空っぽの魔王様に「好き」を教える方法(物理)~無敵の俺と仲間たちの、世界で一番不毛な布教活動~

Gaku

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第四章:『盗賊女帝の亡霊と、盗めない未来』

第三十二話:女王の仮面と、家族の食卓

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「亡国の鴉」のアジトは、外から見た無法のイメージとは全く異なる顔を持っていた。
岩山を巨大な槌で何度も叩き、くり抜いて作られたであろう広大な洞窟の中は、無数の松明と、ベルが興味深そうに観察している旧式のオイルランプの光で、まるで一つの巨大な地下都市のように照らし出されていた。

空気は、湿った土の匂いと、大鍋で何かを煮込む調理の煙、そして大勢の人間が肩を寄せ合って暮らす、むせ返るような生活の匂いで満ちている。あちこちで子供たちの甲高い笑い声が岩壁に反響し、女たちは大鍋を囲んで噂話をしながら煮炊きをし、男たちは武器の手入れをしながら次の見張りの交代を告げる声を張り上げている。

そこには、絶望や恐怖といった、追われる者たちが浮かべるべき暗い影はなかった。むしろ、明日をどうにか生き抜いてやろうという、泥臭く、逞しい生命力そのものが、熱気となって渦巻いていた。

この場所は、無法者たちの巣窟ではない。
ガルブレイン帝国との、あまりにも一方的だった戦争によって故郷を焼かれ、家族を殺され、昨日までの日常を根こそぎ奪われた人々が、互いを最後の家族として支え合いながら生きる、最後の砦なのだ。国家という大きな傘を失った彼らが、雨風をしのぐために、自分たちの手で必死に編み上げた、歪で、しかし温かい、鳥の巣のような場所だった。

翌日から、一行はレイヴンの監視のもと、その鳥の巣での奇妙な共同生活を強いられることになった。捕虜という立場ではあったが、鎖に繋がれるわけでも、牢に入れられるわけでもない。ただ、「このアジトから一歩でも外に出ようとすれば、即座に殺す」という、極めてシンプルなルールが提示されただけだった。

レイヴンは、リーダーとしては、冷徹で、一切の無駄がない、完璧な合理主義者だった。
朝一番、彼女はアジトの中心にある広場に立ち、その日一日の全ての指示を、よどみなく、感情のこもらない声で下していく。

「三番隊は西の街道の見張りにつけ。先週から帝国軍の斥候の動きが早い。いつもより二人多く配置しろ」
「食料班、今日の配給は、貯蔵庫の乾燥豆と干し肉を。病人用のシチューに回す分を差し引いて、一人当たりの配給量を昨日より5パーセント減らせ。水も貴重だ。無駄にするな」
「武器班、昨日回収した帝国兵の剣を溶かし、矢尻に作り替えろ。我々の弓とは合わん。鉄という資源として、最適化させろ」

その全てを、彼女は一切の情を挟まず、組織の生存確率を最大化させるという、ただ一点の目的のためだけに、的確に判断し、命令を下していく。その姿は、人の心を統べる「女王」というより、複雑なシステムを管理する、超高性能なコンピューターのようだった。

その非人間的なまでの完璧さに、アレクサンダーは己のプライドを懸けて挑もうとした。彼はどこから見つけてきたのか、荒野に咲く一輪の野の花を手に、朝の指示を終えたレイヴンの前に恭しく跪いた。

「レイヴン殿。このような荒れ果てた土地に、あなたという気高き花が咲いていることに、天はどれほどの奇跡を采配したのだろうか。このアレクサンダー、あなたの捕虜となったことさえ、運命の女神の粋な計らいと感じております。つきましては、我々を客人として遇し、共に帝国という不条理に立ち向かうという、より高尚な選択肢について、ご一考願えませぬかな?」

完璧な礼法、完璧な笑顔、そして完璧にキザな台詞。帝国の社交界であれば、どんな貴婦人も頬を染めて聞き入ったであろうその口説き文句を、レイヴンは、まるで道端の石でも見るかのような無感動な瞳で一瞥すると、ただ一言、冷たく言い放った。

