空っぽの魔王様に「好き」を教える方法(物理)~無敵の俺と仲間たちの、世界で一番不毛な布教活動~

Gaku

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第三章:『絡繰人形(オートマタ)の心と、測れない魂』

第二十四話:不合理な依頼と、論理的な対価

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レンの、何の屈託もない、しかし世界の真理の一端を確かに掴んでいるかのような力強い言葉。それは、ベルが長年かけて築き上げてきた、人間不信という名の分厚い氷の壁に、太陽の光のような熱量をもって突き刺さった。壁が完全に溶け去ったわけではない。しかし、その表面には確かに、温かい変化の兆しを告げる、無数の亀裂が走り始めていた。
天才たちの間に生まれた、創造という名の熱が、オイルと金属の匂いが支配していた工房の空気を、心地よく温め始めていた、まさにその瞬間だった。

ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!

それは、音というより、振動だった。大地そのものが、巨大な獣の断末魔のように、低く、長く、そして激しく呻き声を上げた。工房の鉄骨がビリビリと不協和音を奏で、天井から吊り下げられた無数の工具が互いにぶつかり合い、けたたましい金属音を立てる。何十年もかけて積み上げられたガラクタの山々が、雪崩のようにガラガラと崩れ落ち、工房は一瞬にして凄まじい量の粉塵に包まれた。

「な、なんだ!?地震か!?」
カインが、咄嗟に剣を抜き放ち、警戒態勢を取る。フィオナも、防御障壁を展開しようと杖を構えた。
地響きが、余韻を残しながらゆっくりと収束していく、その直後だった。

カン、カン、カン、カン、カン!

街の中心部の方角から、警鐘の音が狂ったように鳴り響き始めた。それは、時刻を知らせる規則正しい鐘の音ではない。不規則で、切羽詰まっていて、聞く者の心臓の最も柔らかい部分を直接鷲掴みにするような、明らかに異常事態の発生を告げる、パニックに満ちた音だった。

一行が、慌てて粉塵の舞う工房の、ひび割れた窓から外を覗き込むと、信じがたい光景が広がっていた。街の北側、グレイシアの経済と人々の生活の心臓部である、巨大な鉱山の方角から、おびただしい量の黒い煙と、火山灰のような粉塵が、まるで巨大な怪物が最後の咆哮を上げたかのように、鉛色の空高く、不気味なキノコ雲となって立ち上っていた。
そして、風に乗って、これまでこの街で聞いたことのない種類の音が、ここまで届いていた。それは、機械の駆動音でも、職人たちの槌音でもない。何千、何万という人々の、恐怖と絶望に満ちた悲鳴の集合体だった。

一行が、何が起きたのかを正確に把握するために街の中心部へと戻った時、そこは地獄絵図と化していた。
鉱山の入り口は、山の斜面が大規模に崩落した結果、数千トンはあろうかという巨大な岩石と土砂によって、完全に、そして絶望的に塞がれていた。坑内で働いていた、数百人の鉱夫たちが、生き埋めになったことは誰の目にも明らかだった。
二次災害の危険性が極めて高く、迂闊に救助隊も近づけない。入り口の前では、坑内に残された者たちの妻や子供、親たちが、泣き叫び、地面に崩れ落ち、ただ祈るように、その絶望の壁を見つめている。
かつて一行を門前払いした「鋼の心臓ギルド」の頑固な親方たちも、その場にいた。しかし、彼らはもはや、職人としてのプライドに満ちた顔はしておらず、ただ、自らの無力さを噛み締めるかのように、唇を血が滲むほど固く結び、立ち尽くすだけだった。人間の技術や経験が、圧倒的な自然の暴力の前では、いかに無力であるか。その動かしがたい事実が、重く、冷たい絶望となって、街全体を支配していた。

誰もが、為す術もなく、ただ悲劇の傍観者となるしかない、その息も詰まるような光景の中心で、レンが、まるで天啓でも得たかのように、ぽん、と手を打った。そして、状況を呆然と見つめていたベルの肩を、力強く、そして何の遠慮もなく、バン!と叩いた。

