塔の上で会いましょう

きどうかずき

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セファ・ワイザー

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「ワイザー殿、消灯のお時間です」
 今日もウィルバルドが塔を昇りセファの執務室をノックする。
 一日の終わりに彼と言葉を交わせることが嬉しくて、消灯時間が近付くと浮足立ってしまう。以前は形だけとはいえ執務机に座っていたセファだが、最近は初めから応接スペースにいるようになった。
 そしてウィルバルドと一杯だけのお茶をして、腕を絡めて一緒に塔を降りる。二人だけのその時間がセファの一番好きな時間になった。
 初めてお茶をした日の帰り際、先導して降りるウィルバルドの手を引いたとき彼はとても驚いた顔をしていた。しかし翌日から彼の方から手を差し伸べてくれているため、ここの所毎晩面映ゆい気持ちで手を乗せている。


「俺の夢は、あの姫君のような人と塔から降りることでしたね」
 ウィルバルドがお茶一口飲んで言った。
 今日も初めから応接スペースにいたセファに、お茶をしましょうか? ともちかけてきてくれた。
 慣れた様子で彼が用意した菓子たちの中にはいつも欠かさずに星屑の形の砂糖菓子が添えられる。小さなそれを口に含んでお伽話を思い出していたセファに、ウィルバルドも同じことを思ったのか幼い頃の夢を教えてくれた。
 それなりに体格の良い彼が、色とりどりある砂糖菓子の中から白色のものを摘まんで言う姿はどこか可愛らしささえ感じる。
「『故郷に帰れない身です。お互いこの国には縁がないでしょう。どうでしょう、私と地上に降りてみませんか』と誘う所が好きで、乳母にそこばかり読んでとねだっていたよ」
 幼い頃に好きだった台詞をなぞればスラスラと口をつく。またですか? と微笑む乳母の声が一緒に聞こえるような気がした。
 際限なく緩んでしまいそうな口元を隠そうと紅茶を飲んだセファに、ウィルバルドは何故か硬い声音で言う。
「……ええ、俺もいつか自分だけの姫君が現れてくれたらと思っていました」
 浮かれているセファと対照的に発せられる沈んだ声はセファの不安を煽る。
 嫌な予感がしていた。
「ウィルバルド…?」
「でも今はもう諦めました。所詮俺には出過ぎた妄想だったみたいなので」


 困ったように微笑んできっぱりと言われた言葉はセファの浮かれていた気分を地の底に落とすには十分すぎた。
「なぜ諦めたんだ…?」
「――なぜでしょう、少し理想と違ったのでしょう」
 ウィルバルドの落ち着いた声音が諦めの色を濃くして床に落ちる。
 セファはぴたりと動きを止めて、彼の言葉を少しずつ拾い上げる。
 ウィルバルドは彼だけの姫君がほしかったと言った。
 そしてもう諦めたのだとも。
 つい最近、セファの心を慰めたいと言ったその口で。塔に昇り、セファに微笑みかけたその穏やかな口調のままで言ったのだ。
 彼は理想と違ったとも言った。それはつまり、セファでは彼の理想の姫君にはなれなかったということで…。
 ――ウィルバルドが求める理想とはなんだ。
 セファは固まった微笑みの下でぐるぐると考えた。
「姫君のどこがいいんだ」
 セファが彼の“姫君”になるにはどうすればいい。彼が慰めると言った相手はセファなのに、セファでは姫君足り得なかったのだ。
 だがウィルバルドが焦がれる“姫君”が自分でないなんて耐えられない。毎夜セファと指先だけ触れ合う熱が、他の誰かのものになるなんて想像もしたくない。
 ウィルバルドはセファが凍り付いていることも知らず、どこか遠い所を見て言った。
「髪の色が特に好きでした。俺は別に、自分と一緒に地上に降りる人が男性でも女性でも構わないんですが同じ色だったらいいなぁ、と思ったものです」


『昔々あるところに、塔の上に暮らすお姫様がおりました。
 生まれたときから美しかった金色の髪は、成長するにつれたくさんの魔力を持つようになりました。』


 お伽話のお姫様は太陽のように綺麗な金の色。
 セファは片側に流した自分の髪を見下ろした。良く言えば銀色、セファ自身は灰色だと思っている髪色はどう足掻いても金色にはなれやしない。
 夢想するように伏せられた彼の瞼の裏には理想の姫君がいるのだと思うとセファの心はじくじくと痛んだ。
 ――勝手に期待して勝手に傷付いて馬鹿みたいだ。
「……、そう。叶うといいね」
 なんとかそう言うのが精一杯だった。
「セファ様、やはり俺では星にはなれませんか?」
 いつかの夜にと同じことをウィルバルドが言う。
 きっとセファが彼をただの友人として好ましく思っていたならばこれ以上ない嬉しさを抱いていただろう。
 姫君を見守り、癒しを与える天上の星。だがセファは天上の星のような扱いを彼にすることはできない。
「できない、できないよ」
 ふるふると首を振ってセファは言う。
 ――だって私は、君が手の届く距離にいてほしい。
「ねえ、」
 ウィルバルドが星になりたいと言うのなら、セファとは恋人になれずとも慰めてくれると言うならばそれに付け込んでしまってもいいのではないだろうか。セファの心に浮かんだのは最低な考えだった。
「紛い物では駄目? 紛い物でも良いと言うのならば君と塔を降りてみたいと思うよ」
 セファは女性でもないし、彼が一番気にする髪だってお伽話の姫君のように金色でもない。けれどウィルバルドに本物のお姫様が現れるまでの間なら、紛い物のセファを代替品として扱ってくれるのではないか。そう考えたのだ。
「……、紛い物でも構いません。今だけ貴方と塔を降りる役目を果たせたらと思います」
 セファの提案に彼は苦し気に頷いてくれた。
 これでウィルバルドの前に綺麗な金髪のお姫様が現れるまで彼はセファの王子様だ。
 期間限定とはいえ求めていたはずのものが手に入ったのに、セファの心はずっと痛いままだった。


 帰りましょうか、と茶器を片付けたウィルバルドがセファに言う。
 いつも通り差し出された手を見てセファは止まってしまった。
 彼は最初からずっとセファの星になりたいと言っていたのだ。それはつまり手を触れない距離の友人でいたいということに他ならない。
 ――ウィルバルドが紛い物で我慢するのだから、せめて彼の望みに添いたい。
 この手の暖かさも力強さも知ってしまった今、触れることができないのは辛いが彼と明日も塔を降りるためだと思えば我慢ができる。
「明るいから、手を引かれなくても大丈夫だよ。昨日までは冬前の灯で少し暗くて怖かったんだ。もう大丈夫」
 にこりと笑って彼の手を押し返した。

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