62 / 91
第五部:盤上の神と、盤を降りた者たち
第六十二話:英雄と神様ごっこ
しおりを挟む
ユグドラシル王国は、実りの季節の真っ只中にいた。
ロゼンベルグを包んでいたあの洗練された金木犀の香りとは違う、もっと土臭く、生命力に満ち溢れた匂いが、国中の空気を満たしていた。それは、掘り起こされたばかりの芋の匂い、収穫された麦の香ばしい匂い、森から運ばれてきた色とりどりのキノコが放つ芳醇な匂い、そして、それらの恵みに感謝し、来るべき冬に備える人々の活気が混ざり合った、力強い生命の匂いであった。
城下町の市場は、ここ数年で最も大きな賑わいを見せている。ロゼンベルグとの交易路が完全に開かれたことで、見たこともない品々が市場に溢れ、人々の好奇心を刺激していた。ずんぐりとした体躯のドワーフたちが、自分たちの作った頑丈な農具を威勢のいい声で売りさばき、その隣では、森から来たエルフたちが、宝石のように美しい木の実や、薬効の高い薬草を静かに並べている。逞しい獣人たちは、自分たちの仕留めた獲物を担いで練り歩き、人間たちはそれらの全てを巧みにまとめ上げ、商売を成立させていた。多様な種族が、それぞれの役割を果たしながら、一つの大きな生命体のように躍動している。この活気こそが、ユウキが(意図せず)王となってからもたらした、最も大きな恵みの一つだった。
広場の中央では、ひときわ大きな人だかりができていた。その中心で、巨大な斧を振りかざし、山のような猪を豪快に解体しているのは、ドワーフのボルガだ。彼の隣では、全身鎧の騎士ガンツが、これまた巨大な寸胴鍋を巨大な木のヘラでかき混ぜている。
「うおおおおっ! これぞ我が王がもたらした平和の味! この猪鍋を食らい、来るべき収穫祭に備えるのだ、同胞たちよ!」
ガンツの熱血漢溢れる叫びに、周囲の人々が「「「おおーっ!」」」と拳を突き上げる。鍋から立ち上る湯気は、味噌と香味野菜の、人間の原始的な食欲を猛烈に刺激する香りをあたりに振りまいていた。
だが、この国の本当の中心、すなわち混沌の発生源は、今、城の厨房にあった。
「違うッ! イグニス! そうじゃないんだ!」
ユグドラシル国王ユウキは、鬼のような形相で叫んだ。彼の目の前には、同じく鬼のような形相をした竜族の料理人、イグニスが腕を組んで立っている。厨房は、イグニスの吐き出す炎の熱気と、巨大な寸胴から立ち上る湯気で、サウナのような状態になっていた。豚骨と香味油の、むせ返るような匂いが充満している。
ロゼンベルグであの衝撃的な報告を受けてから数日。ユウキの頭の中から、「セレネ国水没」や「シン」といった面倒くさい単語は、すっかり抜け落ちていた。いや、正確に言えば、彼の脳の容量の9割以上が、今、目の前の液体によって占有されていたのだ。
彼の最大の関心事は、イグニスの新作――『秋の味覚! 濃厚きのこ味噌豚骨ラーメン』。その一点のみであった。
「このガツンとくる豚骨の旨味と、味噌の芳醇な香り! これはいい! だが、きのこの風味がスープに負けてしまっている! もっとこう、一体感が欲しいんだ! 麺をすすった時に、豚骨ときのこの香りが、口の中で見事なマリアージュを奏でるような……」
「むぅ……ならば、きのこを一度油で素揚げし、香りを引き出してからスープに加えるというのはどうだろうか」
「天才か、お前はッ!」
二人の料理バカが真剣な議論を交わしているのを、厨房の入り口で、数名の側近たちが呆れた顔で眺めていた。
「兄貴ィッ! こっちの肉も味見してくれよォ!」
ボルガが、串に刺した巨大な猪肉を差し出す。
「品のない方々ですこと。見ていて胸焼けがしますわ」
エルフのシルフィが、少し離れた場所で木の実を齧りながら、冷たく呟く。
「馬鹿は平和でいいよなぁ、ガッハッハ!」
手のひらサイズの妖精ピクシーが、酒瓶を片手にダミ声で笑った 。
「スープを飲む角度、32.5度。麺をすする速度、秒速1.8メートル。実に興味深いサンプルですわ」
魔導士リリアは、眼鏡を光らせながら、ユウキの一挙手一投足を詳細にデータとして記録している。
この、いつも通りの、騒がしくて平和な光景の中で、ただ一人、宰相のアーサーだけが、山積みの書類と報告書を前に、青い顔で胃を押さえていた。彼の胃痛の原因は、目の前の王の現実逃避と、その手にある報告書に書かれた、不穏な文字列のせいだった。
その頃、大陸の反対側に位置するロゼンベルグ王国の作戦室は、ユグドラシルの厨房とは対照的な、冷たく張り詰めた空気に支配されていた。
ソフィアとアレクシスは、この数日間、ほとんど不眠不休で「湖の出現」と「シン」に関する情報の分析を続けていた。部屋には、飲み干された紅茶のカップと、膨大な資料の山が築かれている。
「……結論が出ました」
濃い隈を刻んだ顔で、アレクシスが口を開いた 。その声は、疲労で少し掠れている。
「ユウキ陛下の『質量消失』が、既存の物理法則という名のプログラムに、想定外の巨大な数値を入力してオーバーフローさせるような、『バグ技』だとすれば……」
アレクシスは、魔法の光で空中に投影された複雑な数式を指し示す。
「今回の現象は、全く次元が異なります。例えるなら、物理法則そのものを根底から書き換える『管理者権限(アドミンコード)の行使』に近しい。これは、我々の知るいかなる魔法体系にも属さない、異質で、そして極めて危険な力です」
ソフィアは、その分析結果に静かに頷いた。彼女もまた、同じ結論に達していた。ユウキの力が「ルールの中で暴れる」力だとすれば、シンの力は「ルールそのものを創り変える」力。それは、もはや人間が扱っていい力の範疇を超えている。
そして、その異質な力を持つ男の噂は、二人の分析が続く間にも、恐ろしい速度で大陸中に広まり始めていた。
それは、複雑系における「正のフィードバック」の典型的な例だった 。
最初に、行商人たちが東の果ての宿場町で、尾ひれをつけた土産話として語る。「聞いたかい? 東の国が湖に沈んだんだが、神の使いが現れて、民を救ったらしいぜ」
その話を聞いた吟遊詩人が、酒代のために、さらにドラマチックな脚色を加えて歌にする。「♪蒼き湖の底に消えし国、嘆きの民に差し伸べられしは、聖者シンの白き御手(みて)~」
歌は街道を伝って人々の心を捉え、噂はさらに大きく膨らんでいく。民衆が心の奥底に抱える、日々の生活への不満や、将来への漠然とした不安。それらの負の感情が、格好の燃料となった。人々は、理不尽な現実から救ってくれる、分かりやすい「救世主」の物語を渇望していたのだ。
噂は人々の願望を吸収して自己組織化を始め、もはや誰にもコントロールできない巨大なうねりへと成長していく 。シンは、ただそこにいるだけで、民衆が勝手に創り上げた「聖人」や「救世主」という神輿に担ぎ上げられていった。彼は、英雄に「なった」のではなく、英雄に「させられた」のだ。
「陛下、ご報告が……」
ユグドラシルの厨房で、ようやく改良版ラーメンのスープに満足のいく結論が出た頃、宰相アーサーが、死刑宣告に向かう罪人のような足取りでユウキに近づいた。その手には、震える文字で書かれた報告書が握られている。
「陛下、大陸中で噂になっている、シンと名乗る男の件ですが……民衆から絶大な支持を集め、もはや新たな国の王、あるいは新興宗教の教祖のように扱われているとのことでして……」
報告を聞いたユウキは、完成したばかりの「濃厚きのこ味噌豚骨ラーメン」のスープを最後の一滴まで飲み干し、至福の表情でどんぶりを置くと、満面の笑みで答えた。
「へぇ、すごい奴がいたもんだ! よし、アーサー! そいつに世界の平和は全部任せよう! これで俺は心置きなく隠居できる! いやー、めでたい、めでたい!」
その言葉に、アーサーは「ひっ」と小さな悲鳴を上げて、その場に崩れ落ちそうになった 。隣で猪鍋をかき混ぜていたガンツは、持っていた巨大なヘラをガチャンと落とし、顔面蒼白になる。
「そ、そ、そのようなことが許されるわけがありません! 陛下の御威光を、その輝かしき治世を脅かす、万死に値する不届き者ですぞ!」