「お前のその家名も、その芝居がかった言葉も、この荒野では何の価値もない。腹の足しにもならん戯言を言う暇があるなら、そこの水汲みでも手伝え。労働力としての価値なら、認めてやらんこともない」

ばっさり、と。
音を立てて斬られたかのように、アレクは完璧な笑顔を顔に貼り付けたまま、硬直した。

次に挑んだのはカインだった。彼は騎士としての誠意と誇りを胸に、正面からレイヴンと向き合った。

「レイヴン殿。俺も元は国に仕えた騎士だ。あなたが民を守らんとするその覚悟、理解できなくもない。だが、そのために無辜の旅人から略奪を働くというやり方は、断じて許されるべきではない。騎士の誇りにかけて、それは間違っていると」

「誇り、か」

レイヴンは、カインの言葉を遮った。そして、アジトの隅で、栄養が足りずに泣いている幼い子供を、顎でしゃくって見せた。

「そのお前の言う『誇り』で、あの子の腹は膨れるのか?その『誇り』は、凍える夜に、あの子を温める毛布になるのか?」
「……それは」
「ならないだろう。ならば、それは、この場所ではただの自己満足だ。感傷に浸るための贅沢品だ。私には、そんなものを抱えて生きる余裕はない」

カインの、鋼鉄の誇りもまた、彼女の冷たい正論の前に、音もなく砕け散った。

しかし、一行は、日を追うごとに、彼女の全く別の顔を見ることになる。
昼下がり。新しい団員の入団訓練は、容赦がなく、実戦そのものだった。模擬戦で、若い団員の一人が、相手の木剣を腹に受け、うずくまった。訓練監督が「立て!その程度でへばるなら、戦場では一秒で死ぬぞ!」と怒鳴りつける。
その時、それまで腕を組んで黙って見ていたレイヴンが、すっとその場に歩み寄った。そして、倒れた団員の前にしゃがみ込むと、その腹部の服をゆっくりとめくり、痣のでき具合を、まるで母親が子供の怪我を確かめるかのように、優しい手つきで確認した。

「打ち所が悪い。内臓に響いているかもしれん。今日はもう休め」
「しかし、頭目!俺はまだ!」
「命令だ」

レイヴンの声は、有無を言わさぬ響きを持っていた。しかし、その声には、朝の広場で響いていた非情な冷たさはなく、不器用な、しかし確かな温かみが滲んでいた。彼女は、団員の肩をそっと叩くと、医務室の方へ行くよう、目線で促した。

またある夜、一行は偶然、アジトの奥にある小さな書庫を通りかかった。そこでは、レイヴンが、数人の孤児たちに囲まれていた。彼女は、古びた羊皮紙を広げ、そこに書かれた文字を、一つ一つ、根気よく子供たちに教えていた。

「これは、『水』という字だ。お前たちが毎日飲む、一番大事なものだ。覚えろ」
「こっちの難しいのは、『希望』という字だ。今は、覚えなくてもいい。いつか、お前たちが、この字の意味を、腹の底から分かる日が来る。その時まで、私が必ず、お前たちを守る」

その横顔は、冷徹な女王のものではなかった。未来を担う子供たちに、自分にできる全てを遺そうとする、愛情深い教師の顔だった。

そして、最も一行の心を揺さぶったのは、帝国との戦で夫を亡くしたという、腰の曲がった老婆と話す彼女の姿だった。老婆は、もう何度も話したであろう、夫との馴れ初めや、共に過ごした幸せな日々の思い出を、とりとめもなく、繰り返し、繰り返し語り続けていた。
レイヴンは、その横にただ黙って座り、時折頷きながら、何時間も、その話に耳を傾けていた。その瞳には、退屈の色も、憐れみの色もない。ただ、一人の人間が懸命に生きてきた人生の重みを、共に背負おうとするかのような、深く、静かな共感が宿っていた。

