新入社員へのアドバイス 三階会議室は使用禁止です。

叫骨【Kyoukotu】

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1巻

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 この日から、俺は少しずつ食欲を取り戻し、健康状態も上向いてきました。瀬川先生にも、まるでき物が落ちたようだと驚かれましたし、自分でも鏡を見た時に、以前よりも表情に生気が戻ってきているのが感じられました。
 瀬川先生や葛西看護師には、もうわざわざ手をわずらわせてまで臨床検査室に様子を見に来る必要はないと伝え、検査機器の〆作業にも立ち会わなくていいと申し出ました。
 それでも最初の数日間はまだ心配と見え、大した用事もないのにちょくちょく顔を出してくれましたが、その頻度もだんだんと少なくなっていきました。


 そうして、肝が据わってからしばらく経った頃のことです。
 いつものように臨床検査室に入り検査機器を立ち上げて、診療時間がやってくるのを待っていると、顕微鏡のステージの上に、作った覚えのない標本が置いてあることに気が付きました。
 一瞬「なんだこれはと思い」覗こうとしましたが、俺はすぐに思い出しました。


 『・作った覚えのない標本を顕微鏡で覗いてはいけません。』


 例の手紙に記されていた箇条書きの中の一文です。
 これまで、この手口は一度も起こらなかったので、危うく忘れかけていました。
 ただ、別に死んでも構わないと開き直ってみると、無性にこの標本がなんなのか、顕微鏡を覗いたら何が見えるのかが気になってきます。
 なるほど、これが『向こう』の思惑なのでしょう。
 恐怖を乗り越え、警戒心を解きつつある今ならば、チャンスはあると踏んだのかもしれません。
 まあ、さもこうして明確な『相手』が存在しているように考えていても、それが何者なのかは全くわからないのですが。とはいえ、この怪異の『目的』はわかってきたように思います。
 それはもしかしたら、俺も含めた『誰か』の命を奪うことなのではないでしょうか。
 ただこれに関してはあくまで想像の域を出ていません。現に検査機器を〆た後の「お願いしまぁす」という声には最初の一回目で返事をしてしまっていますが、それ以上の何かが起こったわけではありませんでしたから。
 とはいえ、自分以外の命が犠牲になる場合もある以上は、無責任に手紙の『禁止事項』を破るわけにもいきません。
 今思えば、あの手紙自体も、警告という体裁を取りながら、実は「破ってしまったらどうなるんだろう」と好奇心を刺激する小道具だったように思えます。
 俺はムクムクと膨らんでいく興味を自制心で抑え、標本を顕微鏡のステージから取り上げると、そのまま廃棄することに決めました。
 そのおかげもあってか、この日、イレギュラーな出来事が発生することもなく、診察終了の時間を迎えることができました。やはり、あの手紙に書かれている内容を守ってさえいれば、それ以上は何も起きないようです。
 この日以降、俺は絶対に禁を破らないと心に決めました。


 今日、俺がこの診療所に初出勤してからちょうど一年が経ちます。
 その間も度々、謎の心電図のデータや標本は何度も現れましたし、ひとりで検査機器の〆作業をし終えると女性の声で「お願いしまぁす」という声が聞こえてきました。あの日のように、しつこく声をかけてきながら検体置き場に繰り返し検体を置く音が激しくなっていくパターンも、数える程度ではありますが起こりました。
 ですが、もはや一々動揺したり、過度に反応したりすることはありません。
 覚えのないデータは消去、標本は廃棄、〆後の声は無視の一択を徹底しています。そうして、この田舎の町で診療所と自宅を行き来しながら、平穏な、代わり映えのしない毎日を過ごしています。
 ついでに言うと、相変わらず独り身なのも変わりません。これだけは変わってくれてもいいんですけどね。







