した。
目を閉じる。脳裏に浮かんだのは、三人の、幼い頃の笑顔だった。

『――譲ッ!!!!』

颯太と玲奈の、絶叫が響く。

だが、間に合わない。
絶対的な破壊の光が、放たれた。

その、刹那だった。

管制室で、陽葵は全てのデータを、そして譲のバイタルデータがレッドゾーンに振り切れるのを、ただ見ていることしかできなかった。
譲が、死ぬ。
その事実が、彼女の思考を、恐怖も、悲しみも、全てを飛び越えさせた。
彼女の脳裏に、幼い頃からの、三人での他愛ない記憶が、走馬灯のように駆け巡る。
学校の帰りに、三人で分けた一本のアイス。
夕暮れの公園で、将来の夢を語り合った日。
譲が転んで擦りむいた膝に、泣きながら絆創膏を貼ってあげたこと。
もう二度と、戻らない。
かけがえのない、宝物のような時間。

「……ごめんね、颯太。ごめんね、玲奈ちゃん」

そして、彼女は涙を拭い、まるで母親が子供に言い聞かせるように、優しく、そして鋼のような決意を固めて、モニターの向こうの譲に呟いた。

「ごめんね、譲。私、やっぱり……譲のいない世界なんて、いらないや」

彼女の指が、普段の管制業務では決して使わない、緊急用のハッキングコマンドを、恐ろしい速さで打ち込んでいく。
目標、格納庫エリアC。
そこに残されていた、非武装の予備ヴァルキリーの、遠隔操縦システムを、強制的に掌握する。

譲が、死を覚悟し、目を閉じた、そのコンマ0.1秒の永遠の中。
彼の目の前に、一つの白い影が、身を挺して立ちはだかった。
それは、彼が養成所で「制御不能な鉄屑」にした、あの時と同じ型の、旧式のヴァルキリー。
非武装の、ただの白い、鉄の塊。

「――陽葵ッ!!!!!」

譲の、この世のものとは思えない絶叫が、神殿に木霊した。

絶対的な破壊の光が、その白い機体の、か細い胸を、コックピットもろとも、無慈悲に貫いた。
白いヴァルキリーは、声も、音もなく、まるで陽葵の優しい魂そのものが砕け散るかのように、美しい光の粒子となって、静かに、消滅していった。

戦場に、一瞬の、完全な静寂が訪れた。

暴走する『始祖の卵』が放つ、血のように赤い光だけが、そのあまりにも残酷で、あまりにも美しい光景を、永遠に焼き付けるかのように、世界を照らし続けていた。

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