やがて、君と見る木漏れ日

Gaku

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前原美影の視点

最終話:選び取った木漏れ日

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季節は巡り、世界は彩りを変えていった。

あの花火大会の夜、私たちが本当の意味で手を繋いでから、秋が来て、冬が過ぎ、そしてまた、あの暴力的なまでに鮮やかな初夏が巡ってきた。 一年という時間は、瞬くんを劇的に変えた。

彼はもう、教室の隅で「灰色の水槽」に沈んでいる少年ではない。 誰かと目を合わせることを恐れず、笑いたい時に笑い、怒るべき時に怒る。 その姿は、私が最初に彼の中に見出した「光」そのものだったけれど、今の彼は、私の想像を遥かに超えて、眩しく、逞しくなっていた。

六月の午後。 湿気を含んだ南風が、カーテンを大きく揺らしている。 放課後のチャイムが鳴り響く中、彼は私を見て、小さく顎をしゃくった。

「行こうぜ」

言葉にしなくても分かる。 今日は、私たちにとって特別な日だ。 「ゲーム」が始まった日であり、私たちが初めて出会った日。

私たちは並んで廊下を歩き、階段を上った。 かつては、緊張と駆け引きと、少しの恐怖を抱えて上ったこの階段。 今は、一段一段踏みしめるたびに、愛おしい記憶が蘇ってくる。

重い鉄の扉を開ける。 ギィィ、という錆びついた蝶番の音。 その音さえも、懐かしい音楽のように聞こえた。

屋上には、あの日と同じ風が吹いていた。 フェンス越しに見える街並み。 遠くに見える入道雲の峰。 何もかもが変わっていないようで、全てが違って見えた。

私たちは、フェンス際に並んで立った。 あの日、彼が震える声で「付き合って」と言った、全く同じ場所に。

「……なんか、全部、夢みたいだな」

瞬くんが、ぽつりと呟いた。 彼は、眼下に広がる街を見下ろしながら、少し眩しそうに目を細めている。

「美影と出会ってからの一年間。……俺、自分が自分じゃないみたいに変わった気がするんだ」

彼の言葉には、実感がこもっていた。 孤独だった日々。 傷つけ合うことでしか他人と関われなかった日々。 それらが、私との出会いによって、ガラス細工が熱で溶けるように形を変え、新しい「形」へと生まれ変わった。 彼にとって、この穏やかで満たされた「今」は、あまりにも出来過ぎた奇跡のように感じられるのかもしれない。

隣で、彼が不安げに私を見る気配がした。 この幸せが、シャボン玉のように弾けて消えてしまうのではないか、と恐れるような目。

私は、ふふ、と小さく笑った。 愛おしいなぁ、と思う。 彼はまだ、自分の強さに気づいていない。

「夢じゃないよ」

私は、瞬くんの目をまっすぐに見つめて言った。 琥珀色の瞳に、私の顔が映っている。

「全部、私たちが、一つ、一つ、選んできた、『今』の、続きなんだから」

そう。 これは、魔法でも奇跡でもない。

彼が、自分のプライドを捨てて、過去と向き合うことを選んだから。 私が、傷つくことを恐れずに、彼を信じて待つことを選んだから。 私たちが、雨の日も、風の日も、お互いの手を離さないことを、毎日毎日、選び続けてきたから。

その無数の選択の積み重ねが、今のこの景色を作っているのだ。 私たちが流した涙も、飲み込んだ言葉も、共有した体温も。 その全部が、この「現実」を構成するレンガであり、セメントだ。 だから、この幸せは壊れない。 私たちが積み上げたものだから、絶対に崩れない。

私の言葉が、瞬くんの心の深い場所に、すとんと落ちていくのがわかった。 彼の瞳から、揺らぎが消える。 代わりに宿ったのは、揺るぎない確信と、深い信頼の色。

「……そうだな」

彼は、私の手を取った。 あの日とは違う、力強く、温かい手。 「ゲーム」の駒としてではなく、人生のパートナーとして、私を求めてくれる手。

「ありがとう、美影。……俺を見つけてくれて」

その言葉に、胸がいっぱいになった。 ううん、違うよ、瞬くん。 私の方こそ、ありがとう。 私の退屈な世界を、こんなにも鮮やかな色で塗り替えてくれて。

頭上には、大きなケヤキの枝葉が広がっているわけではないけれど、私には見える気がした。 二人の間に降り注ぐ、柔らかな光の粒が。

苦しみも、悲しみも、迷いも。 そのすべてを通過して、ようやく辿り着いた、穏やかな場所。 やがて、君と見る木漏れ日は、こんなにも温かい。

「帰ろっか、瞬くん」 「ああ。……何食う?」 「んー、今日はハンバーグがいいな」 「了解。美味い店、探すわ」

私たちは、手を繋いだまま、扉へと歩き出した。 西日が、二人の背中を優しく押している。

ゲームセット。 そして、ここからが、私たちの本当の人生の始まりだ。

私は一度だけ振り返り、誰もいない屋上に、心の中で小さく手を振った。 さようなら、退屈だった私。 ありがとう、臆病だったあなた。

前を向くと、光の中に、大好きな人の横顔があった。 私はその手を強く握り返し、新しい季節の中へと、一歩を踏み出した。
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