空っぽの魔王様に「好き」を教える方法(物理)~無敵の俺と仲間たちの、世界で一番不毛な布教活動~

Gaku

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第四章:『盗賊女帝の亡霊と、盗めない未来』

第三十五話:五つの才能、一つの戦場

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戦場となった渓谷は、鉄と血の匂いで満たされていた。
乾いた風が、岩肌に染みついた生々しい血の匂いと、魔法が炸裂した後の火薬の焦げた匂いを運び、岩壁に当たっては不気味な唸りを上げて吹き抜けていく。

帝国軍の統率の取れた進軍ラッパの音。それに応える「亡国の鴉」の団員たちの、もはや鬨(とき)の声とも判別がつかない、獣のような咆哮。
岩陰に潜む盗賊たちが放つゲリラ的な矢の雨を、帝国軍は巨大な盾を隙間なく並べた「亀甲陣」で完璧に防ぎきる。その盾の隙間から繰り出される正確無比な弩(いしゆみ)の一斉射撃が、次々と盗賊たちの命を刈り取っていく。

レイヴンのゲリラ戦術は、確かに巧みだった。地の利を活かし、罠を張り、敵を分断しようと試みる。しかし、帝国軍の指揮官もまた、教科書通りの戦い方しかできない無能ではなかった。彼は、レイヴンの思考パターンを読み切り、彼女が仕掛けた罠を冷静に処理し、じわじわと、しかし確実に、まるで巨大な網で魚を追い込むように、盗賊たちを渓谷の最も奥、逃げ場のない袋小路へと追い詰めていく。

「くそっ……!」

本陣の岩陰から戦況を見つめるレイヴンの顔に、焦りの色が浮かぶ。団員たちが、一人、また一人と、帝国軍の冷たい鉄の波に飲み込まれていく。このままでは、全滅まで、もはや時間の問題だった。

誰もが、死を覚悟した、その時。
戦場の空気が、まるで神が気まぐれにスイッチを切り替えたかのように、一変した。

戦場に、五つの、あまりにも異質で、あまりにも場違いな力が、何の脈絡もなく、同時に、しかし完璧なタイミングで、介入したのだ。

【壁】

「ここから先は、通行止めだぁっ!!」

帝国軍の主力が、勝利を確信して突撃してくる、渓谷の最も狭い通路。そのど真ん中に、レンが一人、まるで遠足にでも来たかのように、のんきな顔で仁王立ちになった。
先頭を駆けていた重装騎兵の隊長は、その子供のような男を嘲笑い、巨大な戦斧を振りかぶって、そのまま轢き殺そうとした。
ゴガンッ!!!!
渓谷全体が震えるほどの、凄まじい轟音が響き渡った。
しかし、その場に血飛沫が舞うことはなかった。
帝国が誇る最新の合金で作られたはずの戦斧が、レンの額に当たった瞬間、まるでガラス細工のように、粉々に砕け散っていたのだ。騎兵隊長は、そのありえない衝撃で馬から吹き飛ばされ、気絶した。
「うおっ、今のちょっと頭蓋骨に響いたぞ!」
レンは、たんこぶ一つできていない額をさすりながら、けらけらと笑っている。
後続の騎馬隊も、重装歩兵の槍衾(やりぶすま)も、彼の前では、まるで子供が投げる小石のようだった。全ての攻撃が、甲高い金属音と共に弾き返され、帝国軍の最も強力な突破戦力は、たった一人の、底抜けに明るい男によって、完全に、そして完璧に、無力化された。

【剣・戦術家】

レンが、帝国軍の注意と主力を一身に引きつけている、その時間。
それまで劣勢に喘いでいた盗賊団の側面に、疾風のようにカインが現れた。
「狼狽えるな!三番隊は俺に続け!狙うは敵の指揮官、ただ一点!」
彼の声は、大きくはない。しかし、不思議と戦場の喧騒の中でも、はっきりと耳に届いた。その声には、聞く者の恐怖心を鎮め、闘争心を奮い立たせる、絶対的な説得力があった。
彼の指揮の下、それまでバラバラに戦っていた烏合の衆の動きが、まるで一つの生命体のように、有機的に連携し始める。カイン自身は、決して派手な立ち回りはしない。しかし、彼の剣が閃くたびに、帝国軍の小隊長クラスが、一人、また一人と、的確に無力化されていく。
それは、もはや一人の剣士の武勇ではない。戦場の流れを読み、最も効果的な一点に、最小限の力で最大の効果をもたらす、冷徹な戦術家のそれだった。

【魔法・範囲制圧】

時を同じくして、渓谷の高台に陣取ったフィオナとゼフが、戦場の「ルール」そのものを書き換え始めた。
「時は満ちた!刮目せよ、若人よ!これぞ、古の大魔法!」
ゼフが、古風な詠唱と共に杖を振り下ろすと、帝国軍の魔導師たちが展開していた対魔法障壁が、まるで砂糖菓子のように脆く崩れ去る。
「お膳立て、どうも!じゃあ、いくわよ!」
フィオナが、その隙を逃さず、両手を大地に叩きつける。すると、帝国軍が進軍していた硬い岩盤が、次の瞬間、兵士たちの膝まで沈む、底なしの沼へと変貌した。
さらに、二人の合体魔法が、渓谷全体に、現実と見分けのつかないほどの濃い霧を発生させる。視界を奪われ、足場を失った帝国軍の、完璧に統率されていた陣形は、見る影もなく崩壊し始めた。

【罠・技術工作】

その混乱の極みに、ベルが仕掛けた、悪魔のオーケストラが、その演奏を開始した。
岩壁の至る所に隠されていた巨大なスピーカーから、数千匹の魔物が同時に咆哮するような、脳髄を直接揺さぶる轟音が鳴り響き、兵士たちを原始的なパニックに陥らせる。
彼らが逃げ込んだ岩陰からは、強力な閃光弾が炸裂し、その視力を一時的に奪う。
足元からは、強力な粘着液が噴き出し、自慢の重装鎧が、脱出不可能な鉄の棺桶へと変わる。
それは、もはや戦争ではなかった。論理と秩序を信奉する帝国軍に対する、混沌と狂気による、一方的で、悪趣味な公開実験だった。

【目・司令塔】

そして、その全ての、あまりにも異質で、あまりにもバラバラに見える、五つの才能の中心に、エリスがいた。
戦場全体を見渡せる最も高い崖の上で、彼女は、まるでこの世の存在ではないかのように、静かに、ただ一人、立っていた。
彼女の瞳には、もはや個々の戦闘は映っていない。
刻一刻と変化する戦況の全てが、友軍と敵軍の位置、兵士一人一人の疲労度、魔法の残存エネルギー、罠の作動状況、風向き、天候、その全てが、膨大な「データ」として、彼女の脳内に流れ込み、超高速で処理され続けていた。

『カイン、3時方向から騎兵部隊が迂回。フィオナ、その先の岩盤を崩落させ、ルートを遮断しなさい』
『ベル、プランC-2を発動。敵の投石機部隊の足元を狙いなさい。誤差は許容しません』
『レン、あと2分、耐えなさい。その間に、カインが敵将の首を取ります』

彼女の声が、命令が、言葉としてではなく、純粋な「情報」として、仲間たち全員の脳内に、直接、そして同時に響き渡る。
これまで決して交わることのなかった、剣と、魔法と、科学と、そして物理法則を超越した無敵の肉体。
そのバラバラだった五つの才能が、エリスという超高性能な司令塔を得て、初めて一つの、完璧な戦闘システムとして機能した瞬間だった。

自軍の本陣から、その信じがたい光景を見ていたレイヴンは、愕然としていた。
彼女の知る「戦い」ではない。
これは、まるで腕利きの音楽家たちが、一人の天才指揮者のもと、それぞれ全く違う楽器を奏でながら、一つの、恐ろしくも美しい、破壊の交響曲を演奏しているかのような、全く新しい次元の「戦争」だった。
個々の能力の、単なる足し算ではない。
それらが有機的に連携することで、全く予測不能な、そして圧倒的な力が、この戦場に「生まれて」いる。
彼女は、自分のゲリラ戦術という古いOSが、今、目の前で、新しい時代の、とてつもなく強力なOSによって、完全に上書きされていく様を、ただ、呆然と見つめることしかできなかった。

戦況は、完全に、覆った。
帝国軍は、もはや敵と戦っているのではない。彼らは、自分たちの理解を完全に超えた、巨大で、気まぐれで、そして悪意に満ちた「自然現象」そのものと、戦わされていた。

「これは、一体……」
レイヴンの、呆然とした呟きが、渓谷を吹き抜ける風の中に、吸い込まれて消えていった。
「……何が、起きているんだ……」

物語は、戦いの趨勢が、人の意志や戦術を超えた、新しい次元の現象によって、完全に決定づけられた瞬間を、鮮烈に描き出して、幕を閉じる。
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