29 / 62
シーズン2 退屈な観測者と、論理を砕くバグ
第十二話:究極の退屈しのぎ
しおりを挟む
天空の研究所から地上へと降り立ち、旅を再開してから数日。俺たちの旅は、これまでのどの旅とも違う、重く張り詰めた緊張感を帯びていた。目指すは、世界の中心にそびえ立つという「創生の塔」。世界の理そのものを書き換えるという、神をも恐れぬ儀式を執り行うために、あの男――神崎黎人(レイ)が待つ、最終決戦の地だ。
旅路は荒涼とした岩の大地がどこまでも続いていた。空は鉛色の雲に覆われ、時折、遠い地平線の彼方で、創生の塔が放つ不気味な紫電が空を裂くのが見えた。それは、まるで世界の終わりを告げる巨大な墓標のようだった。
その夜、俺たちは風を避けられる岩陰を見つけ、最後の野営をすることにした。パチパチと音を立てて燃える焚き火の炎が、仲間たちの硬い表情を不安げに照らし出す。誰もが口を開かず、ただ黙々と、決戦を前にした最後の夜を過ごしていた。その息が詰まるような沈黙は、しかし、俺たちのパーティにおいては、決して長続きするものではない。
「うおおおおおおしッ!」 最初に沈黙を破ったのは、やはりこの男、ジンだった。彼はやおら立ち上がると、懐からボロボロになった羊皮紙の巻物を取り出し、それをまるで聖書でも拝むかのように、恭しく広げた。そこに描かれていたのは、お世辞にも上手いとは言えないが、妙な情熱だけは伝わってくる、様々なポーズを決めた美女たちの絵だった。全て、ジン本人の手による力作である。 「マリー、ジェシカ、キャサリン……お前たちとの思い出は、俺の胸に永遠に刻まれている。もし俺がこの戦いで帰らぬ者となったら、この絵を火にくべて、俺の魂と共に天に昇らせてくれ……。俺は、お前たちを、愛していた……」 ジンは、自作の美女画集に向かって、涙ながらに別れの言葉を告げ、一枚一枚に濃厚なキスを捧げ始めた。あまりにも真剣なその姿に、ツッコミを入れる気力すら湧いてこない。
そのジンの奇行に触発されたのか、今度はサラが「私も、覚悟を決めなければ!」と、ブツブツと呟きながら立ち上がった。彼女は背負っていた背嚢から、なぜか大量の墨と筆を取り出すと、おもむろに自分の左腕の袖をまくり上げた。 「今度こそ、絶対に道に迷わぬ! この左腕に、創生の塔へ至る唯一無二の道筋を、寸分の狂いもなく刻み込む!」 彼女はそう宣言すると、自らの白魚のような腕に、油性インクで直接、創生の塔までの地図を描き込み始めた。目の前に塔が見えているという事実は、彼女の目には入っていないらしい。その真剣な眼差しは、まさに決死の覚悟を決めた戦士そのものだ。 だが、俺は見てしまった。彼女が渾身の力で描き上げたその地図が、見事に、方角が、完全に、90度ズレていることを。彼女が信じる「北」は、実際には「東」を指していた。
そして、極めつけは、聖騎士アンジェラだった。彼女は、これまでの旅で集めに集めた、多種多様な黒焦げのパンを、焚き火の周りに神々しく並べ始めた。焦げ方のバリエーション、形状、大きさ。それらを完璧な法則に基づいて配置し、一つの壮大な祭壇を創り上げていく。 「おお、聖なる黒焦げパンたちよ! 今こそ、貴方たちがその香ばしき御霊の力を解き放つ時です! この聖餐の儀式を以って、最終決戦に臨む聖勇者様と、その隣におわす(と本人は気づいていない)女神ソフィア様に、無限の御加護と祝福を!」 アンジェラは、その黒焦げパン祭壇の中心で、大真面目に、そして涙ながらに祈りを捧げ始めた。そのあまりにもシュールで、混沌としていて、そしてどうしようもなく馬鹿馬鹿しい光景。
だが、不思議なことに、そのどうしようもない仲間たちの姿を見ていると、俺の心の中を支配していた鉛のような重い緊張が、すうっと、解けていくのを感じた。 そうだ。こいつらは、こういう奴らだった。完璧なんかじゃ全然ない。欠点だらけで、ポンコツで、どうしようもない。 でも、だからこそ、愛おしい。 この、くだらなくて、最高にカオスな日常を守るためなら、俺は、どんな化け物にだって、立ち向かえる。 俺は、隣で静かに焚き火を見つめていたソフィアと顔を見合わせ、二人で、くすりと、静かに笑い合った。
