コミュ障ぼっちの私の目標は「石」。なのに新学期初日、隣の陽キャ王子に「お前、面白いな!」と絡まれ計画が完全崩壊。

Gaku

文字の大きさ
18 / 51
概念使いの憂鬱と言語化不能な太陽

第2話:特異点(シンギュラリティ)による因果律干渉

しおりを挟む
五月。  大気中の水分含有量が上昇し、紙媒体の保存状態に深刻な懸念が生じ始めるこの季節。教室内の湿度とともに、スクールカースト上位層の「他者への干渉欲求」もまた、不快指数と比例して上昇傾向にあった。

 昼休み。それは僕にとって、一日の中で最も警戒レベルを引き上げなければならない時間帯(レッド・ゾーン)だ。  僕は自席で、コンビニで購入した栄養補給物質(おにぎり)を摂取しながら、視線を斜め45度の机上に固定していた。そこには、展開された結界――ライトノベル『星詠みの魔導騎士』第7巻がある。  周囲のノイズを遮断し、意識をテクストの彼方へとダイブさせる。それだけが、この過酷な現実空間で自我を保つ唯一の防衛術式(プロトコル)だった。

 だが、その日は違った。  不穏な影が、僕の聖域(サンクチュアリ)に落ちた。

「なあ、秋葉ー。お前さあ、またそんなオタクみたいなの読んでんの?」

 心拍数が急上昇する。背後からの接近を許した。敵性存在の識別信号――クラスのヒエラルキー上位に位置する、いわゆる「イケてる」男子三人組。  彼らの放つ嘲笑の周波数が、僕の鼓膜を不快に震わせる。

(……反応してはいけない。これはただの環境ノイズだ。嵐が過ぎ去るのを待つ植生のように、ただ耐えるんだ)

 僕は脊髄反射で防御態勢(サイレント・モード)に入った。身体を硬直させ、視線を落とす。反論などという選択肢は、僕のコマンドリストには存在しない。彼らの目的は「コミュニケーション」ではなく、「優越感の搾取」なのだから。

「つーかさ、カバンのこれ、何? このピンク頭の女」

 ――ッ!?  あろうことか、彼らの穢れた指先が、僕の鞄にぶら下げていた聖遺物(アーティファクト)に触れた。  それは、ヒロイン・リリアンヌの限定アクリルキーホルダー。僕が始発列車に乗り込み、極寒の待機列という試練を乗り越えて手に入れた、魂の結晶だ。

「うわ、なにこれ。絵じゃん。こんなのに興奮してんの? ロリコンじゃん。やっべー、マジ引くわー」

 思考回路が白熱する。  違う。それは単なる「絵」ではない。彼女は、高潔な精神と過酷な運命を背負った、尊ぶべき存在なのだ。それを、お前たちごときが、汚い言葉で定義するな。  だが、声が出ない。  喉の奥で言葉が凝固し、呼吸すら浅くなる。  悔しさ、恐怖、そして何より、自分の大切なものを守る言葉ひとつ紡げない己の無力さへの絶望。それらが混ざり合ったどす黒い感情が、胃の腑で渦を巻く。

(……誰か。誰か、この理不尽なイベントをスキップしてくれ)

 視界の端に、斜め後ろの席の水無月さんが映った。彼女もまた、食事の手を止め、石像のように固まっている。  そうだ。誰も助けてなどくれない。彼女も、僕も、この教室という生態系においては、捕食されるのを待つだけのプランクトンに過ぎないのだ。

 僕の世界が、灰色に塗りつぶされようとしていた、その時。

「――お前ら、何してんの?」

 その声は、重苦しい空気を一刀両断するビームサーベルのように、鮮やかに響いた。  朝陽輝。  あの、理解不能な太陽が、いつの間にか僕たちの傍らに立っていた。

(……終わった)  僕は絶望的な未来予測演算(シミュレーション)を完了した。  カースト頂点の彼が加われば、嘲笑の火力は倍増する。僕は教室という居場所を完全にロストし、リスポーン不可能なダメージを負うだろう。

 しかし。  彼は、僕の予測演算を、根底から覆した。

「へえ、そのアニメ、面白そうじゃん! 俺、見たことねえや。なんていうタイトルのやつ?」

 ……は?  時が止まった。  いじめっ子たちも、水無月さんも、そして僕自身も。全員のCPUが同時にフリーズした。  彼は、いじめっ子たちを咎めるでもなく、僕を憐れむでもなく。  ただ純粋に、僕のキーホルダーを――リリアンヌを、まるでショーケースの宝石でも見るような、キラキラした瞳で覗き込んでいたのだ。

「な、なんだよ、朝陽……。俺をからかうのは、やめろよ……」

 僕の口から漏れたのは、情けないほどの疑心暗鬼だった。信じられない。この世界に、僕の趣味(サンクチュアリ)に対して、そんな純度100%の好意的関心を向ける「陽キャ」が存在するはずがない。これは高度なトラップだ。

「からかってねえよ。マジで。だってさ、その子、なんかすげーでかい武器持ってんじゃん。何それ、剣? もしかしてビームとか出るの?」

 本気(ガチ)だ。  彼の瞳孔が開いている。興味のベクトルが、完全に「僕というオタク」ではなく「コンテンツそのもの」に向いている。  いじめっ子たちが、毒気を抜かれたように去っていく気配がした。彼らの形成していた「嘲笑のフィールド」が、輝という規格外の質量を持つ天体の接近によって、霧散したのだ。

 後に残されたのは、僕の目の前で、リリアンヌの剣を指差し、少年のように目を輝かせる太陽だけ。

「で、どうなの? 結局、このピンク髪の子、強いの?」

 その問いかけが、僕の心の奥底にある、分厚い扉をノックした。  語りたい。  誰かに、彼女の、この作品の素晴らしさを、共有したい。  そんな、オタクとして根源的な欲求が、恐怖というリミッターを解除させた。

「……え、あ……うん。彼女は、星詠みの魔導騎士、リリアンヌ・フォン・シュバルツシルト……。この聖剣『アストラルゲイザー』は……」

 早口になる。止まらない。  普段なら絶対に口にしない専門用語(ジャーゴン)が、堰を切ったように溢れ出す。  輝くんは、それを引くどころか、「すげえ!」「カッケー!」と、相槌という名の燃料を投下し続ける。  なんだ、この空間は。  こんな優しい世界線が、3次元に存在していいのか。

 僕が「因果を断ち切る」という概念について熱弁を振るっていると、不意に、輝くんが背後を振り返った。

「なあ、水無月! お前も聞いとけよ! このリリアンヌって子、マジでヤバいぞ! 聖剣から、因果を断ち切るビームが出るんだって!」

 巻き込まれたのは、石化していたはずの水無月さんだった。  彼女は、あろうことか、僕の狂った講義の断片を、反芻した。

「……因果を、断ち切る……」

 その時の彼女の表情は、困惑とも、呆れともつかないものだったが、拒絶の色はなかった。  そして輝くんは笑った。「俺の赤点の因果も断ち切ってほしい」と。

 その瞬間、僕は悟った。  朝陽輝という存在は、僕の警戒していた「リア充」などというカテゴリに収まる器ではない。  彼は、あらゆる属性(ジャンル)の壁を無効化する、ユニバーサル・インターフェースなのだ。  僕の聖域(サンクチュアリ)は、侵略されたのではない。  彼によって、「外の世界」へと接続(コネクト)されたのだ。

 昼休みが終わる予鈴が鳴る。  僕の胸の高鳴りは、恐怖による頻脈から、未知の興奮による鼓動へと、完全に置換されていた。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~

伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華 結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空 幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。 割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。 思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。 二人の結婚生活は一体どうなる?

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

十八歳で必ず死ぬ令嬢ですが、今日もまた目を覚ましました【完結】

藤原遊
恋愛
十八歳で、私はいつも死ぬ。 そしてなぜか、また目を覚ましてしまう。 記憶を抱えたまま、幼い頃に――。 どれほど愛されても、どれほど誰かを愛しても、 結末は変わらない。 何度生きても、十八歳のその日が、私の最後になる。 それでも私は今日も微笑む。 過去を知るのは、私だけ。 もう一度、大切な人たちと過ごすために。 もう一度、恋をするために。 「どうせ死ぬのなら、あなたにまた、恋をしたいの」 十一度目の人生。 これは、記憶を繰り返す令嬢が紡ぐ、優しくて、少しだけ残酷な物語。

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。 しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。 フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。 クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。 ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。 番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。 ご感想ありがとうございます!! 誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。 小説家になろう様に掲載済みです。

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

YESか、はいか。〜守護者と少女の記録〜

MisakiNonagase
恋愛
返事は『YES』か『はい』。 あの日、少女がかけた魔法... 「君を一人前の大人にする。それが、あの日僕が兄夫婦と交わした、唯一の約束だった」 北関東の静かな街で、22歳の青年・輝也は、事故で両親を亡くした7歳の姪・玲奈を引き取ることになった。 独身の身で突如始まった「父親代わり」の生活。 不器用ながらも実直に玲奈を守り続ける輝也と、彼の背中を見つめて育つ玲奈。 二人の間には、血の繋がりを超えた、けれど名前のつかない絆が育まれていく。 しかし、玲奈が成長するにつれ、その絆は静かに形を変え始める。 叔父を「一人の男」として愛し始めた少女。 一線を越えぬよう、自らに「保護者」という呪縛をかけ続ける男。 「大学に合格したら、私のお願い、一つだけ聞いてくれる? 返事は『YES』か『はい』しか言っちゃダメだよ」 少女が仕掛けた無邪気な約束が、二人の関係を大きく揺らし始める。 進学による別れ、都会での生活、そして忍び寄る「お見合い」の影——。 共同生活を経て、玲奈が選んだ「自立」の答えとは。 そして、輝也が頑なに守り続けた「プライド」の先に待っていた結末とは。 これは、不器用な守護者と、真っ直ぐな少女が、長い歳月をかけて「本当の家族」を定義し直す、切なくも温かい愛の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...