 高校の課外学習用の寮にて





 私が通っていた高校では二年の夏になると、地方の田舎(といってもそんなに遠くではないけど)に課外学習に行きます。
 海で磯遊びをしながら生き物を観察したり、農業体験をしたりする、みたいなやつです。
 その時には、部活の合宿なんかでも使う学校の関連施設の寮に宿泊するんですが、そこはとても古い建物で、奇妙なルールや出来事があったので、その当時のことをここで紹介させてもらいます。


 課外学習に出発する数日前、HRの時間に『課外学習のしおり』が担任の先生から配られました。
 そして先生は一ページ目を開くように言うと、書いてあることをそのまま音読し始めました。出発してから宿泊、帰宅までの日々のタイムスケジュールや課外学習の目的、集団生活の心構えなど、ごくありふれた当たり前の内容です。なので私は先生が読むより早く、ザッと黙読しつつペラペラと先のページまでめくっていきました。
 日数は二泊三日。寮では自習の時間とかもあって、学習したことの感想文なんかもいちいち書かなきゃいけなかったりするのでちょっぴりダルイけど、仕方ありません。ただの旅行というわけにはいかないところが学生って身分のツライところです。
 そんなことを考えながらしおりを読み進めていくと、あるページが私の目を引きつけました。
 宿泊する二階建ての寮の外観の写真と、間取り図がそこには描かれていました。
 でも、そのうちの三部屋分の入口のところと、『教員用』と書かれた部屋の真ん中に×印がつけられているんです。
 そして図の下にはこのような注意書きが記されていました。


 『・開かずの間が三ヶ所あるが絶対に開けないこと、開くことがあります
  ・教員用部屋の床下収納を絶対に開けないこと』


 これを見て、私はとても興味をそそられました。というのも、一つ目はそもそも『開かずの間』のはずなのに「開くことがある」っていうのが矛盾しています。それに、二つ目も、せっかく女子六人、同じ班になった仲の良い友達と泊まって楽しい夜を過ごすつもりで、わざわざ教員用の部屋になんか行くわけないのに、バカをやりたい真っ盛りの高校生なんかがこれを読んだら、忍び込んで開けたくなる不届き者が出てきてもおかしくないと思ったからです。
 もしこれが「老朽化していて床を踏み抜いたら危険だから」とか「雨漏りしていて屋根が腐食している可能性があるから」とか、具体的なことが書かれていたなら、誰も興味を持つことはないでしょう。むしろ「早く建て直すか修理でもしろよ」とツッコミを入れるだけに留まります。
 でも「開けないこと」と書かれているということは、「中に何かがある」という意味に解釈できてしまいます。それでいて、曖昧にされているのだから、完全に逆効果だと言えるでしょう。
 かく言う私も、そのひとりでした。
 あまり大っぴらにはしていないものの、軽度の中二病を自認し、オタク気質のオカルト好きである私が黙っていられるはずもないのです。
 というわけで、先生が早くそのページまで読み進めてくれないかと楽しみにしていたのですが、そこまでたどり着く前に先生は読むのをやめ、「残りは自分で読んでおくように」と言ったので、私は颯爽と挙手をして質問しました。

「先生! この寮の間取りのページに書いてある『開かずの間』と『教員用の部屋の床下収納』って何ですか⁉」

 すると、先生が少し困ったような顔をしたのと同時に、周囲のクラスメートの数人がこちらを見てクスクスと笑いました。部活の合宿でその寮を使ったことがある連中です(私は帰宅部だったので、この寮に行くのは初めてです)。きっと毎回、似たような質問をする生徒がいるんでしょう。
 先生は手を叩き、そいつらの笑い声を鎮めると、厳しい表情を浮かべながら全員に言い聞かせるような口ぶりで少し声を張って言いました。

「規則があるということは、それを守らなきゃいけない理由があるということだ。『郷に入っては郷に従え』という言葉があるように、お前たちにはその場その時のルールを守れる人間になってもらいたいし、そうであると信じてる。先生の期待を裏切るんじゃないぞ。これでいいか、I川(私の名前・仮名です)」