その、穏やかな時間が流れた、まさにその瞬間だった。 世界から、音が消えた。 焚き火の爆ぜる音も、ジンの嗚咽も、サラが筆を走らせる音も、アンジェラの祈りの声も、全てが嘘のように消え去り、絶対的な静寂が訪れた。仲間たちの動きが、まるで時が止まったかのように静止している。 俺とソフィアの意識だけが、現実世界から、まるで紙を一枚引き剥がすように、別の次元へと引きずり込まれていく。 視界が真っ白な光に包まれ、次に目を開けた時、俺たちは、どこまでも続く純白の空間に立っていた。床も、壁も、天井もなく、ただ無限の白だけが広がる、非現実的な世界。 そして、その空間の遥か彼方から、レイが、静かに歩み寄ってきた。 『やあ。決戦前の、最後の対話をしに来た』 彼の表情は穏やかだった。だが、その瞳には、もはや人間的な感情の色は一切なく、ただ、全てを観察し、分析する、神の如き無関心だけが広がっていた。 『君たちに見せたいものがある。僕が、これから創り出す、新しい世界の姿を』 レイがそっと指を鳴らすと、純白の空間が、まるで水面に絵の具を落としたかのように、色鮮やかな光景へと変貌していく。
それは、息をのむほどに、美しく、完璧な世界だった。 黄金色の草原では、獰猛なライオンが、生まれたばかりの子羊に優しく寄り添い、共に青々とした草を食んでいる。争いという概念そのものが、この世界からは消え去っていた。 透き通った川のほとりでは、人々が穏やかな笑みを浮かべて語らっている。誰もが、老いることのない永遠の若さと、病に侵されることのない完璧な健康を享受していた。死の恐怖も、別れの悲しみも、ここには存在しない。 感情の激しい起伏は、どこにも見当たらなかった。誰もが常に穏やかで、満ち足りた、静かな幸福の中にいる。全てが、寸分の狂いもない、完璧な調和の中で、永遠に繰り返される、美しい世界。 それは、幾何学的な結晶のように完璧で、神々しいまでに美しい光景だった。 だが、その完璧な美しさの中に、俺とソフィアは、決定的に欠けているものを見出していた。 それは、生命の「躍動」だった。 成長も、変化も、衰えもない。ただ、永遠に同じ状態を保ち続ける、美しい「停滞」。
『どうかな、ソフィア』 レイは、その完璧な世界の光景を背に、まるで昔の友人に語りかけるように、優しく言った。 『これこそ、かつて君が目指した『秩序』の、究極の形だ。苦しみも、悲しみも、嫉妬も、怒りも、死の恐怖すらない。僕はこの、バグだらけで退屈な旧世界を終わらせ、君たちに、永遠の救済を与えようとしているんだよ』 その言葉は、甘美な悪魔の囁きだった。確かに、ソフィアがかつて神として望んだのは、争いのない、秩序に満ちた世界だったのかもしれない。彼女の表情が、一瞬だけ、苦悩に歪む。 だが、その彼女の迷いを、魂からの絶叫で断ち切ったのは、俺だった。 「――ふざけるなッ!!!!」 俺は、目の前に広がる、そのあまりにも美しい地獄の光景に向かって、腹の底から叫んだ。 「転んだり! 喧嘩したり! 腹が減ったり! どうしようもないことで、本気で悩んだり! そういう、めちゃくちゃで、面倒くさくて、どうしようもないことが、全部なくなっちまったら!」 脳裏に、これまでの旅の日々が駆け巡る。黒焦げのパン。90度ズレた地図。自作の美女画集。 「そんなの、生きてるって、言わねえんだよッ!!!!」 俺は、レイの、神のように静かな瞳を、真っ直ぐに睨みつけた。 「お前の創る世界はな、救済なんかじゃねえ! ただの、息もできないくらい綺麗な、墓場だ!」 俺の、不器用で、感情的で、非論理的な、魂からの叫び。 その言葉は、ソフィアの心に残っていた最後の迷いを、完全に吹き飛ばした。彼女は、もう一度、その顔を上げ、かつて自分が力を与えてしまった、悲しい怪物と、真っ向から対峙した。 「貴方は、やはり、何も理解していないのですね、レイ」 その声は、もはや神の宣告ではなかった。不完全な人間たちと共に生き、愛を知った、一人の女性としての、確固たる信念の言葉だった。 「生命が持つ、最も尊い輝きを、貴方は見ようともしない。それは、有限だからこそ燃え上がる輝き。不完全だからこそ、誰かを求め、愛し合う輝きです。満たされぬ渇きがあるからこそ、一口の水が奇跡のように感じられる。失う悲しみを知っているからこそ、今、共にいる時間が、かけがえのない宝物になる」 彼女は、俺の手を、強く、強く握りしめた。その温もりが、俺に、そして彼女自身に、揺るぎない力を与えてくれる。 「貴方の行いは、救済ではありません。生命そのものへの、決して許すことのできない、冒涜です」
