魔王アリスは、正義の味方を殺したい。

ボヌ無音

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スピンオフ「デュインズ」

覚悟の目1

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 コロシアムの中は、ガヤガヤと騒がしい。こうして闘技場に入ってくるのは、久し振りのことだった。
 アリスはあれから強者との戦闘をこじつけることが出来た。まさかここまですんなりと受け入れてくれるとは、彼女も思っていなかった。
 黒国側としても、以前――現在の魔王のように、虐殺していくものだと思ったのだろう。
 己の国のルールに則って、この国の未来を決めようなんて甘ったれたことを言い出すとは、思いもよらなかったのだ。

 国側の厚意なのか、それとも他の人間と隔離することで国民を守るためなのか――アリスは観戦用の個室を用意してもらった。
 以前にもこうして闘技場のVIP席で観戦をしたことがあるが、あの時は〝透明な壁〟がVIP席に取り付けてあった。あれは魔獣と戦うことを想定された作りだったためだ。
 今回の席にはそんなガラスのような壁などなく、覗き込めば普通に下に落ちてしまう。
 とはいえそんな興奮して見ることもないし、アリスは参戦する側だ。

「告知をすぐ出して半日というのに、客席が殆ど埋まっていますね」
「国が変わるかもしれない一大イベントだよ。そりゃあ誰もがその瞬間に立ち会いたいだろうね」

 アリスが戦いを申し出てから、半日ほどしか経過していない。だが観戦席は満席に近く、コロシアムの周囲には屋台が立ち並ぶ。観戦席内でも食べ物を販売していたり、もはやお祭りだ。
 黒国にとっての国がひっくり返る一大イベントでもあり、戦いが娯楽でもある彼らにとっては楽しみでしょうがないのだろう。
 それか、人生最後の日だと考えて、吹っ切れてしまったのかもしれない。

「ご主人様ー!」

 嬉しそうに部屋へと駆け込んでくるのは、先程国中の冒険者を気絶させた戦闘狂もとい茜である。
 両手いっぱいに屋台で売られている飲食物を抱えている。

「これ美味しそうなんで買ってきました!」
「……君のメンタルに敬意を示すよ……」

 買う方も買う方で、売る方も売る方である。
 屋台の人間は気づいていないまま販売したのかもしれないが、茜もこの状況で気楽に食べ物を食べようと思える精神はなかなかなものだ。
 本当に頭がおかしい子なのだなぁ、とアリスはぼんやりと見つめる。

「おい、出てこい! 化け物め!」

 闘技場内で一人の叫び声が聞こえる。その声を聞いた民衆は、わあと歓声を上げた。
 この場で化け物と呼ばれれば、誰のことかなんて分かりきっている。アリスもここ数年で随分と呼ばれ慣れた。
 アリスも観衆を見習って、闘技場を見やる。そこには大柄の男が一人立っていた。いかにも〝強そうな人間〟という印象を受ける。
 そしてそれは、〝人の世界での強さ〟であり、アリスを始めとする常軌を逸した存在の強さではない。ただ「人間であればあの男を見た時に強いと思うのだろうな」という推測に過ぎない。

「彼が一番強い人?」
「そうには見えませんねー」
「会場の騒々しさからして、ただの〝迷惑な客〟のようです」
「アリス様、あたしが潰してきましょうか?」
「ベルは出なくていいよ。魔王たるものを見せるためにも、ここは私が相手してあげよう」
「いやーん、かっこいい!」

 わざとらしく、だが本心も交えて悶えるベルを見て、アリスは微笑ましく口元を緩めた。
 部屋にあるバルコニーへと向かい、躊躇いなどなくそこから降りる。観客からは驚きの声が上がる。
 だがアリスは落下することなく、優雅にふわりふわりと宙を舞った。そして砂埃を立てることなく、闘技場内へと降り立ったのだ。

