無詠唱の俺、詠唱を知らなかった~転生SE(元25歳)、予測不能な仲間たちと『世界の理』を最適化する~

Gaku

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2年生編:調和とノイズの季節

第5話:『魔法倫理』と代償の味

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 その場所は、世界から色が失われていた。

 アーリア魔法学園からバスに揺られること三時間。  窓の外を流れる緑豊かな景色が徐々にくすんでいき、最終的にたどり着いたのは、草木の一本も生えていない、干からびた灰色の荒野だった。  空はどんよりと濁り、雲は不健康な紫色をしている。風が吹くと、乾いた砂埃が舞い上がり、肌をザラザラと撫でる不快な感触が残る。

「うへぇ……なにここ。ドブ川みたいな臭いがする」  バスから降りたカイトが、鼻をつまんで顔をしかめた。 「せっかくの遠足なのに、なんでこんなゴミ捨て場に来なきゃいけないのさ。ビーチに行こうよ、ビーチに!」

 文句を言うカイトの頭を、イライザ先生が丸めた新聞紙でスパーンと叩いた。

「バカ者。ここはお前らの『先輩たち』が作った楽園の成れの果てだ」  先生はサングラスを外し、荒野を指差した。 「ここはかつて、魔法実験場だった。新しい攻撃魔法、便利な生活魔法、環境を変える大規模魔法……あらゆる『便利』と『威力』が試された場所だ。その結果がこれだ」

 見渡す限り、地面には奇妙な色の結晶がこびりつき、捻じ曲がった鉄骨や、ドロドロに溶けた岩が散乱している。  魔法を使った「結果」として残された、膨大なエネルギーの残骸(ゴミ)。

「魔法はタダじゃない。何かを燃やせば灰が出る。便利さを求めれば、どこかに歪みが出る。今日はお前らに、その『後始末』を体験してもらう。『魔法倫理』の実地演習だ。全員、そのへんのゴミ拾いと、土壌改良の穴掘りだ! ノルマ終わるまで帰さんぞ!」

「ええーっ!?」  生徒たちのブーイングが、乾いた大地に吸い込まれていった。

          ***

 作業は過酷だった。  地面は魔法の影響で変質しており、スコップが刺さらないほど硬いかと思えば、急に沼のように沈み込む場所もある。

「ぬんっ! 筋肉ショベルカー!」  ゴードンだけは嬉々として巨大なスコップを振り回し、岩盤を砕いていた。「不整地での労働こそ、体幹(コア)を鍛える最高のジムだ!」とポジティブだが、周りはヘトヘトだ。

 リリアは変な色のヘドロがついた長靴を気にしながら、ゴミ袋に謎の金属片を詰めている。 「もう最悪……。この泥、落ちるかしら。お気に入りの服なのに」 「文句言わない。それ、俺たちが普段使ってる『洗浄魔法』の実験で出た廃液の固まりらしいぞ」  ユウキが汗を拭いながら言うと、リリアは「うげっ」と声を上げた。自分たちが服を綺麗にする魔法を使ったせいで、ここが汚れていると言われたようで、バツが悪そうだ。

 そんな中、カイトだけは要領よくサボっていた。  彼は風魔法でゴミを空中に浮かせ、遠くへ放り投げていたのだ。

「へへーん。魔法使いなんだから、魔法で片付ければいいじゃん。いちいち手で拾うなんて原始的すぎるよ」  カイトが指を振ると、ゴミの山が風に乗って、立ち入り禁止区域の谷底へと消えていく。 「ほら、綺麗になった! 俺って天才!」

「おいカイト、それは解決になってないぞ。場所を移動させただけだ」  ユウキが注意するが、カイトは聞く耳を持たない。 「いいじゃん、見えなくなれば。どうせ誰も住んでない場所なんだし」

 その時だった。  カイトがゴミを捨てた谷底から、ゴゴゴゴ……という不気味な地響きが聞こえてきたのは。

「……なんだ?」  地面が揺れる。  次の瞬間、谷底から猛烈な勢いで「何か」が噴き上げてきた。

 グオオオオオオォォォ!!

 現れたのは、巨大な泥人形だった。  いや、ただの泥ではない。カイトが捨てた古タイヤ、錆びた鉄屑、変色した結晶、それらがドロドロの汚泥によって無理やり繋ぎ合わされた、醜悪なゴミの魔獣(ゴーレム)だ。  魔獣は、自分を捨てたカイトを睨みつけるように(目はないが、殺気は明確だった)、巨大な腕を振り上げた。

「うわぁっ!? な、なんだコイツ!」  カイトが慌てて風の刃を放つ。  シュパッ!  風は魔獣の腕を切り裂くが、その傷口からさらに汚泥が溢れ出し、周りのゴミを巻き込んで瞬時に再生してしまう。

「効かない!? なんでだよ!」 「お前が捨てたゴミがエネルギー源になってるんだ! 攻撃すればするほど、飛び散った破片を取り込んでデカくなるぞ!」  ユウキが叫ぶ。

 魔獣が咆哮し、口からヘドロの塊を吐き出した。  それは散弾のように降り注ぎ、生徒たちを襲う。 「きゃあっ!」  リリアが炎の盾で防ぐが、ヘドロは燃えながらも粘着質にへばりつく。 「くそっ、物理攻撃も魔法攻撃も吸収される! どうすればいいんだ!」

 その時、ルーンが静かに前に出た。  彼は無表情で眼鏡の位置を直すと、杖を構えた。 「……対象を構成する物質データの完全消去(デリート)を推奨。広範囲殲滅魔法により、分子レベルで分解する」