 それを聞いても数人の生徒はまだヘラヘラしていましたが、無意味に先生の話を長引かせるのも面倒なので、私は「はい」と短く返事をし、この日のHRは終わりました。
 ただ、あんな雑な説明で私の納得がいくはずもありません。現代だったらきっと、ブラック校則が社会問題となっているみたいに、もうちょっと他の生徒の同意も得られ、「キチンと説明してください」とシュプレヒコールが上がっていたことでしょう。
 ですが、当時はまだ教師がああやって適当な言葉で誤魔化してゴリ押ししてくるような文化が残っていたので、利口な生徒ほど従順なフリをしてやりすごしていたのでした。
 そんなこんなで、私は釈然としないまま鞄を肩に担ぎ上げ、席を立ちました。そして廊下を歩き、一階へと降りると、ちょうど校長先生と鉢合わせたので挨拶します。
 校長先生は、自身もこの高校出身で、大学卒業とともに教員として戻ってきた、まさに誰よりもこの学校を知り尽くしていると言っても過言ではない人でした。また温厚な性格で、日頃から話も熱心によく聞いてくれたので些細なことでも相談しやすく、保護者や生徒からの評判が良い先生でした。
 そこで私は鞄に押し込んだ『課外学習のしおり』を取り出し、さっきの疑問を校長先生にぶつけてみることにしたのです。

「校長先生。これ、なんですか?」

 私が寮の間取り図の×印を指さして尋ねると、校長先生の表情がほんのちょっぴり険しくなりました。

「……君は確か、I川さんでしたね。たまに図書室で怪談や都市伝説みたいな本を読んでいるのを見かけますが、君はそういうのが好きなのかな?」

 私は一瞬、そんなところを見られていたなんてと狼狽うろたえましたが、別に悪いことをしているわけでもないので少し視線を逸らしつつ、答えます。

「えっ、ええ、まあ……あっ、高校生にもなって子どもっぽいかなとは自分でも思ってるんですけどね、はい」

 我ながらオタクっぽい早口が出てしまったとは思いましたが、校長先生はそれをバカにするような素振りもなく、真剣な顔で言いました。

「そんなことはありませんよ。むしろ、そんな君が興味を持ってしまったからこそ、伝えておかなければならない大切なことがあります」
「私、だからこそ……ですか」
「もし時間があるならキチンと説明してあげましょう。他の生徒の目もあるので、校長室についてきてもらえますか」
「はっ、はい!」

 この時、私は正直、どうせ大した話ではないだろうとタカをくくっていました。当たり前に、大切な備品が入っているからとか、それこそ古くなっているから危険だとか、そんな話を聞かされるのだとばかり思っていました。それでもなぜかワクワクしたのは、担任がはぐらかした話を校長先生がちゃんと話してくれて、納得がいかなかった曖昧な謎の真実が明らかになるということが嬉しかったのです。
 そうして、私が校長先生の後に続いて校長室に入ると、校長先生は私にソファへ座るよう促しました。普段入ることのない校長室の、重厚感ある応接セットの革のソファに座るのは、なんだか特別なイベントのようで少し緊張します。
 見上げると、見たこともないような歴代の校長先生の写真がズラリと並べて飾ってあり、この雰囲気も相まって意味もなく背筋を正さなくてはいけないような気になりました。
 校長先生は冷蔵庫から取り出した冷たい麦茶をコップに入れてくれて、それをガラスのテーブルに置くと、私の向かい側に座りました。

「ええと、そのしおりの、寮の間取り図の×印のことでしたね」
「はいっ。なんか、この注意の書き方だと妙にボカシてあって、逆にみんなが変な興味を持っちゃう気がしたので……」

 私は、自分のことを棚に上げ、自然に「みんな」と主語を大きくして言いました。その時点で後ろめたさがあることの証明みたいなものですが、校長先生はそこをあえてなのかわかりませんが指摘することはなく、真面目な口調で話し始めました。