「飛んだだと? チッ、気色の悪い女だな」
「君達は魔術を使わないのだったな。であればその方式で行こう」
「ばかにしてんのか!? こんのッ」

 頭に血が上りやすいのか、男はアリスの言葉にすぐカッとなった。まるで闘牛のような豪快な走りで、アリスの方へと駆け出す。
 持っている斧は巨大で、誰がどう見ても重量級の一品だ。それを持っていてもなお、速度は落ちることなどない。彼にとっては持ち慣れたものなのだろう。
 男はそれを大胆に振りかぶり、アリスの頭部に向けて振り下ろした。
 アリスは大きく避けることなどせず、最低限、頭だけを少しだけ傾けた。それでも首筋から肩にかけては直撃だ。
 ガンッという人体からするべきではない音、まるで鋼のような音が響く。人々の騒ぎ立てる声で賑やかになっていた闘技場だったが、その金属音ははっきりと鳴った。
 そして斧は金属音を奏でただけではなく、肉を切り裂き骨を断つ――ことなどなかった。
 男が何度力を込めても、肉どころか肌すら断ち切れていない。

「なんだ……これ……」
「終わりかな?」
「え……?」
「ではこちらも」

 アリスは笑顔のまま、男の頭部を握った。鱗の光る彼女の手が、顔を覆う。
 次の瞬間、男の体が浮いた。ジタバタと足を動かし、もごもごと何か喋っている。まるでそれは悲鳴のようにも聞こえた。
 男の頭部は次第に赤くなっていった。アリスの手指が徐々に顔に食い込んでいく。
 この頃にはもう観客は異変を感じ取っており、あれだけ騒いでいた人々は誰一人として口を開かなかった。

 一分と経たないうちに、男がごみのように投げ捨てられた。その男の頭部がどうなっていたかなど、言うまでもない。
 観客席からは以外にも、誰かが吐いている声が幾つか聞こえた。

 アリスは手に付着した血肉をじっと見つめる。すると付いていた血肉は勝手に空中へと浮き上がり、綺麗さっぱり取れてなくなった。
 くるくると宙を動くその血肉は、どこに捨てようか悩んだ結果――男の死体の方もとのばしょへと投げ捨てられた。

「頭を……砕いた?」
「片手で?」
「あんな女が……」
「魔王っていうのは本当なのか」

 会場内はそんなようなざわめきでいっぱいだった。口々に軽蔑や畏怖の言葉を述べているものの、やはり強さが優遇される国柄のせいか、はっきりと拒むような物言いは聞こえてこない。
 中にはまんまと殺された男に対する罵倒も混じっていたが、気になる程度ではない。もっと気性の荒い男どもは、先の戦争で死んでいったのだろう。

 どうせこのまま待っていれば挑戦者が現れるだろう、とアリスはその場で待機することにした。
 そんなアリスにはタイミングよく、選手が入出場するであろう場所から言い争う声が届く。
 そこには部下らしき青年と、その青年に強く止められている少女がいた。顔立ちからして高貴で整った見目をしている少女は、一般市民ではないとすぐ分かった。

「お待ち下さい! 無謀です!」
「私しかいないのならば、私が行く!」
「ですが……貴女に亡くなられてしまえば、誰が国を取りまとめると言うのですか」
「あなたがして頂戴」
「なっ……」
「……どうせ私は、余所者だから」
「貴女はこの国の姫君ですよ!?」

 装備をガチャガチャと鳴らしながら、闘技場へと足を踏み入れた少女。誰がどう見ても〝服に着られている〟状態で、サイズも合っているのかさだかではない。
 バチリとアリスと目線が噛み合うと、明らかに瞳の色が変わった。あれはアリスの見慣れている目の色――恐怖の色だ。
 そしてその奥に灯っている〝何か〟を、アリスは見てしまった。

(あれ……この子……)
「おっ、おまたせ――ま、待たせたわね。第二王女、ヒルデグント・クンツェンドルフよ」
「王女がこの国で一番強い存在なのか」
「………………――死んだわ」
「ん?」
「一番強かったのはお父様。お父様は死んだわ。その次に強いお兄様も、お姉様も、お母様でさえも。あの魔王が簡単に殺したわ」

 ヒルデグントは死んでいった家族に代わって、国をどうにかして回している。しかし、今までいた父と兄、姉などの頼れる者達が急にいなくなってしまった。
 そんな状況で、満足に国を切り盛り出来るはずもない。
 何よりも彼女は〝弱い〟。純粋な武力という意味でも、政治的な権力という意味でも。だから部下からも国民からも信頼を得られていない。
 この国は戦争で多くを失ってから、前を向くことすら出来ていない。

「たっ、民を代表して、私が……貴女と戦う!」

 当たり前だが、ヒルデグントよりも強い人間は多くいる。それこそ、つい先程惨殺されたばかりの男のほうが強い。
 今あったばかりのアリスだけではなく、国民全員がそれを知っていた。
 ヒルデグントの瞳は、明らかにアリスに対して怯えている。今にも大粒の涙を流しそうなほど、潤んで揺れていた。
 恐れ怯えている瞳だが、決意がこもっているのは確かだった。恐怖もさることながら、自身が国を守らねばならないという使命感と責任感があるのだろう。

「さあ、大臣! 開始の合図を!」
「…………知りませんよ」

 青年はヒルデグントから離れていく。もう止める気もないのだろう。青年の中では、ヒルデグントは家族を失って自殺するためにこの場にいるようなものだ。
 大臣の青年が離れると、そのそばにまた別の部下が寄ってくる。彼の直属の部下なのだろう。その部下ですら、呆れた顔をしている。
 部下の男は大臣に対して、ひとつ耳打ちをした。

「……葬儀の準備を致します」
「そうしてくれ」


「ではこれより、〝来客〟とヒルデグント王女との戦いの儀を開始します!」

 観客らは本当にヒルデグントが戦うとは思っていなかったようで、一気にざわめき出す。片手で男を持ち上げて、頭を砕いた女に対して、ヒルデグントが勝利できるはずもない。
 不安の視線が、ヒルデグントに集まっていく。

「いざ……はじめッ!」

 大臣の声を聞いて、真っ先にヒルデグントが動いた。突進も普通の少女並の速度である。
 彼女の持っているのは細身の刀剣。レイピアにも似たもので、戦い慣れていない――重い武器を持てない彼女にはちょうどいいのだろう。
 軽ければ回避や突撃の邪魔にもならない。

「やああ!」

 型もいびつで、剣術すら知らない。力のまま剣をふるった。ほとんど目を開けずに攻撃したヒルデグントは、当たったのかすら分からない。
 恐る恐る目を開ければ、胸元に大きな傷を作って血が吹き出ているアリスがいた。

「ぐっ……」
「え!? あ、えっと、えいっ!」

 焦ったヒルデグントは、訳もわからず体を動かした。体当たりをアリスへと御見舞すれば、どんという重い音がした。
 そしてアリスの体は有り得ないほど大きく飛び、壁へと激突した。壁は衝撃で崩壊し、闘技場一帯に砂埃が舞う。

「何だ、今の!?」
「姫様ってあんなに強いのか!?」

 観客は一気に湧いた。今まで見たこともない激しく強烈な戦いだったからだ。
 過去にも猛者を何人も見てきたが、コロシアムをここまで破壊するような戦闘は滅多にない。戦争で人々を失い落ち込んでいた国民は、瞬く間に湧き上がった。

「え、え? 私……なんで……?」
「とどめだ!」
「やっちまえー!」
「!」

 追撃を求める国民の声を聞いて、ヒルデグントの手が震えだす。誤魔化すように剣を握ったが、それでも震えは止まろうとしない。
 ヒルデグントは戦いなどしたことはなかった。兄や姉の訓練に付き合ったりしたこともあるが、その圧倒的な格差を知らしめられてからは滅多に顔を出さなかった。
 今思えば、もっと真面目に鍛錬をしていれば未来が変わったのかもしれない。
 家族が死んでしまってから思うには、遅すぎる後悔だ。
 だが今こうして、勝てるかもしれないという光が見えてきた。震えている場合ではない。目の前の悪魔を倒さなければならない。

「……っ」

 ヒルデグントの決心は、この闘技場に足を踏み入れた瞬間に決まっていたようなもの。
 彼女は更に強く剣を握ると、まだ砂埃の立ち込める瓦礫の方へと走り出す。

「うわぁああ!」

 ヒルデグントは民衆の声もあり、勢いのまま瓦礫の山へと飛び込んでいった。
 砂埃に姿が消えた瞬間、彼女のいる場所が一瞬で切り替わる。コロシアムから瓦礫の中に飛び込んだため、その先の部屋に行き着くのは当然だが――ヒルデグントの視界には別の部屋が映っていた。
 闘技場内では変わりないのだが、誰もおらず使われていない場所だった。
 遠くからはコロシアムの歓声が小さく聞こえる。

「……え?」
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