4 / 22
セファ・ワイザー
3
しおりを挟む「ワイザー殿、消灯のお時間です」
今日もウィルバルドが塔を昇りセファの執務室をノックする。
一日の終わりに彼と言葉を交わせることが嬉しくて、消灯時間が近付くと浮足立ってしまう。以前は形だけとはいえ執務机に座っていたセファだが、最近は初めから応接スペースにいるようになった。
そしてウィルバルドと一杯だけのお茶をして、腕を絡めて一緒に塔を降りる。二人だけのその時間がセファの一番好きな時間になった。
初めてお茶をした日の帰り際、先導して降りるウィルバルドの手を引いたとき彼はとても驚いた顔をしていた。しかし翌日から彼の方から手を差し伸べてくれているため、ここの所毎晩面映ゆい気持ちで手を乗せている。
「俺の夢は、あの姫君のような人と塔から降りることでしたね」
ウィルバルドがお茶一口飲んで言った。
今日も初めから応接スペースにいたセファに、お茶をしましょうか? ともちかけてきてくれた。
慣れた様子で彼が用意した菓子たちの中にはいつも欠かさずに星屑の形の砂糖菓子が添えられる。小さなそれを口に含んでお伽話を思い出していたセファに、ウィルバルドも同じことを思ったのか幼い頃の夢を教えてくれた。
それなりに体格の良い彼が、色とりどりある砂糖菓子の中から白色のものを摘まんで言う姿はどこか可愛らしささえ感じる。
「『故郷に帰れない身です。お互いこの国には縁がないでしょう。どうでしょう、私と地上に降りてみませんか』と誘う所が好きで、乳母にそこばかり読んでとねだっていたよ」
幼い頃に好きだった台詞をなぞればスラスラと口をつく。またですか? と微笑む乳母の声が一緒に聞こえるような気がした。
際限なく緩んでしまいそうな口元を隠そうと紅茶を飲んだセファに、ウィルバルドは何故か硬い声音で言う。
「……ええ、俺もいつか自分だけの姫君が現れてくれたらと思っていました」
浮かれているセファと対照的に発せられる沈んだ声はセファの不安を煽る。
嫌な予感がしていた。
「ウィルバルド…?」
「でも今はもう諦めました。所詮俺には出過ぎた妄想だったみたいなので」
困ったように微笑んできっぱりと言われた言葉はセファの浮かれていた気分を地の底に落とすには十分すぎた。
「なぜ諦めたんだ…?」
「――なぜでしょう、少し理想と違ったのでしょう」
ウィルバルドの落ち着いた声音が諦めの色を濃くして床に落ちる。
セファはぴたりと動きを止めて、彼の言葉を少しずつ拾い上げる。
ウィルバルドは彼だけの姫君がほしかったと言った。
そしてもう諦めたのだとも。
つい最近、セファの心を慰めたいと言ったその口で。塔に昇り、セファに微笑みかけたその穏やかな口調のままで言ったのだ。
彼は理想と違ったとも言った。それはつまり、セファでは彼の理想の姫君にはなれなかったということで…。
――ウィルバルドが求める理想とはなんだ。
セファは固まった微笑みの下でぐるぐると考えた。
「姫君のどこがいいんだ」
セファが彼の“姫君”になるにはどうすればいい。彼が慰めると言った相手はセファなのに、セファでは姫君足り得なかったのだ。
だがウィルバルドが焦がれる“姫君”が自分でないなんて耐えられない。毎夜セファと指先だけ触れ合う熱が、他の誰かのものになるなんて想像もしたくない。
ウィルバルドはセファが凍り付いていることも知らず、どこか遠い所を見て言った。
「髪の色が特に好きでした。俺は別に、自分と一緒に地上に降りる人が男性でも女性でも構わないんですが同じ色だったらいいなぁ、と思ったものです」
『昔々あるところに、塔の上に暮らすお姫様がおりました。
生まれたときから美しかった金色の髪は、成長するにつれたくさんの魔力を持つようになりました。』
お伽話のお姫様は太陽のように綺麗な金の色。
セファは片側に流した自分の髪を見下ろした。良く言えば銀色、セファ自身は灰色だと思っている髪色はどう足掻いても金色にはなれやしない。
夢想するように伏せられた彼の瞼の裏には理想の姫君がいるのだと思うとセファの心はじくじくと痛んだ。
――勝手に期待して勝手に傷付いて馬鹿みたいだ。
「……、そう。叶うといいね」
なんとかそう言うのが精一杯だった。
「セファ様、やはり俺では星にはなれませんか?」
いつかの夜にと同じことをウィルバルドが言う。
きっとセファが彼をただの友人として好ましく思っていたならばこれ以上ない嬉しさを抱いていただろう。
姫君を見守り、癒しを与える天上の星。だがセファは天上の星のような扱いを彼にすることはできない。
「できない、できないよ」
ふるふると首を振ってセファは言う。
――だって私は、君が手の届く距離にいてほしい。
「ねえ、」
ウィルバルドが星になりたいと言うのなら、セファとは恋人になれずとも慰めてくれると言うならばそれに付け込んでしまってもいいのではないだろうか。セファの心に浮かんだのは最低な考えだった。
「紛い物では駄目? 紛い物でも良いと言うのならば君と塔を降りてみたいと思うよ」
セファは女性でもないし、彼が一番気にする髪だってお伽話の姫君のように金色でもない。けれどウィルバルドに本物のお姫様が現れるまでの間なら、紛い物のセファを代替品として扱ってくれるのではないか。そう考えたのだ。
「……、紛い物でも構いません。今だけ貴方と塔を降りる役目を果たせたらと思います」
セファの提案に彼は苦し気に頷いてくれた。
これでウィルバルドの前に綺麗な金髪のお姫様が現れるまで彼はセファの王子様だ。
期間限定とはいえ求めていたはずのものが手に入ったのに、セファの心はずっと痛いままだった。
帰りましょうか、と茶器を片付けたウィルバルドがセファに言う。
いつも通り差し出された手を見てセファは止まってしまった。
彼は最初からずっとセファの星になりたいと言っていたのだ。それはつまり手を触れない距離の友人でいたいということに他ならない。
――ウィルバルドが紛い物で我慢するのだから、せめて彼の望みに添いたい。
この手の暖かさも力強さも知ってしまった今、触れることができないのは辛いが彼と明日も塔を降りるためだと思えば我慢ができる。
「明るいから、手を引かれなくても大丈夫だよ。昨日までは冬前の灯で少し暗くて怖かったんだ。もう大丈夫」
にこりと笑って彼の手を押し返した。
0
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
ずっと好きだった幼馴染の結婚式に出席する話
子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき
「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。
そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。
背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。
結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。
「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」
誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。
叶わない恋だってわかってる。
それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。
君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。
王弟の恋
結衣可
BL
「狼の護衛騎士は、今日も心配が尽きない」のスピンオフ・ストーリー。
戦時中、アルデンティア王国の王弟レイヴィスは、王直属の黒衣の騎士リアンと共にただ戦の夜に寄り添うことで孤独を癒やしていたが、一度だけ一線を越えてしまう。
しかし、戦が終わり、レイヴィスは国境の共生都市ルーヴェンの領主に任じられる。リアンとはそれきり疎遠になり、外交と再建に明け暮れる日々の中で、彼を思い出すことも減っていった。
そして、3年後――王の密命を帯びて、リアンがルーヴェンを訪れる。
再会の夜、レイヴィスは封じていた想いを揺さぶられ、リアンもまた「任務と心」の狭間で揺れていた。
――立場に縛られた二人の恋の行方は・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる