幽霊も助手も厄介すぎる!クールなゴーストバスターの騒がしくて泣ける日常

Gaku

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第13話:光の中の『ありがとう』

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黄金色の夕日が、砕け散った談話室の窓から、まるで舞台のスポットライトのように、ただ一人、サキの姿だけを照らし出していた。
彼女を覆っていた、黒く、濃密な絶望の霧は、跡形もなく晴れ渡っている。そこに立っていたのは、生前の、フリルのついたワンピースを着た、はにかみ屋で、そして、どうしようもなく美しい、一人の少女の霊だった。
彼女の体は、内側から淡い光を放っていた。それは、夕日の光を吸収し、彼女自身の魂の輝きとして、再び世界に放っているかのようだった。周囲に散乱したガラスの破片が、その光を乱反射させ、部屋全体が、まるで無数の小さな星々で満たされた、ささやかな銀河へと変貌していた。
破壊の爪痕さえも、彼女の浄化を祝福する、荘厳な装飾の一部に見えた。
談話室は、先ほどの阿鼻叫喚が嘘だったかのような、神聖なまでの静寂に包まれていた。誰もが、息を呑み、目の前で起こっている奇跡的な光景から、目を離すことができない。割れた窓から吹き込む潮風は、もう、荒々しい唸り声を上げることはなく、ただ、穏やかに、優しく、カーテンの残骸を揺らしている。
サキは、まず、車椅子の上で、ただ静かに涙を流し続ける結城さんへと、その澄んだ瞳を向けた。
「ユウ君」
彼女の声は、もう俺の脳内にだけ響くものではなかった。その場の、すべての者の耳に、魂に、直接届くかのように、清らかに、そして温かく響き渡った。
「ありがとう」
彼女は、そう言って、ふわりと、この世のものとは思えないほど美しい微笑みを浮かべた。その笑顔は、夕焼け空のように、美しく、そして、どこまでも切なかった。
「わたし、ずっと、あなたの手紙を待っていました。本当に、ずっと。でも……もう、いいんです」
彼女の言葉は、決して、諦めではなかった。それは、完全な、そして穏やかな、受容の言葉だった。
「あなたが、わたしのことを覚えていてくれた。ほんの一瞬だけでも、わたしのことを、思い出してくれた。それだけで、わたしの、あの暗くて長い数十年間は、全部、全部、意味のある、宝物になりました。だから、もう、自分を責めないで」
結城さんは、言葉にならない嗚咽を漏らしながら、何度も、何度も、深く頷いた。彼の、長い間、罪悪感という重い鎖に繋がれていた魂が、サキのその言葉によって、ようやく、救われたのだ。
サキは、次に、俺の隣で、ただボロボロと大粒の涙を流し続けるミソラへと、その優しい視線を移した。彼女の体は、もう、足元から少しずつ透き通り始めている。別れの時が、刻一刻と、迫っていた。
「ミソラさん」
その声に、ミソラは、しゃくり上げながら、はっと顔を上げた。
「最初は、あなたのことが、少しだけ、羨ましくて……だから、ちょっとだけ、嫌いでした。ごめんなさい」
サキは、悪戯っぽく、ぺろりと舌を出した。その仕草は、どこにでもいる、ごく普通の、可愛らしい女の子のものだった。
「でも、あなたは、私の、初めての『友達』になってくれた。プリンのことで本気で喧嘩したり、一緒に師匠のドジを笑ったり、私のために、自分のことのように泣いてくれたり……。ジンさんと出会ってからの、この数ヶ月は、私が生きていた時間よりも、ずっと、ずっと、色鮮やかで、楽しくて、幸せでした。本当に、ありがとう」
そして、サキは、まるで姉が妹に秘密を打ち明けるかのように、ほんの少しだけ声を潜めて、こう続けた。
「だから、ジンさんのこと、よろしくね。あの人、頑固で、不器用で、口が悪くて、すぐに自分の殻に閉じこもるけど……本当は、世界で一番、優しい人だから。放っておけないから」
「……うん……!」
ミソラは、もう、言葉にならなかった。ただ、子供のように、何度も、何度も、力強く頷く。
「うん……!任せて……!任せて……!」
その、嗚咽にまみれた約束の言葉を、サキは、満足そうに、そして、少しだけ寂しそうに、聞いていた。
そして、最後に、サキは、俺に向き直った。
彼女の体は、もう、胸のあたりまで、光の粒子となって、きらきらと輝き始めていた。
その瞳には、感謝の光が、まるで、夏の夜空に輝く満天の星々のように、溢れんばかりに瞬いていた。
「ジンさん」
俺は、何も言えなかった。ただ、こみ上げてくる熱いものを、喉の奥で、必死にこらえていた。言ってやりたい言葉は、山ほどあるはずなのに、何一つ、出てこない。
「あなたが見つけてくれなかったら、わたしは、今も、あの暗くて、寒くて、埃っぽい部屋で、たった一人でした」
彼女の声は、もう、ほとんど風の音に溶け込んでしまいそうなほど、か細くなっていた。
「あなたは、私の、固く閉ざされた扉を、こじ開けてくれた。私の手を引いて、外の、光の世界に連れ出してくれた。たくさんのことを、教えてくれた。たくさんの感情を、思い出させてくれた。そして、何より、私の価値を……私自身よりも、強く、強く、信じてくれた」
俺は、妹のナギの最期を思い出していた。俺が、してやれなかったこと。俺が、言ってやれなかった言葉。その、どうしようもない後悔のすべてが、今、この瞬間に、サキの感謝の光によって、少しずつ、浄化されていくような気がした。
「私を、見つけてくれて、本当に、ありがとう」
それが、彼女の、最後の言葉だった。

