塔の上で会いましょう

きどうかずき

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セファ・ワイザー

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「すみません、セファ様にお茶を淹れてもらうなんて」
「私から誘ったんだ」
 水がお湯になるまでじっと待っているとウィルバルドが声をかけてきた。座って待つように言っていたがキッチンの入り口に立っている。魔術塔の鍵束は腰に下げた姿に、本当にお茶をしてくれるのだ、とセファは嬉しくなった。
「俺に何か手伝えることはありますか?」
「横の棚に菓子があるから、それを出してくれるかな?」
 突然お茶に誘うという無理を言ったのはセファの方であるのに、手伝いを申し出てくれるウィルバルドに口元が緩んでしまいそうになる。棚を指でさしてお願いをした所で湯が沸いた。


 ティーポットに入れた茶葉に適温のお湯を注ぎ茶葉を踊らせる。
 セファは貴族の生まれであり、また魔術師でもあるため、紅茶が飲みたければ補佐官に淹れてもらったり魔法で紅茶そのものを出したりすることができる。だが決まりきった手順をなぞるこの作業が気に入っているため、余程忙しい時でもなければ自分で淹れる。
 ――細かいところを気にしない魔術師と違い、上下関係を大事にする騎士からすると特異に見えるかもしれない、と頭の端で考えながら手だけは慣れた動きをする。時計を見て、さて菓子の場所は分かっただろうかと顔をあげ、驚いた。
 いつの間にか菓子は綺麗に盛られ、カトラリーの類も出されている。セファが後で出そうと思っていたナプキンやトレーも準備されており、もうあとはソファーへ持っていくだけに準備されていた。
「なにか他に用意するものはありますか?」
 柔らかく微笑んだ顔はお茶が楽しみなのか心持ち上気しているように見える。実際はセファの願望を写しているだけだろうが。
 もうないよ、と答えれば、カップに紅茶を注ぐのは向こうにしましょう、とウィルバルドが言って、トレーにポットや菓子を乗せて持ち上げた。
「私が持つのに」
「騎士の筋肉を披露する場ですよ」
 慎重にトレーを運びながらウィルバルドは軽く笑って言う。セファが気に負わないような言い回しであることに気付いて緩みそうになる頬が止められなかった。
「ウィルバルドは気が利くな」
 これくらいはさせてください、とお願いされたので言葉に甘えてウィルバルドがサーブをするのに任せる。実のところセファがやった作業と言えばお湯を沸かし茶葉を計量した程度で残りは全てやってもらっているが、あまり固辞しても気を遣わせるだろう、と大人しくソファーに座った。

 手際よくテーブルに皿や菓子を並べ終わったウィルバルドは、セファの向かいに座り紅茶を飲んでいる。目元は緩やかに細められており、見たところ嬉しそうだ。
 そんなにこの茶が気に入ったのならば、開けてしまった缶で悪いが残りを全てあげようかな、とセファは思った。
「紅茶が好きなんだな」
「え、ええ。種類に詳しいというわけではないんですが、好きですね……」
 湯気の向こうから柔らかい声で返事をされた。
「騎士団では優雅なティータイムというわけにもいかないので新鮮です」
 騎士団の休憩室や団長らに与えられている執務室を思い返しているのか、ウィルバルドは少し遠い目をして言う。
 セファも以前書類を届けに行った騎士団長室を思い浮かべてみる。たまたま時間がかち合ったおやつタイムは、糖分を補給する目的で今の騎士団長が導入したとのことだったが、今のようなゆったりした空気とは程遠く戦場での物資供給に近い印象を受けた。
 そのとき騎士団長室にいた面々は、騎士の中では上位の面々であったためセファが苦手意識を持つタイプではなかったが、だからこそひたすらに糖分補給をする様子にセファは少しだけ別の意味で恐怖を覚えたことも思い出す。
 ウィルバルドが貴重な時間を割いてくれているのに余計なことを思い出している場合ではないな、とセファは頭をふるりと振って思考を切り替える。今はただこの時間を楽しむことが優先だろう。


