やがて、君と見る木漏れ日

Gaku

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早乙女里奈の視点

第八話:スクランブル・ノイズ

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七月に入ると、二人の関係は「安定期」に入ったようだった。

教室での垣原瞬と前原美影は、以前のように周囲を警戒するような素振りがなくなった。 かといって、バカップルのようにベタベタするわけでもない。 休み時間に少し言葉を交わす。 廊下ですれ違いざまに、視線だけで挨拶をする。 その、あまりにも自然で、静かな連携が、私をひどく苛立たせた。

まるで、二人の周りだけ重力が違うみたいだ。 私の知らない言葉で、私の知らないルールで、二人の世界が構築されている。 私はクラスメイトの輪の中心で笑いながらも、視界の端に映るその「聖域」が気になって仕方がなかった。

(つまんない)

瞬の「毒」が抜けていく。 あの鋭利で、冷たくて、危険な魅力を持っていた彼が、どんどん普通の、ただの「優しい彼氏」に成り下がっていく。 美影というぬるま湯に浸かって、牙を抜かれた狼みたいに。

「ねえ里奈、今度の土曜、渋谷行かない?」 「いいよ。新しい服欲しいし」

私は友人の誘いに乗った。 この澱んだ気分を変えたかった。 渋谷の喧騒、大音量の音楽、消費される情報の波。 そこなら、何も考えずに済む。私が一番輝ける場所だ。

週末の渋谷は、相変わらずのカオスだった。 スクランブル交差点は人がゴミのように溢れ、蒸し暑い熱気がアスファルトから立ち上っている。 私たちはセンター街を歩き、ショッピングビルをハシゴした。

「あ、ちょっと待って。靴ひも解けた」

友人が立ち止まったので、私も足を止めて、何気なく人混みを眺めた。 道玄坂の方へ向かう雑多な群衆。 その中に、見覚えのある長身を見つけた。

(……嘘でしょ)

瞬だ。 そして、その隣には、当然のように美影がいる。

心臓が跳ねると同時に、強い違和感が込み上げた。 瞬は、人混みが嫌いだ。 私と付き合っていた頃、「渋谷に行きたい」とねだっても、「あそこは空気が悪い」「疲れるだけだ」と不機嫌そうに却下された。 結局、一度も一緒に来たことはない。

その彼が、休日の渋谷にいる? しかも、あんな芋っぽい女のために?

私は友人に「先行ってて」と告げ、吸い寄せられるように二人の後を追った。 ストーカーみたいだとは思ったけれど、確かめずにはいられなかった。 彼がどんな顔をしているのか。 きっと不機嫌で、イライラして、「早く帰りたい」というオーラを出しているに違いない。 そうでなければ、私の過去が浮かばれない。

二人は、ビルの大型ビジョンの下を歩いていた。 美影が何かを指差して笑っている。 Tシャツの柄か何かだろうか。 瞬もそれを見て、笑った。 作り笑いじゃない。肩の力が抜けた、自然な笑顔だ。

(笑ってる……)

それだけじゃない。 信号待ちで、後ろから人が押し寄せてきた時。 瞬は、何も言わずに美影の肩を引き寄せ、車道側から歩道側へとさりげなく場所を入れ替わった。 その動作があまりにもスムーズで、慣れていて。 まるで、彼女を守ることが自分の呼吸の一部であるかのように自然だった。

さらに、風で美影の髪が顔にかかった時、彼はためらいなく手を伸ばし、その髪を耳にかけた。 その指先の、恐ろしいほどの優しさ。 美影を見る瞳の、甘やかな光。

ドクン、と。 私の中で、何かが音を立てて千切れた。

「……なによ、それ」

私には、しなかった。 人混みではぐれそうになっても、彼はスタスタと先に行ってしまった。 私が高いヒールで足が痛いと言っても、「お前が選んだ靴だろ」と冷たく言い放った。 私には「冷酷な王様」だった彼が。 どうして、あんな地味な女には「忠実な騎士(ナイト)」みたいに振る舞うの?

あの子が特別だから? あの子が、私よりも優れているから?

「違う」

認めたくない。絶対に。 あんなの、ただの魔法だ。一時的な気の迷いだ。 瞬は騙されている。あの子の「無害そうな顔」に絆されて、牙を抜かれているだけだ。

でも、目の前の光景は、残酷なほど「幸せ」そのものだった。 二人は楽しそうに笑い合いながら、人混みの中へと消えていく。 誰が見てもお似合いの、幸せなカップル。 そこに、私の入り込む隙間なんて、ミクロン単位も残されていない。

(壊したい)

黒い衝動が、喉の奥からせり上がってきた。 あの笑顔を曇らせたい。 あの繋がれた手を引き剥がしたい。 瞬に思い出させてやりたい。あんたはそんな綺麗な人間じゃないってこと。 あんたは私を傷つけ、捨てた、冷酷な男だってこと。

そして美影に教えてやりたい。 あんたが信じているその男は、かつて私をボロボロにした「加害者」だってこと。 その事実を知っても、あんたは同じように笑っていられるの?

「……待ってなよ」

私は、二人が消えた方向を睨みつけた。 ただ指をくわえて見ているだけの時間は、もう終わりだ。 このまま二人がハッピーエンドなんて、私のプライドが許さない。

私はポケットからスマートフォンを取り出し、黒い画面に映る自分の顔を見た。 嫉妬と憎悪で歪んだ、酷い顔をしていた。 でも、今の私にはこの顔がお似合いだ。

「教えてあげるわ、美影ちゃん。あんたの彼氏の『本当の顔』を」

月曜日。 昇降口で待ち伏せしよう。 そして、あの幸せボケした脳みそに、冷水をぶっかけてやる。

渋谷の喧騒が、耳元で嘲笑うように鳴り響いていた。 私の恋は終わったけれど、私の復讐は、ここから始まるのだ。
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