コミュ障ぼっちの私の目標は「石」。なのに新学期初日、隣の陽キャ王子に「お前、面白いな!」と絡まれ計画が完全崩壊。

Gaku

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概念使いの憂鬱と言語化不能な太陽

第1話:聖域の定義、あるいは3次元への不干渉条約

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世界は、解像度が粗すぎる。

 それが、僕、秋葉雄太がこの「現実(リアル)」という名のクソゲーに対して抱いている、長年の評価であり、揺るぎない結論だ。  ノイズまみれの環境音、整合性の取れないシナリオ(人間関係)、そして何より、バグだらけのNPC(クラスメイト)たち。これらが複雑怪奇に絡み合う高校二年生の教室という空間は、僕のような「高尚な物語(二次元)」を愛する探求者にとって、致死性の猛毒が充満する危険地帯(ハザードエリア)に他ならない。

 四月。新学期。  窓の外では桜がどうのこうのと、植物の生殖活動の一部である花弁の落下に対して、詩的な感傷を抱くモブたちが騒いでいる。だが、僕の関心事はただ一つ。  いかにして、この一年間、僕の精神的平穏(サンクチュアリ)を維持し、ATフィールドを中和されることなく生存するか。その一点のみだ。

 僕は、教室の中央から物理的に距離を取った席で、分厚い教科書をバリケードのように積み上げ、その内側で密かに『星詠みの魔導騎士』の最新刊を開いていた。  美しい。  イラストレーター神崎先生の描く、ヒロイン・リリアンヌの銀髪の描画コスト。瞳の中に描かれた宇宙。ここには、計算された黄金比と、完璧な調和がある。3次元の不確定要素など微塵もない、約束された感動がある。

「うぇーい! マジクラス替え神じゃね?」 「それなー! カラオケ行こうぜ!」

 教室の前方から、サルの求愛行動にも似た、知性の欠片も感じられない音声データが飛来する。  僕は眉間の皺を深め、眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。  彼らは理解していないのだ。自分たちが消費している時間が、いかに非生産的で、エントロピーの増大にしか寄与していないかを。

 僕は視線を上げることなく、聴覚情報だけでクラス内の勢力図(パワーバランス)を解析する。  カースト上位のリア充グループ。運動部を中心とした武闘派勢力。そして、彼らに迎合するその他大勢。  その中で、僕のセンサーに引っかかる特異点が二つ、観測された。

 一つは、窓際最後列の席。  水無月静(みなづき しずか)。  彼女からは、僕と同質の、いや、あるいは僕以上に強固な「拒絶の波動」を感じる。彼女は今、気配を断ち、背景オブジェクト(石)への擬態を試みているようだ。  そのステルス迷彩の精度は、実に見事だ。クラスの誰も彼女を認識していない。 (……フッ。同志よ。君もまた、この過酷な3次元に絶望した口か)  僕は彼女に対し、一方的な、しかし静かなシンパシーを感じていた。互いに干渉しないことこそが、我々のような隠密種族(ローグクラス)における最大の礼節。彼女とは、良き「無関係」を築けそうだ。

 だが。問題は、もう一つの特異点だ。

「よっ! なあ、隣!」

 教室の空気が、質量を持って歪んだ気がした。  朝陽輝(あさひ てる)。  その男は、歩く核融合炉だった。  彼が発する過剰な光量(ポジティブ・オーラ)は、僕のような日陰生息生物(シェード・ドウェラー)の網膜を焼き尽くす威力を持っている。  あろうことか、彼はあの「石」と同化していた水無月さんに対し、無慈悲なまでのコミュニケーション攻撃(ソーシャル・アタック)を仕掛けていた。

「お前、すっげー静かだな! 面白え! 俺、そういうの好きだぜ!」

 解析不能。  エラー発生。  僕の脳内CPUが、彼の言動のロジックを処理しきれずに悲鳴を上げる。  「静か」=「面白い」?  「無反応」=「好き」?  文法構造が破綻している。彼の辞書には、通常の人間が持つ「空気を読む」という定義ファイルが存在しないのか。

 水無月さんの、世界が崩壊する音が聞こえた気がした。彼女の「石化計画」という防御障壁が、彼の笑顔という名のバンカーバスターによって、粉々に粉砕されていく様を、僕は戦慄と共に見守るしかなかった。

(……危険だ)

 僕は即座に、自身の警戒レベルを最大(フェーズ・レッド)に引き上げた。  あの男に関わってはいけない。  彼の重力圏に捕らわれれば、僕の愛する平穏な二次元ライフは、事象の地平線の彼方へと吸い込まれ、二度と帰ってこられなくなるだろう。

 僕は震える手で『星詠みの魔導騎士』のページをめくった。  リリアンヌが聖剣を構え、敵に立ち向かおうとしている。  そうだ。僕にはこの世界がある。この、半径30センチメートルの聖域さえ守り抜ければ、それでいいのだ。

 しかし、この時の僕はまだ知らなかった。  いかなる聖域も、あの規格外の太陽の前では、雪解けのように無力化されてしまう未来が待っていることを。  そして、僕自身が、あの「意味不明な論理」に、やがて救われる日が来ることを。

 昼休み。  教室の後ろで、朝陽輝が放つ光を、僕はまだ、分厚い眼鏡のレンズ越しに、恐怖というフィルタを通して睨みつけていた。
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