 ルーンの杖先に、どす黒い光が集まる。  それは「破壊」ですらない。「虚無」へと還す、危険な消滅魔法だ。  だが、それを撃てば、この土地ごと吹き飛ぶ。

「待てルーン! それじゃあまた『死んだ土地』が増えるだけだ!」  ユウキがルーンの腕を掴んで止める。 「じゃあどうするんですか。あれは、エラーデータの塊です」 「エラーじゃない。あれは、俺たちの『結果』だ」

 ユウキは魔獣を見上げた。  あれは、カイトが「見えなくなればいい」と捨てたツケだ。  自分の出したゴミ、自分のやった行い。それらは決して消えない。形を変えて、必ず自分のもとへ帰ってくる。  「投げたボールは、必ず落ちてくる」。それがこの世界の絶対ルール(因果)だ。

「消して無かったことにするんじゃない。……循環させるんだ」  ユウキは叫んだ。 「カイト! お前が始めたことだ、お前がケジメをつけろ!」 「む、無理だよ! あんなバケモノ!」 「逃げるな! お前の風で、あいつの中の『水分』だけを乾燥させろ!」

 ユウキの指示に、カイトは震えながら杖を構えた。 「ちくしょう……! やってやるよ!」  カイトが渾身の力で竜巻を起こす。それは攻撃のための鋭い風ではなく、湿気を奪い去る乾いた熱風だ。

「ゴードン、リリア! あいつの動きを止めろ!」 「承知! マッスル・ハグ(抱擁)!」  ゴードンが魔獣の足にしがみつき、リリアが炎の壁で囲い込む。  熱風と炎によって、魔獣の体の水分が蒸発していく。ドロドロだった汚泥が、徐々に乾いてヒビ割れていく。

「今だ、セレスティア! 土壌改良の術式を!」 「計算完了ですわ! 成分分解、および肥料化プロセス、起動!」

 セレスティアが地面に魔法陣を展開する。  乾いて崩れ落ちた魔獣の体――つまり泥とゴミの塊が、光に包まれる。  有害な成分が中和され、鉄屑はミネラルへ、生ゴミは堆肥へと、その性質(パラメータ)が書き換えられていく。

 魔獣は断末魔のような音を立てて崩れ落ちた。  だが、それは死体ではない。  ふかふかとした、黒くて栄養豊富な「土」の山に変わっていた。

          ***

 戦いが終わると、そこには静寂と、山のような黒土が残された。  生徒たちは全員、頭のてっぺんから爪先まで泥だらけだった。

「……はぁ、はぁ。死ぬかと思った」  カイトが大の字に倒れ込む。 「もう二度とポイ捨てなんてしない……。ゴミ分別ガチ勢になる……」

 ユウキは、新しくなった土の山にスコップを突き立てた。 「さあ、最後の仕上げだ。この土を使って、木を植えるぞ」

 そこからは、魔法なしの肉体労働だった。  苗木を植え、水をやり、土を被せる。  便利な魔法で一瞬で終わらせることもできるかもしれない。でも、それでは意味がない気がした。  自分たちの手で汚したものは、自分たちの手で時間をかけて直す。その「手間」こそが、償い(代償)なのだ。

 作業が終わる頃には、空は燃えるような夕焼けに染まっていた。  かつて死んでいた灰色の大地に、一本だけ、頼りなげだが鮮やかな緑色の若木が立っている。  風が吹くと、小さな葉が揺れた。  その光景は、どんな派手な魔法よりも美しく見えた。

「終わったー! お腹空いたー!」  リリアが叫ぶと、彼女は大事そうに抱えていた包みを開いた。 「はい、これ。みんなで作ったおにぎり。……形はいびつだけど」

 泥だらけの手を洗って、みんなでおにぎりを頬張る。  具は梅干しと塩だけの、シンプルなおにぎり。  だが、一口食べた瞬間、ユウキは目を見開いた。

「……うまっ」 「なにこれ、めちゃくちゃ美味しいですわ!」  セレスティアも上品さを忘れて貪り食っている。  カイトに至っては、「ううっ、染みるぅ……」と泣きながら食べている。

「なんでだろうな。ただのおにぎりなのに」  ゴードンが呟く。 「それは、我々が労働という対価を支払ったからだ。筋肉がグリコーゲンを欲している時の炭水化物は、黄金の味がするのだよ」

 イライザ先生も、少し離れたところでタバコ……ではなく、チョコレートバーを齧りながらニヤリと笑っていた。 「そういうこった。楽して得た結果は味が薄い。泥にまみれて、痛い目見て、自分たちで蒔いた種を刈り取った後の飯だから、美味いんだよ」

 ユウキは最後の一口を飲み込み、夕日に照らされた若木を見つめた。  自分たちの出したゴミが、巡り巡って、新しい命を育てる土になった。  やったことは、返ってくる。  悪いことも、良いことも。  その「循環」のルールが、今は少しだけ心地よく感じられた。

「よし、帰るぞ! バスで爆睡していいぞ!」  先生の号令に、歓声が上がる。

 心地よい疲労感と、満腹感。  バスの窓から見える夕焼けは、紫色の毒々しさが消え、明日への希望を含んだ深い茜色に変わっていた。  ユウキは隣で船を漕ぎ始めたリリアの肩に、そっと自分の上着をかけてやりながら、目を閉じた。  今日のこの疲れもまた、明日の自分の力になるのだろうと思いながら。
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