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第三章:『絡繰人形(オートマタ)の心と、測れない魂』
第二十五話:地下迷宮のレスキュー隊
しおりを挟む崩落した坑道の入り口は、絶望という名の静寂に支配されていた。希望を断ち切る巨大な岩盤の前で、ただ嗚咽だけが、冷たい空気に痛々しく響いている。救助隊の男たちは、自らの無力さに唇を噛み締め、為す術もなく立ち尽くすだけだった。
その、誰もが諦めかけた、世界の終わりのような光景の中に、地響きと共に、彼らは現れた。
巨大な二本腕の機械人形。蜘蛛のようにしなやかな八本脚の探査機械。そして、その異様な機械たちを先導するかのように、あるいは守るかのように、明らかに場違いな、しかしどこか歴戦の風格を漂わせる、五人の旅の一団。街の人々は、その常識外れの光景に、恐怖と、そして最後の藁にもすがるような、かすかな期待が入り混じった、複雑な視線を向けた。
パワーローダー『ヘラクレス』のコックピットの中で、ベルは、群衆の視線など意にも介さず、外部スピーカーから、冷静で、しかし確かな意志を宿した声を響かせた。
「これより、内部の生存者救出作戦を開始する。二次災害の危険性が極めて高い。全員、私の指示に、寸分の狂いなく従うこと。いいわね?」
その言葉は、街の人々でも、救助隊でもなく、彼女の隣に立つ、たった四人の、昨日出会ったばかりの奇妙な仲間たちだけに、向けられていた。
カインが、その言葉に静かに頷き、剣の柄を握り直す。フィオナは、杖を強く握りしめ、その瞳に決意の光を灯した。レンは、「おうよ!」と、まるでピクニックにでも出かけるかのような、満面の笑みで親指を立てた。
エリスは、何も言わない。ただ、その硝子玉のような瞳が、これから始まる未知の現象を観測するための、最適なポジションを探していた。
一行が、巨大な岩の隙間から坑道の内部へと足を踏み入れた瞬間、世界は光を失った。闇と、沈黙と、そして死の匂いが支配する、地下迷宮。ヘッドライトの光が、無数の亀裂が走る、湿った岩肌を不味そうに照らし出す。空気は薄く、濃密な粉塵が舞い、呼吸をするたびに喉がザラついた。一歩足を踏み出すごとに、足元の瓦礫が、カラカラと崩れる音が、この世の終わりの宣告のように、大きく、不気味に響き渡った。
救出作戦は、これまで決して交わることのなかった、五つの異質な力が、一つの生命体のように連携する、前代未聞の共同作業となった。
【第一段階:ルート開拓】
まず、ベルが操る蜘蛛型の探査オートマタ『アラクネ』が、先行する斥候となった。その八本の脚は、人間では到底進めない、垂直な壁や、今にも崩れ落ちそうな不安定な瓦礫の上を、まるで重力を無視したかのように、カシャカシャと軽快な音を立てて進んでいく。その赤い単眼レンズから放たれる超音波が、闇に閉ざされた坑道の内部構造を、精密な三次元マップとしてリアルタイムで描き出していく。
その膨大なデータは、後方で目を閉じ、瞑想するかのように静かに佇むエリスの脳内へと、直接送信されていた。彼女の意識の中では、アラクネから送られてくる地形データと、彼女自身が超感覚で感知する地盤の微細な振動、そして空気中に漂う魔力の流れが、一つの巨大な演算装置によって統合・分析されていく。そして、最も安全で、最も確実なルートが、秒単位で更新され、全員の脳内に、直接、声となって響き渡った。
『次の分岐、右へ。左ルートの天井岩盤は、現在、毎秒0.03ミリの速度で沈下中。3分以内に再崩落する確率、78.4パーセント。急いでください』
その、一切の感情を排した、しかし絶対的な信頼性を持つ声が、この混沌とした迷宮における、唯一の道標だった。
【第二段階:障害物除去】
エリスが示したルート上には、巨大な岩や、ねじ曲がった鉄骨が、まるで悪意の塊のように道を塞いでいた。そこに立ちはだかるのが、このパーティの「最終兵器」レンだった。
「せーのっ、どっこいしょぉぉぉーっ!」
彼の、あまりにも緊張感のない掛け声と共に、小型の家ほどもある巨大な岩盤が、まるで発泡スロールの塊のように、ぐぐぐ、と軽々と持ち上げられ、脇へと、ズシンという地響きを立てて放り投げられる。
その、物理法則という概念そのものを、根底から嘲笑うかのような光景に、ベルはヘラクレスのコックピットの中で、「ありえない……。質量保存の法則はどこへ行ったのよ……」と、自らの科学的常識が崩壊していく音を、呆然と聞いていた。
しかし、レンでは掴むことができない、細かな瓦礫や、複雑に絡み合った鉄骨の山は、彼の専門外だった。その処理を担当するのが、ベルの操る大型パワーローダー『ヘラクレス』だった。
「そこ、どきなさい、脳筋!」
ベルの叱咤と共に、ヘラクレスの、巨大で、しかし驚くほど精密に動く二本のアームが、まるで巨大な外科医のピンセットのように、瓦礫の山に差し込まれる。そして、全体の構造を崩さないように、一本一本、丁寧に、しかし恐るべき速度で、障害物を除去していく。
脳筋という名の圧倒的なパワーと、精密機械という名の究極の技巧。この、ありえないほどちぐはぐなコンビネーションが、驚くべき効率で、絶望の壁を切り開いていった。
【第三段階:ルート確保と防御】
切り開かれた道は、依然として死と隣り合わせだった。いつまた天井が崩れ、壁が崩落するとも限らない。その、いつ訪れるか分からない無慈悲な脅威から、この即席の救助隊を守るのが、カインとフィオナの役目だった。
「そこ、危ないわよ!」
フィオナの鋭い声と共に、無数の亀裂が走る脆くなった天井や壁に、土属性の魔法によって生成された、光る楔が、ズズン、と音を立てて打ち込まれ、岩盤が一時的に補強される。かつて、その規格外の才能ゆえに「破壊者」と蔑まれた彼女の魔法は、今、仲間を守るため、そしてまだ見ぬ生存者を救うために、その輝きを、これまでになく温かい、慈しみの光へと変えていた。
カインは、パーティの周囲を常に、狼のように鋭い視線で警戒し続けていた。その卓越した聴覚と、長年の戦場で培われた洞察力は、予期せぬ落石や、地盤の微細な緩みを、誰よりも早く、正確に察知する。パラパラと、死の予兆のように落ちてくる小石を、彼は鞘に収めたままの剣で、まるでそこに在ることが分かっていたかのように、最小限の動きで、的確に弾き飛ばし、危険の芽を摘んでいく。彼の剣は、もはや過去の栄光を守るためのものではなく、今、ここにある仲間たちの未来を守るための、静かで、しかし揺るぎない盾となっていた。
最初は、ぎこちなかった。それぞれの能力も、性格も、思考の言語さえも、あまりにも違いすぎた。しかし、この、一瞬の油断が全員の死に直結する極限状況の中で、彼らの連携は、次第に、一つの生命体のように、滑らかに、そして有機的に機能し始めていく。
「フィオナ!3時方向の天井、魔力の流れが弱まってる!もう一発、固めろ!」
「言われなくてもやってるわよ、この堅物騎士!ベル、その先の空間、有毒ガスの濃度が高いわ!あんたのガラクタのフィルター、ちゃんと機能するんでしょうね!?」
「問題ないわ、この子たちの活動限界は、理論上あと2時間と14分!レン、その岩、あと5センチ右にずらして!下の岩盤がもたない!」
「おうよ!……って、どっちが右だっけ!?」
『レン。あなたの心臓が存在する側が左です。その逆側が右です。学習してください』
不満や、悪態や、罵詈雑言を叩き合いながらも、彼らの間には、言葉にはならない、しかし絶対的な信頼が、まるで強靭なワイヤーロープのように、張り巡らされていく。
ベルは、最初は「私の発明の、完璧な性能を証明するための公開実験」と、自分に言い聞かせ、心を鎧で固めていた。しかし、自分の指示を、何の疑いもなく信じ、自分の機械を、心から頼り、そして、自分自身を、当たり前のように仲間として扱い、命を預けてくれる彼らの姿を見るうちに、彼女の心に、これまで感じたことのない、温かい感情が芽生え始めていた。
自分の子供たち(機械)が、初めて他者から必要とされ、頼りにされている。
その、あまりにも単純で、あまりにも強烈な事実が、彼女が長年、孤独という名の氷で固めていた心を、じんわりと、しかし確実に、溶かし始めていた。
何時間にも及ぶ死闘の末、一行は、ついに生存者がいると思われる、最深部の巨大な空洞にたどり着いた。しかし、彼らの目の前に立ちはだかっていたのは、最後の、そして、最大の絶望だった。
空洞の入り口が、まるで神が、悪意をもって置いた蓋のように、一枚岩の、巨大な岩盤によって、完全に、そして、完璧に塞がれていたのだ。
エリスが、即座に、冷徹な分析結果を全員に伝える。
『この岩盤を、外部から物理的、あるいは魔法的に破壊した場合、その衝撃波が、空洞全体の脆弱な地盤を連鎖的に崩落させます。内部に生存者がいた場合の生存確率は、0.001パーセント未満と算出されます』
レンの、山をも砕く腕力も、フィオナの、岩盤を穿つ魔法も、カインの、鋼をも断つ剣も、ここでは、全くの無力だった。誰もが、言葉を失い、自らの無力さに打ちひしがれる。
その、息も詰まるような沈黙の中、ベルが、静かに、しかし、どこか決意を秘めた声で、呟いた。
「一つだけ、方法があるわ」
彼女の視線の先には、探査オートマタ『アラクネ』でも、大型パワーローダー『ヘラクレス』でもない、これまでずっと、彼女の肩の上に乗り、小さな相棒のように、彼女の作業を静かに見守っていた、掌サイズの、ひときわ精密で、ひときわ美しい作りの、小型オートマタがいた。
それは、彼女が自身の最高傑作と呼び、我が子のように、片時もその身から離さず、愛でていた、完全自律思考型オートマタ、『アルク』だった。
物語は、ベルが、技術者として、そして、一人の人間として、あまりにも過酷で、あまりにも残酷な、究極の選択を迫られる予感を、色濃く漂わせながら、幕を閉じるのだった。
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