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第1部:出会いと勘違いの旅路
第30話:王女との謁見
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アダマンタイトで装甲され、もはや戦車と見紛うばかりの威容を誇るようになった『フェンリル』は、整備された石畳の街道を滑るように疾走していた。車内では、相変わらずアレクが自作の英雄譚を熱唱し、レオンが逆さまの地図を片手に明後日の方向を指し示し、ゴードンが車の揺れに小さな悲鳴を上げ、ユウとリリアが日本の歌でデュエットするという、日常と化した混沌が繰り広げられている。
その全てを一身に受け止め、シルフィアはもはやツッコミを入れることさえ諦め、ただ静かに窓の外を眺めていた。彼女の心は、不思議なほど穏やかだった。このどうしようもない騒がしさが、自分を満たしている温かいものであることを、彼女はもう知っていたからだ。
そんな彼らの旅路に、一つの大きな転換点が訪れようとしていた。
最後の丘を越えた瞬間、一行の目に、信じがたい光景が飛び込んできた。
地平線の彼方まで続く広大な平野の中心に、天を突くほどの巨大な城壁が、まるで大地から直接生えてきたかのように聳え立っている。その城壁は、これまで見てきたどの街のそれとも比較にならないほど高く、厚く、そして何より、白く輝いていた。城壁の内側には、統一された様式の美しい街並みが整然と広がり、その中心には、雲を突き抜けるかのような純白の尖塔を持つ、巨大な王城が神々しくそびえ立っている。
「あれが……王都……」
誰かが、ごくりと唾を飲む音がした。
車内の喧騒が、嘘のように静まり返る。アレクの歌も、レオンの知的な呟きも、ゴードンの怯えも、ユウとリリアのデュエットも、その圧倒的なまでの荘厳さを前にして、ぴたりと止んだ。
「すっげー……。今まで見てきた街と、レベルが違うな」
ユウの素直な感想が、全員の気持ちを代弁していた。これまでの街が持つ「生命力」や「活気」とは質の違う、もっと格調高く、揺るぎない「秩序」と「権威」の匂いが、遠く離れたこの場所まで漂ってくるようだった。
城門に近づくにつれ、その格の違いはさらに明らかになる。門を守る衛兵たちの鎧は、寸分の隙もなく磨き上げられた白銀の全身鎧で統一され、その立ち姿には歴戦の猛者だけが持つ隙のない空気が漂っていた。行き交う人々の服装も、これまでの街とは明らかに違う。上質な布地で作られた洗練されたデザインの服を身にまとい、その歩き方一つとっても、どこか誇り高い雰囲気が感じられた。
そして、この王都において、一行の乗る改造フェンリルは、これまで以上に異質な存在として人々の視線を集めることになった。
「止まれ! その奇怪な鉄の塊は何だ!」
案の定、城門で屈強な衛兵たちに行く手を阻まれる。彼らは一斉に槍の穂先をフェンリルに向け、その瞳には強い警戒の色が浮かんでいた。これまでならば、ユウが「えー、通してよー」と一言言い、アレクが「我らはSランクパーティ!」と名乗りを上げれば、なんだかんだで通れてきた。しかし、ここは王都。ルールは絶対だった。
一触即発の空気が流れる中、助手席の窓からリリアがひょっこりと顔を出した。
「まあまあ、お堅いことはおっしゃらずに。わたくしたちは、アシュフォード家の商会の者ですわ」
彼女はそう言うと、アシュフォード家の紋章が刻印された豪奢な身分証を提示した。それを見た衛兵隊長の厳しい顔つきが、わずかに和らぐ。
「アシュフォード家……。あの豪商の。なるほど、ドワーフの国から仕入れた最新式の魔導馬車か。噂には聞いていたが、これほどとはな」
隊長は、勝手な解釈で納得すると、「通ってよし。だが、都の中では騒ぎを起こすな」と、厳かに告げた。
こうして一行は、ユウの規格外の「力」でも、アレクの「名声」でもなく、リリアの「財力と家名」という、これまでとは全く質の異なる力によって、王都への門を通過した。それは、この王都という場所が、個人の武勇伝だけでは通用しない、もっと複雑で巨大な社会システムによって支配されていることを、暗に示唆していた。
