魔王アリスは、正義の味方を殺したい。

ボヌ無音

文字の大きさ
322 / 339
スピンオフ「デュインズ」

黒に降る影2

しおりを挟む
「これでいいかな」
「すっごー! 何したんですか!?」
「影を縫い付けた。このあたりの住民全員は動けないはずだよ」
「流石です、母上」

 アリスは優雅に、地上へと降り立った。空中移動が可能な彼女たちならば、直接城へと向かえば良いのだが、わざわざ城から遠い正門へと着地する。
 その歩みは急ぐことなどなく、ゆったりと街を見て回るかのように進む。
 国民は体が動かなくなっているだけで、意識はある。急に金縛りに会ったと思えば、空からいきなり人ならざるものが降りてきたのだ。
 アリスを見る国民の瞳には、恐れが混じっていた。

 さらに言えばこの魔術には、流石に言語機能までは縛る力はない。
 だが一人として、国の人間は口を開かなかった。恐怖が彼らを支配し、震えるだけで精一杯だ。
 横を通れば小さく「ヒッ……」と畏怖する声が漏れている。

「野蛮な民族かと思ったけど、割と知性と理性はありそうだね」
「白国に比べれば、知識よりも力が優先される国なのかと」
「なるほどねぇ」
「知識とかもそうですけどぉ……。この感じといい、さっきの強襲の感じからして、魔術には秀でてなさそうですね~」
「間違いないねぇ」

 往来には大勢の人がいる。ここは居住区の中でも、メインストリートなのだろう。
 だが誰として動く気配はない。真横を魔王が通り過ぎているのに、逃げたくても逃げられない。

「まだ居住区だから、向かってくるやつはいないか」

 アリスはチラリと、近くにいた家族連れを見やる。目があった母親は、明らかに震えている。子供を守りたいのだろうが、体が言うことを聞かない。頭を低くしたくても、動けない。
 子供は完全に怯えきって、じわじわとズボンを濡らす。

「ゲーッ、こいつ漏らしましたよ~! キモイですねっ!」
「いや、お前が言うことではないだろう」
「テヘッ」
「とっとと行こうか」

 歩みを進めたアリスたちは、順調に城へと向かい――現在は商業の盛んな地域へと訪れていた。
 商業地域と言っても立ち並ぶ量が多いのは、圧倒的に武器や防具と言った戦いに関する店ばかりだ。やはり武力が地位を決める国なだけあるということ。
 勿論だが、そう言った店があるということは、武器などを購入する人間がいると言うわけで。

「ウ、ア、ああ、ああああっ!」

 そう叫びながら走ってくるのは、冒険者のような様相の大男。武器を手にして、明らかに〝おかしい〟と思える女――アリスへと向かってきた。
 彼はアリスの魔術を自力で解除したのだ。
 しかし男の果敢な攻撃は、虚しくもアリスに届くことはなかった。
 リーベが即座に前に出て、目にも留まらぬ速さで剣を抜く。男がリーベを視認し、脳が理解するまでの短い間だった。
 次の瞬間には男は血を吹いて倒れ、胸元には体を二分するのではないかと思えるほどの巨大な傷が刻まれていた。

「冒険者かな。流石に解除出来たね」
「まさか母上の魔術が……」
「国全体に行き渡るようにしたから、効果は薄めなんだよ。この辺は割と動いてる人がいるかも」
「そういうことですか」
「殺して来ますかあ?」
「強い〝民〟が減るのは困るかな。気絶させられる?」
「モチロンです!」
「なら行ってきて」
「はぁーい!」

 茜は命令を受けると、楽しそうに走り去った。
 普段からいろいろな幹部に相手をしてもらっているはずなのだが、茜の元気は有り余っている。ここまでの女なのに、よくもまあ勇者として偽っていられたなと感心せざるを得ない。

「強者ならば先を考えて消しておくべきでは……」
「〝強い敵〟ならまだしも、〝強い民〟なら消すのはもったいないよ。今後は私の配下になるんだからね」
「なるほど」
「それでも尚、反抗して来るようならば消すけどね」

 アリスはそう言うと、〈スライム生成〉を発動する。出来る限りの最高レベルであるレベル150のスライムを作り出した。
 スライムはアリスを一瞥し、一度だけ頭を下げるとすぐに茜を追った。

「ありゃ、それはなんすか?」
「茜の監視」
「あー、まだ信用出来ないですからね」
「それもあるけど。あの子の性格上、興奮して殺しそうだし。ストッパーかな」
「……確かに。あたしでも良くないですか? 確実に茜を止められますよ」
「手持ちの戦力が減るのは困るよ」
「なーるほど」