「――セファ様、次はビスケットを取りましょうか?」
 セファの視線が皿の上をうろ、と彷徨ったのを見逃さずにウィルバルドはティーカップを置いて問いかけてきた。
 サーブされてばかりも気が引けるが、頼みやすい雰囲気を作る彼も悪いと思う。セファは何となく恨みがましくそう思いながら、ウィルバルドの誘導に任せて空いた皿を彼の手へやる。
「これから夕飯だろうと思ったので、少なめに色んな種類を出したんですが、どうですか?」
 ウィルバルドはセファが渡した皿へ、ビスケットとそれから小さな砂糖菓子を何個か取ってセファの前へ置く。
「ああ、ありがとう」
 砂糖菓子は最近城下で人気の店のものだ。セファ付きの補佐官はお茶うけの菓子に拘りがあるようで、あれやこれやと買ってきては日々の休憩時間にセファへ入れ知恵をしてくる。
 爪の先ほどの大きさの砂糖菓子は何種類かの味がありそれぞれ違う色だが、取り分けられたセファの皿には最初の皿と同じものが乗っている。
 ――? 全く同じではない…?
 じっ、と色と味を照合していくとどうやらセファが気に入った味付けのものだけがもう一度入っているようだった。
 言った覚えはないが、とウィルバルドを見ると彼は焦ったように言った。
「先ほど気に入ったようでしたので取りましたが、違う味のほうが良かったですか…?」
 ウィルバルドが叱られた犬のような表情でこちらを窺ってくる。人間相手、しかも自分より背丈も大きい彼にそんなことを思うのは失礼だろうが、あまりにも近所の狼犬に似ている。
「ふふっ、そういうわけではないんだ。さっき美味しかったから、…嬉しいよ」
 一応魔術師の管理職の立場にいるセファは、喜怒哀楽を表情に出すことは少ない。ポーズとして匂わせることはあるがセファが匂わせるより早く、セファの上司である長官が奔放にずけずけとものを言うためセファがわざわざ言う必要がない、というのもある。
 そんな有様であるため、セファがどの味を気に入ったかをウィルバルドが当てたのは内心とても驚いた。

「このお菓子はまるでお伽話に出てくる星屑みたいだね」
 砂糖菓子を摘まんだセファはあからさまに話題を逸らした。
 ウィルバルドは特に気にした様子もなく砂糖菓子を眺めて合点がいった顔をする。セファが思い浮かべているお伽話のことを思い出しのだろう。
「塔の上の姫君の話ですか? 俺、この消灯当番になって塔に登るようになってから何度か思い出しました」
 以前ウィルバルドの故郷は北方だと話していたが、向こうでも同じ話が寝物語として読み聞かされているのだろう。彼も同じ話を思い浮かべていたのだ、とセファは嬉しくなった。
「私は魔術師の家系に生まれたからか、何となく迎えに来てもらいたいと思ったね。魔力があることや髪が長いことは魔術師特有のものだけど、何故かあのお伽話に重ねてしまって」
 片側に流した髪に触れながらセファは言う。
 セファは男性だが、目の前にいる騎士が自分の王子様だったらどんなにいいだろうとお伽話に重ね合わせて見てしまっている。自嘲気味に口の端で笑ったセファをウィルバルドが真っ直ぐな瞳で見ていた。
「そういえば魔術師殿は髪が長い人が多いですね」
 女性でも髪を短くする人がいる中、魔術師はセファのように伸ばして下ろしている者がほとんどだ。
 王都は北方よりも魔術師の数が多いため目に留まるのだろう、とセファは思った。
「それこそあのお伽話のように髪に魔力が溜まっているから伸ばしている人が多いね。慣習にも近いから伸ばさない人もいるけれど」
 セファは何となく、本当に何となく伸ばしていた。
 だというのに彼と自分をお伽話に重ねるようになってからは、切る行為にも意味が生まれてしまうような心地に陥り、切るに切れなくなってしまった。


 光を反射して鈍色になった自分の髪を見ていたセファは、急に恥ずかしくなって紅茶を飲む。カップの奥に隠した騎士殿は挙動不審なセファの態度にも疑問は持たなかったようで、少しだけ緩めた顔で菓子を口にしている。
「……君たち消灯当番も塔の下から通う所が似ているね」
 顔を上げたウィルバルドと視線が合ってしまい、照れ隠しのように言ってしまう。
 ――思わず自分とウィルバルドを重ねてしまったように、ウィルバルドも自分たちを重ねていればいいのに。
 お伽話の次は夢物語だ。彼がそんなことを考えてくれるはずもないのに空想だけがセファの頭の中で騒がしい。
 胸に生まれた柔らかい気持ちにセファが微笑んでいると、ウィルバルドが険しい顔でセファに問いかけた。
「俺は星にはなれませんか?」
「――星?」
 やけに難しい顔の彼に、セファは戸惑って聞き返す。
 あの話の中で出てくる星は、姫君の癒しになった天上の星だけだ。セファも彼と出会った当初は、ウィルバルドのことを夜空の星のように思っていたが今ではもう無理だ。
「君は星にはなれないと思うよ」
 夜毎昇ってくる彼が王子様になって手を引いてくれたらどんなに良いだろうか。
 セファは金色の髪でも女性でもないがそんな夢を見るようになってしまったのだから。
「……そうですか。貴方の心を慰めるだけでもしたい、と言ったら迷惑でしょうか?」
 ウィルバルドの表情が凍り付いたように見えた気がしたが、それ以上に彼が言った言葉が信じられなかった。
 お伽話の中で姫君の心を慰めたのは王子只一人。彼がそれになりたい、と言ったのだ。
 ウィルバルドもセファを憎からず思ってくれていたのだろうか、と心が勝手に跳ねる。
 思わず彼の方に手を伸ばしてしまいそうになる衝動を抑えつけて、セファはウィルバルドへ言う。
「それは嬉しいよ。これからも変わらずに塔に昇ってきてくれるんだな」


 ウィルバルドがお伽話の王子をなぞって塔に登る。セファは彼の足音を今か今かと待ちわびる。それはとても素敵なことに思えた。

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