「もし、その者がロゼンベルグやユグドラシルに敵対的な思想を持っていた場合、そのカリスマ性は計り知れない脅威となりえます! 陛下、どうかご再考を!」
ガンツと、もう一人の宰相であるアーサー(気弱な方)が、必死の形相で訴える。彼らの胃は、きりきりと締め付けられるような痛みを発していた。
だが、彼らの悲痛な叫びを、そしてユウキの呑気な隠居宣言を嘲笑うかのように、その瞬間、城の奥から警鐘がけたたましく鳴り響いた。
一人の兵士が、魔法通信室から血相を変えて駆け込んでくる。
「緊急報告! 大陸中央の不毛の砂漠地帯『渇きの盆地』に、突如、巨大なオアシス都市が出現しました!」
厨房にいた全員の動きが止まる。兵士が差し出した通信水晶を覗き込むと、そこには信じがたい光景が映し出されていた。
どこまでも続いていたはずの赤茶けた砂漠の真ん中に、まるで神が描いた絵画のように、緑豊かな森と、青く輝く泉、そして太陽の光を反射して輝く白亜の建物群が広がっている。ありえない、と誰もが息をのむ光景。
水晶は、熱狂し、ひれ伏す無数の民衆と、その中心に立つ一人の男の姿を映し出した。簡素な白い服をまとった、穏やかな笑みを浮かべる青年。シンだ。
彼は、まるで大陸の全てに語りかけるかのように、静かに、しかしはっきりと告げた。
「神は、全ての民の救済を望んでおられる」
そして、その穏やかな瞳を、まっすぐに西――ユグドラシルのある方角へ向け、こう続けた。
「次は、偽りの王に支配され、混沌に喘ぐ西の地を解放しよう」
その言葉が、事実上の宣戦布告であることは、厨房にいる誰の目にも、明らかだった。
ユウキの顔から、ようやくラーメンを食べ終えた満足の色が、すっと消えた。
ロゼンベルグを包んでいたあの洗練された金木犀の香りとは違う、もっと土臭く、生命力に満ち溢れた匂いが、国中の空気を満たしていた。それは、掘り起こされたばかりの芋の匂い、収穫された麦の香ばしい匂い、森から運ばれてきた色とりどりのキノコが放つ芳醇な匂い、そして、それらの恵みに感謝し、来るべき冬に備える人々の活気が混ざり合った、力強い生命の匂いであった。
城下町の市場は、ここ数年で最も大きな賑わいを見せている。ロゼンベルグとの交易路が完全に開かれたことで、見たこともない品々が市場に溢れ、人々の好奇心を刺激していた。ずんぐりとした体躯のドワーフたちが、自分たちの作った頑丈な農具を威勢のいい声で売りさばき、その隣では、森から来たエルフたちが、宝石のように美しい木の実や、薬効の高い薬草を静かに並べている。逞しい獣人たちは、自分たちの仕留めた獲物を担いで練り歩き、人間たちはそれらの全てを巧みにまとめ上げ、商売を成立させていた。多様な種族が、それぞれの役割を果たしながら、一つの大きな生命体のように躍動している。この活気こそが、ユウキが(意図せず)王となってからもたらした、最も大きな恵みの一つだった。
広場の中央では、ひときわ大きな人だかりができていた。その中心で、巨大な斧を振りかざし、山のような猪を豪快に解体しているのは、ドワーフのボルガだ。彼の隣では、全身鎧の騎士ガンツが、これまた巨大な寸胴鍋を巨大な木のヘラでかき混ぜている。
「うおおおおっ! これぞ我が王がもたらした平和の味! この猪鍋を食らい、来るべき収穫祭に備えるのだ、同胞たちよ!」
ガンツの熱血漢溢れる叫びに、周囲の人々が「「「おおーっ!」」」と拳を突き上げる。鍋から立ち上る湯気は、味噌と香味野菜の、人間の原始的な食欲を猛烈に刺激する香りをあたりに振りまいていた。
だが、この国の本当の中心、すなわち混沌の発生源は、今、城の厨房にあった。
「違うッ! イグニス! そうじゃないんだ!」
ユグドラシル国王ユウキは、鬼のような形相で叫んだ。彼の目の前には、同じく鬼のような形相をした竜族の料理人、イグニスが腕を組んで立っている。厨房は、イグニスの吐き出す炎の熱気と、巨大な寸胴から立ち上る湯気で、サウナのような状態になっていた。豚骨と香味油の、むせ返るような匂いが充満している。