「なあ、ベル!」
彼の声は、この絶望の淵に差し込んだ、一本の、あまりにも無邪気で、あまりにも場違いな光だった。
「お前の作った、あの蜘蛛みてぇなカッケー機械!あいつなら、人間じゃとても行けねぇような、あんなぐっちゃぐちゃの場所でも、ひょいひょいって行けちまうんじゃねえか!?」

彼の言葉は、まるで魔法だった。その一言が、ベルの心に、二つの全く逆方向の、しかしどちらも強烈な嵐を同時に巻き起こした。

彼女の心の一方では、氷のように冷たく、そして鋭い声が囁いた。
『関係ない』
『私を嘲笑し、私の子供たちを「魂のないガラクタ」と罵り、この工房に追いやった、あの街の連中のために、なぜ私が危険を冒さなければならない?』
『自業自得だわ。私の才能を拒絶した、愚かな人間たちの、当然の報いよ』
自分を拒絶した世界への、深く、そして正当な恨み。そして何より、我が子同然に愛する自分の発明品たちを、あの愚かな人間たちのために、崩落の危険が残る死地へと送り込むことへの、母親のような、強い抵抗感。

しかし、彼女の心のもう一方では、全く別の、灼熱のマグマのような声が叫んでいた。
彼女の技術者としての、発明家としての、創造主としての魂が。
彼女の脳裏では、レンの言葉を聞いたコンマ数秒後には、すでに救助のための最適なプランが、いくつも、恐るべき速度でシミュレートされ始めていた。
『あの多脚型探査機「アラクネ」の関節トルクなら、不安定な足場でも最大傾斜45度まで重心を維持したまま進める』
『小型の超硬度削岩ドリルユニットを換装すれば、効率的に障害物を除去できる』
『生存者の位置を正確に特定するには、熱源探知と、微弱な音波を捉える集音センサーの併用が最適解』
目の前に、自分の技術で解決可能な「問題」がある。そして、自分の子供たち(機械)の力で救えるはずの命が、今まさに、刻一刻と失われようとしている。その動かしがたい事実が、彼女の心を、内側から激しく揺さぶった。

ベルは、二つの巨大な感情の奔流の間で、まるで小舟のように激しく揺さぶられ、引き裂かれ、答えを出せずにいた。その顔は青ざめ、唇はかすかに震えている。
そんな彼女の横に、エリスが、まるで風のように、音もなく立った。そして、ベルの葛藤など意にも介さず、静かに、しかし有無を言わせぬ絶対的な論理で、彼女の背中を、氷の刃で突き刺すかのように、強く、強く押した。

「ベル。感傷的な判断は、一時的に保留してください。この状況を、極めて合理的な『取引』として、再定義します」

エリスは、白く細い指を、まるで計算尺でも弾くかのように、一本ずつ折りながら、この「取引」がベルにもたらす、明確で、揺るぎないメリットを、冷たいプレゼンテーションのように提示し始めた。

「メリット1:実証。今回の救助活動は、あなたの発明品の圧倒的な有用性を、これ以上ないほど劇的な形で、この街の全住民、特に、あなたを正当に評価できなかったギルドの職人たちに実証できる、絶好のデモンストレーションの機会です。百の空虚な言葉よりも、一つの圧倒的な結果が、彼らの硬直した思考を、最も効率的に破壊します」
「メリット2:立場逆転。この救助を成功させれば、あなたはもはや『ガラクタ狂いの変人』ではありません。あなたは、『この街を救った、唯一無二の英雄』となります。ギルドにおけるあなたの発言力は飛躍的に増大し、今後のあなたの研究開発に必要な予算、資材、人材の優先的確保が、極めて容易になる。これは、あなたの未来にとって、計り知れない利益です」
「メリット3:リスクとリターン。確かに、あなたの貴重な機械が、二次災害によって失われるリスクは存在します。確率、推定12.8パーセント。しかし、このまま何もしなければ、あなたの評価は『人間嫌いの才能の無駄遣い』のまま、永遠に変わることはありません。確率、100パーセント。これは、ハイリスク・ハイリターンの投資です。しかし、成功した場合のリターンは、あなたが被る可能性のあるリスクを、遥かに、圧倒的に上回ります」