彼女が守っているのは、組織という無機質なシステムではない。
そこに生きる一人一人の、体温を持った「家族」だったのだ。

その日の夕食は、アジトの全員が、大きな焚き火を囲んで食べることになっていた。
配られたのは、大鍋でぐつぐつと煮込まれた、具の少ない麦のシチューと、少し硬い黒パンだけ。貴族であるアレクの口には到底合わないであろう、質素な食事。
しかし、その素朴な食事が、不思議と、冷えた一行の身体にじんわりと染み渡り、温かく、そして美味しく感じられた。それはきっと、このシチューが、このアジトにいる全員の命を繋ぐ、たった一つの温かい絆であることを、誰もが知っていたからだろう。

レンは、そのシチューを、行儀悪く、しかし心底美味そうに三杯もおかわりすると、満足げに自分のお腹をぽんぽんと叩きながら、一人、少し離れた場所で食事をとっていたレイヴンの前に、どっかりと座り込んだ。

「なあ、レイヴン!」
彼の、あまりにも無邪気で、あまりにも大きな声に、周囲で談笑していた団員たちの会話が、ぴたりと止まった。全員の視線が、レンと、その不躾な闖入者に眉一つ動かさない女頭目に、緊張と共に注がれる。

「あんた、すげぇな!」

レンは、そんな周囲の空気など全く意に介さず、満面の笑みで続けた。

「昼間はさ、鬼みてぇに怖くて、話しかけんなオーラ全開なのに、本当は、めちゃくちゃ優しいんだな!」

その、あまりにも無邪気で、あまりにも核心を突く一言に、周囲の団員たちが、ごくりと息を呑むのが分かった。数人が、慌ててレンを引き離そうと腰を浮かす。

レイヴンの、シチューを口に運んでいたスプーンの動きが、一瞬だけ、凍りついた。
そして、彼女はゆっくりとレンに視線を向けると、その瞳を氷のように冷たく眇め、言い放った。

「黙れ、小僧」
「私は、こいつらを生かすためなら、喜んで悪魔にでもなる。鬼にでもなる」
「それだけだ」

その声は、絶対零度の響きを持っていた。
しかし、レンはその言葉に怯むことなく、彼女の顔をじっと見つめていた。
焚き火の揺らめく光に照らされた彼女の横顔には、一瞬だけ、本当に、ほんの一瞬だけ、誰にも見せたことのない、深い、深い悲しみと、そして、何かを必死に押し殺し、堪えているかのような、痛々しいほどの脆さが、影のように浮かんでいた。

その夜、レンは、どうにも寝付けずに、アジトの外、月明かりが照らす岩の上に一人で座っていた。
昼間のレイヴンの、あの悲しそうな顔が、どうしても頭から離れなかったのだ。

「……こんなところで、何をしている」

不意に、背後から声をかけられた。振り返ると、そこに、レイヴンが立っていた。彼女もまた、眠れずにいたのかもしれない。
二人の間に、気まずい沈黙が流れる。聞こえるのは、風の音と、遠くで鳴く夜行性の鳥の声だけ。

「……あんたも、眠れねぇのか?」
レンが、ぽつりと尋ねると、レイヴンは答えず、彼の隣に静かに腰を下ろした。そして、空に浮かぶ、欠けた月を、じっと見上げた。

その時、月明かりが、彼女の腕を照らし出した。革鎧に隠れて昼間は気づかなかったが、その白い腕には、まるで醜い獣の爪痕のような、ケロイド状の、古い火傷の痕が、生々しく残っていた。

レンは、その傷跡を、ただ、じっと見つめていた。
そして、子供が母親に尋ねるような、素朴で、何の裏もない声で、尋ねた。

「それ、痛かったのか?」

その問いに、レイヴンの肩が、びくりと震えた。彼女は、驚いたようにレンの顔を振り返る。その瞳には、これまで誰も見たことのない、深い動揺の色が浮かんでいた。

しかし、彼女は、やはり何も答えなかった。
ただ、火傷の痕を隠すように腕をさすると、再び、空に浮かぶ、静かな月へと、その視線を戻した。

その沈黙は、彼女が背負う過去の重さを、どんな言葉よりも、雄弁に物語っていた。
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