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第三章 帰還
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診療所に近づくにつれ、グレティアは緊張で胸が苦しくなった。
「…………」
扉を前に、きゅっと唇を引き結ぶ。
(どうか間に合って……)
グレティアは祈るような気持ちでノッカーを叩いた。
夜とはいえ深夜というわけではない。訪問に問題はないだろう。
「……はい」
少しして中から返事があった。イーライの声だ。
「イーライ。私よ、グレティア」
「――グレティアっ⁉」
勢いよく扉が開き、淡い金色が輝く。
「よかった! 無事だったんだ、ね――……そちらは?」
イーライはグレティアしか見えていなかったらしく、背後に立つシャルヴァの存在に驚いて目を見開いた。
「この方は……その……」
グレティアはなんと説明したものかと、口ごもりながら横目でシャルヴァを見た。
「俺はシャルヴァという。魔導士の弟子だ」
あっさりとシャルヴァが名乗るのを見て、グレティアは驚いてしまった。なぜだかシャルヴァの正体を言ってはいけないような気がしていたからだ。
「魔導士の弟子、ですか……」
イーライは警戒するような視線をシャルヴァに向ける。
それも当然の反応だろう。いくらグレティアの知り合いとはいえ、突然現れて魔導士の弟子だと名乗る相手を簡単に受け入れるほど、この村は大きくない。
「彼が兄を助けられるって言ってくれて……」
「…………」
「会わせてもらえる?」
グレティアはイーライをまっすぐ見つめてそう告げた。
(お願い……)
祈るような気持ちでイーライの碧い瞳を見つめる。
すると、ややあってからイーライが小さくうなずいた。
「わかった。中へどうぞ」
そう言ってグレティアたちを診療所の中へ招き入れる。
「リゼオンさんは奥の部屋だよ。父は村の会合で出かけてる」
グレティアは小さくお礼を言って、足早に奥の部屋へと進んだ。
イーライの言う奥の部屋に入ると、寝台に寝かされているリゼオンの姿がすぐに目に入った。
(よかった……まだ生きてる)
グレティアは胸を撫で下ろして静かに息を吐いた。
しかし、リゼオンの表情は苦悶に満ちていて苦しそうだ。意識は戻っていないようだが、荒い呼吸を繰り返しているのがわかる。
駆け寄ったグレティアの傍らでシャルヴァがそっと手を伸ばした。リゼオンの手を取り脈を確かめる。
「――かなり弱っているな」
「きっと毒の影響だと思います」
「……そうか」
「助けられますか……?」
グレティアがおそるおそる問いかけるとシャルヴァはほんの少し考えるようなそぶりをしたあとゆっくりと頷いた。
それから、
「今から施術する。お前たちにそこにいられるのは邪魔だ」
有無を言わせぬ口調でそう続けた。
シャルヴァがグレティアと背後に立つイーライを順に一瞥して部屋の外を指さした。
「あ、はい……」
グレティアは静かに頷くと部屋の外へと逃げるように移動した。
一緒に移動したイーライがなにか言いたげに眉を寄せるのを見て、グレティアはごめんなさいと謝った。
◆
「グレティア。あいつは何者? 大丈夫なのかい?」
部屋の扉を閉めた直後、イーライがそう詰め寄ってきた。
「――ええ。村まで魔法で帰してくれたし、きっと兄さんのことも助けてくれる気がする」
「僕は信用できないな。得体が知れなくて気味が悪い」
「…………」
「時忘れの森に魔導士って本当にいたんだね」
「私もびっくりした」
「――なんにしても君が無事でよかったよ」
隣でイーライが長く息を吐きだした。
グレティアがちらりと視線を向けると、安心した様子で微笑むイーライの姿があった。
「本当に心配したんだよ」
「うん。ごめん」
グレティアはそんなイーライに小さく詫びて視線を落とした。
「謝らないで。帰ってきてくれただけで充分だ」
イーライはそう言うと苦笑を浮かべてグレティアの頭を撫でた。
まるで子どもにするような仕草で少々恥ずかしかったが、彼の優しさを感じられた。
シャルヴァと兄はどうしているだろうか ふと気になったが、きっと魔法を使って施術しているはずだ。邪魔をするわけにもいかないし、おとなしく待っているしかないだろう。
