空っぽの魔王様に「好き」を教える方法(物理)~無敵の俺と仲間たちの、世界で一番不毛な布教活動~

Gaku

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第五章:『色褪せた伝説と、記されざる魔導書』

第四十三話:過去の英雄、現在の老人

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その夜、ゼフは夢を見ていた。

数百年前、世界の命運を決した決戦の地「嘆きの平原」。空は魔王が召喚した黒い雲に覆われ、大地は裂け、絶え間なく降り注ぐ隕石の炎と、兵士たちの悲鳴が世界を支配していた。その地獄の坩堝の中心で、若き日の彼は、ただ一人、全ての元凶である魔王と対峙していた。
彼の髪は鴉の濡れ羽色のように黒く、瞳は揺るぎない自信と、仲間たちへの信頼に満ち溢れて輝いていた。そのしなやかな指先から放たれる魔法は、もはや人間の術理を超えた天変地異そのものだった。一声詠めば大地から無数の岩の槍が突き上げ、一瞥すれば空から神の怒りのごとき雷霆が降り注ぐ。
背後からは、生涯の友と誓った騎士団長の雄叫びが聞こえる。遠く王都からは、民衆の必死の祈りが風に乗って届く。そして、いつも彼の帰りを待っていてくれた、柔らかな陽だまりのような笑顔を持つ姫の面影が、彼の胸を満たしていた。
その全てを背負い、彼は勝利した。

王都に凱旋した時の、天を揺るがすほどの歓声。民衆が投げる、色とりどりの花びらが吹雪のように舞い、彼の黒髪を飾った。国王は、最高の栄誉として、伝説の聖竜の骨から削り出した杖を彼に授けた。美しい姫は、人々の前で、はにかみながらも彼の頬に祝福の口づけをした。
全てが輝いていた。全てが、彼の思い通りだった。世界は、彼の足元にひれ伏しているかのようにさえ思えた。

しかし、夢は、いつしか色褪せ、悪夢へとその姿を変えていく。
時間は、最も偉大な英雄にさえ、容赦なくその牙を剥いた。
共に戦った仲間たちは、一人、また一人と、老い、あるいは戦傷が元で死んでいった。愛した姫も、穏やかな晩年を過ごした末、彼の腕の中で、皺くちゃの手を握り返しながら、静かに逝った。「あなたと生きた人生は、幸せでしたよ」という最後の言葉を残して。
称賛の声は、次第に遠くなった。彼の偉業は、人々の記憶から薄れ、やがておとぎ話の挿絵となり、最後には誰も、彼の名を口にしなくなった。
夢の中の彼は、一人、誰もいなくなった玉座の間で、鏡を見つめている。
そこに映っているのは、知らない男だった。肌はたるみ、深い皺が地図のように刻まれ、髪も髭も、まるで死者のように真っ白だった。杖を握る手は、微かに震えている。かつては意のままに操れたはずの膨大な魔力が、指の間から、まるで砂のように、サラサラとこぼれ落ちていく。

「違う、これはワシではない!」

そう叫んだところで、彼はハッと目を覚ました。
薄暗い塔の中。現実は、悪夢の、その先の続きだった。空気は埃っぽく、冷たく、そして、どうしようもないほどの孤独の匂いがした。



翌朝、ゼフの腰痛は、アレクの処方した薬草のおかげか、少しだけマシになっていた。とはいえ、まだ本調子とは言えない。一行は、エリスの分析に基づき、作戦を変更することにした。真正面から頼むのではなく、彼のプライドを尊重しつつ、協力せざるを得ない状況を作り出す。そのための最初の刺客として、白羽の矢が立ったのはフィオナだった。

