空っぽの魔王様に「好き」を教える方法(物理)~無敵の俺と仲間たちの、世界で一番不毛な布教活動~

Gaku

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第二章:『孤高の魔導師と、計算外のぬくもり』

第二十章:四人目の席

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事件から、数日が過ぎた。

魔法都市ソラリスに、初めて「朝」が来た。

もちろん、これまでもソラリスに朝はあった。だが、それは天頂に浮かぶ巨大な魔法陣が、プログラムされた時刻通りに光量を調整し、作り出す、完璧で、無菌室のような「朝という名の照明」でしかなかった。

しかし、その日の朝は違った。

都市の機能を支えていた魔法協会の中枢は、長老たちの逃亡と、その後の民衆たちの反乱によって、完全にその機能を停止していた。天候を制御していた巨大な魔法陣は、主を失って静かに光を失い、ただの巨大な遺跡となって空に浮かんでいる。

その結果、ソラリスには、数百年ぶりに、本物の「風」が吹いていた。

それは、街の外の森の匂い、遠い雪山の冷気、そして湿った土の匂いを運んでくる、予測不能で、気まぐれで、しかし紛れもなく生きている風だった。風は、完璧な幾何学模様に剪定されていた街路樹を優しく揺らし、ざわざわと、まるで街が初めて深呼吸をしたかのような、心地よい葉音を立てている。

空には雲が流れ、太陽の光が、その雲の切れ間から、まだら模様の光の筋となって、地上に降り注いでいた。完璧な均一の光に慣れていた人々は、その不規則な光と影のダンスを、眩しそうに、しかしどこか嬉しそうに見上げていた。

街は、混沌としていた。
これまでオートマタに任せきりだった清掃は滞り、道端には落ち葉が舞い、ところどころに水たまりができている。人々は、決められた時間に決められた食堂へ行くのではなく、あちこちで焚き火をおこし、思い思いの食事を作っていた。そのせいで、街には初めて、パンの焼ける香ばしい匂いや、スープの湯気が立ち上っていた。

子供たちの笑い声が、甲高く響き渡る。
大人たちの、怒鳴り声や、言い争う声も聞こえる。
それは、完璧な秩序が失われた、不完全で、非効率で、しかし生命力に満ち溢れた、心地よい混沌だった。管理された美しい庭園が、一夜にして、野生の豊かな森へと還っていく、始まりの朝。その光景は、どこか物悲しく、しかし、どうしようもなく美しかった。

その再生の物語の中心に、一人の少女がいた。

「フィオナ様!どうか、我々の新しいリーダーになってください!」
「あなた様の力なくして、この街の未来はありません!」

広場に設けられた仮の集会所で、市民の代表者たちが、フィオナの前に深く頭を下げていた。魔法協会の権威は完全に失墜し、あの日の奇跡を目の当たりにした市民たちは、追放されたはずの「ゴミ山の魔女」を、新しい街の救世主として迎え入れようとしていた。

その申し出を、フィオナは、穏やかな、しかし揺るぎない表情で、静かに聞いていた。
かつての彼女なら、この光景に歪んだ満足感を覚えたかもしれない。自分を拒絶した者たちが、今や自分にひれ伏している。これ以上の復讐はない。
しかし、今の彼女の心は、凪いだ湖のように、静かだった。

「お断りします」

彼女の、凛とした、しかしどこまでも優しい声が、広場に響いた。

「私がやりたいのは、誰かの上に立つことじゃない。誰かを管理することでもない」

彼女は、集まった人々の顔を一人一人、真っ直ぐに見つめた。そこには、かつて自分に向けられた、嫉妬や侮蔑の色はなかった。ただ、未来への不安と、かすかな希望の色だけがあった。

「私は、ただ、私の知らない魔法を、もっと知りたいだけ。この世界が、どんな不思議で満ちているのか、この目で見てみたいだけなんです」

彼女は、もう誰かからの評価を必要としていなかった。他人が決めた価値観という名の窮屈な牢獄から、彼女の魂は、完全に自由になっていた。

その時、集会所の外れで、その様子を見ていた三人の人影があった。
レンが、どこから持ってきたのか、大きなリンゴをかじりながら、満足げに頷いている。
「へへっ、なんか、すげぇカッコいいじゃんか、あいつ」
カインが、その隣で、腕を組みながら、父親のような穏やかな目でフィオナを見守っている。
「ああ。自分の足で、自分の道を歩き始めたな」
エリスは、ただ黙って、フィオナの言葉と、それに対する市民たちの反応、その全てのデータを、その宝石のような瞳に記録していた。

街の門の前で、旅立ちの準備をしていた三人の前に、一人の少女が、少し気まずそうに、しかし決意を秘めた足取りで、やってきた。

フィオナだった。
彼女は、もうあの油と煤で汚れたローブは着ていなかった。エリスが「長期の野外活動における、最適な体温維持と運動性能を確保するための論理的帰結」として選んだ、清潔で、動きやすい、しかしどことなく少女らしい可愛らしさのある旅装束を、少し照れくさそうに着こなしている。

レンが、口いっぱいに頬張っていたリンゴを飲み込んで、ニカッと笑う。
「おう、フィオナ!見送りに来てくれたのか?」

その、あまりにも屈託のない言葉に、フィオナは一瞬うつむき、そして、意を決したように顔を上げた。その頬は、リンゴのように真っ赤だった。

「……ち、違うわよ、この脳筋ゴリラ!」

彼女は、小さな声で、しかし、はっきりと聞こえるように、こう言った。

「あの……」

「……ゆで卵の作り方、まだ、教えてもらってないんだけど」

それは、彼女なりの、最大限の、そして最高の「仲間になりたい」という意思表示だった。

その言葉に、カインは「やれやれ」とわざとらしくため息をつき、エリスは「取引の履行は、論理的に当然の義務です」と真顔で頷く。

そして、レンは、一瞬きょとんとした後、これまでで一番の、太陽が爆発したかのような笑顔で、叫んだ。

「おう!待ってたぜ!」

彼は、フィオナの細い腕を掴むと、まるで自分のことのように、ぶんぶんと振り回した。

「じゃあ、一緒に行くか!四人目の席は、ずっと空けておいたんだ!」

正式に、四人目の仲間が加わった瞬間だった。

生まれ変わったソラリスの門をくぐり、四人は、まだ見ぬ次の街へと続く、新しい街道を歩き始めた。その足取りは、驚くほど軽やかだった。

フィオナが、少し前を歩くエリスの隣に、追いつく。そして、悪戯っぽい子供のような目で、彼女に尋ねた。
「ねえ、あなた。本当は、魔族でしょ?」
その言葉に、レンとカインがぎょっとして振り返る。
「魔力の質が、人間とは根本的に違う。それに、あの爆発の後、あなたの身体の自己修復速度は、人間のそれを遥かに超えていたわ」
天才の目は、誤魔化せなかった。
エリスは、歩みを止めずに、静かに、そして淡々と肯定した。
「その通りです。それが、何か問題になりますか?」
その、あまりにも堂々とした肯定に、今度はフィオナの方が少し驚いたようだった。しかし、彼女は、すぐに、ふっと、心の底から楽しそうに笑った。
「ううん、別に」

「人間の方が、よっぽど非合理的で、厄介で、面倒くさい生き物だって、今回のことで、よーくわかったから」

才能ゆえに人間から疎外された少女と、種族ゆえに人間とは違う理を持つ少女。それぞれが「異端者」として生きてきた二人の間に、言葉にはならない、しかし静かで強い、不思議な連帯感が生まれていた。

その時、レンが、いつものように、エリスの隣に顔を寄せ、こっそりと耳打ちをした。
「なあ、エリス」

「自分のことより、仲間を助けたいって、必死になる気持ち。あれも、『好き』の一種なのかな?」

その問いに、エリスは、以前のように即座に否定しなかった。
彼女は、少しの間、空を見上げて考え込み、そして、レンの顔をじっと見つめ返した。彼女のシステムの中で、論理と、新しく生まれた未知のデータが、激しく火花を散らしているのが、レンには何となくわかった。

やがて、彼女は、ゆっくりと、しかし、はっきりと答えた。

「まだ、判断材料が不足しています」

「しかし」

彼女は、そこで一度、言葉を区切った。

「あなたの、あの選択は」

「――非合理でしたが、嫌いでは、ありませんでした」

その言葉に、レンは、一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になり、そして、これまでで最高の、本当に最高の、太陽のような笑顔で、笑った。

その様子を、少し後ろから見ていたカインが、呆れたように、しかし、どこか楽しそうに、声をかけた。
「おい、お前ら。腹が減ったな。どこかで、例の『最高のゆで卵』とやらを、食わせてもらおうじゃないか」

その言葉に、フィオナが、もうすっかり自分の居場所を見つけたかのように、自信満々の声で、言い返した。

「いいわよ!でも、もし、まずかったら……」

「――あんたたち全員、カエルに変身させてやるから、覚悟しなさいよね!」

その言葉に、四人全員が、腹の底から、笑い出した。

彼らの旅は、少しだけ温かくて、そして、格段に騒がしくなった。
魔族に「好き」を教えるという、世界で一番不毛で、世界で一番尊い旅は、まだ、始まったばかりだ。

(第二章 完)
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