ロゼンベルグであの衝撃的な報告を受けてから数日。ユウキの頭の中から、「セレネ国水没」や「シン」といった面倒くさい単語は、すっかり抜け落ちていた。いや、正確に言えば、彼の脳の容量の9割以上が、今、目の前の液体によって占有されていたのだ。
彼の最大の関心事は、イグニスの新作――『秋の味覚! 濃厚きのこ味噌豚骨ラーメン』。その一点のみであった。
「このガツンとくる豚骨の旨味と、味噌の芳醇な香り! これはいい! だが、きのこの風味がスープに負けてしまっている! もっとこう、一体感が欲しいんだ! 麺をすすった時に、豚骨ときのこの香りが、口の中で見事なマリアージュを奏でるような……」
「むぅ……ならば、きのこを一度油で素揚げし、香りを引き出してからスープに加えるというのはどうだろうか」
「天才か、お前はッ!」
二人の料理バカが真剣な議論を交わしているのを、厨房の入り口で、数名の側近たちが呆れた顔で眺めていた。
「兄貴ィッ! こっちの肉も味見してくれよォ!」
ボルガが、串に刺した巨大な猪肉を差し出す。
「品のない方々ですこと。見ていて胸焼けがしますわ」
エルフのシルフィが、少し離れた場所で木の実を齧りながら、冷たく呟く。
「馬鹿は平和でいいよなぁ、ガッハッハ!」
手のひらサイズの妖精ピクシーが、酒瓶を片手にダミ声で笑った 。
「スープを飲む角度、32.5度。麺をすする速度、秒速1.8メートル。実に興味深いサンプルですわ」
魔導士リリアは、眼鏡を光らせながら、ユウキの一挙手一投足を詳細にデータとして記録している。
この、いつも通りの、騒がしくて平和な光景の中で、ただ一人、宰相のアーサーだけが、山積みの書類と報告書を前に、青い顔で胃を押さえていた。彼の胃痛の原因は、目の前の王の現実逃避と、その手にある報告書に書かれた、不穏な文字列のせいだった。
その頃、大陸の反対側に位置するロゼンベルグ王国の作戦室は、ユグドラシルの厨房とは対照的な、冷たく張り詰めた空気に支配されていた。
ソフィアとアレクシスは、この数日間、ほとんど不眠不休で「湖の出現」と「シン」に関する情報の分析を続けていた。部屋には、飲み干された紅茶のカップと、膨大な資料の山が築かれている。
「……結論が出ました」
濃い隈を刻んだ顔で、アレクシスが口を開いた 。その声は、疲労で少し掠れている。
「ユウキ陛下の『質量消失』が、既存の物理法則という名のプログラムに、想定外の巨大な数値を入力してオーバーフローさせるような、『バグ技』だとすれば……」
アレクシスは、魔法の光で空中に投影された複雑な数式を指し示す。
「今回の現象は、全く次元が異なります。例えるなら、物理法則そのものを根底から書き換える『管理者権限(アドミンコード)の行使』に近しい。これは、我々の知るいかなる魔法体系にも属さない、異質で、そして極めて危険な力です」
ソフィアは、その分析結果に静かに頷いた。彼女もまた、同じ結論に達していた。ユウキの力が「ルールの中で暴れる」力だとすれば、シンの力は「ルールそのものを創り変える」力。それは、もはや人間が扱っていい力の範疇を超えている。
そして、その異質な力を持つ男の噂は、二人の分析が続く間にも、恐ろしい速度で大陸中に広まり始めていた。
それは、複雑系における「正のフィードバック」の典型的な例だった 。
最初に、行商人たちが東の果ての宿場町で、尾ひれをつけた土産話として語る。「聞いたかい? 東の国が湖に沈んだんだが、神の使いが現れて、民を救ったらしいぜ」
その話を聞いた吟遊詩人が、酒代のために、さらにドラマチックな脚色を加えて歌にする。「♪蒼き湖の底に消えし国、嘆きの民に差し伸べられしは、聖者シンの白き御手(みて)~」
歌は街道を伝って人々の心を捉え、噂はさらに大きく膨らんでいく。民衆が心の奥底に抱える、日々の生活への不満や、将来への漠然とした不安。それらの負の感情が、格好の燃料となった。人々は、理不尽な現実から救ってくれる、分かりやすい「救世主」の物語を渇望していたのだ。