 アリスたちは無事に歩を進め、王城の前へとやってきていた。

「おぉー、立派だね」
「魔王城には劣ります」
「何でもかんでも比較するのはよしなさいな……」
「――止まれ!」
「!」

 〈影縫いシャドウ・ソーイング〉を解除したであろう人間が、声を張り上げた。
 声の方を向けば、貴族の様相の男と、男を守るように取り囲む衛兵たち十数名が立っていた。
 蛮族と称される割には、その見た目は普通だ。だが白国にいる貴族と比べると、レベルは高い。
 貴族にしては十二分だというほど、戦える部類といえる。ランクが中の上くらいの冒険者と遜色はない。
 一般人からすれば、中の上程度の冒険者といえば相当な実力者だ。貴族が有している力と考えると、遥かに白国よりも強いだろう。

「動いてる人だ」
「身なりからして立場の高い人間でしょうか」
「城の周りは特に防御や対抗策がありそうだから、魔術が解除されててもおかしくないね」

 流石に魔術に疎いとは言え、城の周りになにも付与しないわけではない。
 全く文明のない国ではないため、そういった魔術が必要であるという知識も存在する。ここはアベスカをはじめとするアリ=マイアよりも優れている点だろう。

「何者だ。魔王の遣いか?」
「私が魔王だ」
「戯言を。頻繁に見ていないが、あの者が男なのは確かだ」
「姿を変えているかもしれないぞ?」
「それはありえない」
「はあ、魔術も満足に扱えないのに……どこからそんな自信が来るのだか……」

 アリスは軽く手を上げた。そしてそのまま、地面へと向けて下ろす。
 すると衛兵も含むアリスたちを阻んでいた男たちは、勢いよく地面へと叩きつけられた。両手を地面につき、まるでひれ伏しているような状態だ。
 アリスの目は冷たく、エンプティたちの言葉を借りるならば〝低俗な人間種の分際で〟と発しているような恐ろしさがある。

「頭が高い」
「ぐぅ……、うっ! こ、ここから……先には……!」
「おいおい……」

 男たちには、体が押しつぶされるような痛みが降り掛かっているはずだ。重力を操作し、無理矢理伏せているのだから当然ともいえる。
 当たり前だが、そんな状態で動きなど取れない。
 実際に衛兵はピクリとも動かず、体への圧迫感で吐いているものだっているほどだ。
 しかし貴族の男は違った。顔を真っ赤にしようが、吐き気に襲われようが、彼は必至に体を動かしていた。
 立ち上がることこそ困難だったものの、両腕を地面につけて頭を上げ、今にも立ち上がりそうな姿だ。
 圧迫死させないために加減はしたつもりだったが、まさか動けるとは――アリスは目を丸くする。
 これが蛮族たらしめる根性なのかもしれない。

「その根性と忠誠心は評価しよう。なに、私も虐殺をしに来たのではないよ」

 ふぅふぅとまだまだ抵抗の意思を見せる貴族に対して、アリスは優しく微笑んだ。

「この国は強い者が上に立てると聞いた。ならば私は正面から戦いを挑もう」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界翻訳者の想定外な日々 ~静かに読書生活を送る筈が何故か家がハーレム化し金持ちになったあげく黒覆面の最強怪傑となってしまった~

於田縫紀
ファンタジー
 図書館の奥である本に出合った時、俺は思い出す。『そうだ、俺はかつて日本人だった』と。  その本をつい翻訳してしまった事がきっかけで俺の人生設計は狂い始める。気がつけば美少女3人に囲まれつつ仕事に追われる毎日。そして時々俺は悩む。本当に俺はこんな暮らしをしてていいのだろうかと。ハーレム状態なのだろうか。単に便利に使われているだけなのだろうかと。

神々に見捨てられし者、自力で最強へ

九頭七尾
ファンタジー
三大貴族の一角、アルベール家の長子として生まれた少年、ライズ。だが「祝福の儀」で何の天職も授かることができなかった彼は、『神々に見捨てられた者』と蔑まれ、一族を追放されてしまう。 「天職なし。最高じゃないか」 しかし彼は逆にこの状況を喜んだ。というのも、実はこの世界は、前世で彼がやり込んでいたゲーム【グランドワールド】にそっくりだったのだ。 天職を取得せずにゲームを始める「超ハードモード」こそが最強になれる道だと知るライズは、前世の知識を活かして成り上がっていく。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。

克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

処理中です...