滅びた国の絶望王女が勇者を探していたので、俺(勇者)も一緒に探してみることにした件

Gaku

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第1部:出会いと勘違いの旅路

第29話:王都への道

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鉄の獣『フェンリル』は、街道をひた走っていた。
その走りは、もはや芸術の域に達していると言ってもよかった。Sランク魔法使いと高位神官をわずか五分で再起不能(リタイア)に追い込んだ驚異的な燃費の悪さは、ユウという名の規格外の超大容量バッテリーを得たことで、完全に解決されていた。
運転席では、ユウが魔力供給の片手間に干し肉を頬張り、助手席のリリアと「前世で好きだったポテチの味」について熱く語り合っている。その後部座席は、文明の利器がもたらした快適さとは裏腹に、今日も今日とて、この世の混沌を煮詰めて固めたような、凄まじいカオス空間と化していた。

全ての始まりは、ゴードンの小さな悲鳴だった。
「ひぃぃぃっ! い、今、何か黒いものが窓の外を横切りましたぞ!」
馬車の数倍はあろうかという速度で走る車窓から、一体何が見えたというのか。しかし、彼の悲鳴は、パーティの良心であり、そして最大の厄介者である男の正義の魂に、いともたやすく火をつけた。
「なにぃ!? 黒いものだと、ゴードン! それはもしや、この世の悪意が凝縮され具現化した存在、闇の魔物ではないのか!?」
「そ、それです! きっとそうですぞ、アレク殿!」
「よし、ユウ殿! 車を止めよ! このアレク、いかなる小さな悪の芽であろうと、見過ごすわけにはいかん!」
「えー、めんどくさいなあ。ただのカラスじゃないの?」
ユウの冷静なツッコミも、一度燃え上がったアレクの正義の炎の前では、焼け石に水だった。結局、フェンリルは街道の脇に止められ、アレクはゴードンを伴って物々しく周囲の捜索を開始した。その間、シルフィアは「はぁ……」と、この旅で何度ついたか分からない深いため息をつき、レオンはどこ吹く風で、膝の上の地図を眺めている。
数分後、アレクが意気揚々と戻ってきた。その手には、震えるゴードンと、そして一羽の真っ黒な鳥が握られていた。
「見よ、皆の者! 闇の魔物の正体は、この邪悪なる使い魔であった!」
「いや、だから、ただのカラスだって……」
ユウが呆れる中、シルフィアもこめかみを押さえた。しかし、このパーティの混沌は、まだ序の口だった。
「フッ。アレク、早まるな」
それまで黙っていたレオンが、すっと立ち上がり、知的な雰囲気を漂わせながら言った。
「その鳥が、ただのカラスではない可能性も考慮すべきだ。古代魔法文明には、鳥型の偵察ゴーレムが存在したという記録もある。まずは私が、その構造を解析してみよう」
「おお! さすがはレオン! 頼んだぞ!」
レオンは自信満々にカラスを受け取ると、その小さな頭に手をかざし、目を閉じて魔力解析を始めた。その姿は、いかにも高位の魔法使いといった風格に満ちている。
そして、三十秒後。彼はゆっくりと目を開くと、確信に満ちた声で、こう結論づけた。
「……間違いない。これは、ただのカラスだ」
「「「知ってたわ(よ)!!!!!」」」
シルフィアとリリアの絶叫が、のどかな街道に響き渡った。
ユウは腹を抱えて笑い転げ、アレクは「そうか!ただのカラスに擬態するとは、なんと狡猾な!」と、もはやポジティブシンキングの怪物と化している。
このどうしようもない時間の浪費を経て、一行は再び王都への道を進み始めた。
車内は、先ほどの騒動が嘘のように静まり返っていた。いや、静まり返っているのは、疲労困憊でぐったりしているシルフィアと、何事もなかったかのように読書を始めたリリアだけだった。
混沌は、第二幕へと移行していたのだ。

