空っぽの魔王様に「好き」を教える方法(物理)~無敵の俺と仲間たちの、世界で一番不毛な布教活動~

Gaku

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第三章:『絡繰人形(オートマタ)の心と、測れない魂』

第三十話:五番目の旅支度

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数日後の朝。
グレイシアの空は、まるで嘘のように、澄み切った青空が広がっていた。街を分厚く覆っていた鉛色の煤煙は、ベルが事故の復旧作業の合間に、半ば意地のようにギルドの煙突に設置した、新しいろ過装置によって大幅に削減されていた。人々は、何十年ぶりかに、遮るもののない、直接的で温かい太陽の光を浴びていた。

その光は、街の風景を、そして人々の表情を、以前よりもずっと明るく、活気に満ちたものに見せていた。子供たちの甲高い笑い声が、以前よりずっと遠くまで響き渡る。職人たちの鍛冶の槌音も、どこか軽快で、新しい未来を叩き出しているかのようにリズミカルだった。街は、落盤事故という大きな悲劇と、その中で生まれた小さな奇跡を乗り越え、新しい時代へと、力強く生まれ変わろうとしていた。

ベルの工房にも、その新しい光は、たっぷりと降り注いでいた。

工房の中は、以前の混沌が嘘のように片付けられ、壁際には、旅のための荷物が、機能的に、しかし美しくまとめられている。床にこぼれていた油は拭き取られ、窓は磨かれ、彼女の愛したガラクタたちは、まるで誇らしげに胸を張る兵士のように、整然と棚に並んでいた。

その中心に、旅支度を整えたベルの姿があった。顔の汚れは綺麗に落とされ、機能的な旅装束に身を包んだ彼女は、もはや「ガラクタ屋敷の変人」ではなかった。一人の凛とした、若き発明家の顔がそこにあった。その手には、黒焦げになったアルクの残骸から、彼女が夜を徹して丁寧に取り出した、小さなコアユニットが、まるで母親が赤子の手を握るかのように、大切に、大切に握られていた。

ベルは、ギルドからの破格の条件での首席技師長への就任要請を、昨日、きっぱりと断っていた。

「英雄なんてガラじゃないし、誰かに指図されて仕事をするのも、もううんざり。私はただ、私の作りたいものを、作りたいように作るだけよ」

そして今日、彼女は、旅立とうとする一行の前に、静かに立っていた。

一度、深く、深く息を吸い込む。それは、新しい空気を、そして新しい人生を、その肺いっぱいに取り込むための、儀式にも似ていた。そして、意を決したように、まっすぐに仲間たちを見つめ、これまで誰にも見せたことのない、真剣な表情で、深く、深く頭を下げた。

「私を、あんたたちの旅に、連れて行ってくれないかな」

顔を真っ赤にしながら、彼女は、消え入りそうな、しかし、はっきりとした声で続けた。

「私、もう一度、アルクみたいな子を、この手で生み出してあげたいんだ。でも、一人じゃ、きっとまた、何のために作ってるのか、分からなくなる。自分の殻に閉じこもって、世界を憎んで、結局、誰も幸せにできないような、ただの独りよがりなガラクタしか作れなくなる」

彼女は、顔を上げた。その瞳には、涙が浮かんでいたが、それはもう悲しみの色ではなかった。未来を見据える、強い希望の色だった。

「あんたたちと一緒なら……この私の技術が、誰かを傷つけるためじゃなく、誰かを助けるために、誰かの笑顔のために、使えるような気がするんだ。正しい目的のために、使えそうな気がするんだ」

それは、彼女の、生まれて初めての、心からの「お願い」だった。

その言葉に、レンが、太陽が爆発したかのように、ニカッと笑った。

「あったりめーだろ!お前みたいな、すげぇメカニックがいてくれたら、旅が百倍楽になりそうだ!大歓迎だぜ!」

フィオナが、腕を組んで、ふいっとそっぽを向きながら、しかしその口元には確かな笑みを浮かべて、フンと鼻を鳴らす。

「せいぜい、私の杖を、世界最強に改造してよね。もし変なキノコでも生えてくるようなことがあったら、あんたを実験台にして、一生カエルのままにしてやるわよ」

ベルも、不敵に、そして嬉しそうに笑い返す。

「任せなさいよ、この天才魔女。魔法なんて、しょせんは物理法則の応用なんだから。理論さえ分かれば、私に作れないものはないわ」

カインが、やれやれと、しかしその瞳はどこまでも優しく、天を仰いでため息をついた。

「また、厄介で、口うるさいのが増えたな。俺の心労も、これで五倍か」

こうして、五人目の仲間が、正式にパーティに加わった。



出発の朝。一行が街の門をくぐろうとすると、そこには、ギルドの親方をはじめ、救出された鉱夫たちや、多くの街の人々が見送りに来ていた。彼らの手には、旅の食料や、新しい装備が、餞別として抱えられている。

親方が、カインの前に、見違えるように修復され、そして驚くほど軽量化された鎧を差し出した。

「ベルの嬢ちゃんに、頭を下げて、教えてもらった。伝統も大事だが、新しい知恵を取り入れなきゃ、先はねえってな」

その鎧の関節部分には、ベルが設計した、小型の魔力駆動ブースターが、まるで最初からそこにあったかのように、見事に組み込まれていた。

フィオナの杖もまた、杖の芯に、ベルが開発した魔力伝導率の高い合金が埋め込まれ、以前とは比較にならないほどの安定性と出力を手に入れていた。

「古いものと、新しいもの。その二つが合わされば、もっとすげぇものが作れる。嬢ちゃんたちに、教えられたよ」

親方の、不器用な感謝の言葉に、ベルとフィオナは、顔を見合わせて、少しだけ、はにかんだように笑った。



新たに出発した、五人となったパーティ。馬車の中は、以前よりずっと賑やかで、そして騒々しくなっていた。

フィオナとベルが、魔法と科学の優位性について、まるで子供のような、しかし極めて高度な口喧嘩を始め、カインが「二人とも、静かにせんか!馬が驚くだろ!」と父親のように叱りつけ、レンがその横で、腹を抱えて笑っている。

その、温かくて、どうしようもなく混沌とした光景を、エリスは、いつものように、静かに観察していた。

そして、彼女は、ふと、レンに問いかけた。

「レン。質問があります」

「ん?なんだ?」

「ベルは、自身の最高傑作であるアルクを犠牲にしました。論理的に考えれば、それは、彼女にとって計り知れない損失のはずです。しかし、現在の彼女の表情から、以前観測された『孤独』や『絶望』のデータは検出されず、むしろ『充足』や『希望』といった、正反対のパラメータが観測史上、最高値を記録しています。損失が、利益を生む。この現象は、私の論理体系における、根本的な矛盾です。これは、一体、何なのですか?」

その、エリスの、心の底からの問い。

それは、彼女の感情探求の旅が、「好き」という単純な感情から、「自己犠牲」や「喪失の先にある希望」といった、より複雑で、より深遠なテーマへと、足を踏み入れたことを示していた。

レンは、少しだけ考え込むと、エリスの頭を、優しく、わしゃわしゃと撫でながら、こう言った。

「さあな。俺にも、よく分かんねぇや」

「でもよ、エリス。分かんねぇことがあるってのは、これから、もっともっと、面白くなるってことだぜ!」

その言葉に、エリスは、何も答えなかった。

ただ、仲間たちの騒がしい声と、馬車の心地よい揺れの中で、自分の胸のあたりに、また一つ、名前のつけられない、温かくて、少しだけくすぐったいデータが記録されたのを、感じていた。

旅は、ますます賑やかに、そして複雑に、続いていく。
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