やがて、君と見る木漏れ日

Gaku

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早乙女里奈の視点

第二話:既視感のパレード

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土曜日のショッピングモールは、幸せの押し売りで溢れていた。

家族連れ、手を繋ぐカップル、笑い合う学生グループ。 空調の効いた人工的な快適さと、極彩色の商品ポップ。 私は友人の買い物に付き合わされてここに来ていたけれど、正直、帰りたくて仕方なかった。 今の私には、他人の「ありふれた幸福」を見るのが、アレルギーのように苦痛だったから。

「あ、見て里奈。あれ、新作のリップじゃない?」 「へえ、いい色」

適当に相槌を打ちながら、私は視線をフードコートの方へ流した。 そこで、見覚えのある背中を見つけた。

心臓が、嫌な音を立てて跳ねる。 垣原瞬だ。

彼は、映画館のチケット売り場の近くに立っていた。 隣には、あの地味な女、前原美影がいる。 二人はデート中らしい。

「うわ、マジで付き合ってるんだ」

私は商品棚の陰に隠れながら、二人を観察した。 まるで、交通事故の現場を覗き見る野次馬のような気分だ。見たくないのに、目が離せない。

瞬は、映画のポスターを見上げている。 その横顔は、硬かった。 楽しそうに笑っているわけでも、デレデレしているわけでもない。 ポケットに片手を突っ込み、少し距離を取って立っている。

(ほら、つまらなそう)

私は、鼻で笑った。 あの顔を、私は知っている。 私と付き合っていた時の後半、彼がよく見せていた顔だ。 「早く帰りたい」「面倒くさい」という本音を、ポーカーフェイスの下に隠している顔。

美影の方はといえば、能天気なほど嬉しそうにしている。 彼に何か話しかけ、一人でニコニコしている。 瞬のその「塩対応」に気づいていないのだろうか。それとも、気づいていて無理をしているのか。 どちらにせよ、滑稽だ。

「……バカみたい」

瞬は、映画館の暗闇の中で、きっとあくびを噛み殺すだろう。 そして、「感動した?」と聞く彼女に対して、「そうだね」と心のこもっていない同意をするのだ。 彼はそうやって、相手の感情をテストする。 「俺に合わせてくれるか」「俺を楽しませてくれるか」と、減点方式で女を採点する。

私が見ている前で、二人が歩き出した。 ふと、瞬の手が動いた。 美影の手を握ろうとしたのか、それともただポケットから出しただけなのか。 一瞬、迷うような素振りを見せて、結局、手は空を切って戻っていった。

(触れないんだ)

私は、胸の奥で黒い安堵のため息をついた。 私と付き合い始めた頃の彼は、もっと強引だった。 人目なんて気にせず腰に手を回し、所有欲を隠そうともしなかった。 それに比べて、今のあの態度はなんだ。 あんなの、恋人に対する態度じゃない。ただの「同伴者」扱いだ。

「やっぱり、本気じゃないのよ」

自分に言い聞かせるように呟く。 彼にとって、あの子はただの暇つぶし。 あるいは、私への当てつけかもしれない。 「俺は地味な女でも相手にできるんだぞ」という、歪んだアピール。

もしそうなら、前原美影はとんだピエロだ。 瞬の心の空洞を埋めるための、使い捨ての絆創膏。 傷が癒えたら、剥がして捨てられる運命にある。

「里奈? どうしたの?」 友人が戻ってきた。 「ううん、なんでもない。……ねえ、なんか気分悪くなってきたから、カフェ行かない?」

私は、二人から背を向けた。 これ以上見ている必要はない。 結果は見えている。 あの映画が終わる頃には、瞬の採点表にはいくつもの「バツ」がつき、あの子の笑顔は凍りついていることだろう。

かつての私が、そうだったように。

私は、自分の左手をそっと握りしめた。 かつて彼に繋がれていた手のひらが、今は冷たく乾いている。 その冷たさを確認して、私はまた、能面のような笑顔を顔に貼り付けた。

「さ、行こっか」

破局へのカウントダウンは、もう始まっている。 私はただ、高みの見物といけばいい。 そう確信して、私はその場を後にした。

けれど、私は気づいていなかった。 瞬が触れなかったその手が、「興味がない」からではなく、「大切すぎて触れるのが怖い」から迷っていたのだということに。 その決定的な読み間違いに気づくのは、まだずっと先の話だ。
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