「♪せ~いぎは~、かならず~、か~つ~のだ~~~!」

突如として始まった、アレクの魂の熱唱。それは、吟遊詩人が歌う英雄譚を、さらに百倍ほど暑苦しくしたようなオリジナルソングだった。しかも、絶望的なまでに音痴だった。高音はカエルの鳴き声のように裏返り、低音は地響きのように唸る。その破壊的な歌声が、狭い車内に暴力的に響き渡った。
「アレク! 少し静かになさい! 歌うなら、せめてもう少し小さな声で!」
シルフィアの悲痛な叫びも、自分の歌の世界に没入しているアレクには届かない。彼は、天井に何度も頭をぶつけながら、身振り手振りを交えて熱唱を続けている。
その横では、レオンが膝の上の地図を広げ、自信満々に進路を指し示していた。
「フッ。我がナビゲートに間違いはない。このまま街道を真っ直ぐ進めば、三日後には王都の南門に到着するはずだ」
「レオン」と、リリアが静かに、しかし有無を言わせぬ圧力で声をかけた。「その地図、上下逆さまよ。そのままだと、三日後には魔獣がうろつく『嘆きの沼』に到着するわ」
「……なに?」
レオンは、まるで世界の真理が覆されたかのような顔で、地図とリリアの顔を交互に見比べ、やがて小さな声で「……道が、間違っているのか……」と呟いた。
「いいえ、間違っているのはあなたの頭です!」
シルフィアのツッコミが炸裂する。
そして、その混沌に、さらなる混沌が油を注いだ。
運転席のユウと助手席のリリアが、顔を見合わせてニヤリと笑うと、突然、全く脈絡のない、しかしどこか軽快なメロディを口ずさみ始めたのだ。
「♪~~~探しに行こうよ、龍の球をさ!この世でいっとう、愉快な奇跡を!~~~♪」
「♪~~~手に入れろ!伝説の!秘密を!~~~♪」
他のメンバーには全く意味不明な、しかし異常なまでに息の合ったデュエット。それは、この世界には存在しないはずの、日本のアニメソングだった。二人はノリノリで拳を突き上げ、サビの部分では完璧なハモリまで披露している。
音痴な英雄譚、逆さまの地図、正体不明の陽気な歌。
三つの異なる混沌が車内で衝突し、混ざり合い、全く新しい、理解不能なカオス空間を創発していた。
シルフィアは、その全ての混沌を一身に受け止め、もはやツッコミを入れる気力さえ失い、ぐったりとシートに身を沈めた。こめかみが、ズキズキと痛む。
(もう……だめ……。王都に着く前に、私の精神が限界を迎える……)
彼女は、そっと目を閉じた。一人で旅をしていた頃の、あの静寂が、今はひどく恋しい。

どれくらいの時間が経っただろうか。
シルフィアは、ふと意識を取り戻した。あれほど騒がしかった車内は、今は穏やかな静寂に包まれている。恐る恐る目を開けると、そこには、まるで嵐が過ぎ去った後のような、平和な光景が広がっていた。
窓の外は、夕暮れの茜色に染まり始めている。太陽が西の山脈にその身を隠そうとし、空にはオレンジ、紫、そして深い藍色のグラデーションが、巨大なキャンバスに描かれた油絵のように広がっていた。
後部座席では、アレクが鎧の隙間から「むにゃ……せいぎ……」と寝言を漏らしながら、豪快ないびきをかいている。その隣では、レオンが地図を顔に乗せたまま、静かな寝息を立てていた。そのさらに隣では、ゴードンが幸せそうな顔で、おそらくは食べ物の夢でも見ているのだろう。
そして、前の席では。
ユウは、人間バッテリーの役目を果たしながら、こっくりこっくりと舟を漕いでいる。その肩に、助手席のリリアが、安心しきった様子で頭をもたせかけ、すやすやと眠っていた。夕日が、二人の横顔を優しく照らし出している。
その光景を見た瞬間、シルフィアの胸の奥が、また、チクリと痛んだ。
しかし、その痛みは、以前感じたものとは、少しだけ質が違っていた。鋭い棘のような痛みではなく、どこか温かさを伴った、甘く切ない疼き。
(本当に、どうしようもない人たち……)
心の中で、もう一度、同じ言葉を呟く。
しかし、その言葉の響きは、昼間のそれとは全く違って聞こえた。呆れではなく、どこか愛おしさが混じっていることに、彼女自身、気づいていた。
一人だった。
あの灰色の世界で、彼女はずっと一人だった。聞こえるのは、荒野を吹き抜ける風の音と、自分の足音だけ。夜は、底知れない闇と静寂に怯え、眠ることさえままならなかった。
それが、今はどうだろう。
耳障りなはずのアレクのいびきが、今は不思議と心地よいBGMのように聞こえる。意味不明なレオンの寝言も、恐怖でしかなかったゴードンの存在も、この空間を埋める温かい要素の一部となっていた。
そして、前の席の二人。
ユウとリリアの親密な姿は、確かに彼女の胸を締め付ける。でも、その痛みは、もはや彼女を孤独にはしなかった。むしろ、その痛みこそが、自分がこの温かい輪の中に確かに存在している証であり、生きている証なのだと、そう思えた。
この、うるさくて、予測不能で、手のかかる、どうしようもない人たち。
彼らが、自分の凍りついた心を、知らず知らずのうちに溶かしてくれていたのだ。
「(思い通りにならないことばかり……)」
シルフィアは、窓の外を流れる美しい夕景に目を細めた。
そう、この旅は、全く思い通りにならないことの連続だ。でも、一人で全てを背負い、思い通りにしようともがいていたあの頃よりも、今の、このどうしようもないカオスな日常の方が、ずっと、ずっと……。
「(ずっと、幸せ、なのかもしれない)」
そのことに気づいた瞬間、彼女の瞳から、一筋の温かい雫が零れ落ちた。それは、絶望の涙ではなかった。失われた王国の王女としてではなく、ただの「シルフィア」として、この騒々しい「今、この瞬間」を生きている喜びを、彼女は生まれて初めて、心の底から感じていた。
過去への執着でも、未来への不安でもない。ただ、目の前にある、このどうしようもないほど愛おしい日常。それこそが、何よりも尊い宝物なのだと、彼女は夕日に染まる世界の中で、静かに悟るのだった。
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