やがて、君と見る木漏れ日

Gaku

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早乙女里奈の視点

第六話:バグだらけのシナリオ

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火曜日の朝。 私は、少しだけワクワクしながら登校した。

今日こそ、垣原瞬が「フリー」に戻っているはずだ。 昨日の放課後のあの怒号。美影の涙。 どう考えても、あれは「THE END」の合図だった。 あんなに激しく拒絶されたら、どんなに鈍感な女でも心が折れるし、プライドの高い瞬の方から連絡を取ることもないだろう。

教室に入り、友人たちと挨拶を交わしながら、私は視線を一年の教室の方角へ向けた。 さあ、瞬はどんな顔をしているかしら。 「やっと清々した」という顔で、新しい暇つぶしを探している頃かもしれない。 それとも、少しは罪悪感を持って、不機嫌に沈んでいるかもしれない。

しかし。 休み時間に廊下ですれ違った瞬の顔を見て、私は足を止めそうになった。

(……は?)

彼は、友人の大輝と話しながら、自動販売機の前でコーヒーを買っていた。 その表情は、昨日の「死人のような顔」とも、放課後の「鬼のような形相」とも違っていた。

穏やかだった。 まるで、嵐が去った後の海のように、静かで、凪いでいた。 肩の力が抜け、時折見せる苦笑いには、トゲがない。

「なんで……?」

私のシナリオには、こんなシーンはない。 あんな修羅場の翌日に、どうしてそんなに「整った」顔ができるの? まるで、何か良いことでもあったみたいに。

私は混乱したまま、彼を目で追った。 彼がふと、スマートフォンを取り出した。 画面を見る彼の目が、すうっと細められる。 それは、獲物を探す目じゃない。 大切な宝物を、ガラス越しに眺めるような、優しくて、少し気恥ずかしそうな目。

(嘘でしょ)

背筋がゾクリとした。 まさか、終わっていないの? あんなに酷い言葉をぶつけ合って、泣かせて、それでもまだ繋がっているの?

その疑念は、週末にかけて確信へと変わった。

二人は、ベタベタと付き合っているわけではなかった。 むしろ、以前よりも会話は減っているように見えた。 けれど、決定的に違うのは「空気」だ。

廊下ですれ違う時、二人の間に流れる空気が、透明で、柔らかい。 言葉がなくても通じ合っているような、第三者が入り込めない結界のようなものがある。

ある日の放課後。 私は見てしまった。 生徒たちが帰り支度をする中、瞬が美影の席に行き、何かを話しかけているのを。 瞬の背中は、緊張していた。 まるで、初めてデートに誘う中学生みたいに、ぎこちなく、必死だった。

そして、それに応える美影の笑顔。 満面の、一点の曇りもない笑顔。 「いいよ!」と声が聞こえてきそうなほど、明るい表情。

それを見た瞬の顔が、ふっと緩んだ。 安堵と、喜びと、そして愛おしさがないまぜになったような、無防備な顔。

ガツン、と頭を殴られたような衝撃があった。

(見たことない)

私と付き合っていた時の瞬は、あんな顔をしなかった。 彼はいつも「余裕のある彼氏」を演じていた。 スマートで、かっこよくて、少し意地悪で。 私が機嫌を損ねれば、手慣れた様子で宥(なだ)めてくれたけれど、そこにはいつだって「計算」が見え隠れしていた。

でも、今のあれはなんだ。 計算も、駆け引きもない。 ただの「素」の垣原瞬が、あそこにいる。

「……なんでよ」

私は、自分の爪が手のひらに食い込む痛みを感じた。 私がどんなに着飾っても、どんなに駆け引きを仕掛けても、引き出せなかった彼の「素顔」。 それを、あんな地味で、何の特徴もない、お人好しの女が、いとも簡単に引き出している。

許せない。 美影が、じゃない。 私の知っている「ルール」が壊されていくことが、許せなかった。

恋なんて、化かし合いのゲームでしょう? より多く相手を好きにさせた方が負けで、主導権を握った方が勝ち。 傷つかないように鎧を着て、仮面をつけて踊る舞踏会でしょう?

なのに、あの子たちは何をしているの? 鎧を脱ぎ捨てて、傷だらけのまま手を繋いで、それで「幸せ」だなんて顔をして。 そんなの、私の知っている恋愛じゃない。 そんなのが「正解」だなんて、認めない。

「バグってる」

私は、逃げるようにその場を離れた。 認めたくなかった。 私が瞬との関係で失敗したのは、私が悪かったからではなく、相性が悪かったからでもなく……ただ私が「臆病」だったからだなんて。

あの子たちが眩しい。 その光が強ければ強いほど、私の足元の影が濃くなっていく。

「調子に乗らないでよ」

私は、誰にともなく呟いた。 まだ終わっていない。 あんな「ままごと」みたいな関係、すぐに現実の壁にぶつかって壊れるに決まっている。 瞬の過去、周りの目、受験、進路。 障害はいくらでもある。

私は、諦めない。 二人が不幸になる瞬間を、この目で確認するまでは。 私のこの、消化不良の胸の痛みが、納得する結末を見るまでは。

でも、私の足取りは、先週よりもずっと重かった。 自分の中に芽生えた「敗北感」というノイズが、耳元でうるさく鳴り響いていたからだ。
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