噂は人々の願望を吸収して自己組織化を始め、もはや誰にもコントロールできない巨大なうねりへと成長していく 。シンは、ただそこにいるだけで、民衆が勝手に創り上げた「聖人」や「救世主」という神輿に担ぎ上げられていった。彼は、英雄に「なった」のではなく、英雄に「させられた」のだ。
「陛下、ご報告が……」
ユグドラシルの厨房で、ようやく改良版ラーメンのスープに満足のいく結論が出た頃、宰相アーサーが、死刑宣告に向かう罪人のような足取りでユウキに近づいた。その手には、震える文字で書かれた報告書が握られている。
「陛下、大陸中で噂になっている、シンと名乗る男の件ですが……民衆から絶大な支持を集め、もはや新たな国の王、あるいは新興宗教の教祖のように扱われているとのことでして……」
報告を聞いたユウキは、完成したばかりの「濃厚きのこ味噌豚骨ラーメン」のスープを最後の一滴まで飲み干し、至福の表情でどんぶりを置くと、満面の笑みで答えた。
「へぇ、すごい奴がいたもんだ! よし、アーサー! そいつに世界の平和は全部任せよう! これで俺は心置きなく隠居できる! いやー、めでたい、めでたい!」
その言葉に、アーサーは「ひっ」と小さな悲鳴を上げて、その場に崩れ落ちそうになった 。隣で猪鍋をかき混ぜていたガンツは、持っていた巨大なヘラをガチャンと落とし、顔面蒼白になる。
「そ、そ、そのようなことが許されるわけがありません! 陛下の御威光を、その輝かしき治世を脅かす、万死に値する不届き者ですぞ!」
「もし、その者がロゼンベルグやユグドラシルに敵対的な思想を持っていた場合、そのカリスマ性は計り知れない脅威となりえます! 陛下、どうかご再考を!」
ガンツと、もう一人の宰相であるアーサー(気弱な方)が、必死の形相で訴える。彼らの胃は、きりきりと締め付けられるような痛みを発していた。
だが、彼らの悲痛な叫びを、そしてユウキの呑気な隠居宣言を嘲笑うかのように、その瞬間、城の奥から警鐘がけたたましく鳴り響いた。
一人の兵士が、魔法通信室から血相を変えて駆け込んでくる。
「緊急報告! 大陸中央の不毛の砂漠地帯『渇きの盆地』に、突如、巨大なオアシス都市が出現しました!」
厨房にいた全員の動きが止まる。兵士が差し出した通信水晶を覗き込むと、そこには信じがたい光景が映し出されていた。
どこまでも続いていたはずの赤茶けた砂漠の真ん中に、まるで神が描いた絵画のように、緑豊かな森と、青く輝く泉、そして太陽の光を反射して輝く白亜の建物群が広がっている。ありえない、と誰もが息をのむ光景。
水晶は、熱狂し、ひれ伏す無数の民衆と、その中心に立つ一人の男の姿を映し出した。簡素な白い服をまとった、穏やかな笑みを浮かべる青年。シンだ。
彼は、まるで大陸の全てに語りかけるかのように、静かに、しかしはっきりと告げた。
「神は、全ての民の救済を望んでおられる」
そして、その穏やかな瞳を、まっすぐに西――ユグドラシルのある方角へ向け、こう続けた。
「次は、偽りの王に支配され、混沌に喘ぐ西の地を解放しよう」
その言葉が、事実上の宣戦布告であることは、厨房にいる誰の目にも、明らかだった。
ユウキの顔から、ようやくラーメンを食べ終えた満足の色が、すっと消えた。
0
あなたにおすすめの小説
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。
古森真朝
ファンタジー
「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。
俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」
新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは――
※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる