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第五章 嫉妬
05
「よかった。忙しかった?」
呼吸と衣服の乱れを整えて扉を開けるとイーライが安心した様子で微笑んでいた。
「ごめんなさい。奥の部屋にいたから気づくのが遅くなっちゃって」
「そっか。……その、ほら、彼のこともあるから。なにかあったのかと思ったよ」
「彼……? あ、シャルヴァのこと?」
グレティアの言葉にイーライが家の中にちらりと視線を投げたあと頷いた。
「――少し外で話せる?」
イーライがそう言ったので、グレティアも一度後ろを振り返った。
カウンターに頬杖をついて、どこかつまらなそうな顔をしているシャルヴァがいた。
イーライはおそらくシャルヴァに話を聞かれたくないのだろう。
グレティアは少し迷ったあと、家の外に出た。そして、イーライと向き合う。
「あのさ。単刀直入に言うけど……」
家から少し離れたところでイーライが口を開いた。
「リゼオンさんが元気になるまでうちに来たらどうかな?」
「え……?」
予想外の提案にグレティアはきょとんとした。
「うちも部屋は余ってるし、なにより安全だよ」
「……ありがとう」
「君の家が宿屋なのは知ってるけど、リゼオンさんが不在の今、男と二人きりっていうのはやっぱり危ないと思うんだ。まして相手は弟子とはいえ一応魔導士だろ……。毒の治療ができるくらいなんだ。もし、おかしな術とか使われて君になにかあったら――」
身を乗り出して勢いよく話すイーライからは、本当に心配してくれている気持ちが伝わってきた。
だからこそグレティアは少しだけ心苦しい気持ちになる。
正直に話せてしまえば楽になるのだろうけど、そうしたらきっとシャルヴァが非難されてしまう。互いの同意の上だと説明しても、イーライはシャルヴァの方を責めるだろう。彼が悪く言われるのはいやだった。
「気持ちは嬉しい。でも……」
「――なにか弱みでも握られてるの?」
「え⁉ ないない。そんなことないわ。シャルヴァはいい人だし、大丈夫。それに家の留守番まで彼に任せっきりにするわけにはいかないもの。心配してくれてありがとう」
グレティアは大げさに手を振ってそう言った。
嘘はついていない。
イーライはしばらく考え込むようにしたあと、長く息を吐きだした。
「――もう一つ訊きたいことがあるんだけど」
「なに?」
「時忘れの魔導士は報酬次第でどんな願いも叶えてくれるんだろう。それは魔導士の弟子もそうだったの?」
「――っ」
イーライの碧い瞳は極めて真剣だ。
なにを訊かれるのかを察した瞬間、グレティアは唇を引き結んで押し黙った。その沈黙が重い空気を漂わせる。
そんな中、イーライが再び口を開く。
「――リゼオンさんの治療の報酬に君はなにを差し出したんだい?」
(どうしよう……)
正直に答えるべきだろうか? 否、本当のことは言えない。では、どうしたらいいのか――。
頭の中で思考がぐるぐると巡る。
「グレティア……」
イーライの手がこちらに伸びてくるのが視界の端に映った。
指先がグレティアの頬に触れる直前、グレティアはぱっと後ろに飛び退いた。
「ごめん、イーライ……。今はまだ言えない……」
「僕は君のことを守ってあげたいんだ」
と、ほぼ同時、二人の間に別の声が割り込む。
「その必要はない」
冷たく低い声にはっとすれば、玄関扉のところにシャルヴァが立っていた。
「――……盗み聞きとは、魔導士様は随分といいご趣味をお持ちのようだ」
イーライが皮肉いっぱいに言い放ったが、シャルヴァはなにも答えずにこちらへと歩み寄ってきた。
「話が長すぎて退屈してたんでな……」
「必要ないってどういう意味だ」
イーライは眉根をよせたままシャルヴァを睨んでいる。しかし対するシャルヴァに臆する気配は見えなかった。二人の間に重い空気が流れる中、グレティアだけがはらはらと落ち着かないままだ。
「そのままの意味だ。グレティアのことは俺が守る」
