幽霊も助手も厄介すぎる!クールなゴーストバスターの騒がしくて泣ける日常

Gaku

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第12話:君がいたことの価値

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夕日が、砕け散った窓ガラスの向こうで、まるで世界の終焉を告げるかのように、不吉な血の色に染まっていた。
老人ホームの談話室は、サキの絶望が具現化した、混沌の坩堝(るつぼ)と化していた。彼女の魂から迸る、絶対零度の悲しみが、潮風に乗って室内に吹き込み、カーテンをめちゃくちゃに引き裂き、飛び交う書類を、まるで黒い蝶の群れのように舞わせる。照明は狂ったように明滅を繰り返し、そのたびに、パニックに陥った老人たちの、恐怖に歪んだ顔が一瞬だけ照らし出された。
ガラスの割れる甲高い音。家具が倒れる鈍い音。人々の悲鳴。そして、その全ての中心で、サキの、声にならない心の叫びが、俺の脳を直接揺さぶっていた。
『嘘つき』
『どうして』
『待ってたのに、ずっと、ずっと、待ってたのに!』
黒い絶望の霧は、もはやただのモヤではなかった。それは、無数の嘆きの顔をその表面に浮かび上がらせ、苦悶の表情のままに蠢いている。この空間そのものが、彼女の巨大な悲しみによって侵食され、歪んでいく。
「くそっ!」
俺は、ミソラと、車椅子の上で魂が抜けたように呆然としている結城さんを守るため、ありったけの力で霊的な障壁(結界)を維持していた。だが、サキの力は、純粋な「想い」そのものがエネルギー源となっているため、俺の術がほとんど通用しない。結界の表面に、バチバチ、と青白い火花が走り、ガラスのように細かいヒビが広がっていく。左腕の古傷が、彼女の絶望に共鳴するかのように、ズキズキと熱を持って痛み始めた。
『感傷は、君を滅ぼす』
黒崎の冷たい声が、悪夢のように蘇る。そうだ、これが、俺の選んだ道の答えなのか。このままでは、結界は破られ、俺も、ミソラも、ここにいる誰もが、この絶望の渦に飲み込まれてしまう。
いっそ、やるか?あの男のように。この悲しみの塊を、力づくで「消滅」させてしまうか?
そうすれば、この惨劇は、終わる。
俺の心に、暗く、冷たい選択肢が、鎌首をもたげた。
「サキちゃん、やめて!」
その時だった。俺の背後から、ミソラの、恐怖を振り絞った叫び声が響いた。
彼女は、ただ怯えているだけではなかった。震えながらも、倒れた結城さんの車椅子を必死に支え、周囲の老人たちに「大丈夫です!しっかり!」と声をかけている。その瞳には、涙が浮かんでいたが、決して、諦めてはいなかった。
「お願いだから、やめて!こんなことしても、何も変わらないよ!」
彼女は、絶望の渦の中心に向かって、叫び続ける。
「私、サキちゃんのこと、大好きだよ!プリン隠された時は、本気でムカついたけど!師匠の取り合いで、いっぱいイタズラされたけど!でもね、師匠と私だけじゃ、こんな風に、毎日笑えなかった!サキちゃんがいてくれたから、あの事務所は、楽しかったんだよ!」
ミソラの、具体的な思い出を込めた言葉。
それは、俺の心を覆い尽くそうとしていた、暗い霧を吹き払う、一陣の強い風だった。
そうだ。俺たちが過ごした時間は、決して「感傷」なんかじゃない。いがみ合い、笑い合い、共に泣いた、温かくて、かけがえのない「日常」だったんだ。
俺は、黒崎の思想を、過去の、復讐心に囚われていた自分自身を、ここで、完全に振り払った。
俺は、もう迷わない。
俺のやり方で、こいつを救う。
たとえ、この身がどうなろうとも。
「師匠!?」
驚くミソラの声を背に、俺は、自ら結界を解いた。
そして、無防備な体のまま、吹き荒れる絶望の嵐の中へと、一歩、また一歩と、歩みを進めた。渦巻く闇のエネルギーが、無数の見えない刃となって、俺の体を切り刻む。激しい痛みが全身を貫くが、俺は、歩みを止めなかった。
そして、闇の中心にいる、泣き叫ぶ少女の魂に向かって、俺は、叫んだ。
「サキ!」
「聞け!辛かったな。苦しかったな。何十年も、たった一人で、あの薄暗い部屋で。本当によく、本当に、よく頑張ったな!」
俺はまず、彼女の、想像を絶するほどの孤独を、心の底から、抱きしめるように、肯定した。闇の渦が、ほんの少しだけ、その勢いを弱めた。
「忘れられて、悲しいか?約束を破られて、悔しいか?ああ、そうだろうな。その気持ちは、痛いほど分かる。俺だって、きっとお前と同じように絶望する。世界中を、めちゃくちゃにしてやりたいって、そう思うだろうな!」
俺は、彼女の悲しみに、ただ寄り添った。渦巻いていた闇の勢いが、さらに弱まっていく。
「だがな、サキ!よく聞け!お前の価値は、そんなもんじゃない!」
俺は、喉が張り裂けんばかりに、声を張り上げた。魂の、最後の力を、この言葉に、すべて込める。
「お前の価値は、ユウ君が覚えているかどうかで、決まるもんじゃないんだ!誰かの記憶の中に、お前の居場所があるわけじゃない!そんな、不確かで、移ろいやすいものに、お前の存在のすべてを、委ねるんじゃねえ!」
「もしそうだとしたら、俺の妹のナギの価値も、俺が忘れたら、この世から消えちまうのか?違うだろ!そんなわけ、あるか!断じて、違う!」
「お前が、ここにいた!あの部屋で、たった一人で、病気と闘いながら、必死で、必死で、生きたんだ!たった一つの、儚い約束だけを信じて、何十年も、純粋に、待ち続けたんだ!あの窓から見えた桜も!お前が抱きしめていたオルゴールの音色も!ユウ君と交わした他愛ない会話も!その全部が、お前が確かにここにいたって、今も、ここで、叫んでるじゃないか!」
「だから、顔を上げろ、サキ!誰が忘れようと、どんなに時が流れようと、お前が懸命に生きたという、そのどうしようもなく、尊くて、価値があって、美しい事実は、絶対に、何者にも、消すことなんてできやしないんだよ!」
俺の魂の叫びが、談話室全体に、そして、サキの絶望の核に、突き刺さった。
その、言葉の光が、最後の奇跡の、引き金となった。

