空っぽの魔王様に「好き」を教える方法(物理)~無敵の俺と仲間たちの、世界で一番不毛な布教活動~

Gaku

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第四章:『盗賊女帝の亡霊と、盗めない未来』

第三十七話:守るための力

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時間が、一瞬だけ、引き伸ばされたように感じられた。

レイヴンの目の前には、ただ、カインの背中があった。かつて酒と絶望に丸まり、見る影もなかったはずのその背中は、今、揺るぎない鋼鉄の壁のように、彼女を全ての脅威から守り、そびえ立っていた。

彼の抜き放った剣は、帝国最強と謳われる魔導騎士の一撃を、微動だにせず受け止めている。魔力を纏った刃と、鍛え上げられた鋼が激しく衝突し、夜闇に眩しいほどの火花を散らす。キィン、という耳障りな金属の軋む音が、レイヴンの鼓膜を直接震わせた。

風が、カインの少し伸びた髪を揺らした。汗と土の匂いに混じって、彼がその全身から放つ、研ぎ澄まされた鋼のような闘気の匂いが、レイヴンの鼻腔を鋭く突いた。それは、彼女自身が数秒前まで全身にまとっていた、憎しみや怒りといった、濁って焼け付くような感情の匂いではなかった。

ただ、目の前の仲間を守る。

その一点の曇りもない、純粋で、静かで、しかし海のように深い覚悟の匂いだった。

「立て、レイヴン」

カインは、振り返らないまま、静かに言った。
その声は、魔法のように、レイヴンの心に、そして魂にまで絡みついていた憎悪という名の冷たい鎖を、一つ、また一つと、内側から優しく解きほぐしていくようだった。

カインの一喝が、膠着していた戦場の空気を、そしてレイヴンの凍てついていた心を、同時に切り裂いた。

「過去の亡霊に囚われ、今を生きる民を見捨てるのが、お前の言う王の器か!」

その言葉は、刃となってレイヴンの魂を直接揺さぶった。王の器。その言葉を、今の自分が名乗る資格などあるものか。憎しみに我を忘れ、民と仲間を危険に晒した、ただの愚かな女。彼女が自己嫌悪に唇を噛み締めた、その瞬間。

『カインの言う通りです』

エリスの、一切の感情を排した、しかしそれゆえに絶対的な真実の響きを持つ声が、脳内に直接響き渡る。

『あなたの個人的な感情の発露のために、民と、私たち全員を危険に晒す権利は、あなたにはありません。リーダーとしてのあなたの行動原理は、常に、集団の生存確率を最大化することであるべきです。現在のあなたの行動は、その責務の完全な放棄に他なりません』

厳しい指摘だった。しかし、それは非難ではなかった。ただの、動かしがたい事実。その事実が、憎悪の熱に浮かされていた彼女の思考に、冷水を浴びせかけ、わずかな冷静さを取り戻させる。

その、ほんのわずかな思考の隙を突くように、帝国軍の第二波が襲いかかった。
「―――女頭目(リーダー)は孤立した!土塊(アース・ジャベリン)で圧殺せよ!」
敵陣の後方から、土系統の魔法を得意とする魔導師が杖を振りかざした。その号令に応じ、レイヴンが立つ頭上の岩壁が、地響きと共に崩落を始める。家ほどもある巨大な岩塊が、無慈悲な影となって彼女に迫った。

「危ない!」

カインが叫ぶ。しかし、彼は目の前の魔導騎士に阻まれ、動けない。絶体絶命。
だが、その岩塊が彼女に届くことはなかった。
「―――光よ、聖なる盾となれ!『聖域(サンクチュアリ)』!」
フィオナの、悲鳴にも似た凛とした詠唱が響き渡った瞬間、レイヴンの頭上に、ステンドグラスのように美しい黄金色の光のドームが出現し、轟音と共に巨大な岩塊を完璧に受け止めたのだ。砕け散った岩の破片が、光のドームに当たって、きらきらと輝きながら四散していく。

「ぼーっとしてないで!あんたがしっかりしなきゃ、みんな死ぬのよ!」

遠くの崖の上から、フィオナが必死の形相で叫んでいるのが見えた。その瞳には、恐怖と、そしてそれ以上に、仲間を見捨てないという強い意志が宿っていた。
その直後、今度は足元から、鋭利な岩の槍が何本も突き上げてくる。フィオナの防御が間に合わない、完璧なタイミングでの連携攻撃。
しかし、その槍がレイヴンの足を貫くこともなかった。
「そこっ!」
ベルの鋭い声と共に、彼女が投げ放った金属の球が地面に突き刺さり、けたたましい駆動音を立てて展開。小型の超硬度ドリルマシンへと変形し、突き上げてくる岩の槍を、凄まじい勢いで片っ端から粉砕していく。

「データ通り!この地形での奇襲パターンは、とっくにインプット済みよ!」

ベルは、ゴーグルの奥の瞳を輝かせながら、コントローラーを巧みに操っている。その額には、脂汗がびっしりと浮かんでいた。
上からも、下からも、仲間が守ってくれている。
その、あまりにも温かく、そしてあまりにも重い事実に、レイヴンはただ、立ち尽くすことしかできなかった。
そして、全ての攻撃から彼女を守るように、レンが巨大な盾のように、彼女の前に立ちはだかった。降り注ぐ敵の魔法も、矢も、全てが彼の肉体に当たって、まるで子供の投げた小石のように、無意味な音を立てて弾け飛んでいく。

「後ろは任せろ、レイヴン!」

レンは、振り返って、ニカッと笑った。その顔は煤と埃で汚れていたが、その笑顔は、太陽のように眩しかった。

「お前は、俺たちのリーダーなんだから、ちゃんと前だけ見てろよ!」

リーダー。
その言葉が、レイヴンの胸に、重く、そして温かく響いた。
仲間たちが、自分の個人的な復讐のためではなく、自分自身を、そして自分が守るべき民を、命懸けで守ってくれている。
私は、一人ではなかった。
私は、憎しみの過去に決着をつけるために戦っていたのではない。
この、かけがえのない、厄介で、騒々しくて、どうしようもないほど温かい仲間たちと、そして私を信じてついてきてくれる民と共に、「未来」を生きるために、戦っていたはずだ。
その、当たり前の事実にようやく気づいた時、彼女の瞳から、こらえきれなかった涙が、とめどなく溢れ出した。
それは、悲しみや悔しさの涙ではなかった。
長年、憎しみという分厚い氷の中に閉じ込められていた魂が、仲間という名の太陽の光を浴びて、ようやく溶け出した、温かい雪解けの涙だった。
彼女は、汚れた手の甲で乱暴に涙を拭うと、ゆっくりと、しかし、確かな足取りで立ち上がった。
その瞳に宿っていた、全てを焼き尽くすかのような憎悪の炎は、跡形もなく消えていた。
代わりに、そこには、嵐が過ぎ去った後の、澄み切った湖のような、静かで、しかし底知れない覚悟の光が、強く、強く灯っていた。

「すまない。借りを作ったな」

レイヴンは、カインの隣に立ち、抜き放った剣を、静かに構えた。
その言葉に、カインは、振り返らないまま、口の端でかすかに笑った。

「借りは、民を救うことで返せ。まずは、このくだらん状況を、生き延びるぞ」

「ああ。そうだな」

背中合わせに立つ、元騎士と元王女。
その時、二人の間には、もはや言葉は必要なかった。
レイヴンは、丘の上に立つ帝国の指揮官を、もはや憎しみの対象としてではなく、ただ、自分たちが未来へ進むために、仲間と共に排除すべき、冷たい「障害」として、冷静に見据えていた。

物語は、彼女の力が、過去を破壊するための衝動から、未来を守るための意志へと、完全に変容した、その荘厳な瞬間を捉えて、幕を閉じる。
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