「失礼します、ゼフ大先生」

フィオナは、一人でゼフの元を訪れた。彼女は、これまでの皮肉屋な態度を完全に封印し、純粋な魔導師として、歴史に名を残す偉大な先達に対する、最大限の敬意を込めて、深々と頭を下げた。
「昨夜、先生が残された術式の一部を拝見しました。そのあまりに独創的で、美しい理論に、私は心の底から感動いたしました。どうか、私のような未熟者に、その深遠なる智慧の一端でもご教授いただけないでしょうか」
その、へりくだった態度と、自分の才能への的確な評価に、ゼフの機嫌は、目に見えて良くなった。彼は、痛む腰をさすりながらも、ふんと鼻を鳴らす。
「ほう、小娘。少しは見る目があるようじゃな。どれ、どこが知りたいというんじゃ」
フィオナは、結界の術式図を広げ、技術的な質問を始めた。最初は和やかだった議論は、次第に熱を帯びていく。フィオナの質問は的確で、ゼフもまた、何十年ぶりかに自分の理論を理解できる相手を得て、忘れていた知的な興奮を思い出していた。
しかし、その熱が、悲劇の引き金となった。
フィオナは、議論に夢中になるあまり、良かれと思って、一つの提案をしてしまったのだ。

「先生、ここの第五階層の魔力循環なのですが、本当に素晴らしい理論です。ですが、もしここに、現代の『エーテル干渉理論』を応用すれば、エネルギー効率を少なくとも30%は改善できるはずです。ここのループ構造を、こう、並列に書き換えるだけで」

その瞬間、ゼフの顔から、すっと血の気が引いた。塔の中の、埃っぽい空気が、一瞬で凍りつく。

「だまれッ!!」

雷鳴のような怒声が、塔全体を震わせた。本棚から、数冊の本がパラパラと崩れ落ちる。
「ワシの、ワシが生涯をかけて完成させた、この完璧な術式に、ケチをつけるというのか!この小娘が!最近の小手先の理論など、まやかしに過ぎんわ!」
彼の怒りは、フィオナの指摘が、図星だったからこそ、激しかった。彼自身、心の奥底で、薄々気づいていたのだ。自分の知識が、もはや最新のものではないことに。世界の魔法理論は、自分が眠っている間に、遥か先へと進んでしまっていたことに。その、目を背け続けてきた現実を、この天才少女は、悪意なく、しかし容赦なく突きつけてきた。

そこに、追い打ちをかけるように、ベルが自作の魔力測定器を片手に、ひょっこりと顔を出した。
「やっぱり!フィオナの言う通りだよ、じーさん!」
彼女は、ゼフの怒りなど全く意に介さず、測定器が示すデータを指さしながら、目を輝かせて言った。
「あんたの愛用の杖、素材は間違いなく超一級品だ。でも、杖の芯にある魔力結晶を固定する台座の設計が、致命的に古すぎる。ここで膨大なエネルギーロスが発生してる。私の作ったこの『魔力集束ベアリング』を組み込めば、あんたの魔法の威力、計算上、最低でも1.5倍にはなるよ!やってやろうか?」

悪意のない、純粋な善意からの、技術者としての「正論」。
しかし、その二つの正論は、ゼフの心を、容赦なく粉々に打ち砕いた。
自分の術式も、自分の愛用の杖も、この若者たちから見れば、もはや時代遅れの「ガラクタ」なのだ。自分が生涯をかけて築き上げてきた、プライドの全てが、ただの陳腐な遺物に過ぎないと、宣告されたのだ。

「……帰れ」

ゼフは、震える声で、それだけ言うと、まるで糸が切れた人形のように、再び安楽椅子に深く沈み込み、自分の殻に閉じこもってしまった。



塔から追い出されたフィオ-ナとベルは、途方に暮れていた。
「なんで、あんなに怒るのよ。もっと良くしてあげようと思っただけなのに」
「合理的な提案をしただけなのに、理解不能。人間の感情回路は、やはりバグが多いわ」
その様子を見ていたカインが、深いため息をついた。彼の顔には、若者たちへの憐れみと、老賢者への共感が入り混じった、複雑な色が浮かんでいた。
「お前たちには、まだ分からんのだろうな。あの人にとって、あの術式や杖は、ただの道具じゃない。彼が生きてきた、その人生そのものなんだ。それを、いとも簡単に否定されれば、誰だって怒る」
その、カインの言葉を遮るように。

カーン!カーン!カーン!

谷の外れから、異常事態を告げる、甲高い警鐘の音が、狂ったように鳴り響き始めた。
一行がハッとしてそちらに視線を向けると、森の木々の向こうに、冷酷な鷲を象った、帝国の旗が、嘲笑うかのように、はためいているのが見えた。
物語は、ゼフのプライドがズタズタに引き裂かれ、さらに外部からの脅威が容赦なく迫るという、最悪の状況で幕を閉じる。
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