俺たちの、完全な拒絶の言葉を聞いても、レイの表情は変わらなかった。ただ、心底、残念そうに、そして、どこか面白そうに、小さく肩をすくめた。 『そうか。やはり、君たちには、僕の理想は理解できないらしい。今の君たちは、感情という名の、美しい病に、深く侵されているからね』 彼は、まるで舞台役者のように、芝居がかった仕草で、天を仰いだ。 『ならば、力づくで、教えてあげるしかないようだ。この世界の、新しい法則(ルール)を』 その言葉を最後に、純白の世界が、ガラスのように砕け散っていく。 俺とソフィアの意識は、猛烈な勢いで、現実世界へと引き戻された。
はっと気がつくと、俺たちは、再び、荒野の焚き火の前に立っていた。仲間たちが、「ユウキ!?」「ソフィア様!?」と、心配そうに俺たちの顔を覗き込んでいる。どうやら、俺とソフィアは、ほんの数秒間だけ、意識を失っていたらしい。 だが、その数秒の間に、俺たちの覚悟は、完全に固まっていた。 俺は、ソフィアの顔を見た。彼女も、俺の顔を見ていた。 お互いの瞳の中に、同じ色の炎が燃えているのが、はっきりと分かった。 それは、レイへの憐れみと、それでも、彼を止めなければならないという、決して揺らぐことのない、決意の炎だった。 俺たちの、最後の戦いが、もう、すぐそこまで、迫っていた。
旅路は荒涼とした岩の大地がどこまでも続いていた。空は鉛色の雲に覆われ、時折、遠い地平線の彼方で、創生の塔が放つ不気味な紫電が空を裂くのが見えた。それは、まるで世界の終わりを告げる巨大な墓標のようだった。
その夜、俺たちは風を避けられる岩陰を見つけ、最後の野営をすることにした。パチパチと音を立てて燃える焚き火の炎が、仲間たちの硬い表情を不安げに照らし出す。誰もが口を開かず、ただ黙々と、決戦を前にした最後の夜を過ごしていた。その息が詰まるような沈黙は、しかし、俺たちのパーティにおいては、決して長続きするものではない。
「うおおおおおおしッ!」 最初に沈黙を破ったのは、やはりこの男、ジンだった。彼はやおら立ち上がると、懐からボロボロになった羊皮紙の巻物を取り出し、それをまるで聖書でも拝むかのように、恭しく広げた。そこに描かれていたのは、お世辞にも上手いとは言えないが、妙な情熱だけは伝わってくる、様々なポーズを決めた美女たちの絵だった。全て、ジン本人の手による力作である。 「マリー、ジェシカ、キャサリン……お前たちとの思い出は、俺の胸に永遠に刻まれている。もし俺がこの戦いで帰らぬ者となったら、この絵を火にくべて、俺の魂と共に天に昇らせてくれ……。俺は、お前たちを、愛していた……」 ジンは、自作の美女画集に向かって、涙ながらに別れの言葉を告げ、一枚一枚に濃厚なキスを捧げ始めた。あまりにも真剣なその姿に、ツッコミを入れる気力すら湧いてこない。
そのジンの奇行に触発されたのか、今度はサラが「私も、覚悟を決めなければ!」と、ブツブツと呟きながら立ち上がった。彼女は背負っていた背嚢から、なぜか大量の墨と筆を取り出すと、おもむろに自分の左腕の袖をまくり上げた。 「今度こそ、絶対に道に迷わぬ! この左腕に、創生の塔へ至る唯一無二の道筋を、寸分の狂いもなく刻み込む!」 彼女はそう宣言すると、自らの白魚のような腕に、油性インクで直接、創生の塔までの地図を描き込み始めた。目の前に塔が見えているという事実は、彼女の目には入っていないらしい。その真剣な眼差しは、まさに決死の覚悟を決めた戦士そのものだ。 だが、俺は見てしまった。彼女が渾身の力で描き上げたその地図が、見事に、方角が、完全に、90度ズレていることを。彼女が信じる「北」は、実際には「東」を指していた。