王都の中央に位置する冒険者ギルドは、その壮麗な外観からして、地方のそれとは一線を画していた。大理'石の柱が支える高い天井、ステンドグラスから差し込む荘厳な光、磨き上げられた床。しかし、その豪華な内装とは裏腹に、ギルド内に漂う空気は、ひどく張り詰めていた。
屈強な冒険者たちが、エールを飲みながらも、その視線は鋭く、会話の声もどこか押し殺されている。依頼掲示板の前も、なぜか中央部分だけがぽっかりと空き、誰もがその一角を遠巻きに眺めているようだった。
「なんだか、ピリピリしてるわね」
リリアの呟きに、シルフィアも頷く。
その不自然な空間の中心、一番目立つ場所に、一枚だけ、古びた羊皮紙の依頼書が貼られていた。その紙には、この国の王家の紋章が、深紅の蝋で厳かに押されている。
依頼書の内容を読み上げたアレクの声が、緊張気味に震えた。
「依頼内容……『国王陛下の原因不明の病、その原因を究明せよ』。難易度……SSS級。成功報酬は、依頼達成者の望みのまま。ただし……失敗は、死を意味する」
その言葉に、ゴードンが「ひぃっ!」と小さな悲鳴を上げた。周囲の冒険者たちが、一行に同情と好奇の入り混じった視線を向けるのが分かった。「また命知らずが来たぜ」「王宮の依頼なんかに手を出すからだ」「下手に首を突っ込んだら、濡れ衣を着せられてギロチン行きだぞ」そんな囁き声が聞こえてくる。
この街の冒険者たちが恐れているのは、依頼の難易度だけではない。国王の病という、国の根幹に関わる問題。そこには、政治的な思惑や貴族間の権力闘争といった、剣や魔法では解決できない、もっと根深く、危険な闇が渦巻いているのだ。彼らはそれを肌で感じ取っていた。
ユウは「へー、なんか面倒くさそうだなあ」と、全く興味がなさそうに鼻をほじっている。しかし、彼の隣で、一人の男の魂が、熱く燃え上がっていた。
アレクだった。
彼は腕を組み、その彫刻のような顔に、悲壮なまでの決意を浮かべると、ギルド中に響き渡る声で、高らかに宣言した。
「国王が倒れ、民が不安に怯えている! この国の危機を、Sランクパーティである我々が救わずして、誰が救うというのだ!」
彼は、迷いなき足取りで掲示板へと進み出ると、周囲の冒険者たちのどよめきを浴びながら、そのSSS級の依頼書を、ビリッ!と力強く剥ぎ取った。
「や、やりましたな、アレク殿!」とゴードンが涙ぐみ、レオンも「フッ。血が騒ぐな」と不敵に笑う。
その暑苦しいまでの正義感と仲間たちのノリに、ユウは完全に乗り遅れていた。「え、マジでやんの?」。しかし、その隣で、リリアが彼の耳元で悪魔のように囁いた。
「王宮の宝物庫って、すごいお宝が眠ってるらしいわよ? 伝説の武器とか、失われた魔法のアイテムとか……」
その言葉に、ユウの目がカッと見開かれた。
「マジで!? よっしゃ、やるか! 宝探しだ!」
こうして、一人は純粋すぎる正義感から、一人は不純すぎる物欲から、この王都で最も危険な依頼を受けることが、満場一致で決定した。そのあまりに軽々しい決定に、シルフィアはもはや何も言う気になれず、ただ、これから待ち受けるであろう更なる混沌を思い、静かに天を仰ぐのだった。
依頼書を受け取った一行の元へ、すぐに王宮からの使者が現れた。仰々しい装飾の施された馬車に乗り込み、彼らが案内されたのは、王都の中心に聳え立つ、純白の王城だった。
城の内部は、豪華絢爛という言葉ですら生ぬるいほどの、壮麗な空間だった。どこまでも続く長い廊下の床は、寸分の狂いもなく磨き上げられた一枚岩の大理'石でできており、一歩進むごとに、自分たちの姿が鏡のように映り込む。壁には、歴代の王たちの威厳に満ちた肖像画や、神話の一場面を描いた巨大なタペストリーが飾られ、天井からは、数千の水晶が輝く巨大なシャンデリアが、まるで天の川のように吊り下げられていた。
しかし、そのあまりの豪華さとは裏腹に、城の中には人の気配がほとんどなく、冷たく、重苦しい空気が漂っている。聞こえるのは、自分たちの足音と、一定間隔で配置された近衛騎士たちの、鎧が擦れる微かな金属音だけ。その全てが、この場所に渦巻く問題の根深さを物語っているようだった。
やがて、一行はひときわ巨大な扉の前で足を止め、使者によって謁見の間へと通された。
広大な空間。高い天井。壁際には、微動だにしない近衛騎士たちがずらりと整列している。その視線は、まるで値踏みをするかのように冷たく、一行に突き刺さる。歴戦の冒険者であるアレクでさえ、その場の圧倒的な雰囲気に気圧され、ごくりと喉を鳴らした。
玉座は空だった。国王は病床に伏しているのだ。一行が玉座の前で待っていると、やがて、奥の扉が静かに開き、一人の人物が姿を現した。
それは、国王ではなかった。
現れたのは、年の頃はシルフィアたちとさほど変わらない、一人の女性だった。
長く、艶やかな銀色の髪が、床に敷かれた深紅の絨毯の上を滑る。彼女が纏う純白のドレスには、華美な装飾はない。しかし、その布地の上質さと、完璧なまでの着こなしが、逆に彼女の存在感を際立たせていた。
そして、何よりも印象的だったのは、その瞳だった。深く、澄み切った青い瞳。それは、まるで凍てついた湖面のように静かでありながら、その奥には全てを見透かすような、怜悧な光が宿っていた。
彼女が歩くだけで、それまで張り詰めていた謁見の間の空気が、さらにピンと張り詰めるのが分かった。
彼女は玉座の横に立つと、静かに、しかし、その場の全ての人間を支配するような、よく通る声で名乗った。
「私がこの国の第一王女、イザベラ。父である国王に代わり、現在、政務の一切を預かっています。あなたたちが、依頼を受けてくれた冒険者ですね」
その有無を言わせぬ絶対的なオーラ。それは、個人の武力や財力とは全く異質の、「権威」と「血統」だけが放つことができる、抗いがたい力だった。アレクも、レオンも、その気高さと威厳の前に、完全に呑まれていた。
その中で、シルフィアは、イザベラの姿に、かつての自分を重ね合わせていた。
(ああ、そうだ。私も、かつては……)
民の前に立つ時の、一分の隙も見せられない緊張感。一つの言葉、一つの仕草が、国そのものを表すという重圧。自分が「王女」という役割を演じきらなければならないという、息の詰まるような毎日。
彼女は、自分がこの旅に出て、どれだけその重圧から自由になっていたかを、今、この瞬間、痛いほどに思い知らされていた。忘れていた緊張感で、自然と背筋が伸びるのを感じた。
謁見の間を支配する、氷のような静寂。
その中で、ただ一人、ユウだけが、全く違う次元で物事を考えていた。
(うわ、こっちの姫様も、とんでもない美人だな。シルフィアちゃんやリリアちゃんとは違う、クールビューティー系か。でも、なんかちょっと怖そう。友達になれるかな……)
物語の新たな歯車が、この国の運命を、そして一行の旅路を、大きく揺るがすであろう一人の王女の登場によって、静かに、しかし、確実に回り始めた瞬間だった。
その全てを一身に受け止め、シルフィアはもはやツッコミを入れることさえ諦め、ただ静かに窓の外を眺めていた。彼女の心は、不思議なほど穏やかだった。このどうしようもない騒がしさが、自分を満たしている温かいものであることを、彼女はもう知っていたからだ。
そんな彼らの旅路に、一つの大きな転換点が訪れようとしていた。
最後の丘を越えた瞬間、一行の目に、信じがたい光景が飛び込んできた。
地平線の彼方まで続く広大な平野の中心に、天を突くほどの巨大な城壁が、まるで大地から直接生えてきたかのように聳え立っている。その城壁は、これまで見てきたどの街のそれとも比較にならないほど高く、厚く、そして何より、白く輝いていた。城壁の内側には、統一された様式の美しい街並みが整然と広がり、その中心には、雲を突き抜けるかのような純白の尖塔を持つ、巨大な王城が神々しくそびえ立っている。
「あれが……王都……」
誰かが、ごくりと唾を飲む音がした。
車内の喧騒が、嘘のように静まり返る。アレクの歌も、レオンの知的な呟きも、ゴードンの怯えも、ユウとリリアのデュエットも、その圧倒的なまでの荘厳さを前にして、ぴたりと止んだ。
「すっげー……。今まで見てきた街と、レベルが違うな」
ユウの素直な感想が、全員の気持ちを代弁していた。これまでの街が持つ「生命力」や「活気」とは質の違う、もっと格調高く、揺るぎない「秩序」と「権威」の匂いが、遠く離れたこの場所まで漂ってくるようだった。
城門に近づくにつれ、その格の違いはさらに明らかになる。門を守る衛兵たちの鎧は、寸分の隙もなく磨き上げられた白銀の全身鎧で統一され、その立ち姿には歴戦の猛者だけが持つ隙のない空気が漂っていた。行き交う人々の服装も、これまでの街とは明らかに違う。上質な布地で作られた洗練されたデザインの服を身にまとい、その歩き方一つとっても、どこか誇り高い雰囲気が感じられた。
そして、この王都において、一行の乗る改造フェンリルは、これまで以上に異質な存在として人々の視線を集めることになった。
「止まれ! その奇怪な鉄の塊は何だ!」
案の定、城門で屈強な衛兵たちに行く手を阻まれる。彼らは一斉に槍の穂先をフェンリルに向け、その瞳には強い警戒の色が浮かんでいた。これまでならば、ユウが「えー、通してよー」と一言言い、アレクが「我らはSランクパーティ!」と名乗りを上げれば、なんだかんだで通れてきた。しかし、ここは王都。ルールは絶対だった。
一触即発の空気が流れる中、助手席の窓からリリアがひょっこりと顔を出した。
「まあまあ、お堅いことはおっしゃらずに。わたくしたちは、アシュフォード家の商会の者ですわ」
彼女はそう言うと、アシュフォード家の紋章が刻印された豪奢な身分証を提示した。それを見た衛兵隊長の厳しい顔つきが、わずかに和らぐ。
「アシュフォード家……。あの豪商の。なるほど、ドワーフの国から仕入れた最新式の魔導馬車か。噂には聞いていたが、これほどとはな」
隊長は、勝手な解釈で納得すると、「通ってよし。だが、都の中では騒ぎを起こすな」と、厳かに告げた。
こうして一行は、ユウの規格外の「力」でも、アレクの「名声」でもなく、リリアの「財力と家名」という、これまでとは全く質の異なる力によって、王都への門を通過した。それは、この王都という場所が、個人の武勇伝だけでは通用しない、もっと複雑で巨大な社会システムによって支配されていることを、暗に示唆していた。
王都の中央に位置する冒険者ギルドは、その壮麗な外観からして、地方のそれとは一線を画していた。大理'石の柱が支える高い天井、ステンドグラスから差し込む荘厳な光、磨き上げられた床。しかし、その豪華な内装とは裏腹に、ギルド内に漂う空気は、ひどく張り詰めていた。
屈強な冒険者たちが、エールを飲みながらも、その視線は鋭く、会話の声もどこか押し殺されている。依頼掲示板の前も、なぜか中央部分だけがぽっかりと空き、誰もがその一角を遠巻きに眺めているようだった。
「なんだか、ピリピリしてるわね」
リリアの呟きに、シルフィアも頷く。
その不自然な空間の中心、一番目立つ場所に、一枚だけ、古びた羊皮紙の依頼書が貼られていた。その紙には、この国の王家の紋章が、深紅の蝋で厳かに押されている。
依頼書の内容を読み上げたアレクの声が、緊張気味に震えた。
「依頼内容……『国王陛下の原因不明の病、その原因を究明せよ』。難易度……SSS級。成功報酬は、依頼達成者の望みのまま。ただし……失敗は、死を意味する」
その言葉に、ゴードンが「ひぃっ!」と小さな悲鳴を上げた。周囲の冒険者たちが、一行に同情と好奇の入り混じった視線を向けるのが分かった。「また命知らずが来たぜ」「王宮の依頼なんかに手を出すからだ」「下手に首を突っ込んだら、濡れ衣を着せられてギロチン行きだぞ」そんな囁き声が聞こえてくる。
この街の冒険者たちが恐れているのは、依頼の難易度だけではない。国王の病という、国の根幹に関わる問題。そこには、政治的な思惑や貴族間の権力闘争といった、剣や魔法では解決できない、もっと根深く、危険な闇が渦巻いているのだ。彼らはそれを肌で感じ取っていた。
ユウは「へー、なんか面倒くさそうだなあ」と、全く興味がなさそうに鼻をほじっている。しかし、彼の隣で、一人の男の魂が、熱く燃え上がっていた。
アレクだった。
彼は腕を組み、その彫刻のような顔に、悲壮なまでの決意を浮かべると、ギルド中に響き渡る声で、高らかに宣言した。
「国王が倒れ、民が不安に怯えている! この国の危機を、Sランクパーティである我々が救わずして、誰が救うというのだ!」
彼は、迷いなき足取りで掲示板へと進み出ると、周囲の冒険者たちのどよめきを浴びながら、そのSSS級の依頼書を、ビリッ!と力強く剥ぎ取った。
「や、やりましたな、アレク殿!」とゴードンが涙ぐみ、レオンも「フッ。血が騒ぐな」と不敵に笑う。
その暑苦しいまでの正義感と仲間たちのノリに、ユウは完全に乗り遅れていた。「え、マジでやんの?」。しかし、その隣で、リリアが彼の耳元で悪魔のように囁いた。
「王宮の宝物庫って、すごいお宝が眠ってるらしいわよ? 伝説の武器とか、失われた魔法のアイテムとか……」
その言葉に、ユウの目がカッと見開かれた。
「マジで!? よっしゃ、やるか! 宝探しだ!」
こうして、一人は純粋すぎる正義感から、一人は不純すぎる物欲から、この王都で最も危険な依頼を受けることが、満場一致で決定した。そのあまりに軽々しい決定に、シルフィアはもはや何も言う気になれず、ただ、これから待ち受けるであろう更なる混沌を思い、静かに天を仰ぐのだった。
依頼書を受け取った一行の元へ、すぐに王宮からの使者が現れた。仰々しい装飾の施された馬車に乗り込み、彼らが案内されたのは、王都の中心に聳え立つ、純白の王城だった。
城の内部は、豪華絢爛という言葉ですら生ぬるいほどの、壮麗な空間だった。どこまでも続く長い廊下の床は、寸分の狂いもなく磨き上げられた一枚岩の大理'石でできており、一歩進むごとに、自分たちの姿が鏡のように映り込む。壁には、歴代の王たちの威厳に満ちた肖像画や、神話の一場面を描いた巨大なタペストリーが飾られ、天井からは、数千の水晶が輝く巨大なシャンデリアが、まるで天の川のように吊り下げられていた。
しかし、そのあまりの豪華さとは裏腹に、城の中には人の気配がほとんどなく、冷たく、重苦しい空気が漂っている。聞こえるのは、自分たちの足音と、一定間隔で配置された近衛騎士たちの、鎧が擦れる微かな金属音だけ。その全てが、この場所に渦巻く問題の根深さを物語っているようだった。
やがて、一行はひときわ巨大な扉の前で足を止め、使者によって謁見の間へと通された。
広大な空間。高い天井。壁際には、微動だにしない近衛騎士たちがずらりと整列している。その視線は、まるで値踏みをするかのように冷たく、一行に突き刺さる。歴戦の冒険者であるアレクでさえ、その場の圧倒的な雰囲気に気圧され、ごくりと喉を鳴らした。
玉座は空だった。国王は病床に伏しているのだ。一行が玉座の前で待っていると、やがて、奥の扉が静かに開き、一人の人物が姿を現した。
それは、国王ではなかった。
現れたのは、年の頃はシルフィアたちとさほど変わらない、一人の女性だった。
長く、艶やかな銀色の髪が、床に敷かれた深紅の絨毯の上を滑る。彼女が纏う純白のドレスには、華美な装飾はない。しかし、その布地の上質さと、完璧なまでの着こなしが、逆に彼女の存在感を際立たせていた。
そして、何よりも印象的だったのは、その瞳だった。深く、澄み切った青い瞳。それは、まるで凍てついた湖面のように静かでありながら、その奥には全てを見透かすような、怜悧な光が宿っていた。
彼女が歩くだけで、それまで張り詰めていた謁見の間の空気が、さらにピンと張り詰めるのが分かった。
彼女は玉座の横に立つと、静かに、しかし、その場の全ての人間を支配するような、よく通る声で名乗った。
「私がこの国の第一王女、イザベラ。父である国王に代わり、現在、政務の一切を預かっています。あなたたちが、依頼を受けてくれた冒険者ですね」
その有無を言わせぬ絶対的なオーラ。それは、個人の武力や財力とは全く異質の、「権威」と「血統」だけが放つことができる、抗いがたい力だった。アレクも、レオンも、その気高さと威厳の前に、完全に呑まれていた。
その中で、シルフィアは、イザベラの姿に、かつての自分を重ね合わせていた。
(ああ、そうだ。私も、かつては……)
民の前に立つ時の、一分の隙も見せられない緊張感。一つの言葉、一つの仕草が、国そのものを表すという重圧。自分が「王女」という役割を演じきらなければならないという、息の詰まるような毎日。
彼女は、自分がこの旅に出て、どれだけその重圧から自由になっていたかを、今、この瞬間、痛いほどに思い知らされていた。忘れていた緊張感で、自然と背筋が伸びるのを感じた。
謁見の間を支配する、氷のような静寂。
その中で、ただ一人、ユウだけが、全く違う次元で物事を考えていた。
(うわ、こっちの姫様も、とんでもない美人だな。シルフィアちゃんやリリアちゃんとは違う、クールビューティー系か。でも、なんかちょっと怖そう。友達になれるかな……)
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現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
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