「あれは私がまだこの学校の一教員だった時の話です。その寮では演劇部が合宿を行っていました」

 この導入を聞いて、私は「あれ?」と思いました。よくある怪談の話し始め方のように思えたからです。
 それに、うちの高校には演劇部なんかありません。
 真実なのか、フィクションなのか。
 どっちなんだろう、と頭が一瞬混乱しかけました。しかし校長先生は構わず続けます。

「当時から、今と変わらず多くの部活の合宿であの寮を使っていました。演劇部も大会を前に連休を利用して合宿をしたのです」

 当時から、という言葉で、この学校のことなのだ、と思い曖昧に頷きます。
 校長先生はまた言葉を続けました。

「もちろん、その頃から『開かずの間』と『教員用の部屋の床下収納』のルールはありました。しかし、これは当時の演劇部顧問の先生からの報告で知ったのですがね、ある日の演劇の稽古中、トイレに行くと言い出した演劇部の部長が練習に使っていた部屋を出て、教員用の部屋に忍び込み、ふざけて床下収納を開けてしまったというのです。顧問の先生は他の皆の稽古に付きっ切りで、部長の行動には気づくことができなかったとのことでした」
「えっと……それで、どうなったんですか?」
「私は知らせを受けて、なんてことをしてくれたんだと思いました。というのも、あの寮はあまりにも怪奇現象が頻繁に起こるため、私が当時の校長に掛け合って、知り合いの霊媒師の方に良くないモノを『封印』してもらっていたのです。それ以来、あの寮で異常事態が起きた際の学校側の緊急連絡先が私ということになってしまったんですがね」
「つまりその、良くないモノを『封印』した場所っていうのが、もしかして……」
「『開かずの間』と『教員用の部屋の床下収納』ですよ」

 それを聞き、背筋にゾクリと冷たいものが走るのを感じました。しかし私はどうしても聞かずにはいられませんでした。

「その……演劇部の部長は……?」
「顧問の先生によると、部長は精神に重度の異常をきたしてしまったようで、救急車を呼んだそうです。もっとも、搬送先まで付き添っていた顧問もパニック状態で、話はいまいち要領を得ませんでしたけど。そして、この直後に部長も顧問の先生も、学校を辞めてしまいました。それから、この事態を知った部員たちも次々と演劇部を辞めていき、廃部となって今に至るのです」
「……あっはははは、ヤダなぁ、校長先生。いくら私がオカルト好きだっていっても、もう高校生ですよ? 霊媒師とか『封印』とか、漫画やアニメじゃないんですから。悪さをしないように脅かそうとしてるのはわかりますけど、いくらなんでもリアルとフィクションの区別ぐらいつきますって!」

 私は、内心結構ビビっていましたが、校長先生の迫真の語り口調に飲まれないよう敢えて大袈裟に笑い飛ばしてみせました。
 でも校長先生の真剣な表情はピクリとも動きません。そして校長先生はおもむろに立ち上がると、本棚から古いファイルを取り出し、開いて私に見せました。そこには、まだ建てたばかりで真新しい頃と思われる寮の白黒の写真が挟まっています。しおりにも現在の寮の写真が載っていたのですぐにそれとわかりました。

「少しわかりづらいですが、ここを見てください」

 校長先生が写真を指さして示したのは、寮の入口に取り付けられた看板です。確かに何が書かれているのかはわかりづらかったのですが、よく見ると、『〇〇療養所』と読めました(特定を避けるため、あえてボカシています)。

「この寮は元々、末期の肺病をわずらった人が療養するための、いわゆるサナトリウムでした。特にここには身寄りのない人や家族からも見放された方が多く入院しており、また物資の不足していた時代だったので、満足な治療も施されず多くの患者が亡くなったと言われています」

 校長先生は淡々と話し、そしてファイルのページをめくります。
 すると今度は古いながらもカラーの写真が現れました。これも同じ画角で撮った寮の写真です。しかしそこには数名の白衣を着た医師と女性看護師、そして入院着姿の患者と思われる人物が写されていました。