そして、極めつけは、聖騎士アンジェラだった。彼女は、これまでの旅で集めに集めた、多種多様な黒焦げのパンを、焚き火の周りに神々しく並べ始めた。焦げ方のバリエーション、形状、大きさ。それらを完璧な法則に基づいて配置し、一つの壮大な祭壇を創り上げていく。 「おお、聖なる黒焦げパンたちよ! 今こそ、貴方たちがその香ばしき御霊の力を解き放つ時です! この聖餐の儀式を以って、最終決戦に臨む聖勇者様と、その隣におわす(と本人は気づいていない)女神ソフィア様に、無限の御加護と祝福を!」 アンジェラは、その黒焦げパン祭壇の中心で、大真面目に、そして涙ながらに祈りを捧げ始めた。そのあまりにもシュールで、混沌としていて、そしてどうしようもなく馬鹿馬鹿しい光景。
だが、不思議なことに、そのどうしようもない仲間たちの姿を見ていると、俺の心の中を支配していた鉛のような重い緊張が、すうっと、解けていくのを感じた。 そうだ。こいつらは、こういう奴らだった。完璧なんかじゃ全然ない。欠点だらけで、ポンコツで、どうしようもない。 でも、だからこそ、愛おしい。 この、くだらなくて、最高にカオスな日常を守るためなら、俺は、どんな化け物にだって、立ち向かえる。 俺は、隣で静かに焚き火を見つめていたソフィアと顔を見合わせ、二人で、くすりと、静かに笑い合った。
その、穏やかな時間が流れた、まさにその瞬間だった。 世界から、音が消えた。 焚き火の爆ぜる音も、ジンの嗚咽も、サラが筆を走らせる音も、アンジェラの祈りの声も、全てが嘘のように消え去り、絶対的な静寂が訪れた。仲間たちの動きが、まるで時が止まったかのように静止している。 俺とソフィアの意識だけが、現実世界から、まるで紙を一枚引き剥がすように、別の次元へと引きずり込まれていく。 視界が真っ白な光に包まれ、次に目を開けた時、俺たちは、どこまでも続く純白の空間に立っていた。床も、壁も、天井もなく、ただ無限の白だけが広がる、非現実的な世界。 そして、その空間の遥か彼方から、レイが、静かに歩み寄ってきた。 『やあ。決戦前の、最後の対話をしに来た』 彼の表情は穏やかだった。だが、その瞳には、もはや人間的な感情の色は一切なく、ただ、全てを観察し、分析する、神の如き無関心だけが広がっていた。 『君たちに見せたいものがある。僕が、これから創り出す、新しい世界の姿を』 レイがそっと指を鳴らすと、純白の空間が、まるで水面に絵の具を落としたかのように、色鮮やかな光景へと変貌していく。
それは、息をのむほどに、美しく、完璧な世界だった。 黄金色の草原では、獰猛なライオンが、生まれたばかりの子羊に優しく寄り添い、共に青々とした草を食んでいる。争いという概念そのものが、この世界からは消え去っていた。 透き通った川のほとりでは、人々が穏やかな笑みを浮かべて語らっている。誰もが、老いることのない永遠の若さと、病に侵されることのない完璧な健康を享受していた。死の恐怖も、別れの悲しみも、ここには存在しない。 感情の激しい起伏は、どこにも見当たらなかった。誰もが常に穏やかで、満ち足りた、静かな幸福の中にいる。全てが、寸分の狂いもない、完璧な調和の中で、永遠に繰り返される、美しい世界。 それは、幾何学的な結晶のように完璧で、神々しいまでに美しい光景だった。 だが、その完璧な美しさの中に、俺とソフィアは、決定的に欠けているものを見出していた。 それは、生命の「躍動」だった。 成長も、変化も、衰えもない。ただ、永遠に同じ状態を保ち続ける、美しい「停滞」。
