魔王アリスは、正義の味方を殺したい。

ボヌ無音

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スピンオフ「デュインズ」

首都へ

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 道を進んでいけば、遠くに都市が見えてくる。まだ距離が遠くあるというのに、その巨大さははっきりしていた。
 白く美しい城壁は、〝白国〟をよく象徴している。都市自体も巨大だというのに、それをぐるりと囲うように立派な城壁が首都を守っている。
 高さも厚さもありそうな城壁は、それだけで中に住んでいる人間の安心を確実なものにするだろう。
 城壁の周囲には堀が存在しており、更に守りは固くなっている。

「おぉ! すごいね、規模からして帝国をも凌ぐかもしれない」
「ええ。肯定するのは癪ですが、立派な首都ですね」

 更に一行が進んでいくと、ようやく堀にかけられた橋へと到達する。
 橋には長蛇の列が待機しており、入口付近では衛兵らによる検問を行っていた。
 当たり前だが、アリス達はこの世界の住人ではないため、その身分を証明するものを所持していない。それどころか、世界の知識すら無いのだ。

「困りましたね……」
「幻惑魔術でなんとか通ろうか。みんなは動かないでね」
「承知しましたッ!」

 大人数が並んでいることもあって、列が動くのはとてもゆっくりだった。アリスは橋の上から、のどかな周囲を一望する。
 ゆっくりと流れる雲、遠方に見える畑作。さわさわと心地の良い音を立てる草原。とても魔王に支配された世界とは思えない、心が洗われる場所だ。
 本当に魔王なんて存在するのだろうか、と疑いたくなるほど。
 フルスが嘘をつくことなど無いと思いたいが、あまりにものんびりとした雰囲気を見ていると、信じられないのだ。

(私が勇者になりたかったのなら、こんな世界でゆっくりと生きていたのかな)

 ガコン、と荷車が少しだけ激しい音を立てて止まった。段差があったのか、上に乗っていたアリスもそれに伴って揺れる。
 ぼんやりと景色を眺めていたが、思っていたよりも時間が経過していたらしい。
 既に順番はアリス達の番になっていた。

「次のもの!」
(来たか)

 検問の人間は三名。
 一名からは魔力を強く感じられることから、魔術師だろう。アリスのように魔術を用いて誤魔化そうとする人間を、ここで阻むためだ。
 そして残りの二人は衛兵。妥当な人選だろう。
 ステータスを閲覧したが、はじかれることなどなく成功する。盗み見たことを気付かれている様子もないということは、〝その程度のレベル〟なのだ。

 衛兵はアリスたちをジロジロと、訝しげな視線を送る。街の安全を守るには、疑心暗鬼でいなければならないから仕方がないだろう。

「随分と大人数だが、見かけない顔だな」
「僻地から参りました。首都は初めてでして。驚きましたよ、こんなに大きいだなんて」

 アリスが幻惑魔術を発動するのは、たったの一瞬だった。三名がアリスを見た瞬間に魔術を発動させれば、ものの見事に幻惑にかかる。
 最高ランク魔術であるXランクを用いたため、これを拒絶するのは不可能だ。ここでもしも弾かれたものならば、今後のアリスの動き方が大いに変わってくる。
 この程度の雑魚でXランクが通じないとなれば、魔王には勝てないのだから。

「そう、か……田舎の……」
「大丈夫……だな……」
「……通れ」
「どうもありがとうございます~」

 無事に通過できたアリスらは、街の中へと入っていく。
 街の中心地ではないものの、店や人々で溢れかえっている。元気よく客を呼び込む声や、駆け回る子供達。
 大きな都市というだけで、何ら変わらない。普通の街だ。亜人種が歩いているわけでもなく、人間だけの都市。

「ふぅん。面白みはないかなぁ」
「まだ入口ですから。大通りまで行きましょう」
「ま、そだね」

 つまらなそうにしているアリスに対して、ヨナーシュがそう宥めるように言う。
 再びハインツが引いている荷車は動き出し、人の多そうな場所へと進んでいく。
 奥へ奥へと歩み進んでいけば、入り口とは比にならないほどの密度になっていく。賑やかさも更に増して、店も豊富になり華やかさが増していく。
 先程は住宅地域で、こちらは商業地域なのだろう。活発さがより目立っている。

 めぼしい店もなく、一行は更に奥へと進んでいく。
 人通りが減ることはなく、最初に城壁の外から見た通りの巨大な都市なのだと分かる。
 そのままメインストリートを通っていけば、商業地域を抜けて、森林公園のような場所へと出た。

「――我々は敗北したのではない、撤退したのだ! 今度こそあの地下霊園から、愚かな王を引きずり出し、裁きを加えるべきである!」

 公園に入って耳に届いたのは、一人の老人が演説している声だった。訴えかけている内容は、魔王に関することだ。
 アリスはここに来てやっと、面白いものを見られたとはじけるような笑顔を作る。
 しかし老人の言葉に、誰かが耳を傾ける様子は見られない。通りには様々な人間が行き交っているのに、子供すらそれを見ていない。
 まるで気にしてはいけないかのように。

「わあ、演説してる」
「僕の組織もあのような事を行っていたと、ブライアンから聞いています」
「あのー、あい、あい……」
愛悔あいげ会です」
「そう。その新興宗教みたいな名前のやつ」
「しん……? ええ、はい」
「でもあの人の演説は誰も聞いてな――あっ」

 バタバタバタとあらっぽい足音を立ててやって来たのは、先程も門で見た者と同じ装備。つまりこの国の衛兵だ。
 数名の衛兵が、怒りに満ちた表情で走ってきていた。どう見てもいい方向に行くとは思えない。

「また性懲りも無く演説しやがって!」
「仕事を増やすんじゃねぇ!」
「黙れ、愛国心に欠ける馬鹿どもめ! 恥を知れ!」
「おい、このオッサンをとっとと牢へぶち込むぞ!」
「ふざけるな! 国の愛を叫んだ一般人を禁固刑にするのか!?」
「あんたが落ち着くまで入れとくだけだよ」
「やめろ、やめろお!」

 その予想通り、演説をしていた老人は衛兵に囲まれた。必死に抵抗をしていたものの、多勢に無勢。
 老人は叫び声を上げて目一杯目立ちながら、衛兵に連れて行かれてしまった。
 老人の声が消えたことで、森林公園には、橋の上で見たような静かな空気が流れ出す。
 せっかく面白いものを見られたというのに、すぐさまいなくなってしまった。そのことにアリスは残念そうに息を吐いた。

「あーあ……」
「日常茶飯事のようですね。酷く驚いている人は、滅多にいません」
「みんな諦めてるのかな? 魔王はどんな対応をしたんだろうねぇ」
「あの衛兵に聞いてみましょう」

 衛兵は全て老人についていったわけではなく、複数名が公園に残っていた。
 誰もいなくなった時に、同じ勢力や同意見の者が出張ってこないように見張っているのだ。治安を維持するのも衛兵の役目である。
 面白い見世物がなくなってしまったのならば、せめて面白い話が聞きたい。そう思ったアリスは、三人ほど残っている見張りの方へ近づいていく。

「どうも~」
「なんだ。お前もあいつの仲間か」
「いえ。我々は遠方の田舎町から来たものでして、魔王と何があったか何も知らないのです。勇者様が敗北されたのも、先月聞きました」
「先月? 遅すぎるだろう……」
「随分と遠くから来たんだな」
「そうだな……。この大陸の下には、地底霊園・イリがある」

 地底霊園・イリ。
 地下で墓地と言われているものの、その実態は魔王の要塞だ。人によっては、そこを地獄と形容する者もいる。
 イリは常に瘴気と魔力で溢れている空間で、膨大なその力に対する耐性がなければすぐに死んでしまうほどだ。
 もちろんだが、一般人などは耐性がないため、霊園に降りることなどできない。
 数多く存在する魔物と対峙するまでもなく、周囲の空気によって死亡してしまうのだ。

 勇者はそこへと赴き、魔王と戦った。良い結果を持って帰ってくるのではなく、彼は遺体となって送り返された。
 無惨にも死んでしまったのだ。
 勇者という切り札を失った今、人類は降伏を選んだ。
 魔王へ様々な献上品を納めることで、これ以上の人類への干渉をやめてもらうように交渉した。
 その時の魔王の気分がすこぶるよかったのか、すんなりと要望を聞き届けられた。そのおかげで、現在の平穏がある。

(ふうん。イリ……〝魔界〟みたいなもんかな)
「今は落ち着いているが、いつか彼らは地上へと上がってきて支配を始めるだろう。白国は献上品を渡すことで、なんとかご機嫌を取っているんだ。それなのに、あいつときたら……」

 先程の演説を行っていた老人。再び剣を取り、戦おうとしていた彼。
 やっとのことで現在の平穏と均衡を保てているのだから、これ以上の面倒事は増やさないでくれ――これがこの都市で暮らす全ての人間の願い。
 誰も新たな戦争を起こす気などなく、手に入れた平和をただただ願っているだけなのだ。
 魔王という強大な存在に勝利出来るなんて未来は、考えてもいない。

「霊園の入口はあるんですか?」
「ないさ。魔王が門を開いてくれるだけ。ああ、大賢者様か冒険者ギルドなら知ってるかもしれないな」
「へえ……大賢者……」
「簡単に会おうとするなよ。大賢者様はお忙しい方だ」
「そうなんですね」
「あの方の加護無しでは、白国は滅びているからな……」

 その称号からして、簡単に会えないのは分かっていた。賢者ともなれば、国王並みに力を持っている場合がある。
 トラッシュでは会ったことはないが、〝麻子ぜんせ〟の知識ではそうだ。
 となるとアリスらに残された簡単な道は、冒険者である。

「……まあ、違う世界だから一筋縄では行かないと思ってたけど、結構長い道のりになりそうだね」
「どうされますか?」
「冒険者で、ラストルグエフのような高いランクの者を探そう。もしかしたら戦争から帰った者と出会えるかもしれない」
「では我々も冒険者になるということですかッッ!」
「うん。でもこのままは行かないかなぁ……」

 アリスは連れてきていた面々をじっと見つめる。
 メンバーは、声も体躯も大きなハインツに、淑やかで女性らしいエキドナ。いつもの様相のままのため、神官の格好のままであるヨナーシュ。
 どう見ても〝冒険者〟のメンバーでは無い。こういうパーティーもあるだろうが、情報を集めて回りたいアリスにとっては目立ちすぎる。
 人数も多いため、余計に動くのが困難になるだろう。

「人員も減らしたいかな。とりあえず、この世界の魔物とかのレベルを調べよっか。どの程度でやりくりできるか気になるし」

 アリスならば問題ないだろうが、魔物のレベルによっては連れていく相方やメンバー選びに関わってくる。
 平均レベルが高いのならば、弱い部下を連れ回す訳にもいかない。
 部下たちの仕事の都合もあるし、様々な点を考えないとならないのだ。



 アリス達は魔物の様子を調べるため、最寄りの森林へと足を運んだ。いくつか魔物の気配を察知していたこともあり、迷うことなく足を進める。
 森に入って数百メートル歩けば、すぐに目的の魔物が現れた。
 ライオンよりも少し体躯のいい狼だ。魔力の影響を受け、巨大化と凶暴化が進んでいる。ダラダラとヨダレを垂らし、虚ろな瞳だ。
 目の前にいる強者アリスに対しても、本能的に危険と察知することなどない。凶暴になったことで、全てが獲物に見えてしまっているのだ。

「ウウウッ……」
「あ、いた」
「レベルは50前後といったところでしょうか」
「惜しいね。61だ。最近、目利きがうまくなったねぇ、リーベ」
「ありがとうございます」

 リーベは鑑定やステータスを見るような力を持っていない。完全に経験則や感覚で目利きを行っている。
 普段から魔王城やパルドウィン王国で、様々な物を目にしている彼は、日に日に目利きが成長していく。
 最近では先程のように、彼らにとっては〝誤差〟程度の正確な性能になっている。
 一般人にとってレベル10ほどの差は大きいが、リーベや幹部にとっては些細な違いなのだ。

「来ないね。どうした~? おーい」
「母上に恐れをなしているのでは?」
「人間態だし、一応抑え込んでるつもりなんだけど……。このレベルで私の強さに気付くかな? 作戦でも練ってる?」
「ギャウウ!」
「あ、来た」

 狼が襲ってきたので、アリスは〝正当防衛〟と言わんばかりに対処する。
 平手で叩けば「キャイン!」と情けない声を上げ、弾き飛ばされて木の幹へ叩きつけられた。狼は地面に転げ落ちると、ビクビクと痙攣をしたのちに動かなくなった。
 レベル60程度の獣であれば、魔力を使うことすら必要ない。
 流石にこのレベルしか存在しないなどとは思わないため、アリス一行は更に森の中を捜索する。

 小一時間ほど森をあるき回り、数匹の魔物や獣と対峙した。
 しかしこれといってアリスが警戒するような魔物はおらず、彼女が心配するような事柄は浮かび上がらない。

「うーん。大したレベルはいないねぇ」
「首都に近い割には、レベルが高いかと思いますよ。アベスカでも城下町周辺に、レベル50を超える魔物は配置されていなかったかと」
「魔王が支配している影響なのかなぁ?」

 アリスがトラッシュに降り立ったばかりのアベスカは、魔王戦争を終え、魔王が敗北を認めたあとだった。
 ヴァルデマルを見限って、彼についていっていた魔族達はどんどん去っていった。人間の住んでいる場所の支配も、弱い魔物ばかりで固められていた。
 それを考えると、首都付近にいる魔物としては高レベルなのだ。
 一般人が万が一対峙した場合、簡単に殺されてしまうだろう。

「人間にとって高レベルでもあるものを、こんな近場に配置していいものなのかッ!?」
「始めにアリス様をすぐ襲わなかったあたり、魔王による制御も取れているのかもしれません。ヴァルデマルはそのあたりが適当でしたから……」
「ふむッ!」
「よし。欲しい情報は取れた。私の想定していた人員でも、無事に世界を見て回れそうだよ」
「メンバーを変えるのですか?」
「うん。私とリーベで、冒険者として動こうと思う」

 アリスの宣言に一番驚いたのは、リーベだった。
 みなの視線が注がれたリーベは、驚きのあまり言葉を失っている。

「ぼ、僕ですか?」
「そうだよ。ハインツは目立つし、ヨナーシュとエキドナも冒険者らしくない。私がいれば何かしら対応できるし、リーベも強くなったでしょ?」
「は、はい!」
「よし。決まりだ。それじゃあ、一旦帰ろうか。リーベの装備を整える必要もあるしね」
「承知しました」
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