俺の叫びか、ミソラの呼びかけか、あるいは、目の前で起こるこの惨状のショックか。
車椅子の上で、ただ呆然と震えるだけだった結城さんの、穏やかで、ぼんやりとしていた瞳に、突然、はっきりとした、鮮烈な理性の光が宿った。
彼の記憶の深い、深い海の底を覆っていた、分厚い霧が、一瞬だけ、奇跡のように、晴れ渡ったのだ。
彼の脳裏に、古いフィルムが回りだすかのように、いくつもの情景がフラッシュバックする。舞い散る桜の花びら。優しいオルゴールの音色。そして、窓辺で、はにかむように笑う、一人の少女の顔。
彼は、目の前の、黒い絶望の霧の中心に、確かに、その少女の気配を認識した。
そして、震える唇で、忘れるはずのなかった、その名を、呼んだ。
「……サキ、ちゃん……?」
それは、数十年の時を越えて、ようやく紡がれた、心からの、再会の言葉だった。
その声を聞いた瞬間、サキの暴走が、ぴたりと、嘘のように、止まった。
結城さんは、すべてを思い出していた。彼は、車椅子の腕を、骨が軋むほど強く握りしめ、その皺だらけの顔を、涙と後悔でぐしゃぐしゃにしながら、サキに向かって、嗚咽を漏らした。
「ごめん……ごめんよ、サキちゃん……!忘れていたんじゃない……!怖くて……思い出すことが、ただ、怖かったんだ……!」
彼の、心からの告白が、静寂を取り戻した談話室に、響き渡った。
「君が、逝ってしまったと、風の噂で聞いた。僕は、何もしてやれなかった。引っ越した先で、僕の暮らしも、苦しいことばかりだったんだ。病気の親の世話、貧しい暮らし……。君に、希望に満ちた手紙なんて、とてもじゃないが、何一つ、書けなかった。そんな、不甲斐ない自分を、君に知られたくなかったんだ。君との、美しい思い出を、汚したくなかった。合わせる顔が、なかったんだ……!」
そうこうするうちに、時は流れ、彼は、自分の無力さを呪い、彼女との辛すぎる思い出のすべてに、心の奥底で、固く、固く、鍵をかけて、封印してしまったのだという。それは、彼なりの、あまりにも不器用で、歪んだ愛情の形だったのかもしれない。
「君との約束を守れなかった、弱い、弱い僕を……どうか、許してくれ……。そして、ありがとう。こんな僕のこと、ずっと、ずっと、覚えていてくれて……」
結城さんの、心からの謝罪と、真実の言葉。
それは、サキの魂を、数十年にわたって縛り付けていた、最後の、そして最も重い執着の鎖を、完全に断ち切る、魔法の鍵だった。
サキを覆っていた、黒く、濃密な絶望の闇が、まるで朝日を浴びた夜霧のように、すうっと、晴れていく。
闇の中心から現れたのは、生前の、フリルのついたワンピースを着た、はにかみ屋の、美しい少女の姿だった。
彼女は、結城さんに向かって、そして、俺とミソラに向かって、透き通った涙を流しながら、最高の、本当に、最高の笑顔を見せた。
それは、すべての苦しみから解放された、聖女のような微笑みだった。
部屋を満たしていた、不吉な血の色のような夕日の光が、いつの間にか、すべてを浄化するような、穏やかで、神々しい黄金色の光へと変わっていた。砕けた窓から差し込むその光が、光の粒子となったサキの涙を、きらきらと、きらきらと、照らし出す。
彼女の魂が、ようやく、本当の意味で、救われた瞬間だった。
物語は、静かに、その終わりを迎えようとしていた。
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