『どうかな、ソフィア』 レイは、その完璧な世界の光景を背に、まるで昔の友人に語りかけるように、優しく言った。 『これこそ、かつて君が目指した『秩序』の、究極の形だ。苦しみも、悲しみも、嫉妬も、怒りも、死の恐怖すらない。僕はこの、バグだらけで退屈な旧世界を終わらせ、君たちに、永遠の救済を与えようとしているんだよ』 その言葉は、甘美な悪魔の囁きだった。確かに、ソフィアがかつて神として望んだのは、争いのない、秩序に満ちた世界だったのかもしれない。彼女の表情が、一瞬だけ、苦悩に歪む。 だが、その彼女の迷いを、魂からの絶叫で断ち切ったのは、俺だった。 「――ふざけるなッ!!!!」 俺は、目の前に広がる、そのあまりにも美しい地獄の光景に向かって、腹の底から叫んだ。 「転んだり! 喧嘩したり! 腹が減ったり! どうしようもないことで、本気で悩んだり! そういう、めちゃくちゃで、面倒くさくて、どうしようもないことが、全部なくなっちまったら!」 脳裏に、これまでの旅の日々が駆け巡る。黒焦げのパン。90度ズレた地図。自作の美女画集。 「そんなの、生きてるって、言わねえんだよッ!!!!」 俺は、レイの、神のように静かな瞳を、真っ直ぐに睨みつけた。 「お前の創る世界はな、救済なんかじゃねえ! ただの、息もできないくらい綺麗な、墓場だ!」 俺の、不器用で、感情的で、非論理的な、魂からの叫び。 その言葉は、ソフィアの心に残っていた最後の迷いを、完全に吹き飛ばした。彼女は、もう一度、その顔を上げ、かつて自分が力を与えてしまった、悲しい怪物と、真っ向から対峙した。 「貴方は、やはり、何も理解していないのですね、レイ」 その声は、もはや神の宣告ではなかった。不完全な人間たちと共に生き、愛を知った、一人の女性としての、確固たる信念の言葉だった。 「生命が持つ、最も尊い輝きを、貴方は見ようともしない。それは、有限だからこそ燃え上がる輝き。不完全だからこそ、誰かを求め、愛し合う輝きです。満たされぬ渇きがあるからこそ、一口の水が奇跡のように感じられる。失う悲しみを知っているからこそ、今、共にいる時間が、かけがえのない宝物になる」 彼女は、俺の手を、強く、強く握りしめた。その温もりが、俺に、そして彼女自身に、揺るぎない力を与えてくれる。 「貴方の行いは、救済ではありません。生命そのものへの、決して許すことのできない、冒涜です」
俺たちの、完全な拒絶の言葉を聞いても、レイの表情は変わらなかった。ただ、心底、残念そうに、そして、どこか面白そうに、小さく肩をすくめた。 『そうか。やはり、君たちには、僕の理想は理解できないらしい。今の君たちは、感情という名の、美しい病に、深く侵されているからね』 彼は、まるで舞台役者のように、芝居がかった仕草で、天を仰いだ。 『ならば、力づくで、教えてあげるしかないようだ。この世界の、新しい法則(ルール)を』 その言葉を最後に、純白の世界が、ガラスのように砕け散っていく。 俺とソフィアの意識は、猛烈な勢いで、現実世界へと引き戻された。
はっと気がつくと、俺たちは、再び、荒野の焚き火の前に立っていた。仲間たちが、「ユウキ!?」「ソフィア様!?」と、心配そうに俺たちの顔を覗き込んでいる。どうやら、俺とソフィアは、ほんの数秒間だけ、意識を失っていたらしい。 だが、その数秒の間に、俺たちの覚悟は、完全に固まっていた。 俺は、ソフィアの顔を見た。彼女も、俺の顔を見ていた。 お互いの瞳の中に、同じ色の炎が燃えているのが、はっきりと分かった。 それは、レイへの憐れみと、それでも、彼を止めなければならないという、決して揺らぐことのない、決意の炎だった。 俺たちの、最後の戦いが、もう、すぐそこまで、迫っていた。
8
あなたにおすすめの小説
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
「働きたくない…」と本気で祈ったら怠惰の神が降臨。【フルオート】で身の回りを快適にしていたら、インフラを整備した救国の英雄になっていた
夏見ナイ
ファンタジー
過労死した俺が転生して誓ったのは、ただ一つ。「今世こそは絶対に働かない!」
その強すぎる祈りは怠惰の神に通じ、万能スキル【全自動化(フルオート)】を授かった。これで完璧な引きこもり生活ができる!…はずだった。
水汲みが面倒で井戸を掘れば水不足が解決し、買い物が面倒で街道を整備すれば国の物流が激変。俺はただ楽をしたいだけなのに、なぜか周囲は俺を「深謀遠慮の聖人」と勘違いしていく。真面目な王女騎士や天才エルフ魔術師にまで崇められて、もう逃げ場がない!
本人の意思とは裏腹に、怠惰を極めるほど国が豊かになり、ついには救国の英雄に祭り上げられていく男の、勘違いスローライフ(?)ファンタジー、ここに開幕!
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました
東束末木
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞、いただきました!!
スティールスキル。
皆さん、どんなイメージを持ってますか?
使うのが敵であっても主人公であっても、あまりいい印象は持たれない……そんなスキル。
でもこの物語のスティールスキルはちょっと違います。
スティールスキルが一人の少年の人生を救い、やがて世界を変えてゆく。
楽しくも心温まるそんなスティールの物語をお楽しみください。
それでは「スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました」、開幕です。
2025/12/7
一話あたりの文字数が多くなってしまったため、第31話から1回2~3千文字となるよう分割掲載となっています。
痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~
ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。
食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
カクヨムで先行投稿中!
疎遠だった叔父の遺産が500億円分のビットコインだった件。使い道がないので、隣の部屋の塩対応な美少女に赤スパ投げまくってる件
月下花音
恋愛
貧乏大学生の成瀬翔は、疎遠だった叔父から500億円相当のビットコインが入ったUSBメモリを相続する。使い道に困った彼が目をつけたのは、ボロアパートの薄い壁の向こうから聞こえる「声」だった。隣人は、大学で「氷の令嬢」と呼ばれる塩対応な美少女・如月玲奈。しかしその正体は、同接15人の極貧底辺VTuber「ルナ・ナイトメア」だったのだ!
『今月ももやし生活だよぉ……ひもじい……』
壁越しに聞こえる悲痛な叫び。翔は決意する。この500億で、彼女を最強の配信者に育て上げようと。謎の大富豪アカウント『Apollo(アポロ)』として、5万円の赤スパを投げ、高級機材を即配し、彼女の生活を神の視点で「最適化」していく。しかし彼はまだ知らなかった。「金で買えるのは生活水準だけで、孤独は埋められない」ということに。500億を持った「見えない神様」が、神の座を捨てて、地上の女の子の手を握るまでの救済ラブコメディ。
【収納】スキルでダンジョン無双 ~地味スキルと馬鹿にされた窓際サラリーマン、実はアイテム無限収納&即時出し入れ可能で最強探索者になる~
夏見ナイ
ファンタジー
佐藤健太、32歳。会社ではリストラ寸前の窓際サラリーマン。彼は人生逆転を賭け『探索者』になるも、与えられたのは戦闘に役立たない地味スキル【無限収納】だった。
「倉庫番がお似合いだ」と馬鹿にされ、初ダンジョンでは荷物持ちとして追放される始末。
だが彼は気づいてしまう。このスキルが、思考一つでアイテムや武器を無限に取り出し、敵の魔法すら『収納』できる規格外のチート能力であることに!
サラリーマン時代の知恵と誰も思いつかない応用力で、地味スキルは最強スキルへと変貌する。訳ありの美少女剣士や仲間と共に、不遇だった男の痛快な成り上がり無双が今、始まる!
【状態異常無効】の俺、呪われた秘境に捨てられたけど、毒沼はただの温泉だし、呪いの果実は極上の美味でした
夏見ナイ
ファンタジー
支援術師ルインは【状態異常無効】という地味なスキルしか持たないことから、パーティを追放され、生きては帰れない『魔瘴の森』に捨てられてしまう。
しかし、彼にとってそこは楽園だった!致死性の毒沼は極上の温泉に、呪いの果実は栄養満点の美味に。唯一無二のスキルで死の土地を快適な拠点に変え、自由気ままなスローライフを満喫する。
やがて呪いで石化したエルフの少女を救い、もふもふの神獣を仲間に加え、彼の楽園はさらに賑やかになっていく。
一方、ルインを捨てた元パーティは崩壊寸前で……。
これは、追放された青年が、意図せず世界を救う拠点を作り上げてしまう、勘違い無自覚スローライフ・ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる