滅びた国の絶望王女が勇者を探していたので、俺(勇者)も一緒に探してみることにした件

Gaku

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第1部:出会いと勘違いの旅路

第46話:ぶっちゃけ女子トーク

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ギデオンの故郷であった廃村での一日は、まるで分厚い鉛の雲のように、一行の心に重くのしかかっていた。太陽が西の稜線にその身を隠すと、空は悲しいほどに美しい茜色から、深い藍色へとその表情を変えていく。夜の帳が下りるのが、いつもより少しだけ早く感じられた。

一行が野営する焚き火の周りには、気まずさとは少し違う、言葉にならない沈黙が漂っていた。誰もが、ギデオンが語った壮絶な過去という見えない重石を、それぞれの胸の内に抱えていた。遠くで梟が寂しげに鳴く声が、森の静寂を一層深くし、まるでこの土地に眠る無数の魂が、今もすすり泣いているかのようだった。

月明かりが、風に揺れる雑草の海に立つ無数の墓標を、青白く、そしてどこか冷ややかに照らし出している。ひんやりとした夜風が、湿った土と草いきれの匂いを運び、時折、パチパチと音を立てて爆ぜる焚き火の炎だけが、仲間たちの沈んだ顔に暖かな陰影を落としていた。その炎の揺らめきが、まるで誰かの感情のように見えて、シルフィアは思わず目を細めた。

仲間たちがそれぞれのテントに戻り、森が本当の静寂を取り戻した後も、シルフィアは眠れずにいた。借りた毛布にくるまり、焚き火の前で膝を抱える。小さく揺れるオレンジ色の炎を見つめていると、その奥に、燃え盛る故郷の王都の景色が幻のように浮かび上がった。ギデオンが語った過去の絶望が、自らの故郷が蹂躙された日の記憶と重なり、心の奥底が氷水に浸されたように冷たい。

あの男は、涙さえ流せなくなっていた。あまりに巨大すぎる喪失は、人の感情を麻痺させ、涙という名の出口さえも塞いでしまうのだと、シルフィアは痛いほどに理解できた。自分も、そうだったから。

炎の向こうで、ユウが特大の寝袋にくるまり、豪快ないびきをかいているのが見える。どんな悲劇も、どんな絶望も、彼の前ではまるで意味をなさないかのように、彼はただそこに「在る」。あの底抜けの明るさと、世界の理さえも捻じ曲げる理不尽なまでの強さが、今は少しだけ遠くに感じられた。そして同時に、あの温かさがなければ、自分は今頃どうなっていたのだろう、とも思う。

希望、尊敬、感謝。そして、時折胸を締め付ける、名前のつけられない別の何か。シルフィアは、胸の内に広がる複雑な感情の正体が分からず、ただ持て余していた。

その時、背後から草を踏む微かな音と共に、落ち着いた、しかしどこか悪戯っぽい声がかかった。

「眠れないの?」

はっとして振り返ると、そこに立っていたのは王女イザベラだった。彼女の手には、琥珀色の液体が満たされたワインボトルと、月光を反射してきらりと光る二つの銀杯があった。

「こういう静かな夜は、女同士で語り明かすに限るわ。とっておきの秘密の話、しない?」

イザベラは、シルフィアの返事を待たずに、その隣に優雅に腰を下ろす。焚き火の光が、彼女の美しい横顔を照らし出し、その青い瞳に妖しい輝きを与えていた。

イザベラは手際よく二つの杯にワインを注ぐと、一つをシルフィアに差し出した。シルフィアがためらいながらもそれを受け取ると、イザベラは自分の杯を軽く掲げ、まるで昔からの友人にするように、単刀直入に切り出した。

「さて、と。まずは一つ目の秘密から暴かせてもらうわね」

彼女はシルフィアの紫水晶の瞳をじっと見つめ、確信に満ちた声で言った。

「あなた、ただの村娘やそこらの貴族の令嬢じゃないわね。その気品、何気ない言葉遣い、そして、あの男と同じ絶望を知る瞳。どこかのお姫様でしょう?」

核心を突く、という言葉では生ぬるい。まるで心臓を直接掴まれたかのような衝撃に、シルフィアは息をのんだ。隠し通せるとは思っていなかったが、こうもあっさりと、そして真っ直ぐに見抜かれるとは。

シルフィアは観念したように、小さく息を吐いた。

「……はい。私は、シルフィア・エル・ヴァレンシア。今はもう地図の上から消えてしまった、ヴァレンシア王国の最後の王女です」

その告白を聞いても、イザベラの表情は変わらなかった。「そう。やっぱりね」とだけ呟くと、彼女は杯の中のワインを一口含み、夜空を見上げた。

「イザベラ・フォン・エルミナ。エルミナ王国第一王女。よろしくてよ、ヴァレンシアの姫君」

月明かりの下、二人の王女だけの、秘密の夜会が始まった。

イザベラは、王宮での息苦しい日々を語った。物心ついた時から、笑い方も、歩き方も、食べるものさえも、「王女として相応しいか」という物差しで決められてきたこと。感情を殺し、完璧な人形として振る舞うことが、自分に与えられた唯一の役割だと信じて生きてきたこと。

「『王女』という役割は、時に心地よい鎧にもなるけれど、一度着てしまえば、二度と自分自身の力では脱げなくなるの。重くて、息苦しくて、自分が誰なのかさえ分からなくなってしまう」

その言葉は、シルフィアの胸に深く突き刺さった。彼女もまた、「王女」という役割を演じることで自分を保っていた。しかし、国を失い、その役割を剥ぎ取られた時、自分には何も残っていないという虚無感に襲われた。

「私には、もう国もありません。守るべき民も。ただ、『勇者様』を見つけ出し、故郷を再興するという目的のためだけに、私は生きてきました」

育った環境は違えど、生まれながらに与えられた「我」という名の鎧に縛られ、苦しんでいたという共通点が、二人の心の距離を急速に縮めていく。異なる道を歩んできた二つの魂が、焚き火の光の中で静かに共鳴していた。

ワインボトルが半分ほど空になった頃、イザベラは悪戯っぽく微笑むと、探るような目でシルフィアを見つめ、本題に入った。

「さて、と。ここからが、本当の『ぶっちゃけ話』よ」

彼女は少し身を乗り出し、声を潜めて囁いた。

「ユウのこと、どう思っているの?」

その問いに、シルフィアの思考は一瞬、停止した。ユウのこと。それは、考えないようにしていた、最も核心的な問いだった。

「あの方、は……」

シルフィアは、必死で言葉を探した。これまで自分が使ってきた、安全で、正しい言葉を。

「あの方は、伝承の勇者様です。私の、私たちの国を救ってくださる、最後の希望で……」

しかし、その答えを、イザベラは許さなかった。彼女は、シルフィアの言葉を遮るように、静かに、しかし力強く首を振った。

「違う」

その一言が、シルフィアの築いた脆い防壁を打ち砕く。

「私が聞いているのは、『勇者様』という『役割』や『希望』という『概念』の話じゃないわ。『ユウ』という、朝は寝癖が爆発していて、デリカシーの欠片もなくて、でも誰より強くて、誰より優しい、『一人の男』として、あなたはどう思っているのってことよ」

その問いは、シルフィアが今まで頑なに鍵をかけ、無意識に蓋をしていた感情の扉を、乱暴にこじ開けた。

脳裏に、いくつもの光景が洪水のように蘇る。

港町パルミラで、リリアと楽しそうに日本の歌で盛り上がっていたユウの姿を見た時の、胸がチクリと痛む、あの奇妙な感覚。

自分には決して見せない、心の底からの無邪気な笑顔。

海の怪物クラーケンに襲われた時、自分の名を呼んでくれた彼の姿。あの絶望的な状況で、なぜか「ユウ様なら大丈夫だ」と、何の根拠もなく信じていた自分の心。

彼が危険な目に遭うと、心臓が氷の手に握り潰されるように苦しくなる理由。

それは、「希望」や「尊敬」という、綺麗で公的な言葉だけでは、到底説明がつかない、もっと個人的で、身勝手で、そしてどうしようもなく温かい感情だった。

シルフィアが言葉に詰まり、俯いて自分の膝を見つめていると、イザベラは夜空を仰ぎ、まるで夜空に浮かぶ星々に語りかけるかのように、大胆に、そして少しもてらいなく宣言した。

「私は、好きよ」

その言葉に、シルフィアは弾かれたように顔を上げた。

「あの規格外な強さも、世界の常識を全て吹き飛ばすような無邪気さも、見ていて飽きないわ。それに、彼は私のことを『王女』として見ない。ただの『イザベラ』として、雑に、そして対等に扱ってくれる。それがどれほど心地よいことか、あなたなら分かるでしょう?」

イザベラはシルフィアに視線を戻すと、その青い瞳に挑戦的な光を宿して、最後の一押しをする。

「もしあなたが、彼を『国を救うための勇者』という駒としてしか見ていないのなら……遠慮なく、私がいただくけど、いい?」

その挑発的な言葉が、シルフィアの心の中で燻っていた最後の躊躇いを焼き尽くした。

駄目だ。

渡したくない。

誰にも。

その感情が、腹の底からマグマのように湧き上がってくる。それは、王女でも、救国の英雄を探す者でもない、ただの一人の少女の、どうしようもない本音だった。

シルフィアの顔が、焚き火の光のせいだけではない、確かな熱を持って赤く染まっていく。彼女は俯き、長いまつ毛が震えている。やがて、夜の静寂に溶けて消えてしまいそうなほど、か細く、しかし確かな響きを持った声で、呟いた。

「……私も、好き、みたいです」

それは、彼女が初めて「救国の王女」という重い鎧を脱ぎ捨て、一人の少女として、自分の心と真正面から向き合った瞬間だった。その小さな告白は、誰に聞かせるでもない、彼女自身の魂のための言葉だった。

この時、二人の会話の一部始終を、少し離れた大木の陰で、一人の男が聞いてしまっていた。

夜の見張りとして、仲間たちの安全のために周囲を警戒していた、ギデオンその人であった。

元々は、ただの見張りだった。しかし、あまりに生々しく、重要機密と国家機密と恋愛機密が満載すぎる女子トークが始まってしまったことで、彼は動くに動けなくなってしまったのだ。

(やべぇ……)

彼の額からは、滝のような冷や汗が流れていた。

(聞く気は、マジで、これっぽっちも、なかったんだが……とんでもねぇモン聞いちまった!)

まさか、あの堅物そうに見えたシルフィアが、あのユウに。そして、あのエルミナの氷の王女とまで言われるイザベラまでが、同じ男に。そして、自分はその二人の姫君の、あまりにもプライベートすぎる恋バナを、一言一句聞き逃すことなくフルコンプリートしてしまった。

(俺、明日どんな顔してあいつらに会えばいいんだ……? 特にイザベラ様には、聞き耳立ててたなんてバレた日には、社会的に抹殺されるどころの話じゃねえぞ。物理的に、原子レベルで消される……!)

シルフィアとイザベラは、互いの気持ちを打ち明けたことで、むしろ心のわだかまりが消え、どこかスッキリした顔で笑い合っている。その清々しい光景とは裏腹に、ギデオンは自らの存在を気配レベルで完全に消し去り、この場から音もなく離脱することに、全神経を、そして剣士として培ってきた全ての技術を集中させていた。

彼の忍びとしてのスキルが、今、人生で最も無駄な形で、最高レベルで発揮されていた。夜の森に、もう一つ、誰にも知られることのない秘密が、ひっそりと生まれた瞬間だった。
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