空っぽの魔王様に「好き」を教える方法(物理)~無敵の俺と仲間たちの、世界で一番不毛な布教活動~

Gaku

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第四章:『盗賊女帝の亡霊と、盗めない未来』

第四十話:六人目の誓い

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遺跡を包んでいた、重く、張り詰めた静寂。その沈黙の膜を、まるで子供が無邪気に水たまりを跳ねるように、レンの能天気な声が、いともたやすく破り捨てた。

「あったりめーだろ!」

その場にいた誰もが、固唾を飲んでレイヴンの魂の懇願に聞き入っていた、その荘厳な空気も何もあったものではなかった。レンは、涙に濡れた瞳で覚悟を固めているレイヴンの前にずかずかと立つと、その緊張した顔を見て、ニカッと太陽のように笑った。
そして、彼女が驚く間もなく、その気品ある黒髪を、まるでじゃれつく子犬にするかのように、わしゃわしゃと、一切の遠慮なく撫で回した。

「リーダーってのはな、一人で全部抱え込んじまうから、大変なんだよ!これからは、俺たちが、そのクソ重てぇ荷物、半分…いや、ほとんど持ってやるからよ!だから、安心しろ!」

その、あまりにも無邪気で、あまりにも温かく、そしてあまりにも真っ直ぐな言葉と、頭を子供扱いする不器用な手のひらの感触に、レイヴンの中で、かろうじて保っていた最後の何かが、音を立てて決壊した。
彼女の美しい瞳から、こらえきれなかった涙が、一筋、また一筋と、こぼれ落ちた。それは、もう悔しさや悲しみの涙ではなかった。十数年間、誰にも頼れず、一人で背負い続けてきた重い荷物を、ようやく下ろすことができた、魂からの安堵の涙だった。

その光景を見て、カインが、静かに一歩前に出た。彼は、涙を隠そうともしないレイヴンの顔を、厳しい、しかしどこか誇らしげな目で見つめていた。
「ようやく、お前の民が、真に誇れる、王の顔になったな」
その言葉は、彼が彼女を、もはや盗賊の頭目ではなく、同じ理想を見据えるべき主君として認めた、何よりも雄弁な証だった。

「ふむ!実に感動的な一幕だ!」
アレクが、どこからともなく取り出した一輪の薔薇を胸に当て、芝居がかった仕草で彼女の前に跪く。
「歓迎しよう、我が同志よ!君という気高き黒百合が、我々の旅路に、深淵なる彩りを添えることを、このアレクサンダー・フォン・ヴァレンシュタイン、心から歓迎する!」
その、いつも通りのキザな台詞回しに、フィオナが「あんたは少し黙ってなさい」と呆れたようにツッコミを入れる。しかし、そのフィオナも、そして隣に立つベルも、照れくさそうに、しかし、確かな信頼と共感の眼差しで、レイヴンに優しく頷きかけていた。
同じく、社会から「異端」として弾き出され、孤独の痛みを知る者同士。彼女たちが交わす視線には、言葉にならない、しかし何よりも強い連帯感が満ちていた。

こうして、レイヴンは、正式に、六人目の仲間となった。

一行の旅は、この瞬間、その目的とスケールを、根本から変えた。もはや、個人的な問題を抱えた者たちの、行き当たりばったりの寄せ集まりではない。「故郷を失った一つの民を、新たな安住の地へと導き、そこに新しい国を再建する」という、壮大で、そして明確な使命を帯びた、一つの運命共同体へと生まれ変わったのだ。

出発の準備が始まった。アジトは混沌としていたが、そこにはもう絶望の色はない。誰もが、新しい未来への希望に満ちた、活気のある表情をしていた。
そんな中、レンが、いつものように、エリスの隣にやってきて耳打ちした。
「なあ、エリス。自分の悔しい気持ちとか、復讐とか、そういうの、全部捨ててさ。自分のためじゃなくて、大事なみんなのために頑張るって決めるのって、すっげぇ『愛』だと思わねえか?」

エリスは、その時、傷ついた民の一人に、慣れない手つきで、しかし丁寧に薬草を塗り込んでいるレイヴンの姿を、じっと観察していた。
彼女の瞳には、もう過去の憎悪を映す、昏い炎はない。ただ、目の前の民の痛みを、自らの痛みであるかのように感じ入る、深く、穏やかで、そして慈しみに満ちた、温かい光だけがあった。

エリスは、静かに、そして確信を持って答えた。
「自己の直接的な利益、すなわち『復讐』という目的関数を完全に放棄し、所属する集団の長期的利益、すなわち『生存と繁栄』を、自らの行動原理として再設定する。これは、生物の社会性における、極めて高度な利他的行動です。種の保存戦略として、ある種の合理性を持ちます」
「しかし」
エリスは、民から「ありがとう、頭領」と声をかけられ、少しだけ、本当に少しだけ、はにかむように微笑んだレイヴンの、その微細な表情の変化を、見逃さなかった。
「しかし、それだけでは説明できない、非合理的な輝度の変化と、微細な口角の運動を観測します。他者の幸福によって、自己の内部状態が肯定的に変化する、この現象。これも、あなたが言う『愛』の構成要素の一つである可能性は、極めて高いと判断します」

彼女は、自分の胸にそっと手を当て、まるで新しい星に名前を付ける天文学者のように、厳かに宣言した。
「データベースに、新しい項目を追加します。名称は『献身』、そして、『慈愛』と、仮定します」

六人の仲間と、彼らを信じてついてくる、多くの民たち。
彼らの壮大で、賑やかで、そして希望に満ちた、新しい旅が、今、始まった。
エリスの、感情という名の、果てしない宇宙への探求もまた、個人の内面から、集団を動かす、より大きく、より温かい感情へと、そのステージを上げていく。

物語は、昇り始めた朝日の中を、まだ見ぬ未来へと向かって力強く歩き出す、長いキャラバンのシルエットを、まるで歴史の始まりを告げる一枚の絵画のように、静かに映し出して、第四章の幕を閉じる。
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