「医学の進歩によって肺病による患者がだんだん減ってくると、その後この建物は精神病院として使われるようになりました。いわゆる隔離施設です。こちらも、何か事故や問題があったとかの情報はありませんが、まだ精神病患者への理解が乏しかった時代性を鑑みれば、あまり良い環境だったとは言えなかったかもしれません」
「要するに、いわくしかない建物ってこと……なんですね」
「そういうことです」

 ここまで聞いて、私は色々と察してしまいました。元々いわくつきの建物だったこの寮では怪奇現象が絶えなかったが、校長先生が教員だった頃に霊媒師に依頼して『封印』した。だけどかつて存在していた演劇部の部長がふざけて床下収納を開けてしまったがゆえに『封印』は解かれてしまい……今に至るというわけです。
 これは私の想像、というか願望でもあるんですが、おそらく校長先生はもう一度霊媒師に頼んで良くないモノとやらを『封印』してもらっているのでしょう。
 しかし、それでも『開かずの間』が開いたりすることがあるというのは、完全に封じきれなかったということではないでしょうか。それはこの寮に棲む良くないモノが強力だったからかもしれませんし、一度『封印』を解いてしまったから弱まってしまったのかもしれません。剥がしたテープをもう一度貼ったとしても粘着力が落ちてしまっているように……
 すると、こんな考えに至った私の強張った表情を見て、さっきまで真剣な顔つきだった校長先生がニッコリと笑みを浮かべました。

「わかってもらえましたね? だからくれぐれも、ルールは守ってください。約束ですよ」
「……はい」

 校長先生のこの笑顔も、私は本能的に今の話が真実であることを裏付けているように思えました。私はすっかり乾いてしまった喉を潤すために出された麦茶を一気飲みすると、校長先生に挨拶をして、そのまま足早にこの場を後にしました。
 ですが、家までの帰り道、私はすっかり気が重くなっていました。あんなことを聞いてしまって、私は課外学習を楽しめるのでしょうか。まさか、学校の寮があまりにも恐ろしい過去を持つコワコワ物件だったなんて。今では、興味本位で校長先生に尋ねてしまったことを後悔すらしています。いっそ、仮病でも使って課外学習を休んでしまおうか。そうでなければ何が起こるかわからない。そんな思いが頭にチラつき始めたその時です。校長先生の一言がふと思い出されました。


「そんな君が興味を持ってしまったからこそ、伝えておかなければならないことがあります」


 これは一体どういう意味でしょうか。
 普通に考えれば、オカルト好きな私が興味本位でルールを破ってしまわないように、という警告として捉えるのかもしれません。
 しかし、果たして本当にそうだったのでしょうか。むしろ私だからこそ信じるはずだと校長先生は考え、真実を伝えた上で他の生徒がルールを破らないよう監視する役割を与えた、と解釈するほうが自然なように思えてきます。
 というのも、オカルト愛好者という人種は、信憑性が高いものほど禁忌を破った時のリスクも高まるというのを熟知しているのです。
 逆に無知な者ほど中途半端に情報を与えてしまうと面白がり、特にウチの高校なんてバカの集まりみたいなものですから(と当時は心の中だけでイキっていたのがイタくて今となっては恥ずかしいですが)、肝試しとか称して遊び半分で禁忌を犯す輩が現れてしまいかねないと思います。それこそ、校長先生の話に出てきた演劇部の部長のように。
 そんな考えに至ると、私の心にメラメラと使命感の炎が燃えてきました。課外学習中の生徒たちの身の安全はすべて私にかかっている。私は人知れず、この課外学習を最後まで完遂させるべく守りきらなくてはいけない。そんな気になって、帰宅する頃にはさっきまでの怖さも忘れ、ワクワクしながら荷物などの準備をするのでした。


「ここか……」

 生徒たちを乗せた観光バスを降りると、私は目の前に建つ寮を見てシリアスに呟きました。
 自然豊かな丘の上にあるこの寮は田舎の古い国民宿舎のような佇まいです。
 周りの生徒たちは非日常感にテンションが上がっているようでしたが、『知ってしまった』私としてはこの建物がそこはかとなく禍々しく見え、今から戦慄を覚えます。
 すでに道中で社会科見学的なレクリエーションを終えてきたため(内容は忘れました。何かの工場とかだったと思います)、空は夕焼けで赤く染まっていました。
 今日決まっている残りの予定は夕食と、その後に庭で花火。そして入浴後に、この日の感想文を書くための自習という建前の自由時間となり、二十二時に消灯です。
 私は班のメンバーとともにあらかじめ割り当てられた二階の部屋に入ると、荷物を下ろして畳の上に座りました。部屋に来るまでに、すでに『開かずの間』三か所は確認済みです。
 一階の奥に一か所と、二階に二か所。今いる部屋からはどれも少し離れていますが、おそらく中はここと変わらないような感じだと思います。
 しかし、『開かずの間』のどの入口にも木材が打ち付けてあって、開けられないようになっており、『使用禁止』という張り紙がありました。見た感じ、とても開くようには思えませんでしたが、これがもし本当に「開くことがある」というなら恐ろしい怪異に違いないと思います。
 残念ながら『教員用の部屋の床下収納』は確認できていませんが、基本的にいつも先生の誰かしらがいるようなので大丈夫でしょう。引率している先生のほとんどが出てくる花火と朝の散歩の時間に、怪しい動きをする生徒がいないかどうか見張っておけば済むように思われます。
 ところで、私が今いる部屋ですが、なんの変哲もない、ただ六人で使うには少々手狭な古びた十畳くらいの和室で、窓のカーテンを開けると丘の下に広がるオーシャンビュー。なかなか素敵な景色です。
 襖を開けると座布団や布団、枕や折り畳みの机などが入っており、これもまた公民館や安い旅館のような風情です。
 しかし、そこで私は見つけてしまいました。きっと、前に泊まった生徒が置いていったのであろう、表紙だけでソレとわかるBLエロ小説を。

「ふむ、けしからんな……」

 そんなことを小声で呟きつつ、私は班の他のメンバーに見つからないようコッソリ自分のリュックサックに忍ばせました。オカルトだけでなくBLも少々、というかまぁまぁ嗜んでいるもので……
 さて、そんなこんなしている間に夕飯の時間、庭での花火と、課外学習初日はつつがなく進んでいきました。
 取り立てて妙な行動を起こす生徒もおらず、皆、『開かずの間』にも『教員用の部屋の床下収納』にも一切興味がないようでした。ここにいる誰もが何も知らずにただただ楽しんでいるように思えます。
 ですが、まだ油断はできません。というのも、良からぬ考えを起こす生徒というのはまさにこれから、消灯時刻が過ぎてから活発化するものですから。
 私には、この課外学習を平和なままに終わらせるという校長先生から託された使命があるんです。当然、悠長に眠っている暇などありません。
 二十二時となり、部屋の電気が消されると、しばらくはヒソヒソ声でおしゃべりしていた班のメンバーも次第に寝息を立て始めました。長旅で疲れていたのでしょう。やがて、見回りの先生が廊下をコツコツと歩く足音が部屋の薄い扉越しに聞こえてきます。

「何やってるんだ。部屋に戻れ」
「すいませ~ん」

 こんな声が廊下から聞こえてきました。どこかの部屋の生徒が抜け出したところを先生に見咎められたのです。


 ――やっぱり、問題行動を起こすバカが出たか。


 私は物音を立てないようにゆっくりと布団から這い出て身を起こしました。
 壁に掛けられた時計を見ると、零時を少し過ぎたところです。今はまだ先生も起きていて、きっと教員用の部屋で酒盛りでもしている頃でしょうが、問題は一時くらいを回ってからです。

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