「は……?」
シャルヴァの言葉にイーライの口から間の抜けた声がもれる。しかしすぐにシャルヴァの言葉を理解したのか、その目がみるみるうちに怒りを孕んだものに変わっていった。
あまりに唐突な出来事の連続にグレティアの頭の中は混乱でいっぱいだった。
どうしたらいいのかわからず呆然としていると、不意にシャルヴァの手が伸びてきて腰に回される。そしてそのまま身体を引き寄せられてシャルヴァの胸に背中がぶつかった。
「っ、シャルヴァ……⁉」
「俺のものだ。守るのは当然だろう?」
「ふざけるな! あんたのものってどういうことだよ⁉」
「言葉のとおりだ。おまえがどういうつもりで守りたいと言ったのか知らないが、今後、変な気は起こさないことだな」
シャルヴァがそう言い放った直後、イーライの怒りが頂点に達したのか、勢いよくシャルヴァに詰め寄った。
「おい!」
今にも殴りかかりそうなイーライの勢いにグレティアは慌てた。
「イーライ、だめ! やめて!」
「でも――っ!」
「お願い、やめて! シャルヴァも挑発しないで!」
「……ふん」
グレティアが必死に止めていると、やがてイーライは諦めたのかシャルヴァから距離を取り始めた。しかしその瞳はいまだ怒りと疑念で満ち満ちている。
腰にまわったシャルヴァの手をほどいて、グレティアもシャルヴァから一度離れた。
ずっと密着したままでいたら、イーライの神経を逆なですることは目に見えている。
「とにかく、今日はもう帰りましょう。イーライ、心配してくれて本当にありがとう。明日、また診療所に行ってもいいかしら?」
「もちろんだよ。待ってる。――じゃあ、行くよ。騒がしくしてごめん」
「ううん。こちらこそ、ごめんなさい」
イーライが踵を返すのを見送って、グレティアははあと息を吐き出した。
そんなグレティアの隣で、遠くなっていくイーライの背中に向かって、シャルヴァがしっしっと手を振る。
「シャルヴァ」
窘めるようにその名を呼べば、シャルヴァは面白くなさそうに肩をすくめた。
グレティアはなんとも言えない気持ちになって長いため息をついた。
呼吸と衣服の乱れを整えて扉を開けるとイーライが安心した様子で微笑んでいた。
「ごめんなさい。奥の部屋にいたから気づくのが遅くなっちゃって」
「そっか。……その、ほら、彼のこともあるから。なにかあったのかと思ったよ」
「彼……? あ、シャルヴァのこと?」
グレティアの言葉にイーライが家の中にちらりと視線を投げたあと頷いた。
「――少し外で話せる?」
イーライがそう言ったので、グレティアも一度後ろを振り返った。
カウンターに頬杖をついて、どこかつまらなそうな顔をしているシャルヴァがいた。
イーライはおそらくシャルヴァに話を聞かれたくないのだろう。
グレティアは少し迷ったあと、家の外に出た。そして、イーライと向き合う。
「あのさ。単刀直入に言うけど……」
家から少し離れたところでイーライが口を開いた。
「リゼオンさんが元気になるまでうちに来たらどうかな?」
「え……?」
予想外の提案にグレティアはきょとんとした。
「うちも部屋は余ってるし、なにより安全だよ」
「……ありがとう」
「君の家が宿屋なのは知ってるけど、リゼオンさんが不在の今、男と二人きりっていうのはやっぱり危ないと思うんだ。まして相手は弟子とはいえ一応魔導士だろ……。毒の治療ができるくらいなんだ。もし、おかしな術とか使われて君になにかあったら――」
身を乗り出して勢いよく話すイーライからは、本当に心配してくれている気持ちが伝わってきた。
だからこそグレティアは少しだけ心苦しい気持ちになる。
正直に話せてしまえば楽になるのだろうけど、そうしたらきっとシャルヴァが非難されてしまう。互いの同意の上だと説明しても、イーライはシャルヴァの方を責めるだろう。彼が悪く言われるのはいやだった。
「気持ちは嬉しい。でも……」
「――なにか弱みでも握られてるの?」
「え⁉ ないない。そんなことないわ。シャルヴァはいい人だし、大丈夫。それに家の留守番まで彼に任せっきりにするわけにはいかないもの。心配してくれてありがとう」
グレティアは大げさに手を振ってそう言った。
嘘はついていない。
イーライはしばらく考え込むようにしたあと、長く息を吐きだした。
「――もう一つ訊きたいことがあるんだけど」
「なに?」
「時忘れの魔導士は報酬次第でどんな願いも叶えてくれるんだろう。それは魔導士の弟子もそうだったの?」
「――っ」
イーライの碧い瞳は極めて真剣だ。
なにを訊かれるのかを察した瞬間、グレティアは唇を引き結んで押し黙った。その沈黙が重い空気を漂わせる。
そんな中、イーライが再び口を開く。
「――リゼオンさんの治療の報酬に君はなにを差し出したんだい?」
(どうしよう……)
正直に答えるべきだろうか? 否、本当のことは言えない。では、どうしたらいいのか――。
頭の中で思考がぐるぐると巡る。
「グレティア……」
イーライの手がこちらに伸びてくるのが視界の端に映った。
指先がグレティアの頬に触れる直前、グレティアはぱっと後ろに飛び退いた。
「ごめん、イーライ……。今はまだ言えない……」
「僕は君のことを守ってあげたいんだ」
と、ほぼ同時、二人の間に別の声が割り込む。
「その必要はない」
冷たく低い声にはっとすれば、玄関扉のところにシャルヴァが立っていた。
「――……盗み聞きとは、魔導士様は随分といいご趣味をお持ちのようだ」
イーライが皮肉いっぱいに言い放ったが、シャルヴァはなにも答えずにこちらへと歩み寄ってきた。
「話が長すぎて退屈してたんでな……」
「必要ないってどういう意味だ」
イーライは眉根をよせたままシャルヴァを睨んでいる。しかし対するシャルヴァに臆する気配は見えなかった。二人の間に重い空気が流れる中、グレティアだけがはらはらと落ち着かないままだ。
「そのままの意味だ。グレティアのことは俺が守る」
「は……?」
シャルヴァの言葉にイーライの口から間の抜けた声がもれる。しかしすぐにシャルヴァの言葉を理解したのか、その目がみるみるうちに怒りを孕んだものに変わっていった。
あまりに唐突な出来事の連続にグレティアの頭の中は混乱でいっぱいだった。
どうしたらいいのかわからず呆然としていると、不意にシャルヴァの手が伸びてきて腰に回される。そしてそのまま身体を引き寄せられてシャルヴァの胸に背中がぶつかった。
「っ、シャルヴァ……⁉」
「俺のものだ。守るのは当然だろう?」
「ふざけるな! あんたのものってどういうことだよ⁉」
「言葉のとおりだ。おまえがどういうつもりで守りたいと言ったのか知らないが、今後、変な気は起こさないことだな」
シャルヴァがそう言い放った直後、イーライの怒りが頂点に達したのか、勢いよくシャルヴァに詰め寄った。
「おい!」
今にも殴りかかりそうなイーライの勢いにグレティアは慌てた。
「イーライ、だめ! やめて!」
「でも――っ!」
「お願い、やめて! シャルヴァも挑発しないで!」
「……ふん」
グレティアが必死に止めていると、やがてイーライは諦めたのかシャルヴァから距離を取り始めた。しかしその瞳はいまだ怒りと疑念で満ち満ちている。
腰にまわったシャルヴァの手をほどいて、グレティアもシャルヴァから一度離れた。
ずっと密着したままでいたら、イーライの神経を逆なですることは目に見えている。
「とにかく、今日はもう帰りましょう。イーライ、心配してくれて本当にありがとう。明日、また診療所に行ってもいいかしら?」
「もちろんだよ。待ってる。――じゃあ、行くよ。騒がしくしてごめん」
「ううん。こちらこそ、ごめんなさい」
イーライが踵を返すのを見送って、グレティアははあと息を吐き出した。
そんなグレティアの隣で、遠くなっていくイーライの背中に向かって、シャルヴァがしっしっと手を振る。
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