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第三部:最後のミステリー
第15話「解けない謎と、僕らの答え」
しおりを挟む麗華さんの澄んだ声が、冬の冷たい夜気に物語の最後の言葉を紡ぎ出す。
「…空色うさぎはもう一人ぼっちではありませんでした。たくさんの星のしずくたちがいつでもそのそばで、キラキラと輝いていたからです。おしまい」
彼女がそう言って優しく絵本を閉じた瞬間、世界は完全な静寂に包まれた。風の音も遠い街の喧騒も何も聞こえず、ただ俺たちの吐く息の白さだけが頼りない街灯の光に照らし出されている。
その静寂を最初に破ったのは電脳の悲鳴のような声だった。
「来た!映像、来ます!」
俺たちは一斉に公園の中央に鎮座するあの奇妙な機械へと駆け寄った。それまでノイズの砂嵐しか映し出していなかったモニターの中央に、淡い光の粒子が渦を巻くように集まり始めている。ノイズが晴れていき、何かの輪郭が像を結ぼうとしていた。
そして一瞬だけ、ほんの一瞬だけその映像は鮮明になった。
そこに映っていたのは一人の少女だった。白いワンピースを着たおかっぱ頭の小さな女の子。彼女は少しはにかむように、でも心の底から嬉しそうに微笑んでいた。その瞳は涙で濡れていたけれど、その奥には夜空のすべての星を集めたような美しい光が宿っていた。
ソラちゃん。会ったこともないのに俺たちはすぐに分かった。
彼女の小さな唇がゆっくりと動く。声は聞こえない。だが俺たちにははっきりとその言葉が読み取れた。
『あ・り・が・と・う』
その言葉を残し、彼女の微笑む顔は再び優しい光の粒子となってノイズの嵐の中へと溶けるように消えていった。モニターはまた元の意味のない砂嵐を映し出している。だが俺たちの網膜には、確かに彼女の最後の笑顔が焼き付いていた。
「ああ…」と麗華さんがその場に泣き崩れる。権田さんがその大きな手で何度も自分の顔を拭っている。電脳のスピーカーからはもう何の音も聞こえない。
その時だった。誰かが空を指差した。見上げると信じられない光景が広がっていた。
凍てついた冬の夜空からハラハラと光が舞い落ちてくる。雪ではない。それは温かくそして柔らかな光の粒子、光の雨だ。その雨は俺たちの冷え切った頬を優しく撫で、そして涙の跡をそっと溶かしていくようだった。それは空にいる妹からの、不器用な兄とその大切な仲間たちへの精一杯の返事。「あなたの想いはちゃんと届いたよ」と告げる温かい光のメッセージだった。
俺たちは皆言葉もなく、ただ天を仰ぎその奇跡のような光の祝福を浴び続けていた。
光の中で権田さんが何かに気づいた。彼がずっと守り続けていたあのブランコの真下の地面。彼がきれいに掃き清めたはずのその土がほんの少しだけ盛り上がっている。彼はまるで何かに導かれるようにそこに膝をつき、そして凍った土を素手で掘り始めた。冷たさも痛みも忘れて彼は無心に掘り続ける。やがて彼の指先が硬い何かに触れた。出てきたのは錆びついたブリキのお菓子の缶、タイムカプセルだった。
権田さんがその蓋を緊張した手つきで開ける。中にはビニールに大切に包まれた一枚の古い画用紙が入っていた。権田さんはそれをそっと取り出し、そして隣に立つ影山さんに手渡した。影山さんは震える手でその画用紙を受け取った。
そこに描かれていたのはクレヨンで描かれた拙い愛情に満ちた二人の人物の絵。大きな男の子とその手にしっかりと繋がれた小さな女の子。そしてその絵の隅には子供の丸い字でこう書かれていた。
『おにいちゃんと、ずっといっしょ』
その一文を見た瞬間、影山さんの心の中にあった最後のダムが決壊した。
「う…ああ……あああああ……!」
彼はその絵を胸に強く抱きしめ、そして天を仰ぎ嗚咽した。それはもう後悔の涙ではなかった。長い長い冬の時代が終わりようやく彼のもとに訪れた、春の雪解けの涙だった。彼は泣きじゃくりながら空に向かって叫んだ。その声は感謝とそしてありったけの愛に満ちていた。
「…ありがとう、ソラ…。ありがとう…!」
光の雨はいつの間にか止んでいた。空にはただ静かでそして優しい冬の星空が広がっているだけだった。
◇
【エピローグ】
あの日を境に、俺たちの周りで起きていたすべての不思議な現象はまるで嘘だったかのようにぴたりと止んだ。壁から聞こえていた泣き声はもう聞こえず、パソコンの画面に悲しい言葉が浮かぶこともない。写真の中の少女が動くことももうなかった。
結局ソラが何だったのか、その真相は誰にも分からないままだ。彼女は幽霊だったのか、それとも別の次元の存在だったのか。俺たちが見た光や影は一体何だったのか。それは俺たちにとって永遠に「解けない謎」として残された。
だがそれでよかった。俺たちは知っている。大切なのは謎の答えを見つけることじゃない、その謎にどう向き合うかだ。俺たちの出した「答え」はハチャメチャで非科学的で、そしてひどく滑稽だったかもしれない。でもきっとそれが唯一の正解だったのだと今はそう信じている。
あれから数週間が過ぎた。冬の柔らかな陽射しが差し込むミステリー研究会の事務所には、以前と変わらない日常がある。いや少しだけ違う。以前よりもほんの少しだけ優しく、そして温かい日常が。
「ボス、またこのコーヒー一段とまずくなってませんか?」
「何を言うか麗華君。これはコロンビア産の豆のポテンシャルを最大限に引き出した至高の一杯だぞ」
「だったらそのポテンシャルとやらを半分くらいに抑えてくれよ!」
「権田さんそれは失礼ですよ。ですが僕の味覚センサーの分析結果も泥水との判定です」
「なんだと電脳!」
俺はそのくだらないやり取りを聞きながら、影山さんが淹れてくれたコーヒーを一口啜った。うん、やっぱりまずい。でもそのまずさが今はどうしようもなく愛おしい。
俺はあの日この怪しげな事務所の扉を開けた。それは灰色の日常から逃げ出すためのほんの気まぐれだった。だが俺はここで見つけたのだ。世界で一番奇妙で面倒で、そしてかけがえのない家族を。
窓の外では冬の木枯らしが吹き抜けていく。だがこの事務所の中は不思議と温かい。俺は手の中のコーヒーカップをそっと握りしめた。この温かさがあればきっとどんな謎もどんな未来も乗り越えていける。
俺はもう一人じゃないのだから。
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