(どうか兄さんを助けてください……)
グレティアは両手を胸の前で組むと、静かに祈った。
「…………」
扉を前に、きゅっと唇を引き結ぶ。
(どうか間に合って……)
グレティアは祈るような気持ちでノッカーを叩いた。
夜とはいえ深夜というわけではない。訪問に問題はないだろう。
「……はい」
少しして中から返事があった。イーライの声だ。
「イーライ。私よ、グレティア」
「――グレティアっ⁉」
勢いよく扉が開き、淡い金色が輝く。
「よかった! 無事だったんだ、ね――……そちらは?」
イーライはグレティアしか見えていなかったらしく、背後に立つシャルヴァの存在に驚いて目を見開いた。
「この方は……その……」
グレティアはなんと説明したものかと、口ごもりながら横目でシャルヴァを見た。
「俺はシャルヴァという。魔導士の弟子だ」
あっさりとシャルヴァが名乗るのを見て、グレティアは驚いてしまった。なぜだかシャルヴァの正体を言ってはいけないような気がしていたからだ。
「魔導士の弟子、ですか……」
イーライは警戒するような視線をシャルヴァに向ける。
それも当然の反応だろう。いくらグレティアの知り合いとはいえ、突然現れて魔導士の弟子だと名乗る相手を簡単に受け入れるほど、この村は大きくない。
「彼が兄を助けられるって言ってくれて……」
「…………」
「会わせてもらえる?」
グレティアはイーライをまっすぐ見つめてそう告げた。
(お願い……)
祈るような気持ちでイーライの碧い瞳を見つめる。
すると、ややあってからイーライが小さくうなずいた。
「わかった。中へどうぞ」
そう言ってグレティアたちを診療所の中へ招き入れる。
「リゼオンさんは奥の部屋だよ。父は村の会合で出かけてる」
グレティアは小さくお礼を言って、足早に奥の部屋へと進んだ。
イーライの言う奥の部屋に入ると、寝台に寝かされているリゼオンの姿がすぐに目に入った。
(よかった……まだ生きてる)
グレティアは胸を撫で下ろして静かに息を吐いた。
しかし、リゼオンの表情は苦悶に満ちていて苦しそうだ。意識は戻っていないようだが、荒い呼吸を繰り返しているのがわかる。
駆け寄ったグレティアの傍らでシャルヴァがそっと手を伸ばした。リゼオンの手を取り脈を確かめる。
「――かなり弱っているな」
「きっと毒の影響だと思います」
「……そうか」
「助けられますか……?」
グレティアがおそるおそる問いかけるとシャルヴァはほんの少し考えるようなそぶりをしたあとゆっくりと頷いた。
それから、
「今から施術する。お前たちにそこにいられるのは邪魔だ」
有無を言わせぬ口調でそう続けた。
シャルヴァがグレティアと背後に立つイーライを順に一瞥して部屋の外を指さした。
「あ、はい……」
グレティアは静かに頷くと部屋の外へと逃げるように移動した。
一緒に移動したイーライがなにか言いたげに眉を寄せるのを見て、グレティアはごめんなさいと謝った。
◆
「グレティア。あいつは何者? 大丈夫なのかい?」
部屋の扉を閉めた直後、イーライがそう詰め寄ってきた。
「――ええ。村まで魔法で帰してくれたし、きっと兄さんのことも助けてくれる気がする」
「僕は信用できないな。得体が知れなくて気味が悪い」
「…………」
「時忘れの森に魔導士って本当にいたんだね」
「私もびっくりした」
「――なんにしても君が無事でよかったよ」
隣でイーライが長く息を吐きだした。
グレティアがちらりと視線を向けると、安心した様子で微笑むイーライの姿があった。
「本当に心配したんだよ」
「うん。ごめん」
グレティアはそんなイーライに小さく詫びて視線を落とした。
「謝らないで。帰ってきてくれただけで充分だ」
イーライはそう言うと苦笑を浮かべてグレティアの頭を撫でた。
まるで子どもにするような仕草で少々恥ずかしかったが、彼の優しさを感じられた。
シャルヴァと兄はどうしているだろうか ふと気になったが、きっと魔法を使って施術しているはずだ。邪魔をするわけにもいかないし、おとなしく待っているしかないだろう。
(どうか兄さんを助けてください……)
グレティアは両手を胸の前で組むと、静かに祈った。
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