サキの体が、完全に、美しい光の粒子となった。
その無数の粒子は、ゆっくりと、ゆっくりと、談話室の天井へと浮かび上がっていく。それは、まるで、深海の底から、光の差す水面へと昇っていく、泡の群れのようだった。
その一つ一つの光の粒が、俺たちの、短いけれど濃密だった日々の、記憶の欠片のように見えた。
光は、部屋中を、温かく、そして、この世のものとは思えないほど優しい輝きで満たした。
談話室にいた、すべての人間が、すべての魂が、その奇跡的な光景を、息をすることも忘れ、ただ、見つめていた。
割れた窓の外では、空が、燃えるようなオレンジ色から、穏やかなピンク、そして、深い紫色へと、その表情を変える、マジックアワーの、最も美しい瞬間を迎えていた。
西の地平線に、一番星が、ひときわ強く、瞬き始めた。
光の粒子は、まるで、その一番星に導かれるかのように、砕け散った窓から、外の世界へと、静かに、静かに、流れ出していく。
光の中心で、サキは、最後に一度だけ、俺たちを振り返った。
その顔には、もう涙はなかった。
ただ、数十年にわたるすべての苦しみから解放され、ようやく本当の安らぎを手に入れた者の、聖なる、満足に満ちた笑顔だけがあった。
やがて、すべての光の粒子は、星が輝き始めた夜空へと、吸い込まれるように、昇っていった。
後には、金木犀の、甘く切ない香りと、遠くから聞こえてくる、穏やかな潮騒の音。
そして、言葉にできないほどの、温かい感動だけが、残されていた。

どれくらいの時間が、経っただろうか。
完全な静寂の中、やがて、ミソラの、抑えきれなかった嗚咽が、静かな部屋に響き渡った。
俺は、そんな彼女の震える肩を、そっと、黙って、抱き寄せた。俺自身の頬にも、いつの間にか、熱い涙が、止めどなく伝っているのを、自覚していた。
結城さんは、車椅子の上で、静かに目を閉じ、何かを噛みしめるように、穏やかな表情をしていた。彼の記憶は、また、ゆっくりと、日常という名の霧の中に閉ざされていくのかもしれない。だが、彼の魂には、確かに、サキとの再会と、彼女からの感謝の光が、永遠の星のように、刻まれたはずだ。
談話室の惨状と、そこに満ちる神聖な空気。
その、あまりにも大きなギャップの中で、俺は、破壊の跡でさえ、今は、サキという一人の少女が、確かに、ここにいた証のように、愛おしく感じられた。
俺は、ミソラを支えながら、星が輝き始めた、美しい夜空を見上げた。
さようなら、サキ。
俺たちの、騒々しくて、優しくて、そして、決して忘れることのない、幽霊助手。
お前は、確かに、ここにいたんだ。
そして、俺たちの心の中に、これからも、ずっと。
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