そして、エリスは、ベルの、揺れる瞳を、硝子玉のような、一切の感情を映さない瞳で、まっすぐに見つめて、最後の、そして最も重要な結論を告げた。

「あなたの個人的な感情、すなわち、過去の恨みを、未来の大きな利益のために、一時的に棚上げすること。それは、最も合理的な投資戦略です。――どうしますか?」

エリスの言葉は、魔法でもなければ、脅迫でもない。そこには、同情も、憐れみも、善意のかけらさえも存在しない。
しかし、それは、ベルが最も理解しやすく、そして最も抗いがたい、「論リ」と「ソン得勘定」という名の言語で、彼女に決断を迫る、最強の説得だった。
ベルは、その言葉を、まるで自分に言い聞かせるかのように、何度も、何度も、かすれた声で呟いた。
「合理的……取引……」
過去の恨みという名の、重く、冷たい鎖。しかし、エリスの言葉は、その鎖を断ち切るのではなく、「その鎖に繋がれたままでいることの不利益」を、彼女に、はっきりと、数字として突きつけた。
やがて、彼女は顔を上げる。その瞳には、もう迷いはなかった。そこにあるのは、技術者としての冷徹な判断と、そして、これから始まるであろう、人生で最も過酷な「実験」への、挑戦的な光だった。

「――わかったわ」

彼女は、まるで自分自身に、そしてこの非情な世界に、宣言するかのように、言い放った。

「ただし、これは人助けじゃない。私の発明の、完璧な性能を証明するための、ただの、公開実験よ!」

彼女は、自分の中に芽生え始めた、優しさや、善意といった、自分でも信じられないほど不確かで、非合理的な感情を、「合理性」という名の、使い慣れた、硬い鎧で隠しながら、初めて、自分の才能を「他者のため」に使うことを、決意したのだった。

決意を固めたベルの動きは、彼女が作り出した機械のように、迅速で、正確で、一切の無駄がなかった。彼女は一行を、まるで軍隊の司令官のように引き連れて工房に取って返すと、眠っていた機械たちを、まるで手足のように、次々と起動させていく。
「起きなさい、あなたたち!ショータイムの時間よ!」
工房の奥、これまで閉ざされていた巨大な格納庫のシャッターが、地響きのような轟音と共に、ゆっくりと開かれていく。そこから現れたのは、彼女がこれまで、誰にも見せることなく作り溜めてきた、来るべき日のために設計された、無骨で、しかし圧倒的に頼もしい、救助のためだけの機械たちだった。

不安定な足場をものともしない、八本の鋭利な脚を持つ、巨大な蜘蛛型の探査オートマタ『アラクネ』。
数トンの岩石を、まるで紙屑のように軽々と持ち上げる、二本の巨大なアームを備えた、重機動パワーローダー『ヘラクレス』。
坑道の暗闇を、真昼の太陽のように照らし出す、無数の自律飛行型照明ドローン『ルクス』の群れ。

レンたちが、その壮観な光景に息を呑んで圧倒される中、ベルは、最も大型のパワーローダー『ヘラクレス』のコックピットに、猫のように軽やかに乗り込んだ。そして、ヘッドセットを装着し、ガラクタの山に埋もれていた仲間たちを振り返ると、まるでこれから戦場に向かう将軍のように、不敵に、そしてどこか楽しげに、笑った。

「さあ、始めるわよ!私の可愛い子供たちの、華々しいデビュー戦をね!」

その顔には、もはや人間嫌いの変人の影は、どこにもなかった。
自らが創造した、最高の子供たちと共に、最大の困難に挑む、一人の、誇り高き発明家の顔が、そこにはあった。
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